8-5.隠密
水の都ネルフォーネ。
今日は、年に一度行われるカーニバルの初日。
朝っぱらから窮屈なドレスを着せられ、かなりのHPを消耗してしまった。しかし!私たちは遊びに来たわけじゃない。
中世の貴婦人みたいなドレスには、ちゃんと理由がある。というのが、ハルの言い分。
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時は、前日の夕食時に遡る。
「今回の仕事は、ある人物を捕らえること。」
食事処と酒場を兼ねた賑やかな店内の片隅で、ハルから伝えられた仕事内容は、そういうことだった。
人を捕まえるだけなら、警察に任せればいい。
それができないこの仕事は、上王から直々に下された、いわゆる極秘任務というやつ。
「ある人物とは?」
リビエラが野菜スープを口に運びながら聞いた。
「アーリッド・ランバール。
ニ十三歳、男性。
先代上王の廷臣オーリズ・ランバールの嫡男だ。」
「先代の廷臣の息子?なんでまた?」
「ランバール家は西の国コルマクの家柄なんだが、六年前の事件を覚えてないか?リビエラ。」
「六年前?僕は十三だよ。
ランバール…。
先代が逝去したころ、だな。」
思いつくままを口にするリビエラに、ハルが相槌をうつ。
「そう、先代の死後に騒動が起きている。」
「騒動…?
ランバール家の騒動といえば、屋敷が火事で全焼した事件かな。
うん…、あれはちょうど六年前だ。
あの火災で、一家全員が亡くなった。
オーリズは、ランバール家最後の当主だったと思う。」
「表向きは、そういうことになっている。」
「おや、意味深だな。」
「火事で亡くなったのは、オーリズの妻と二人の子供。
長男のアーリッドは同日、崖から転落死している。
ランバールの一族は、あの火災の後も不幸が重なり、家が断絶した。」
「断絶?」
ハルの説明に、今度は私がミートボールを仕留めようとしていたフォークを置いた。
二人の会話からは、死んだ人間を捕まえろと言われているようにしか聞こえないんだけれど。
「それじゃ、今回捕まえるっていうアーリッドは…?」
私は、混乱しかけた頭を整理しようと言葉にした。
ヴァイオレットの瞳がこちらを見る。
「生きている、というのがカノジョの見解だ。」
「六年前に死亡が確認されているのに、今さら生きているというの?」
「そうだ。」
「じゃあ、死んだのは誰?」
「本人じゃなきゃ、別人だろうね?」
リビエラのまっとうな回答に、私は彼女を見た。
正論だけれど、なんだか色々とすっ飛ばしている気がして腑に落ちない。
「うん、それはそうなんだけど…。
屋敷に住むような家柄の子息なら、顔を知っている人も多いはずでしょ。
それを間違えたりする?」
「遺体の損傷が激しくて、判別が難しかったとか。
どうなの、ハル?」
リビエラは、ハルを見た。
「結論からいうと、死亡確認の際、アーリッドの顔を知っている者は、現場に一人もいなかった。
彼らは、状況証拠からアーリッドだと判断したんだ。
少し遡って説明しよう。」
ハルは食事の手を止め、話し始めた。
「ことの起こりは、先代の死とアーリッドの父、オーリズ・ランバールの失踪にある。
オーリズは先代の側近の一人で、王の死と同時に行方が分からなくなった。
当時の上王周辺は、オーリズが秘宝を盗んで逃走したと判断し、彼は国賊として追われる身となった。」
「おいおい、僕はそんな話聞いたことないよ?西の国コルマクでは、彼は家族と共に火事で亡くなったことになってる。」
「情報操作されているからな。
側近の失踪と、上王の急死…つまり他殺の事実を隠すために。」
「た…ころっ?!っふぐっ。」
「シーっ!」
リビエラが、大声を出した私の口を塞いだ。
私たちはお互いの目と目で、ハルの口から語られたとんでもない事実を咀嚼しようとした。
(ねぇ、今この人、他殺って言った?私の聞き間違い?)
(…ううん、ララの聞き間違いじゃないよ。)
(他殺って、誰かに殺されたってことよね?)
(…病死じゃなかったんだ。)
(これは、どう考えてもゆゆしき大事件よねっ??)
(…大事件だよ!)
私たちはしばらくの後、同時に大きく息を吐いた。
「さて、ここまでの話は理解できたか?」
ハルは、リビエラと私の無言の頷きを確認すると、話を続けた。
「ランバール家は、遡ればあのヴェルデン・トロイターに繋がる由緒ある家系だ。」
「ごめん、そのヴェル…なんとかっていう人はナニモノ?」
私は小さく手を上げ、控えめにハルに聞いた。
「お前には、もう少しかみ砕いて説明しなければならないな…。
ヴェルデン・トロイターは、智略の魔女フィアルー…この名はお前も知っているな?…直属の四人の部下の一人。
他に、エレイム・ドゥリヤール、ナサレア・ホユック、コンヤー・レーラントの三人がいる。
四つの国の出身者で構成された彼らをまとめて、四大魔法師と呼ぶ。
魔法においても、フィアルーが認めていた真の実力者たちだ。
ランスター出身のトロイターは、鉱石系魔法を得意とし、コルマク出身のドゥリヤールは、テイムと呼ばれる使役系魔法。
レンスター出身のホユックは、風系魔法。
ノウルド出身のレーラントは、治癒系魔法に長けていた。
ランバール家はトロイターの傍系なんだが、ここは、唯一無二といっても過言ではない透明魔法を持っている。
この魔法は、門外不出。
一族のうち、常に三人しか継承者として存在させない。
そうすることで、家名を価値あるものとして維持してきた。」
「透明魔法…か。
魔道具を使うことなくあらゆる対象を透明化し、存在を消すことができる呪文。
彼らを味方にすれば一騎当千、敵にすれば厄介な存在。
先代の側近だったオーリズが秘宝を奪って行方をくらました、ということは…。」
「事態はお前の推測通りだ、リビエラ。
盗まれた『秘宝』がどういったものなのかオレも知らないが、当時の上王周辺は、ソレが悪意を持って使用されることを非常に恐れていたらしい。
そこに火を注いだのが、カノジョの『ランバールを追え』という言葉だった。
命を受けた近衛部隊は、オーリズを追ったが取り逃がし、透明魔法を悪用されることを恐れて一族を根絶やしにするという暴挙にでた。
魔法を継承する可能性が高かった子どもたちは、オーリズが密かに接触することがないよう最初の標的となったんだ。」
「だから、火事と転落死…。
容赦ないな。」
「残酷だわ。」
「近衛部隊は、事件発覚直後にアーリッドの捕獲に動いている。
彼らは空飛ぶ馬車で移動していたんだが、陸を走行中にアーリッドが飛び出し、崖から転落した。」
「じゃあ、捕獲した時点で人違いだったんだね?」
「幸か不幸か偶然にもその日、西の国コルマクの中心都市マクアルト周辺では、ピリウス祭が行われていた。」
「なんだって!ああ、そういうことか!」
「え?ちょっとねぇ、どういうこと?リビエラ?」
私は、彼女の袖をクイと掴んだ。
「ピリウス祭っていうのは、普段の役割を入れ替える祭りなんだ。
たとえば、屋敷の主人と使用人が日常の衣服や役割を一日だけ交換し、お互いに成り代わる。
つまり、六年前のあの日、アーリッドの服を着ていたのは本人ではなく、彼の屋敷に仕える使用人の子どもだったってことさ。
想像してみてよ、ララ。
もしもその子供の髪の色や瞳の色がアーリッドにそっくりで、近衛部隊がその特徴しか知らずに捕らえたのだとしたら?」
「そっか…本人の顔を知らなければ、間違えちゃう。」
「うん、ほぼ確実にね。」
「アーリッドについて彼らが持っていた情報は、髪の色と背格好のみ。
着用していた服装の裏地にあった、ランバール家の紋章が確認の材料になった。
しかしこの入れ替わりの事実は、つい最近判明したことだ。」
「まるで運命の悪戯ね。
どうして今頃わかったの?」
「改めて調査した。」
「だれが?」
「オレが。
カノジョの最初の依頼は、六年前の事件の再調査だった。」
「いずれにしても、僕は不思議でしかたがないな。
なぜそんな依頼を君に?これは、近衛部隊の仕事だと思うけど?カノジョの側には上王の盾、『金の枝騎士団』がいるはずだろ?」
(金の枝?)
聞き覚えのある名前に、私は記憶の糸を手繰ろうとした。
考える私をよそに、ハルがこう答える。
「ランバール家断絶の後、カノジョは金の枝騎士団を事実上解体させている。
フィアルーが率いた『金の枝』の名残は、今では名ばかりの穀潰しと囁かれるほど様変わりした。」
「あ、それよ!金の枝って、フィアルーが黒の魔法使いに対抗するために作った魔法使いの一団だったよね。」
「そうだ。
金の枝の中枢部は、智略の魔女の死後も上王の盾として機能し続けてきた。
六年前、カノジョが個人的な趣味のもとに無意味な一団に変貌させてしまうまでは。」
「個人的な趣味?一体何をしたんだ…。
自分を護る盾を解体するなんて、確かに奇行だね。
気紛れで風変わりなお方だという噂は、ただの噂じゃなかったんだな。」
「まぁ、癖のあるお方ではある…。
しかし、これら一連の出来事について、お前たちは深く考えなくていい。
オレたちの仕事は、ターゲットを捕獲すること。
この一点だけだ。」
「わかったよ。
で、君はそいつがネルフォーネのカーニバルにやって来るというの?」
「ああ。
オレの調査では、やつは毎年カーニバルの初日にこの街を訪れている。
ランバール家は断絶したと話したが、実は一人、忘れられていた存在がいたんだ。
その人物に会いに。」
「生き残っていた人がいたのね?誰?」
「アーリッドの大伯母、ジュシ・リオラ。
彼女は若い頃、実兄であり当時の当主だったアーリッドの祖父と、絶縁している。
以来、ランバールの名を捨て、ネルフォーネ近郊でひっそりと暮らしていたようだ。
六年前の騒動の後、ジュシはアーリッドを匿った。
現在アーリッドは、リアフェス各地を転々としていて、足取りを掴むのは正直容易ではない。
しかしこの時期、人混みと喧騒に紛れて大伯母に会いに来る。
まだ生きているなら、明日もそうするはずだ。」
「なるほど。
待ち伏せして、現れたところを取り押さえる作戦?」
リビエラがそうたずねると、ハルは軽く頷いた。
「二人とも、今年のネルフォーネの仮装テーマは?」
「ん…、確か『夢と幻想の魔術師時代』?意味わかんないけど。」
「そういえば、そんなタイトルだったねぇ。
職業ウィザードが確立する以前の古の世界。
魔法使いと魔術師の呼び名が、曖昧だった時代。」
リビエラが、軽く伸びをしながら言った。
「その通り。
仮装は祭り参加の必須条件だ。
明日はお前たちの衣装も手配しておいた。」
「おっ、いいね!僕はどんな魔術師の衣装を着ようかな。」
「衣装は手配済みだと言っただろう。
お前に選ぶ権利はない。」
「ええっ?祭りだぞ?衣装くらい選ばせてくれよ。」
「ターゲットが足を止めるような衣装でなければ、意味がない。」
「足を止める?なんだよ、道化の衣装でも着せようってのか?」
「彼はどうやら、女好きの性格らしくてね。
麗しい貴婦人にも目がないらしい。」
ハルの淡々とした、けれどどこか意味を含ませたような言い方に、私は雲行きが怪しくなるのを感じた。
とたんに、リビエラが勢いよく椅子から立ち上がる。
「僕にっ、女物の衣装を着せるつもりだな!」
驚くほどピリピリとした空気が、突然二人の間を埋めていた。
「これは仕事だ。
嫌ならララ一人でやってもらう。
お前は下りろ。」
「くっ…!」
ハルを見るリビエラの瞳には、屈辱の色が混ざっていた。
私には、彼女が奥歯を噛みしめ、言おうとした言葉を必死にのみ込んでいるように見えた。
確かにリビエラは、見かけも話し方も男の子みたいなところがある。
サバサバした爽やかさは、確実にイケメン枠。
でも、彼女は自分が女の子だってことを嫌ってるわけでも否定してるわけでもない。
女物の衣装を着ることに不快感を表したことは、私には少し意外だったけれど、ハルの言い方は、まるで彼女の抵抗を予測していたかのようだった。
知っていて着せようとしたのなら、ハルは酷すぎる。
私は、苦しむリビエラを見たくないと思った。
「あのさ、その衣装、私だけ着るよ?リビエラは魔術師の衣装でもいいんじゃない?」
「隣に男がいて、ターゲットが近寄ると思うのか?却下だ。」
「フィアルーみたいに女の魔女だっていたはずでしょ?」
「当時の術師の衣装はどれも中性的だ。
こいつが着れば、男性に見える可能性の方が高い。
それでは意味がない。
明日のような好機は、次にいつやって来るかわからない。」
ヴァイオレットの瞳が、真摯にリビエラを見つめる。
二人の間を冷たい沈黙が漂い、私は自分の鼓動が聞こえてくような気がした。
そしてふと、リビエラの瞳から険しさが消える。
「わかった、着るよ。」
半ば諦めたような気力の抜けた声とともに、リビエラはストンと椅子に腰をおろした。
「リビエラ?私一人でもやれるよ、無理し…。」
「大丈夫。
相手がどんな狂暴な奴か、わからないんだ。
ララ一人にさせるわけにはいかない。
感情的になって悪かった。
謝るよ、ハル。」
「お前が納得してくれるなら、いいんだ。」
ハルはそう言うと、静かに食事を再開した。




