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6-1.北国

 

 数日が過ぎ、瞬く間に出発日当日。


「ひょおおっ、寒っ!」


 クレアモントホールの玄関扉を開けると同時に、痺れるような冷気がホール内になだれ込んできた。


 薄灰色の空の下、北の国ノウルドはすっかり雪景色。

 広い階段の先に、真っ白な前庭が広がっている。


 たちまちに現れる白い息。

 私は解放感を感じながら、ゆっくりと外気を肺に取り込んだ。

 イーリーは山間にあるし、ある程度、寒さには慣れている。それでも、北国の大気は想像以上に冷たくて肌がチクチクした。


「おおっ。

 本当に、なんという寒さ。

 旦那さま、風邪だけは召されませんように。」


 私の肩越しに、久々の再会を果たした時雨が小さな体を震わせて呟いた。


「え、幽霊も寒さを感じるの?」


 素朴な疑問とともに、私は彼女を振り返る。


「はっ、はわわっ、実はそんなに感じるというわけではないのですが…。

 旦那さまがとても寒そうにしていらっしゃるので、私めも、つい。」


 正直者め。そういうところが、可愛くて憎めない。

 時雨は恥ずかしそうにパタパタと袖を振り、モジモジした。


「よし、それじゃ行ってくる。

 日没前には、戻って来るからね。」


 私は気合を入れた。

 門限は日没前。それが、ハルとの約束。

 日没といっても、北の国の日照時間は短い。ノルドの森はここからそう遠くはないとはいえ、悠長にしてはいられない。


「ええ、ええ、どうぞご無事で、旦那さま。

 できることなら私めもお供したいですのに。」


「だーめ、これは私が一人で行くの。

 時雨は早く書庫に行って、ハルの世話をお願い。」


 一緒に絵を抜けてクレアモントホールに来たハルの姿は、既にここにはない。

 彼は私を置いて、さっさと書庫に行ってしまった。


「承知しております、旦那さま。

 ですが、門への行き方は覚えていらっしゃいますね。

 噴水を超えて真っすぐ行かれますと、門番の衛兵がおります。

 すぐにお分かりになると思いますけれど。」


「うん、大丈夫。

 もう百回くらい聞いてる。

 衛兵に、門を開けてもらえばいいんでしょ。」


「そうです、銀色の鎧を着た衛兵に…。

 アラ、そういえば私め失念しておりました。

 あの、旦那さま。

 旦那さま宛に…アレ?確か、ここに…。」


 時雨は言いながら振袖の中を覗き込み、ゴソゴソと探り始めた。

 このまま付き合っていると、確実に時間を取られそうな気配。


「戻ったら聞くよ。

 じゃあねっ、時雨!」


 私は駆け足でファサードを飛び出し、目の前の真っ白な世界へダイブした。

 シルキィが仕立ててくれた雪国用コートは、抜群にあたたかい。手袋も帽子も完璧だ。


「お待ちください、旦那さま!とても大切な…アレレ?たっ、大変でございますっ。」


 時雨は玄関扉のそばで何やら喚いていたけれど、私は振り返ることなく門へ向かった。


 噴水を半周し、真っ直ぐ行く。するとほどなく、青銅色の大きな門扉にたどり着いた。


 外側に、時雨が教えてくれた通りの風体の門番が立っている。

 磨き上げられた銀色の鎧に身を包み、槍を片手にそそりたつ勇姿は、まさに中世の騎士。


 私は柵の隙間に顔を近づけ、後ろから声をかけた。


「ごきげんよう。」


 門番が、機敏な動作で左へ九十度、向きを変える。兜のてっぺんにあるフサフサの赤い羽根が、リズムよく揺れていた。


(あれ?このピカピカとフサフサ、見覚えが…。)


「おや、お屋敷のお方。

 お出掛けでございますか。」


 衛兵は視線を真っ直ぐ進行方向に向けたまま、私を見ることなく言った。


「うん。

 門を開けてくれない?」


「承知しました。」


 鎧兜の中のくぐもった声はそう返事をすると、端にある小さな門扉をガチャリと開けた。


「どうぞ。

 足元にお気をつけあれ。」


「ありがとう。」

 

 私は、門を抜けた。

 否、外へ出るというよりは、新しい世界に足を踏み入れたような感覚だった。


 ---------


 クレアモントホールは、なだらかな丘の上にあった。

 木立の隙間の向こうに、かつてクレアモントの領地だった町が見える。三角の屋根がのっかった、四角い箱の街並み。北の国ノウルドの町景色は、イーリーともウィッスルとも違う。


 私は、ゆるやかに曲がる整えられた雪道を大股で下った。

 薄曇りの雲間から冬独特の柔らかな光が差し込み、雪にキラキラと反射する。


 ザクザクとリズムよく鳴る軽快な音に、気分が乗って楽しくなってくる。ブーツの底に滑り止めのスパイクをつけてもらったから、余裕。

 初めての景色に心を踊らせ、私は次第に早足になり、駆け足になり、息を切らす頃には町の入り口に着いていた。


 持ってきた地図の通りなら、ここから駅までは目と鼻の先。

 予定通りの列車に乗り、ノルドの森の最寄の町へ。

 そしてそこから、この時期だけ出ている臨時の乗り合い()()でマーケットへと向かう。

 目的地に到着したのは、正午前。順調すぎて、正直怖いくらいだった。

 リアフェスに来て以来、自分一人でこんなにも順調に物事が進んだことはなかった気がする。


 ---------


「やあ、お客さん。

 薪はどのくらい必要かね?」


 実直そうな、山男風の男が言った。


「二束下さい。」


 私は白い息を吐きながら答えた。


 巨大な針葉樹が育つノルドの森は、大地から真っすぐに伸びた木が屋根のような枝を広げていて、巨人の世界に紛れ込んだかのように感じる。


 マーケットは森の外周に沿うようにいくつか点在していて、私が入った場所は町から最も近い薪売り場。

 巨木の裾を間借りするようにひっそりと、そしてささやかに設けられている。


 店は簡易的な屋根を取り付けた枠組みだけで、雪を固めて店の一部にしているところもあった。

 一年に一度だけ、それも二十日後には消滅するのだから、誰も店構えなんて気にしない。

 彼らが暖をとる場所も、雪で作られている。


「あいよっとさ、二束ね。」


 彼は積み上げられた薪の山から二束取り上げると、私の前に勢いよく置いた。

 衝撃で、台の上の木屑がブワッとはねあがる。


 リビエラによると、ジュールというのはリュイスの月の二十三日夕刻から行われる、華やかな冬の祭。

 リアフェスの人々は、リュイスの月に入るとこぞって家を飾り立て、なんだかんだ言い訳をしながら一年の憂さ晴らしをするように金を遣う。


 あちこちで開かれるマーケットで売られてるのは、ジュールログだけじゃない。

 祭にかこつけたあらゆるものが出回っていて、どこもかしこも大にぎわい。

 彼女の言葉で言えば、『(かね)の匂いがプンプン』しているんだそうだ。


 だがしかし、ノルドの森のマーケットは全然様子が違う。おごそかな雰囲気の中、粛々と薪の束だけが売られている。

 気分を盛り上げる出店は一つもないし、マーケット内は飲食禁止。持ち込みが許されているのは水だけ。

 だから買い物を済ませた人は、さっさと帰っていく。


 『本当に、こんなつまらないところに一人で行くつもり?』


 イーリーの図書館で、リビエラが何度も心配そうに私にささやいたのを思い出した。

 まぁね。友達の命がかかってなきゃ、私だって一生来ることがなかった場所かもしれない。


 私は代金を払い、薪を括っているワイヤーに手をかけた。


(はてな、これは重すぎる。どうやって持ち帰ろうか…。)


 これまでの人生で、薪なんて買ったことがない。持ち帰る方法を考全くえていなかった。


(ちょっとまて、ララ。落ち着いて考えよう。)


 私は道すがら、すれ違ってきた人々を思い出した。

 ノルドの森に来る人は、殆どが近隣の住人。乗り合いソリで、隣に座った人がそう言っていた。

 彼らの中には薪用のソリを持っている人もいたし、手ぶらの人もいた。


 次に多いのが、ウィザード。彼らは箒とかその他の魔法でめいめい空から飛んで来る。

 リアフェスでは、魔法で空を自由に飛ぶことが許されているのはウィザードだけ。


 彼らは購入した薪を魔法で小さくしてポケットに入れたり、犬みたいに連れ歩いたり、その場でたちまち消えてみたり、どうとでもできるから観察してもあんまり私の役には立たない。


 それなら、ソリを持たない普通の人々はどうしているかというと、基礎魔法で浮かせて持ち帰っている。

 私は帽子を脱ぎ、髪に結んだ白いリボンをほどいた。


 私の意思のままに、リボンは長いロープに変化し、薪二束に絡みついた。そしてロープの力で、薪はフワリと浮いた。

 私は、いつかの日にリビエラがキャスを運んでくれた時のように、ロープの端を掴んで帰路を急いだ。


 ---------


 クレアモントホールへ戻るには、今朝と逆の行程をたどればいいだけ。

 乗り合いソリ、列車、そして最後に、丘へ続く坂を上る。


 時刻は午後三時半を過ぎて、そろそろ四時になろうかという頃。

 陽は落ちかかり、空模様は半分藍色。

 一ミリの邪魔も手違いも躓きもなく、完璧な一日が暮れようとしている。


 私は白い息を吐きながら、最後の坂を意気揚々と上った。

 帰ったらまず、お風呂だ。身体を温めて、疲れを取る。それから、時雨が淹れてくれるお茶が飲みたい。


 次第に近づく、白壁の美しいシメントリックな屋敷がクレアモントホール。

 歴史という威厳を背負った姿は、威風堂々。

 銀色の衛兵を携えた青銅色の門扉は、もう目の前に見えていた。


 ---------


「ごきげんよう。

 門を開けてくれる?」


 私は、今朝と同じように門番に声をかけた。


「名を名乗れ、無礼者。」


 鎧兜の中から低い声が轟き、奥に光る眼光が私を睨み下ろす。


「名を名乗る?なんで?」


 違和感を感じつつも、私は笑顔で返した。

 気のせいか、門番の雰囲気が今朝と違う。


「他人の屋敷を訪ねるのだ、名を名乗るのは当然の礼儀だろう。

 お前の態度は無礼千万。」


 おや…?


「他人の屋敷?ここは、私の屋敷よ?」


「気がふれたか小娘。」


 彼は冷たく言うと、私に対してシッシッとごみを散らすような仕草をした。

 冗談にしては笑えない。本気だったとしたら、最悪に気分が悪い。


「何言ってるの?今朝、ここで会ったでしょう?冗談はやめて中に入れてくれない。」


「…知らんな。

 入りたければ、まず名を名乗れ。

 身元の確認を怠ることはできない。」


 門番は私を一瞥し、毅然とした態度で言った。


「わかった。」


 私は、疲労と苛立ちでいっぱいのため息をついた。


「私はララ。

 名乗ったわよ、早く入れて。」


 どうにも話が噛み合わず、イライラしてくる。

 これだけでも譲歩しているというのに、次に発せられた言葉には耳を疑った。


「そのような名、覚えがない。

 よってお前を入れるわけにはいかない。」


「はぁっ?」


 疲れていると、単純な欲求が心を支配し、普段ならどうでもいいと思う程度のことにも簡単に怒りスイッチが入る。


 温かい部屋と、時雨が淹れてくれるお茶はすぐそこだ。

 私は、その事だけを楽しみにこの長い坂を上った。

 最後の最後でこんな理不尽な仕打ちを受けるなんて、許せない。


「私はここの主よ?わけのわからないこと言ってないで早く通して!」


 私は、門番に向かって声を荒らげた。


「俺は職務を遂行しているだけ。

 主であるなら、正々堂々証拠を見せろ。」


「そんなもの、いちいち持ち歩いてない。

 あなたね、私を知らないなんて言わせないわよ、今朝その門扉を開けてくれたのは、確かにあなたなんだから。」


 私は門番の真ん前に立ちはだかり、彼を見上げながら強気で怒鳴った。

 疲れからくる苛立ちは、容易に怒りのエネルギーに変換されていく。


「朝の門番は俺ではない。

 我らが途中交代することも知らずに、お前は主だと言い張るのか?浅ましいな。

 証拠がないなら確認はできない。

 無駄話は終いだ、失せろ!さもなくば力ずくだぞ。」


 彼は手にした槍を振り上げ、明らかに威嚇の姿勢を見せた。


 一向に引き下がらない高圧的な態度に、私の内なるマグマは吹き上がらんばかりの勢いで増していく。


「力ずく、上等!」


 陽が刻々と落ちていく中、私は威勢よく言い返した。

 目の前の門番が今朝の門番でないのだとしたら、尚更ここで逃げるわけにはいかない。さもないと、私は自ら主でないこと証明することになる。


「力ずくで中に入ってやるわ!」


 自分の家に戻れない寂しさとくやしさが、自分の世界に帰れない悔しさと重なる。


「証明できない腹いせに実力行使か。

 無礼な人間め、所詮は外道。

 かかってこい、お前のような小娘ひねりつぶしてやる。」


 門番はそう言うと、槍を構えた。


「無礼はどっちよ!言ってる意味が、ぜっんぜんわかんない!」


 私は数歩下がり、手にしていたロープを引っ張って薪を勢いよく門番にぶつけた。


「うわっ!」


 大きな薪の束が、音を立てて散乱する。

 彼は意表を突かれてよろめき、手にしていた槍を一瞬離した。

 私はすかさずロープを飛ばし、槍を絡めとると締め上げて半分にへし折った。


「なっ、何をする!小娘!」


「女の子に槍を向けるなんて危ないでしょ!!」


「曲者め!外道相手にオスもメスもないわ。」


 門番はそう言うと、身を屈めたままの態勢から私に飛びかかった。


 ガシャン!


「おっと!足元注意、意地悪な衛兵さん!」


「うっくぅっ!」


 私のロープは門番の両足を捉え、彼はバランスを崩して雪の上に倒れこんだ。

 相手ががうめいている隙に、門扉へ駆け寄る。


「あれっ?開かない!」


「馬鹿者め、鍵がかかっていないはずがないだろう!逃がさんぞ!ぐわぁっ!」


 門番はロープを巻かれた両足を引きずり、ほふく前進で近づいてきた。

 私はロープを宙に浮かせて足元からねじり上げ、相手の身体を反転させた。仰向けになったところで、金属があたるような音がする。

 鍵だ。

 私はそれを拾い上げると、小さな門扉を開けて敷地内に押し入った。


「くっ曲者!」


 倒れ込んだ門番の叫び声を背後に、私は屋敷を目指して走った。

 門番の両足を抑え込んでいたロープが緩み、元の白いリボンになって私のもとに飛んでくる。

 私がそれを掴んだちょうどその時、


「フギャオォォーン!」


 突如、遠吠えのようなけたたましい獣声が辺り一帯を貫いた。

 鬼気迫る声に、肩が震えた。身体が反応しつつも、私は一瞬たりとも振り返らず、立ち止まることもしなかった。


「フギャオォォーン!フギャオォォーン!」


 訴えるような不吉な声がクレアモントホールに反響し、敷地内に響き渡る。


「曲者だ!侵入者だ!捕らえろ!」


 あちこちから、ガチャガチャと金属があたるような音と叫び声が聞こえてきた。何かが大勢駆けつけてくる。生け垣の向こうから、鎧兜の赤いフサフサが揺れながら近づいてくるのが見えた。


(ああ、思い出した。あれはあの時の…!)


 脳裏にフラッシュバックする記憶を感じながら、私は噴水を半周した。

 屋敷へ続く長い階段は、すぐ目の前。

 破裂しそうなほど激しく鼓動する心臓が、悲鳴をあげそうだった。


「しぐれっー!時雨っ!!」


 私は、あらん限りの声を振り絞って時雨を呼んだ。


 バンッ!


 勢いよく玄関扉が開き、小さな黒髪の人影とハルが現れた。

 私の声を聞きつけたというよりは、不気味な獣の声に反応したに違いない。


「だっ、旦那さまっ?!」


「時雨、ブローチよ!シルフの風を持ってきて!早く!!」


「か、かしこまりましたっ。」


 私は、白くて浅い階段に足をかけた。駆け下りてくるハルの姿を見つけて、少し安心する。


(もうっ!なんなのよ、この面倒くさい階段は!)


 心の中で、思わず悪態をついた。奥行きがあるから、私の身長だと一段上がるのに二歩は必要だ。急いでいる時は上がりにくいったらない。それでも、ハルと合流できるまでは立ち止まれなかった。


「危ないっ!」


 ハルが叫んだ。と同時に、背後にこれまでにない強い殺気を感じた。何かが狙いを定め、向かってくる。振り向くと、肩越しに一人の衛兵が超人的な跳躍で私に飛びかかろうとしていた。


(え?)


 ドンッ


 ハルが私を庇うように宙を舞って衛兵に体当たりし、二人は相討ちになってお互いを弾き飛ばすと、反対方向に倒れこんだ。


「ハルっ!」


「ってて…。

 おい、何だこいつらは。

 何をやらかした、ララ。」


 階段の下に群れる衛兵に注意を向けながら、ハルが立ち上がった。


 ハルは、いつも私が問題を起こすと決めてかかってる。ギルやリビエラなら絶対に言わないようなことを平気で口にする。

 守ってくれるのはありがたいけれど、素直に感謝するにはちょっと腹立たしい。


「何もしてないわよ!」


 私は不満顔で言い返した。


「何もしていないのにこの有り様か、全く説明になってないな。」


 群がる鎧の群れを突然目の前にしても、ハルは変わらず冷静だ。


「本当よ、私は屋敷に入ろうとしただけ!」


「お屋敷の御仁!」


 衛兵の一人が進み出て、ハルに向かって叫んだ。

 彼は、ハルを屋敷の人間だと見なしているようだった。


「その娘は許可なくこの屋敷に侵入した不届き者。お引き渡し願いたい。」


「許可なく侵入?」


「そうだ!俺をなぎ倒し、鍵を奪って門扉を勝手に抜けたのだ。」


 門番が唸りながら並び出た。

 獣のように鋭く光る眼光が、私を睨み付ける。

 私は萎縮して、素早くハルの背中に隠れた。


 ハルは物言いたげにチラリと私を見ると、落ち着いた声で衛兵に問いかけた。


「君たちは一体…?」


「我らはこの屋敷の警護を仰せつかっている。

 我らの王ウルザンの名に懸けて、この屋敷に害なすものは何人たりとも容赦しない。

 さぁ、その娘をこちらへ。

 抵抗するなら、御仁も同類と見なすが?」


 衛兵たちは言いながら、じりじりと階段を詰め寄ってきた。空はすっかり日が落ち、鎧兜の中で妖しく光る二つの目が、一層不気味だった。


「こちらにも言い分はある。

 引き渡すことはできないな。」


「そうか、ならば仕方がない。

 かかれ!引っ捕らえろ!」


『フギャァー!』


 彼らは野蛮な声をあげ、階段を駆け上ってきた。

 ハルが魔法で銀色の小さな玉を飛ばし、衛兵の肩を狙った。

 玉は鎧に食い込み、その衝撃で衛兵たちは一時後ろに押し戻されるものの、すぐに態勢を整えて前進してくる。人間とは思えない、強靭な肉体とパワー。


「ララ、お前は屋敷へ入れ。

 こいつら、人間じゃないぞ!」


「は?人間じゃないってどういうこと?」


 屋敷の警護が人間じゃない?何がどうなってるの?

 これも、クレアモント卿が残したもの?


「事情はわからんが、屋敷を守る衛兵である以上、こいつらをむやみに傷つけることはできない。」


 ハルはそう言って今度は足元を氷の坂に変え、衛兵たちが足を滑らせて上れないようにした。


『フギャアッ、こしゃくな!』


 彼らは口々にもがきながら、滑り落ちた。


「旦那さま!」


 時雨が玄関口に戻ってきた。


「しぐれっ!それをこっちに投げて!」


「えっ?これをでございますかっ?」


 彼女は、手に余るほどの大きなブローチを見て、動揺した。

 玄関扉から私の場所まで、まだ少し距離がある。投げるほうが絶対に早い。


「そう、早く!」


「で、ですが、これは…。」


 彼女は怯えた瞳でそういうと、言葉を詰まらせた。


「早く、こっちに!時雨!」


「どうしましょう、このような大切なもの、もしも落としてでもしたら…、私め、今度こそ旦那さまに顔向けできません…、あぁ。」


 時雨は、宙をフラフラと浮遊しながら、首を何度も横に振った。


「いいから、大丈夫!早く投げて!絶対に受けとるから!」


「しっ、しかし旦那さまっ。

 問題は旦那さまではなく、…時雨はいつも肝心なときに…。」


「何してるララ、早く屋敷に入れ!」


 ハルが怒鳴る。


「ダメよ、証明しなきゃいけないの、私がここの主だって!大丈夫だよ時雨、走って行くから、私を信じて!」


 私はそう叫ぶと、時雨を真っすぐに見つめて残りの階段を駆け上った。

 私の足では、小さな時雨が投げるブローチの距離には絶対に間に合わない。そんなことはわかっている。それでも、時雨の潤んだ黒い瞳は私を見つめ、心を決めたようにシルフの風を手放した。


「えいっ!旦那さま!」


 私は、放り上げられて弧を描くエメラルドの輝きを追った。

 白いリボンが球に変化し、緑の煌めきに向かって真っすぐに飛んでいく。落下の直前に拾い上げるようにブローチを空中でもぎ取り、球は緑の光を呑み込んだ。

 私はそのまま駆け寄り、球を手中におさめると時雨を見た。


「ほらね、時雨!」


「は、はいっ!」


 床にぺたりと座り込んでいた時雨は、泣いているようにも笑っているようにも見えた。


 ---------


「クレアモントホールを警護する全ての衛兵!」


 私はブローチを取り出すと、階段上から叫んだ。

 氷の壁をよじ登っていた猛々しい眼光の一群が、一斉に私に注目する。


「私はこの屋敷の主、ミドリカワ・ララ。

 先代のクレアモント卿 ローレンス・エドワード・シャタックよりここを引き継いだ。

 これがその証、シルフの風よ!」


 私は、シルフの風を高々と掲げて見せた。

 流れる風のような造形美の銀細工に包まれた、魅惑のエメラルド。まばゆい緑が、屋敷の灯りを受けて神々しくも輝いていた。


 衛兵たちは、私の手中にあるシルフの風を確かめるようにじっと眺めた。そしてしばしの沈黙の後、彼らはハルが築いた氷のバリケードから大人しく撤退し始めた。


 ---------


「主の証拠、確かに確認した。」


 あらためて対面した私に、衛兵の長が言った。

 残りは隊列を組み、素晴らしい姿勢で並んでいる。

 美しく磨き上げられた銀色の鎧、兜の頭上には赤い羽。書斎を求めて初めて一人でこの屋敷に入った日、二階の廊下から見えたピカピカとフワフワの正体は彼らだった。


「しかし、身元の確認は我らの責務。

 気を悪くしないで欲しい。」


 衛兵長は詫びをいれつつも、毅然とした態度で言った。


「大丈夫。

 強引に入った私も悪かったし、そもそもなんでこんな事態になったかというと、皆が私の顔を知らなかったからだもの。」


「そうだな…。

 我らも新たな主が参られたことは知っていたのだが、それ以上の情報も通達もなかった。

 一体どうなっている?

 我らが国王は、貴殿を存じ上げているのだろうか。」


 表情は見えなかったけれど、衛兵長は真面目に考えている様子だった。


 さて…、ここで彼が話題にしている国王ってのは一体誰のことだろう。私は、心の中で考えていた。


 リアフェスには、四人の王と一人の上王がいる。

 ここは北の国ノウルドだから、まず思い浮かぶのはノウルドの国王。だけど、ノウルドの国王がこの屋敷に干渉する理由がわからない。


 財産は全てノウルド所属法定財産管理人第四千四百六十九号なるフクロウが管理しているし、おまけにハルの話だと、ここの衛兵たちは人間じゃない。


 衛兵長の口ぶりだと、私の知らない『我らが国王』は、共通認識されている前提で会話が成立している。

 冗談でも「どちらの国王ですか?」なんて聞ける雰囲気じゃなかった。


「はわわっ、そのことでございますが…。」


 階段を降りてきた時雨が、慌てた声で割って入った。


「ウルザン国王から招待状をいただいているのです、旦那さま。」


「招待状?」


「はい。」


 時雨はそう言うと、振袖の中からいそいそと招待状を取り出した。


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