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5-7.親愛

 

「ザムっ!ザム、出てきて!いるんでしょ、ザム!」


 私はイーリーから戻るなり、玄関を素通りして庭に回り込んだ。

 垣根の角を手でガサリと押しのけ、庭を覗き込む。


「ザム?」


「なんだ?騒々しいな。」


 眠そうな顔をしたザムが、めんどくさそうにどこからともなく現れた。

 私はグイと残りの身体を庭へ押し入れる。


「ねぇ、聞いてザム。

 あなたにどうしてもお願いしたいことがあるの。」


 私は、彼の前に仁王立ちして言った。

 もう、回りくどいやり方はなしだ。

 今の私には、ザムの首を縦に振らせる勢いと自信がある。


 ---------


 実をいうと、私はほんの三十分前までイーリーの図書館にいた。


 町で楽しく遊ぶはずだった有意義な時間の全てを費やして、ジュールログとジュールの灰について、リビエラと一緒に調べつくしてきた。


 せっかくの彼女の休みを勉強のようなことに付き合わせるのは心が痛んだけれど、やっとつかんだ希望。背に腹は代えられない。


「どうしたんだ、お前?」


 ザムが、豆鉄砲をくらったような顔で私を見る。


 彼の反応はとても素直で、当然かもしれない。

 家人が戻ってきて自分を大声で呼び出したと思ったら、突然目の前で仁王立ちしたのだから。

 もしも逆の立場だったら、私もきっと、同じように最大限目をまん丸くしたと思う。


「単刀直入に言うわ。」


 私は、真っすぐにザムの目を見た。


「私、ブリシュカが欲しい。

 だから来年の春、あなたが持ち帰るノームの美酒ブリシュカと私のジュールの灰を交換してくれない?」


「は…ジュールの灰?」


「うん、そう。」


「お前が?」


 そう言って私を見上げる彼の目は、明らかに笑いをこらえている。


「うん、おかしい?」


 私は眉を寄せた。

 何もおかしいことは言っていないはずだけれど。


 ザムは息を殺すように声を抑え、両手で腹を抱える。

 そしてついに、堪えかねたように豪快に声をあげた。


「ぶはっ…。

 いや、おかしくないぞ。

 いいだろう、その交換条件を受けようぢゃないか、クレアモントの主人よ。

 うわっははは。」


 可笑しくないと言いながら、ザムはとても愉快そうに笑い、その声は静かな寒枯れの庭にしばらく響いた。


「あ、…うん。」


 今度は、私が豆鉄砲を食らったような気分だった。


 確かに、彼の首を縦に振らせる算段で、絶対の自信を持って威勢よく踏み込んできたけれど、笑いながらというのは予想外だったし、秒速で話が決着したことに拍子抜けした。


 力んでいた反動の脱力感に襲われ、私はへたりと地面に座り込んだ。そしてすぐ、ザムの豪快な笑いの意味を知ることになる。


 ------------


「儂が初めてこの庭へ来た年、あいつも同じセリフを言いおってな。」


 木の切り株にちょこんと腰かけたザムが、懐かしそうに私を見た。


「あいつ?」


「リンゼイだよ。」


 クレアモント卿か、と私は心の中で呟いた。


「お前が真顔で言った時、クレアモントホールの主人にはそう言わなきゃならんしきたりでもあるのかとおかしくなったね。

 偶然だとしても、不可思議なもんぢゃな。」


 ザムのビー玉のように愛らしい眼は、少しセンチメンタルに空を見上げた。


 彼の話では、クレアモント卿は宣言以来、毎年ザムが戻る初春にジュールの灰を用意し、ザムはザムで欠かさずブリシュカをここに持ち帰り、盃を交わしていたのだという。


「三十年前にその習慣は途絶えたが。

 今となっては、懐かしい思い出だな。」


「今年は、それを復活させるわ。

 私は晩酌の相手は出来ないけれど、リビエラがいるわよ。」


「世代交代というヤツか。

 悪くないな。」


 ザムは、ふんっと鼻を鳴らしながらさすった。


 名家出身の魔術道具蒐集家にして有名魔術学院のパトロンだったクレアモント卿 ローレンス・エドワード・シャタック。


 生まれ持っての財力を武器に好き放題生きた挙句、死後も蒐集品を守り続けた意固地な老人。そんな印象しかなかったけれど、案外と情の深い人だったのではと、この頃は折に触れて感じる。


 時雨然り、シルキィ然り、ザム然り。

 彼は迷い幽霊の時雨を保護し、気難し屋で知られるシルキィと心を交わし、ノームの精霊と友情を育んでいた。

 これだけでも、その人柄を想像できる。


 そしてつい最近は、ハルの書斎にはめられたあの美しい窓枠を見た時だ。

 クレアモント卿はあの部屋で、あの窓をよく眺めていたに違いない。あの窓を通して見える外の風景を、大切に眺めていたに違いない。


 私はよく手入れされた年代物の窓枠を見た時、彼の芸術を慈しむ心に触れた気がした。

 威厳ある、少し寂しがり屋の老人の本当の心を、私は彼に実際に触れた人や物を通して知りつつある。


 それらは、どうして私が彼の遺産を相続することになったのかという疑問の答えに、きっと繋がる。

 あの時はリアフェスに来たばかりで混乱していたし、自分のことしか考えていなかったけれど、時間を経てじっくり考えてみれば、私が選ばれたことは奇妙以外のなにものでもないのだ。


 身につけた技量、リアフェスで生まれ育った環境と資質からすれば、私よりもイーリーベルを買い取ったハルが相続する方がずっと論理的だし、理にかなっている。

 それなのにクレアモント卿は、私を選んだ。

 気まぐれであるはずがない理由は、どこにあるんだろう。


 私はもっと、クレアモント卿のことを知らなきゃいけない。

 彼の神髄を理解し、彼が見ていただろう理想の未来の風景を、同じ場所から見なきゃいけない。

 そんな気がしてならなかった。



 ------------



「というわけでハル、私はリュイスの月になったらすぐに北の国ノウルドに行くから。」


「いいぞ、行ってこい。」


「へ?」


 私は夕食のスープ皿につっこんだスプーンを止めて、ハルを見た。

 目下、単独行動禁止令発動中。発令を出した張本人から、当たり前のように許可が下りるとは。自分の耳を疑った。

 今日はことごとく、私の意気込みが空振りする。


「言っておくけど、一人で行くよ?リビエラはまだ学校だし。」


 私は、スープの具を口に運びながら続けた。

 ここではあえて、自分からハルと一緒に行くなどとは言わないでおく。


「わかっている。」


 ハルがパンを口に放り込みながら、淡々と答えた。

 これは聞き間違いじゃない。いつの間にか、禁止令は解除されている。


「そのネックレス、ベールと同じように常に身につけておけよ。

 約束が守れるなら、一人で行くのは構わない。」


「うん、わかってる。

 でも、なんの効果があるの?コレ。」


 私は自分の首にぶら下げた、青いガラスのペンダントトップがついたネックレスに触れた。


 このガラスは、今日ヘカテの店で私が選んだものだ。金属のチェーンの部分は、モーリーンが編んでくれた紐が絡み合うように織り込まれている。

 持ち帰った時は別々だったけれど、夕食前にハルから渡されたときはキレイなネックレスになっていた。


「ララ探知機。」


「探知機…。首輪ってこと?」


 私はあからさまに怪訝な顔をして見せ、ネックレスに手をかけた。

 そういうのは、好きじゃない。


「ララは一人で行動させると、どこに消えるか予測がつかないからな。

 首輪みたいなものだ。

 外したければ外していいぞ。

 その代わり、単独行動は禁止になるが。」


 私は、ネックレスから静かに手を離した。その様子を、ヴァイオレットの瞳が一瞥する。


 監視されているというのは良い気がしないけれど、ハルに悪意があるわけじゃない。

 これまで何度も助けてもらった手前、従っておくことが身の安全と危険回避になるということは理解できている。


「大丈夫、ちゃんと身につけておくよ。」


 私はそれだけ言うと、あとは黙って根菜を口に運んだ。

 しばらくの間、私たちの食卓は食器の音だけが鳴っていた。


 カチャカチャと行儀のいい音が静かに聞こえる中、私の頭の中では、水泡のように様々な出来事が無意識に浮かんでは消えていた。

 そしてふと、()()()のハルの言葉から今日のリビエラの言葉まで、記憶の断片がピタリと繋がった瞬間がやってきた。


「ねぇハル。」


「なに。」


「前に、一緒にイーリーに行くって言ってたよね。

 それは、コレのためだったのね?」


 私は、胸元のネックレスに再び触れた。

 意地悪な気持ちが抑えられず、ニヤリと私の口元が緩む。


()()()行きそびれて、今日リビエラが来てくれなかったら、私はもっと長い間一人で行動できなくなるところだったってわけね。」


 これまで、ヘカテの店に行く機会は何度もあったはずなのに。と、私は最後の部分はあえて言わないでおいた。


 つまり、はからずも私がクレアモントホールの書庫に行った日は、ヘカテが店にがいない日だったのだ。だからハルは、私をヘイルに連れて行こうとしていた。


 ヘカテは明らかにハルのことを嫌っていたけれど、ハルが彼女を避けているというのも、リビエラが言う通りなんだと思う。

 ガミガミとハルに食って掛かるヘカテの姿が、易々と目に浮かぶ。


「なぜ笑う。」


「別に、ハルも人の子だものね。」


 私は、軽く頭を揺らして見せた。


 どんな時も動じず、世の中に怖いものなんてなさそうな顔をしているけれど、ハルにも苦手なものがあった。

 しれっと子供じみたことをしてのける彼の一面を垣間見て、私はなぜか小さな優越感に似た感情を覚えた。


 この時ハルがどんな表情をしていたかは、私だけの胸におさめておこう。


 ---------


「そういえばさ、一つ気になってることがあるんだけど。」


 私は、最後のパンをちぎりながら言った。ハルの返事を待たず、話を続ける。


「ジュールログのジュールって、リュイスの月の二十四日から新年までのことでしょう?ジュールログのログは、その時に燃やす薪のことだよね。」


「ああ。」


 食事を終えたハルが、短く相づちをうった。

 シルキィが、食卓の食器を引き上げる。


「不思議なのは、ジュールの行事はリアフェス中で行われていて、ジュールログはどこでだって買えるのに、なんでジュールの灰を作るには、薪を北の国ノウルドのノルドの森マーケットで買わなきゃならないのかな。

 一体ノルドの森の何が特別なの?木の種類だとか気候だとか諸説あったけれど、どれも憶測なのよね。

 ハルは、なんでだと思う?」


 私は、手に持っていた最後のパンを口に入れた。

 ハルは視線を宙の一点に移し、何を見るというふうでもなく少し考える様子を見せた。そして、向き直る。


「リアフェスの最北限にあるノルドの森の向こうは、氷の平原と呼ばれる永久凍土や常雪山だ。

 ではその先に何があるかというと、氷の女王の国だと言われている。

 はっきりとした線引きはないが、あの一帯は雪中蚕や不知火が現れる、人間と人間界以外のものが混在するグレーゾーン。」


「あ、知ってる。

 今日、本で読んだわ。

 雪中蚕って、あれでしょ、雪を食べて繭を作るっていう不思議な蚕。

 不知火は、凍らずの川から火が幾つも出てくるんだっけ。」


 私は、シルキィが出してくれたデザートに手をかけた。


「ノルドの森は、人間界とそれ以外の世界の境界上にある。

 あの森の水源は遥か北方、つまりリアフェス外からの地下水で、そこで育つ木々が外界の影響を受けていないとはいいきれない。」


「なるほどね。

 だから、ノルドの森のジュールログは特別で、他の場所の薪ではダメなのかもね。」


「その特異さゆえに、昔はリアフェス中で詐欺行為が頻発したらしい。

 今やノルドの森のジュールログは、現地でしか買えないことになっている。」


 ノルド産のジュールログにまつわる詐欺行為。

 もう随分昔の話だけど、ノルドの森のジュールログを買いつけた商人が他国で高額に売りさばいたり、偽物をノルドの森産と偽って販売していたことが発覚した。


 それ以後、ノルドの森のジュールログは他国転売はもちろんのこと、ノウルド国内の他の市場に出すことも禁止された。だから、個人的に現地に行って調達するしか方法はないのだ。


「行くなら、早い方がいいぞ。

 リュイスの二十日までしか買えない。」


「うん。

 リュイスの月の初日に行くつもり。

 絵を使ってもいいよね?」


 絵とはもちろん、私の部屋にある、クレアモントホールへと繋がるあの絵だ。


 素晴らしきショートカット。

 列車で行けば当然時間もお金もかかるのだから、今使わなくてどうする。

 私はそんな念を込めて、ハルをじっと見た。


「そうだな。

 その日はオレもクレアモントホールへ行こう。

 書庫で調べたいものがある。」


「あら、私の屋敷に来たいの?書庫で調べものしたいの?いいわ、許可してあげる。」


 私は胸を張り、もったいぶった口調で言った。


「なんだ、やけに威張るな。」


「うん。

 その代わり、ジュールログを買うお金をくれない?ハル様。」


 私は両手を合わせ、ハルに頭を下げた。

 ああ、お金がないって不憫だ。薪一つ、買えやしない。


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