表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/89

5-6.交錯

 

 その素材屋の名は、ヘイル。


 素材屋とは、魔術や魔法の材料を扱うお店。

 イーリーは芸術と魔術の町といわれるだけあって、小さな町にしては素材屋が多い。

 そのイーリーの町において、ブルーグレーの外観の素材屋といえば、皆がここを指す。

 そのくらい、よく知られた店。


 室内は、シャビーな色合いの寒色系。二つの長方形をいびつに繋げた、ちょっとかわった奥行きのある形をしている。


 通り沿いの窓からほどよい塩梅に陽が注ぎ込み、物が溢れているのに整然としている、雰囲気のいいお店。なのに、


 私は店主の不機嫌な目に、じっとりと睨まれていた。


「はじめ…まして。

 ララ…です。」


 私はきゅっと強張る喉をこじ開け、どうにか挨拶した。


「へぇ、あんたが。」


 冷ややかな視線が私を射抜く

 彼女の名は、ヘカテ・ヘイル。この店の二代目。

 そして、リビエラの友達。


 イヤイヤイヤイヤ…

 怖いんですが…。私、なんで睨まれてるの?


「リヴから聞いてるわよ。

 あの変人の家にいるんだって?」


 柔らかなウェーブのブラウンの髪に、赤い口紅がよくに合うヘカテ。

 性格は、口調からしてきつめ。

 身体のラインが浮き出るような服が、彼女のスタイルの良さを際立たせている。

 友達というよりは、貫禄も風貌も年上のお姉様。


「変…じん…?」


「ははっ、この場合、ハルのことだね。」


「あの男以外にいないでしょ。」


 リビエラが取り繕うようにフォローをいれるけれど、ヘカテはお構いなし。


「で、今日は何のパシリ?リヴ。」


 ヘカテがリビエラを見た。

 何だかいちいち、言い方にトゲがある。


「パシリじゃない、頼まれたんだよ。」


「それをパシリって言うのよ。

 どうせあの男は家で暇してるんでしょうに、なんであんたに来させるの?へらへら頼まれて来てんじゃないわよっ。」


 ペシッ

 ヘカテがリビエラの肩をたたく。


「痛っ。

 あのねぇ、言っておくけど、ヘカテがいない日にしかハルがここに来ないのは、君がそんなふうに意地悪な態度を取るからだよ。」


「ふんっ!染みっ垂れたこと言ってんじゃないわよ。

 あんたをいいように使ってるのは、あっちでしょ?正々堂々とやりあいなさいっての!」


「だから誤解だって。

 僕は自分の意思で友達に会いに行ってるんだ、手伝って何が悪い。

 ハルはいいヤツだよ。

 優秀なウィザードだってことも、この前の依頼で証明したろ?

 僕の性格知ってるくせに、どうしていつもそんな言い方するのさ。」


「あんたはまだ子どもだから、アイツの本性に気づけてないのよ。」


「相手の人間性を見極めるのに、子どもだとか大人だとかは関係ないと思うけどね。」


「あのね、何度言ったらわかるわけ?エリート街道まっしぐらだった男が一目をはばかってこんな田舎に越してくる理由なんて、ろくなもんじゃないの。

 こっちだって情報収集してんのよ、根拠もなく言ってるんじゃないんだから!」


 ヘカテは、早口で捲し立てた。

 相当にハルのことが気に食わないみたいだ。


「へぇ、面白いな。

 なに、その根拠って。」


 リビエラの眼に、鈍い光が走る。

 彼女は彼女で、ハルを悪く言うヘカテに辟易している様子。


「あ、あんたは知らなくていいの。」


 ヘカテは、気まずそうにツンと顔を背けた。

 言ってはいけない言葉を、つい口走ってしまったみたいに。


「ウーシュの生き残り?」


「!」


 動揺を隠せず、反射的にリビエラを見る。


「誰に聞いたのよ…。」


「ふん、見くびるな、ヘカテ。」


 リビエラが、彼女に顔をグイと近づけた。


「僕が知らないとでも思ってるの?あれは、デタラメだよ。

 ハルのことをよく思わない連中が流した、風評さ。」


「リヴ、何か吹き込まれたわね。

 血迷ったこと言わないで。」


「血迷ってないし、吹き込まれてない。

 ハルは嘘をついて言い訳するようなヤツじゃない。

 ハルのことをちゃんと見もしないで、いい加減な噂信じるの?ヘカテらしくないよ。」


「はぁっ?あんた、あたしを誰だと思ってんの?

 あたしがこんなことを言うのは、あんたのためなのよ?」


「おやおや、それはありがとう。

 だけど、僕のためって言うのは聞き捨てならないね。

 君はいつからそんな嘘つきになったの。」


 この時、私にはバチバチとぶつかり合う二人の火花が見えた気がした。

 リビエラもヘカテも、全然譲歩の気配がない。


 初めて会ったヘカテはともかく、いつも温厚なリビエラがここまで反抗的な態度をとるなんて、意外だった。


 (喧嘩を止めなきゃ…。)


 私は一人オロオロして、意味もなく誰もいない店内に視線を泳がせた。


 するとカウンターからそう遠くないところに、居眠りでもしているかのようなお婆さんがふかふかの椅子に包まれて座っているのに気がついた。

 たぶん、この人がモーリーン。ヘカテのお祖母さんだ。


 なんだか、ものすごく神がかってる。

 それが、彼女を見たときの最初の印象だった。


 すぐ傍で二人が喧嘩してるのに、小柄なモーリーンの周囲は日だまりのように和やかで、起きているのか眠っているのかも、よくわからない。

 もしや彼女の目は、開いていない?


 私は目の前の二人についてどうすれば収拾がつくのか分からなかったけれど、お婆さんの平穏を奪ってはならないという使命感だけは感じた。


「あ、あの…」


 思いきって、割り込んでみる。


「何よ。」


 ヘカテが上から私を睨み付けた。怒りを纏っているだけに、威圧感がハンパない。


「い、いえその…、喧嘩はそのへんで終わらせたらどうかな~って…。

 リビエラも…、ね?」


「喧嘩?これは喧嘩じゃないわ、説教よ。

 リヴを正しい道に引き戻すための説諭。

 余計な口出しするんじゃないわよ。」


(いやだから、そうじゃなくて…)


「ちょっとヘカテ、ララを邪慳に扱ったら許さないよ。

 僕は、自分の友達は自分で選ぶ。

 固定観念の凝り固まったガチガチ石頭のヘカテに、僕の友を想う心が動かせるもんか。」


(だから、喧嘩しないでって…)


「よくものうのうと言い切ったわね…。

 だいたい、この(ムスメ)はどこから来たのよ?

 あの男の家に住み着いてるところからしておかしいでしょ?」


 ヘカテが勢い私を指差した。


「おい、そんなふうに指差すな!救いを求めて来た()を助けて何がおかしい?むしろそれを責める君が人としておかしいだろ。」


 二人の口論は、私が割り込んだことであらぬ方向に白熱した。


(おかしい、おかしいって…)


「人としておかしい?あたしが?あたしが?人を陥れることもせず、後ろ指指されることもせず、まっとうに生きてきたこのあたしが?よく聞きな、リヴ、あの男はね、ゆ…」


「もういいでしょっ!やめなさいよ!」


 私は堪えきれず、叫んだ。 


「二人とも、喧嘩しないでっ。

 お、お願いだからっ…。」


 店内に、誰よりも大きな私の声が響いた。


「マ…。

 …なんて?」


 少しの沈黙の後、最初に反応したのはヘカテだった。

 心なしか、微かに声が震えている。

 彼女をもっと怒らせてしまったかもしれない。


「だっ、だから、お願いだから喧嘩しないでっていったの。」


 私は、自分の両手をぎゅっと握りしめた。


 だって、友達同士が意地をはって喧嘩をしているのは、心の底から見たくない。

 ハルを大切に思うリビエラの気持ちも、リビエラを心配するヘカテの気持ちも、どっちもおかしくないのだから、二人は喧嘩の理由を間違えてる。


「リヴ…。」


 ヘカテは私から視線を逸らすと、唇を震わせてリビエラの名を呼んだ。

 その瞳には怒りとは程遠い、心が締め付けられるような感情がほとばしっていた。


「なに?ヘカテ。」


 リビエラが、優しい声で応える。


「あ、あの()…」


「ララだよ。

 彼女はララ、僕の友達だ。」


「ああそう、ララね。ララ…。」


 ヘカテは額に手をあて、深呼吸しながら私の名前を数回呟いた。

 なんだか様子がおかしい。

 私は、ヘカテに何が起きているのかよくわからなかった。


「今日はちょっと、ムキになりすぎたわ。

 喧嘩は良くない。

 こんな喧嘩、ダメね。

 悪かったわ…。」


 彼女は顔を上げると、憂いを含んだ少し寂しそうな瞳で私を見た。


「う、うん。」


 神妙な空気の中、何か悪いことをしたような気持ちになる。


「あ、あのっ。」


 私は、思いあまって声をかけた。

 その先の言葉を用意していたわけではないけれど、声をかけずにはいられなかった。


「リヴ、メモ見せて。」


 ヘカテは聞こえていなかったのか、私の声を無視してリビエラからメモを受けとった。

 少しアンニュイな雰囲気で、髪をかきあげる仕草をする。


「まったく、毎度毎度、奇妙なものを欲しがるわね。

 モーリーン、下の四つ用意しておいて。

 他のは奥にあるから取ってくる。

 リヴ、手伝ってよ。」


「うん、いいよ。

 ララ、少し待っててね。」


 リビエラはそういうと、去り際にニッコリといつもの笑顔を見せた。


 ---------


 私は、静かな店内に独り残された。

 妙な空気から逃れられたのはいいけれど、手持無沙汰は少し困る…。


 ん?いや、一人じゃない。

 すぐ傍に、眠っているのか目を覚ましているのかよくわからないモーリーンがいた。

 目が開いているようには見えないけれど…ヘカテが声をかけていたのだから、起きているのかな。


 胸がドキドキ鼓動するのを感じながら、私は座っている彼女に顔を近づけた。


「おや。」とモーリーンの口が動く。


「ひっ。」


 その声が優しい「おや」だったにもかかわらず、私は驚いて数センチ飛び上がった。


「いらっしゃい、お嬢さん。」


 彼女は何事もなく挨拶すると、華奢で小柄な体を椅子から離した。

 立ち上がった背丈は私より低く、ザムより高い。


 ヘカテから手渡されたメモを広げ、面白いものを見つけたように悪戯っぽくほほ笑む。


「あらあら、フォンウェール殿は、何をお作りになるのかしら。」


 目はどうやったって開いているように見えないけれど、彼女には見えているみたいだ。


 次にモーリーンは、私のことなどお構いなしに店内の一角に向かった。

 立てかけてある脚立に登り、高い位置にあるいくつかの引き出しを開ける。その仕草には、どの引き出しを開けようかという迷いがない。


 彼女は取り出したものをエプロンのポケットに入れると、脚立の両端を持ってスルスルと滑り降りた。

 老人とは思えない、意表をつく身のこなしの軽さ。


「さぁ、この中から好きな色をお選びなさいな。」


 モーリーンが、中央のテーブルに置かれた大きなガラス瓶を示して言った。


 そこには、丸やオーバル型の、おはじきのように平べったい、色とりどりのガラスがたくさん入っている。


「この中から?」


「そうですよ。

 一つだけ、ね。」


 私は、瓶の中のガラスをじっと見た。

 柔らかい陽を浴びて輝くそれらはとても美しく、たった一つを選ぶのを難しくさせる。

 悩めば悩むほど、瓶の中の彼らが「自分を選んで!」と口々に訴えているような気がしてくるからだ。


「あなたがいつも一緒にいたいと思う色を選ぶと、いいかしらね。」


 私の悩みを察したかのように、モーリーンが助言してくれた。


 私がいつも一緒にいたい色?それなら、青。いつも私の傍にいてくれた、勇気をくれる色。


「青が、青がいいです。」


「わかりました。

 それでは、あなたの望む青を探してみましょう。」


 モーリーンがそういうと、ガラス瓶の中から全ての青色が列をなして飛び出してきた。

 青といっても、それだけを集めると様々な色味があることがわかる。

 海の、空の、湖の青。春の、夏の、秋の、冬の青。沈む青に、揺れる青…。


「これにします。」


 私は、迷わず一つを手に取った。それはキャスの瞳によく似た、地球のような青。


「いい色ですね。」


 モーリーンは上品な仕草で手を出し、私が選んだガラスを受け取った。


 彼女の薄クリーム色の肌は、しわが刻まれているけれど、柔らかそうで生気がある。

 プラチナブロンドの長いであろう髪は丁寧にまとめられていて、老齢の中にもかつての美しさと品の良さが面影となって見え隠れする。

 荒々しいヘカテとは、すごく対照的だ。

 この人は、どんな人生を送ってきたんだろう。


「さて、最後。ふん…。」


 モーリーンは顎に手を添え、動きを止めた。


「フォンウェール殿の見立ても悪くないですが。

 私なら…」


 ハルの見立て?なんの話だろう。


 私がモーリーンをじっと見ていると、彼女はブツブツと短い呪文を唱えた。

 すると、先ほどの大きなテーブルの引き出しがスッと開き、中から銀色っぽい糸の束が出てきた。

 束から数本の糸が空中でスルスルと伸び、規則的に絡まっていく。そしてあっという間に、一本の紐が出来上がった。

 モーリーンが私の手を取り、紐を肌にあてて出来具合を確認する。


「ほら、少し赤みを加えたほうが肌になじみます。

 これで、整いました。」


 私を見上げ、満足そうに微笑む。


「あ、ありがとう…ございます。」


「いいえ、万事、善きに。」


 ---------


「フォンウェール殿は、お変わりありませんか。」


 モーリーンはメモに書かれた材料をカウンターに置くと、自分の定位置である椅子に戻った。


 彼女はハルのことを、丁寧にフォンウェール殿と呼ぶ。

 ヘカテと違って、ハルに対する嫌悪感はないみたいだ。


「はい、元気です。

 書斎に籠ったり、突然出かけたりして忙しそうですけど。」


「そうですか。」


 彼女は一言そう言うと、ふかふかの椅子に包まれてそのまま静かになった。

 まるで、充電中のロボットみたい。


「あの…、モーリーン?」


「はい。」


「教えて欲しいことがあるんですが。」


 私は、私の本題を切り出した。


 そもそもここに来たのは、生き字引と呼ばれるモーリーンに聞きたいことがあったからで、私にとってハルの要件はついでにすぎない。

 リビエラと二人でハルのお使いに来たみたいになってるけれど、断じて違う。


「あら、なんでしょう。」


「庭師が喉から手が出るほど欲しいものって、なんでしょうか。」


 私は唐突な質問の次に、ザムのことをかいつまんで話した。


「庭師が所望するもの。

 人であろうと精霊であろうと、庭を良く知る者ならば、この時期においてはジュールの灰と答えますね。」


「ジュールの灰?」


「ええ。

 ジュールログを燃やして作る、ジュールの灰です。

 春の種まき前に土に漉き込めば、理想的な収穫が得られますよ。

 庭師にとっては、土こそが命題。

 色良い健やかな草花も、みずみずしい果実や野菜も、全ては良質の土壌に帰結するのです。」


 たおやかな口調で、淡々と話すモーリーン。

 この世の全ての知識を手中に収めているかのような、淀みない言葉の配列。

 私は、彼女のいう「ジュールの灰」こそが庭師ザムの心に敵うものだと確信した。


「モーリーン、その灰は、どうすれば手に入れられますか。」


 心がはやる。


「灰は、作るのです。

 ジュールログから作るのですよ。」


「作る?私にも作れますか?あの、ジュールログはどこにありますか?」


 ひと匙の不安を含んだ希望を抱えて、私はたずねた。

 ここに妖精が絡んでいないことを切に願う。

 アレが絡めば、また振り出しだ。

 ああどうか、この期待を裏切らないで。


「灰は、正しい手順を守りさえすれば難しくありません。

 ジュールログは、リュイスの月に北の国ノウルドで開かれるマーケットで手に入ります。」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ