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5-5.外出

 

 リードの月、つまりは十一月。


 十二月も差し迫る下旬、イーリーベルを取り巻く景色は、冬の気配を色濃くしつつある。


 林の木々は落葉し、箒みたいな頭があちこちで寒空にさらされている。

 辛うじて枝にとどまっている渋柿色の葉が、なんともけなげ。


「秋も、終わりよね…。

 もの寂しいわ。」


 私は、ザムの手伝いをしながら明るい朝の空を見上げた。


 空はすっかり高くなり、色は移ろい、季節の秒針が冬に向かって急速に音を刻んでいる。

 指の隙間から、両手いっぱいにあったはずの秋が滑り落ちていく。それが晩秋。


 ザムの庭は、冬支度に忙しい。

 最後の収穫を終え、採れた野菜は保管庫に運ばれる。

 ある畑は土を掘り返し、必要な場所には藁をかけ、選定だの養生だのいろんなものを切ったりぐるぐる巻きにしたりする。


「浸っとらんと、手を動かせよ。」


 ザムがお尻をぷりぷりとさせながら、通りすがりに言った。

 彼は、効率よく庭を行ったり来たりする。いつも手に何かを持っていて、休んでいるということがない。観察して分かったことだけれど、動線も作業も無駄がなく、まるで計算されている。


「去って行く秋を惜しんじゃいけない?次に来るのは何もない冬なのよ?」


 私は藁の束をかかえ、隙間から顔を覗かせてザムを見た。


「何もない?馬鹿をいうな。」


 ザムが手に持っていたハサミをブンブン回しながら言った。


「儂らは何もない冬に向けて支度しとるんぢゃない。

 こいつは今ここにある春のためだ。」


「ちょっとザム、危ないよ。

 何言ってるのかよくわからないけど、私の世界では春が来るのは冬の次よ。」


「はん?冬の次は春だ。

 わかってないのはお前だ、ララ。

 あの木を見てみろ?葉はないが、枝の中に萌芽が芽吹いちょる。

 お前の足下でも、土の中で新しい根がうずいちょる。

 儂には、春の命脈がはっきり見えるぞ。」


 春の命脈ねぇ…。

 私はザムがハサミで指すまま、木の枝やら地面やらを見た。

 一陣の木枯らしが吹き、枯れ葉が揺れる。

 こんな閑散とした景色の中に、庭師というのはもう既に、(きた)る春の一端を見ているらしい。

 春と秋の間には、長い冬があるってのに。


「春といえばさ、ノームの国では美味しいお酒が飲めるんだっけ?」


「ん?ブリシュカのことか?」


「あ、うん、それ。

 ブリシュカ。

 ザムは飲んだことある?」


「あったり前だ。

 アレは儂らの活力の源。

 まさに、命の水よ。

 うひひ。」


 ザムは顔をくしゃくしゃにし、肩を揺らして笑った。


「そんなに美味しいんだ?」


「ブリシュカがうまいかって?そんな生易しいもんぢゃあない。

 アレは大地が生み出した至上の飲みもんだ。

 どこぞの酒とも比べられん。

 うまいかどうかの話ぢゃない。最初から最高にうまい。」


「なるほど。」


 ザムのよくわからない主張に、私はうなずいた。


「そんなに美味しいなら、私も一度飲んでみたいな。」


「飲んでみたい?はっ、それは無理な話だな。」


 ザムがパチパチと藁を切る。


「どうして?」


「お前はまだ、子どもぢゃないか。

 人間の子どもは飲めん。」


「人間の大人なら、飲めるの?」


「そうだな、大人になったら飲める。」


「じゃあ、飲まないけどブリシュカが一本欲しいと言ったら、ザムは次の春に持って帰って来てくれる?」


「ブリシュカは飲むもんだ。

 飲まないヤツになんで持って帰らなきゃならん?

 酒に対する侮辱だぞ、それは。」


「えっと、ハルにプレゼントしたいかな~って…。」


 私は、ハルの名前を出した。プレゼントってのは、とっさについた嘘。


「若旦那に?あー、やめとけ。

 旦那は酒は飲まん。」


「え、そうなの?」


「まぁ、どっちにしろ、人間に分けてやる義理はない。

 アレは儂らの飲みもんだ。

 ほら、手動かせって言っただろが。」


「あ、ごめん。」


 私は、抱えていた藁を地面に置いた。


 ザムと話をしていると、時々こんなふうに交渉のチャンスがやって来る。

 だけどなかなか、彼の心をがっちり掴むような展開にならない。

 なんの進展もなく、あれから何日過ぎたことやら…。


「ララ!」


 突然、寒空に聞き覚えのある声が響いた。

 伸びのある、よくとおる、ジュールの頃に戻ると笑顔で言った、まさかの声。

 思わず振り向いた視線の先に、青みががった翡翠色の髪と、キラキラ輝く琥珀色の瞳があった。


「リビエラ!」


「ララ!会いたかった!」


 リビエラが、駆け寄ってくるなり私をギュッと抱きしめた。

 ああこの香り、この怪力っぷり、幻覚じゃない。

 手加減してくれているとわかっていても、ちょっと目がチカチカする。


「もしかして、もう冬休み??」


 まだリュイスの月、つまりは十二月になっていないけれど?


「残念ながら、まだだよ。

 課題が早く終わったから、今日一日、時間ができたんだ。

 ララに会いたくて、戻ってきた。」


 キャスによく似た瞳が、嬉しそうに私を見つめた。


「私に?」


「そう、ララに。

 他にどんな理由がある?」


 リビエラは微笑み、私の頭に視線を移す。


「キレイなリボンだね、似合ってる。」


 久しぶりに聞く、包み込むような調子の声。くすぐったいほど心地いい。

 彼女は、私の髪に結ばれたリボンに指先で軽く触れた。


「ありがと。」


 褒められるのは恥ずかしいけれど、悪い気はしない。


 私はここ最近、髪をポニーテールにしている。

 リビエラが褒めてくれたリボンは、オルランドにもらったベールを変化させたもの。


 ハルに肌身離さず持ち歩くように言われたから、色々試した末、髪に結んでおくことにした。

 今のところ、これが一番しっくりくる。


 たくさん練習もして、自分で言うのもなんだけどベールさばきも様になってきた。


「ララ、ハルは居るかな?」


 リビエラが、手にした封筒をチラリと見せながら言った。


「うん、書斎に居ると思うよ?」


「ありがとう。

 渡してくる。」


 彼女はそう言うとザムに声をかけ、ハルの書斎へと向かった。


 リビエラはいつも、ハルの私書箱に届いた手紙や荷物を持って来てくれる。

 それは裏を返せば、彼女が来ないと荷物が届かないということ。


 リビエラがいない期間はハルが取りに行っているけれど、もちろん毎日じゃない。時々、思い出したように持ち帰ってくるのを見かける。


 前に私が取りに行こうかと声をかけた時は、すかさず断られた。未だに、一人で行動する許可はもらえない。っていうか、私、信用されてなさすぎ?


 まぁとにかく、リビエラがウィッスルに戻ってからというもの、爽やかな朝を運んで来てくれる彼女のいない一日の始まりは、ずっと賑やかさが足りなかった。

 ここの景色には、リビエラが要る。彼女の姿が加わることで完璧な日常になるのだと、私は思う。


 ---------


「やぁ、ハル。」


 リビエラが書斎にいるハルに声をかけた。

 手にしていた書簡を、カウチ前の机にポンと投げる。


「お前か。」


 ハルは一人掛けのカウチに座り、資料に目を通していた。

 まるで昨日も顔を合わせていたかのように、リビエラがいることに驚かない。

 言葉にはできない阿吽の空気が、二人の間には流れている。


「今日一日、時間ができたんだ。

 ララをイーリーに連れ出してもいいかな?」


「ああ。」


「君も来る?」


 リビエラの誘いに、ハルはチラリと顔を上げた。


「いや、いい。

 それよりも、一つ頼みがある。」


 ハルは立ち上がると窓際の机に向かい、メモを書いた。


「これを、」


「ヘカテのところに、かい?」


 リビエラが、心得たようにハルの言葉を先回りする。


「…ああ、頼む。」


「オーケー、あれ…?」


 ふと、窓際の机に置いてある封筒に目がとまる。


 ここに通うようになって以来、幾度となく目にしてきたソレは、ハルに届けられる手紙の中でも極めて上質で、特別な紙質の封筒だ。

 もはや封の刻印を見なくても察しがつくほど、良く知っている。


「ラブレター、再び?」


 リビエラはハルを見た。


「…。」


「懲りないねぇ、彼女も。」


 無言のハルに向かって、浅いため息をつく。

 呆れ口調だが、リビエラはむしろ感心している。

 ラブレターの差出人は、この一年間ハルをミースに引き戻そうと手紙を送り続けているからだ。


 夏の終わり頃から音沙汰がなく、さすがにあきらめたかと思っていたが、真新しい封筒があるところを見るとそうではなかったらしい。


「君も大変だな。

 独善的というかなんというか、よもやこれほどの粘着気質なお方とは。

 返事はしたの?」


「いや…。」


 珍しく、ハルが言葉尻を濁す。


「なに?」


「少し考えている。」


「驚いたな、どういう風の吹き回し?」


 リビエラは、驚きを隠さなかった。

 ミースに戻ることを拒否し続けてきたハルが、これまでにない肯定的な反応を見せている。

 自分がいない間に何が起きたのだろうかと勘繰ってしまう。


「さあな…。

 気が変わった。」


「ふうん。

 彼女の粘り勝ちだな。

 継続は力なり?」


 リビエラはニヤリと含み笑いをして見せると、ドアへ向かった。

 去り際に、くるりとハルを振り返る。


「僕は、君の決定に反対はしないよ。」


「当然だ。」



 -----------------------



「え?ザムの好きなもの?」


 私の質問を、リビエラが繰り返した。


 私たちは今、イーリーの町に向かっている。

 林を抜けて、ちょうどイーリーベルの敷地を出たところ。


「そう、ザムの好きなもの。

 お酒とテンタシオンのチョコ以外でね。」


 私は道すがら、リビエラに事情を説明した。

 ノームのお酒ブリシュカが石化解呪に必要な材料であること、そして、そのお酒と交換できるほどザムにとって価値がある物を探していること。


 なぜお酒とテンタシオンのチョコ以外かというと、これは私なりに理由がある。


 まずはお酒について。

 ノームは、お酒を貢げば機嫌がよくなると言われるほど、一般的にお酒好きとされている。

 だけど、ザムが至上の飲み物だと言い切るブリシュカと交換できそうなお酒を探し出したとしても、お酒が飲めない私には説得力がない。

 普通に考えて、お酒で張り合うのは分が悪いのだ。

 だから私は、「お酒VSお酒」という図式を諦めた。


 次に、おなじみのザムの大好物テンタシオンのチョコレートについてだけれど、ハルが言った通り、簡単に手に入れられるものでは食いつきがいまいちだった。


 私たちの対戦相手は一年に一度、彼らが十二か月の時を経て狂喜乱舞する待望の美酒。

 生半可なものでは、太刀打ちできない。

 ブリシュカを手に入れるためには、かの美酒の誘惑を一発KO、ノックアウトするほどの威力があるものじゃなきゃいけないんだ。


「うーん…なんだろうなぁ。

 ザムの好きなものといったら、その二つ意外に思いつかないんだけど。

 いっそのこと、テンタシオンのウィスキーボンボン一年分ってのはどう。」


「数で勝負ってこと?そんなにお金ないよ。」


 リビエラの小金持ちな提案に、私は弱気な声で返した。

 お金がないって不憫だ。

 将来は是非、金にものをいわせてなんでも思い通りにできる大人になろう。そうすれば、人生はもっと生きやすく楽しいものになるハズ。


「ノームの好物ブリシュカと交換できるものか…。

 あ、知ってた?アイツ、ノームの中では変わり種らしいんだよ。

 ハルが言ってた。」


「カワリダネ?」


「うん。

 ノームの国は、二つあるんだ。

 東ノームと西ノーム。

 あ、ザムは西ノーム出身ね。

 どちらも地下にあるんだけど、彼らの営みは簡単にいうと石の管理。

 石って言っても、東は鉱石、西は鉱物。

 つまり、西はエメラルドとかサファイアなんかの貴石。

 彼らは、地下で鉱物と共に暮らすことを旨としている。」


「うん。」


「でもアイツは、そんな生活には目もくれず人間の範疇に居付いて庭をいじってる。

 それが悪いっていうわけじゃなくて、本来のノームの性から逸脱したところにいる。

 ザムにとっては庭こそが自分の居場所であり、至高の生活なんだ。

 だから…。」


「だから?」


「ノームっていうより、庭師ザムが求めるものを探した方が早いかもね。」


「なるほど…。」


 リビエラの視点は鋭い。私はそういう見方もありだと思えた。


 庭で働くザムは、いつも真剣だ。はたから見ていても、花や野菜に注ぐ情熱やら愛情やらをひしひしと感じる。今日だって、春の命脈についてハサミを振り回しながら力説していた。でも…


「でも、それだと余計にわからないかも。

 庭師の尊い気持ちを理解するには、私じゃ力不足だわ。

 せめて、庭に愛着を持てる私のおばあちゃんくらいの境地にならないと。」


 私は頭を抱えた。


「僕も、庭のことはよくわからないな。

 そうだ…。

 ララ、モーリーンに聞いてみよう。」


 リビエラはポンと手を叩き、明るい声で言った。


「モーリーン?誰それ?リビエラのおばあちゃん?」


「違うよ、素材屋の生き字引モーリーン。

 彼女なら、何か知っているかもしれない。

 ララ、君が行きたいところへ案内するって言ったけど、実はハルに一つ用事を頼まれてるんだ。

 まずはモーリーンの所に行ってみない?」


「わお!」


 リビエラの提案に、私は一筋の光明を見た。


「う、うん、行く!今すぐ行きたい!」


「オーケー!善は急げだ。」


 私たちは町へ続く坂を駆け足で下り、石畳の道が美しいイーリーの町へと入った。


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