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5-2.素材

 

 私はオーブンの前に陣取り、椅子に座って焼けるパイを眺めていた。


「はぁ…。」


 ため息がもれる。


 人生とは、困難との戦いの連続である。


 そう言ったのは、誰だったっけ。


 この言葉が真価を発揮するのは、困難に打ち克てる強い人が口にするとき。

 だがしかし。

 世の中は、そんな人間ばかりじゃないのだ。

 目の前の困難に打ちのめされる、ヤワな人間もいる。

 例えば私みたいに。


 ------------


 話しておきたいことがあるー。


 ハルにそう言われたのは、昨日のこと。


「話しておきたいこと」だなんて物々しい言い方に、いい知らせを期待できるわけがない。


 私たちはキッチンダイニングの食卓テーブルに向かい合って座り、私はハルが切り出すのを待っていた。


 ------------


「石化解呪のことだが。」


「え?あ…うん。

 調べてくれたんだ?」


 私はハルを見た。

 キャスの石化解呪。それは、私がここにいるたった一つの理由。

『話しておきたいこと』がそのことだったとは。

 私は、ハルを疑った自分を反省した。


「方法は全部で五つ。」


 ハルが、私の反応を確認するかのようにこっちを見た。


 ここにきてから、いろんなことに巻き込まれ通しだ。

 サウィーンの夜に始まり、遺産相続、チョコレートのお使い、刻の水底、書物の試練、ピクシーのご機嫌取り。どれもこれも、石化解呪と関係のないことばかり。


 やっと本来の目的に着手できるという期待と、予測不能な未来への不安。

 私は揺れる二つの気持ちの狭間にいた。


「うち一つは呪文誦。残るは四つ。」


 呪文誦とは、ウィザードが唱える呪文のこと。

 石化解呪の呪文は、この世界でたった二人しか唱えられない。

 その一人は、自称偉大な魔法使いオルランド。

 私をイーリーベルに導いた張本人。

 ハルの師匠だけれど、他人の不幸を笑う札付きの人でなし魔法使い。

 ハル曰く、アレには頼まない。

 まぁ、相手がオルランドでなくても、ハルは他力本願を嫌う。


 根本が他力本願の私としては、解呪してくれるならこの際誰でもいいのだけれど。ハルは絶対に首を縦にふらないだろうから、口にはしない。


「四つで十分。

 どれか一つ成功すればいいわけでしょ?」


 私は意気込んだ。

 選択肢は、多ければ多いほどいいはず。それだけ解呪のチャンスが増えるってことだから。


「まぁ、そうだが。

 言いきるのは、最後まで聞いてからのほうがいい。」


「わかった。」


「一つ目は、再生の花の雫。これを対象に振りかける。」


「雫…?」


「ああ。

 原材料になる花は、なんでもいい。

 そうだな…青い薔薇が一番()()()()()と言われている。」


「相性?何の?青い薔薇?ここには青い薔薇があるの?私たちの世界じゃ、幻に等しい色よ?」


 のっけから、私の頭の中は『?』の連続。うっかりハルを質問責めにしてしまった。


「存在する。

 手に入れる方法もある。

 相性というのは、灰の花との相性だ。

 任意の花を育てる土に、灰の花を混ぜなければならない。」


「じゃあ、まずはその灰の花を手に入れなきゃいけないのね?どこにあるの?」


「サラマンダーが生息する火山帯。」


「サラマンダー!って、あのサラマンダー?火の中で生きている幻の生き物のこと?」


「火の中ではなく、溶岩が流れる場所に棲んでいる普通の生き物だ。

 サラマンダーが生息している場所には、必ず灰の花がある。

 そして灰の花を採るには、火焔の中に入る必要がある。」


「火焔…?」


 それは、くすぶり燃え続ける火の海。


 ふと、銀水晶の森でハルが放った炎を思い出した。

 身体は、まだあの熱を覚えている。

 私は身震いして自分の腕を掴んだ。

 できることなら、熱いのはもう嫌だ。


「青薔薇を育てるとなると、一年はかかる。」


 ハルが続ける。


「花が咲くという保証もない。

 ザムがいるから杞憂だとは思うが、だとしても春からの話だ。

 間に合うかどうか…。」


 間に合うかどうか?

 それは、もとの世界へ帰れないってことかしら。だとしたら、それは大いに困る。


「ねぇ。

 再生の花の雫は買えないの?」


 間に合わないなら、お金で解決!そのほうがいろんな意味でお互いに楽だし、確実だと思う。


「相当に高額だぞ。」


「って、どのくらい?」


「町がひとつ買える。」


「うーん、高いってことはわかるけど。

 全然イメージできない。」


「法外な値段だということだ。

 稀少品だから、言い値になる。

 完成すれば一攫千金というおまけ付きだが、あまり手堅いやり方じゃない。」


「そうね。

 町を買えるほどの大金はないし。」


 要するに『再生の花の雫』は、大金どころか無職無収入の私には手の届かない夢の品。

 花を育てるのに一年もかかるなら、この選択肢はない。


「じゃ、二つ目の方法は?」


「二つ目は、ネイロン湖の藻草。

 ネイロン湖は、足を踏み入れたものを石化させる特殊な湖だが、湖内に生えている藻草だけは影響を受けない。

 これを乾燥させ、妖精の森にあるムーアの泥炭に混ぜたものを塗ると、対象の石化が解ける。」


 湖か。熱いよりは、ましかもしれない。

 ん…、でも待って?私は考えた。


「あのさ、水に触れると石になっちゃうんだよね?

 採る方法はあるの?」


「ないことはない。

 その点はどうにかなるとして、ここもいくつか問題がある。

 まずは、湖には藻草を主食としているフラリンガスというほぼ一本足の怪鳥がいる。」


「ほぼ一本足ってどういう意味?」


「二本ある内の片方は退化していて、ほとんど機能していない。」


 なるほど。


「ネイロン湖は彼らの巣窟。

 怪鳥を掻い潜って藻草を採るのは、危険を伴う。」


 なるほどなるほど!

 怪鳥とはどのくらいの大きさかしら。

 ヌシと対峙した身としては、少々のことでは驚かない自信はある。


「そして次に、」


「まだあるの?!」


「いくつかあると言っただろう?」


「そうでした…。」


「そして次に、妖精の森にあるムーアの泥炭だが。

 人間が入ることは原則禁じられている。」


「じゃあ、ダメじゃん…。」


「原則だからな。

 可能性は低いが、妖精王の許可があれば、入れないことはない。」


「妖精王…。そんな簡単に会えるものなの?」


「さあな。」


 その「さあな。」ってどういう意味?諦め?それとも無関心?

 私はうなだれた。

 最後の最後にそんなオチがあるとは、二つ目の方法も素晴らしく成功の可能性が低いんじゃないの。


 ハルの言葉が、右から左へと流れるようにすり抜けていく。

 落ち込み始める私をよそに、彼は続けた。


「三つ目は、ノームの緑火。」


「ノーム!」


 私は小さく叫び、顔を上げた。

 脳裏に閃いたのは、黒いビー玉のような瞳で私を見上げるザム。


「ノームなら、すぐそこにいる!緑火ってなに?」


「緑火とは、ノームが作るお酒「ブリシュカ」と数種類の薬草を煮立てて作る緑色の火だ。

 これを三日三晩かけて月光でさらに精製する。」


「それじゃ、ノームが作るお酒が必要なのね!ザムにお願いすれば、手に入るんじゃない?」


「そうだな、だが…。」


「だが?今度はナニ?」


「なにがしかの対価が必要だろうな。

 ノームが無償で分けてくれるとは考えられない。」


「それなら、きっと甘いものよ。

 ザムは、甘いものに目がないもん。」


「普通の頼みならそれで問題はないだろうが…ブリシュカは一年に一度しか造られない美酒。

 ノームの大好物。

 彼らは手にした端から我を忘れてのみふける。」


「ザム次第?」


「その通り。

 ザムがブリシュカの誘惑に耐えうる対価が必要になる。」


「それはナニ?どんなモノ?」


「わからん。」


 わからん?そこ、一番大切なところじゃない?


「ザムは、もうじき西ノームの国に帰る。」


「え?何で?」


「冬ごもりだ。

 この辺りは、雪が降ると庭は何もできなくなる。

 だから、ザムは来年の春まで戻らない。

 ブリシュカは冬の間に作られ、春に出来上がる。

 チャンスは一度しかないぞ。

 あいつが去るまでに探って交渉しろ。」


 なんですって!


「わ、わかった…。」


 とは言いつつ、ザムが誘惑に耐えるうる「ナニか」なんて見当もつかない。

 言いたいことはあったけれど、私はおとなしく口をつぐんだ。


「ザムは、あと数週間ここに居る。

 時間はある。」


「うん…。」


 私は、気の抜けた返事をした。なんだか全然、うまくいく気がしない。


「四つ目。

 春風の妖精が作る花輪。」


 それは、春風の妖精が春の野で気まぐれに作る花輪。

 この花輪を対象に捧げると、石化が解ける。

 私は、ヴァイオレットの瞳を見た。


「また妖精?」


「そうだ。

 ララの友人を石に変えたゴルゴ―は、人外。

 人外の呪力は、人外の呪力で打ち消す。

 それが摂理。」


 ここはリアフェス。人間の世界。

 妖精の世界は、リアフェスの外にある。

 私たちは、それがどこにあるか知らない。ザムにだって教えてもらえなかった。

 つまり、妖精というワードが出たとたん、石化解呪の可能性は限りなく低くなる。


「人間と妖精は、住む領域が違うのよね?」


「ああ。

 オレたちと妖精の住む領域は明確に分けられ、人間が妖精の領域で暮らすことは許されない。

 これは、かつて妖精の王とミースの上王が交わした誓約。」


「私たちに、春風の妖精のもとへ行く方法は、あるの?」


「二つの世界は、全く交流がないわけじゃない。

 現に、妖精の装備品はリアフェスにも流通している。

 探れば、方法はあるはずだ。

 それに、春風の妖精が現れるのは来年の春。

 突き止める時間は、まだある。」


 時間がある?


 ハルの言葉に、私はイラッとした。

 これは、時間の問題なの?


 四つの方法は、可能性という点ならどれも地を這うように低い。


 ここに自分の意思や力ではどうにもならない不可抗力が加われば、結果は既に見えている。


 再生の雫は、時間という制約。ネイロンの藻草と花輪は、人間と相容れない妖精という制約。緑火は、ザムの忍耐力。

 時間だろうが妖精だろうが、自分の力が及ばないのは同じこと。


 わかりきった結論を前に、やる理由はない。素材を集める意味もない。

 でもハルは、無理だと言わない。

 彼が求めるのは、確実な手段。

 なんだろう、このモヤモヤは…。


「なんで…?」


「?」


「…なんで、ムリって言わないの?」


「どうした、ララ?」


「どれも無理な話ばかりじゃない。

 花は時間がかかりすぎる。

 妖精の領域は、どこにあるかわからない。

 あのザムが誘惑に耐えうる対価なんて、蓋を開けてみなきゃわからない。

 ノームのお酒が手に入る確証は、どこにもない。

 どうして無理だって言わないの?」


「無理ではない。

 可能性が低いだけだ。」


 バンッ


「だから、低すぎるの!」


 私は苛立ちまかせに机を叩き、ハルを睨んだ。


「こういうのを無理っていうのよ!

 こんなのどれも無理だって私でもわかるのに、なんでそう言わないの?

 石化解呪はできないって、お前は元の世界に戻れないって、なんではっきり言わないの?」


 キッチンダイニングに、ヒステリックな私の声が響いた。

 じっとりした空気の中、ハルがいつもの瞳で私を見ている。


「…なぜ、怒る?」


 彼の口調は悔しいほど落ち着いていて、私は苛立ちと恥ずかしさがごちゃごちゃになったモノに襲われた。


 目の前にいるのは、別次元の遠い人。

 この人は、私の気持ちなんて理解できない。


「おっ、怒ってないわよ!」


 私はいたたまれなくなって、キッチンダイニングを飛び出した。


「おい待て、ララ!」


 玄関を抜け、あてもなく林に向かって走る。私は一本の木にたどり着くと、そこで足を止めた。


 これは、八つ当たりだ。

 自分自身にも腹が立って、むしゃくしゃした感情が消えない。


 だけど、負けるとわかっている戦に挑んで、挙句惨敗する意味なんてどこにもないじゃない?


 オルランドに一言お願いすれば済むことなのに。

 彼が呪文を唱えさえすれば、それですべてが解決するのに。なんで?

 なんで、こんな難しいやり方を選ばなきゃならないわけ?


「ララ。」


 ハルが、追いかけてきた。

 私はハルに向き直り、言った。


「オルランドに会う。

 オルランドに会って、キャスの石化を解く呪文を唱えてって直接お願いする。

 そうすれば、全て解決する。

 だから、オルランドの居場所を教えて。」


「無理だ。」


「なんで?」


「アイツがどこにいるか、知らない。」


「嘘よ!オルランドは私に手を貸してくれるって、サウィーンの夜に言ったもん。」


「なら、今ここではっきり言ってやる。

 アイツはお前に手を貸さない。

 お前の望みを叶えない。

 あの男に、一切の期待をするな。」


 ハルの抑えた声が、私を威圧する。

 それでも、私はこの最も確実で簡単な方法を諦めきれない。


「オルランドが人でなしだってことは、私だってわかってる。

 だけどキャスが元に戻るなら、呪文を唱える人物の人格なんて私にはどうでもいい。

 あなたは、彼の弟子なんじゃないの?なんで会わせてくれないの?」


「オレは、望んで弟子になったわけじゃない。

 勘違いしないでくれ。」


「ハルの意地悪。

 知らないなんて嘘でしょ。

 お願いだから、オルランドに会わせて。

 彼のところに連れて行ってよ!」


「無理だ。」


 その瞳は、頑なだった。

 どうしてハルが私の頼みを拒み続けるのか、理解できない。


「ねぇ、このままじゃ、キャスをもとに戻せないよ…。

 元の世界に、帰れない…。」


 大粒の涙がポタポタと地面を打ち、私はその場に泣き崩れた。


 ---------


「もどろう、風邪を引くぞ。」


 いつまでも泣き続ける私に、ハルが言った。


「ううっ…。」


「……。」


 ハルが一つ大きなため息をついた。

 そしてその直後、私の身体はふわりと宙に浮いた。


 この時の私は、何をされようとひたすら泣き続けるだけ。

 彼は魔法で私を宙に浮かせたまま、イーリーベルへと連れ帰った。


 私は部屋のベッドに運ばれ、ドアは静かに閉じられた。


 ---------


 私は泣きながら眠り、気がつくと夕方だった。

 シルキィが食事を運んで来てくれた。

 夜遅く廊下を通ったとき、ハルの書斎から明かりが漏れているのが見えたけれど、ドアをノックする勇気はなく…。


 そして翌朝、つまりは今朝、キッチンダイニングに来た時ハルの姿はなかった。

 

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