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4-7.迷宮(3)

 

「あつい…。」


 暑すぎる。


 これは、魔術が迷宮に繰り出す疑似世界。

 美しい銀水晶の次は、熱気を帯びた乾燥地帯だった。


 照りつける陽と大地からくる反射光を受けて、皮膚がチリチリする。

 赤土色が支配する荒野に在るのは、岩と灌木だけ。


 目の前で陽炎が揺れ、後ろを振り返ると、銀水晶の森はすっかり消えていた。

 さっきまでの世界が嘘のように、私たちは灼熱の地に放り出された。


「南の国レンスターにある、メサグラードだ。」


 ハルが言った。


「メサグラード…。」


 私は繰り返した。

 リアフェスにもこんな場所があるのだと、驚く。


 ここは、南の国レンスター。

 リアフェスの国々の中で、最も風土の変化に富んだ国。


 例えば、国の北部は首都国家ミースに接し、穀物や農作物が豊かに実る土地。

 良質のモルト酒が作り出されることで有名。


 一方、西の国コルマクと接する西部は、適度な湿り気を含んだ気流のおかげで、一年中青々とした牧草が茂る。

 放牧による飼育で健康な家畜が育ち、郷土料理も豪快な肉料理が多い。


 そして、東の国ランスターと国境を接する東部を南下すると、通称『死地』と呼ばれる連峰がそびえる地域がある。


 この辺りは降雨量が極めて少なく、山と砂漠に挟まれた高温乾燥地帯。

 メサグラードと呼ばれる場所。

 メサグラードには、『神の地』とか『偉大なる聖地』とかいう意味があるらしい。


 たいそうな名前がついているけれど、人が簡単には住めないって意味なら、その通りだと思う。


 岩と乾燥したブッシュが広がるこの地には、特異な環境に適応した固有の動植物が生息している。


 その一つが、生態系の頂点に立つウルスター・リザード。標準体長は、だいたい四メートル前後。


 身体を覆う皮膚は、剣士の(つるぎ)も欠けてしまうほど硬く、前足の親指に麻痺毒を持つ。

 基本四足歩行の太い足で大地を蹴るスピードは、見かけ以上に速く、人間の足では敵わない。


 リザードという名称はついているものの、彼らは大きく開く顎とカメレオンのように伸びる舌を持っていて、強い粘着力で補食する。

 待ったなしの最強ハンター。


 ------------------------


 さて、どうして私がこんな話をしているかというと、時は千年と少し前に遡る。


 黒の魔法使いという脅威などなく、魔法使いの力もあまり発達しておらず、後代の上王リオンがまだ王子だった頃のこと。


 今となっては伝説上の生き物と化している、巨大ウルスター・リザードがメサグラードに現れた。


 その体長は通常の四倍。つまり、十六メートル近くあった。

 もう、リザードというよりはオロチとか恐竜みたいな大きさ。

 メサグラードの(ヌシ)として君臨していたけれど、こともあろうに人肉の味を覚え、ここにやって来る人や近くの集落を襲うようになっていた。


 剣士の剣も、槍使いの槍も通さない頑丈な皮膚、衰えない素早さと凶暴性に人々は怯え、ランスターの国王は頭を抱えていた。


 そんなある日、この噂を聞きつけたリオン王子が、フィアルーに巨大リザードを退治しにいこうと言い出した。


 フィアルーの物語にある「メサグラードのヌシ退治」というエピソードは、このことが語られている。


 ------------------------


 ここまでは、実はハルが教えてくれたこと。

 そして、私はもう理解していた。


 これは、本が与えた試練。舞台は整った。

 次に必要なのは、役者だ。


「フィアルーたちのように、メサグラードのヌシを退治しなきゃいけないってわけね?」


 私はハルにたずねた。


「ああ。

 なかなか要領が良くなってきたな。

 ヌシは、人の匂いを嗅ぎ付けてくる。」


 ハルが、警戒するように巨大な岩山を見ながら言った。

 さすがの彼も、この陽射しは眩しそうだ。


「ねぇ、でもどうやって…」


 巨大リザードを退治するの?


「来るぞ。」


 私の素朴な疑問は、音声化される前にハルに遮られた。


「えっ?どこ?」


 私は辺りを見た。ヌシの姿はどこにも見えない。


 ズンッ ズズズッ


 どこからともなく生々しい音が響いた直後、大きな顔が、前方の岩と岩の間から現れた。


 小さな鼻を湿らせ、目はこちらに向けたまま、時々ギョロギョロさせている。

 身体を覆う硬い皮膚は、浅黒い肌色に鋼色の斑模様。


 大胆不敵なヌシは、相手の様子を伺おうなんていう気は更々ないらしい。

 彼は私たちを確認すると顔をぐいと突きだし、前足で身体を押し上げて岩を越えてきた。


 その巨体は私の想像をはるかに越えていて、大人でも余裕で丸呑みできるほど巨大だった。


 ヌシは、ゴウゴウと声を出しながら食事の前の品定めをするようにこっちを見た。


 私たちの距離は三十メートルくらいだろうか。

 相手が大きすぎて、距離感がうまくつかめない。

 野性味ある迫力に、私は既に「ヘビに睨まれたカエル」状態だった。


 気がつけば、足が震えていた。


「わ、わわ…。」


 般若姿の時雨を見たときのような、意味不明な声が漏れる。


 これ、どうやって退治するの?

 剣も槍も通さない獣相手に、武器もなく立ち向かうなんて無謀すぎない?

 簡単に「退治する」って言っちゃったけど、フィアルーたちはどうやって退治したのっ?!


「そこに、そのまま立っているんだ。

 怖いなら、目を閉じろ。」


 ハルが、背後から静かに言った。


「こ、ここ…に?」


 首をゆっくり動かして、ハルを振り返る。


 このままここにいたら、ヌシにぱっくり食べられちゃうと思うんだけど?

 ハルのことだから、何か考えがあるのよね?

 まさか私を置いていかないよね?


 私は目でそう訴えたけれど、涼しい表情の彼が正しく受け取ってくれたかは、わからない。


 やっぱり、嫌な予感がする。


 ゴウッ


「ひゃっ!」


 ヌシが突然、雄叫びをあげた。

 私の髪がなびき、獣臭い不快な匂いが混ざった熱風が、顔に吹きかかる。


「おえっ…。」


 気持ち悪くて吐きそうになる。


「そこにいろよ!」


 ハルは言い残すと、不意に姿を消した。


「えっ?ちょっと、ハル?どこ?どこに行くのっ?」


 ズンッズンッズンッ


 地響きと共に、ヌシが向かってきた。


「わっ!やだ、こっち来るっ。」


 最初の獲物は私に決定したらしい。っていうか、ハルはどこに行った?


 私は、ハルが姿を消したことに何よりも動揺していた。


 ズンッズンッズンッ


 自分が震えてるのか、地面の振動が響いているのかわからない。

 悲しいかな、私の度胸は、怒涛のごとく近づく脅威に敢然と立ち向かえるほど強靭ではなかった。


 無理無理ムリッ!

 ここにじっと立っているなんて私にはムリ!


 涙ながらにそう思った瞬間、私の足は勝手に走り出していた。

 これは、身を守るための逃走本能だと思う。


 だけど、普通サイズのウルスター・リザードでさえ人間の足よりも速いと言われているのに、ヌシがこの距離で私に追いつけないはずはなかった。


 冷静に考えればわかることだけれど、それでも恐ろしいときは、なりふり構わず逃げてしまうものだ。


 私は、必死になって走った。

 何度も後ろを振り向き、その度にヌシの身体が近づいてくる。


「わっ!」


 足が絡まって地面に躓き、宙に浮いた瞬間バランスが崩れた。


( ! )


 地面に倒れるのを覚悟したその時、ヌメッとした生暖かいものが私の胴をぐるりと捕らえた。


 一瞬のうちにからめとられ、身体が高く浮いて、ヌシの方に向かってグイと引き寄せられる。


(えっ?何これ?)


 首がガクンとうねり、振り回される衝撃で意識が薄れる。


 そして次の瞬間、クレーンが軋みながら倒れるような音が響き渡り、私はそのまま地面に叩きつけられた。


 もはや何が起きているのかわからない。

 ただ、視界の向こうで、どこかに飛び込むハルの後ろ姿が見えた。


(ハル?どこに…行くの…?)


 ドオン


 大地が揺れる。

 クレーンが軋むような音が空に響く。


 ヌシの声が悶え、尻尾を打ち鳴らしていた。

 うるさくて、耳が痛い。

 おかげで、私は意識がハッキリしてきた。


 ヌシの舌は途中で切り落とされ、私ごと地面に落下していた。

 痙攣したまま私を締めつけていたけれど、それも緩みつつある。

 私は舌を押し上げて自力で這い出した。


 そして立ち上がると、毒々しい模様の巨体を見上げた。

 彼は腹ばいになっていて、苦しみながらしきりに身体をくねらせ、尻尾は辺りの岩をなし崩しに破壊している。


 口は大口を開けたまま、銀色の棒のような物がつっかえていて閉じることができない。

 切り取られた舌が根元からだらりと垂れていて、開いた口からは唾液が雨漏りのように滴っていた。


 この状態では、ヌシは私を襲えない。

 そう考えて、彼にゆっくり近づいた。


 私にはさっき、ハルがヌシの口の中に入って行ったように見えたのだ。


「ハル?」


 ゴウッゴウッと巨体が声をあげる。


 臭い息に耐えながら、私はヌシの口によじ登った。

 銀色の棒は両端が剣先のように尖っていて、口内の柔らかな部分に、上下に深く突き刺さっている。

 暴れるほどに食い込み、簡単には外れない。

 傷口から血が滲み出ていて、彼はかなり体力を消耗していた。

 この炎天下に口を開けたままでいると、死に直結する。


「ハルっ?中にいるの?」


 私は、喉の奥の方に向かって叫んだ。


 直後、巨体が一層痛烈な叫び声をあげ、再び地面がドオンと響いた。


 私は衝撃で振り落とされないよう、銀の棒をしっかりと握った。


 そしてヌシは、二度と動かなくなった。


「ハル?」


 ヌチャヌチャと粘膜を踏みつける音がして、喉を押し広げるようにハルが出てきた。

 彼は全身にヌシの体液と血液を浴び、ダークブロンドの髪は紅に染まっていた。手に、何か持っている。


「やっぱり動いたな、ララ。」


 真紅に濡れた髪とヴァイオレットの瞳が艶めき、一瞬、ハルがニヤリと口角を上げたように見えた。

 血も滴る美男子、なんて言葉は存在するかしら。


 私たちの間を、ヌシの唾液がピチャピチャと垂れ落ちる。

 美しい異形。ハルの姿は、魔物から生まれた半妖のように耽美的だった。


 ------------------------


 この人は、人間じゃないのかもしれない。

 ハルを見ていると、時々そう感じることがある。


 もちろん、私にとってウィザードっていう存在は既に人間離れしているけれど、ハルには、リヴィエラとは別の、人が触れてはいけない美しさや儚さが垣間見える時がある。


 初めて月の下で彼に会ったときも、そうだった。

 あの時は精霊に出会ったのかと思うほど、彼は月夜に溶け込んでいた。


 本当は優しい人なのだけれど、心の奥底では人を拒んでいる。

 同じ場所にいながら別の次元に存在しているかのような、近くて遠い距離感がいつまでも拭えない。


 例えていうなら、私たちの世界にもある不可視の人種の壁。それと少し似ているかもしれない。


 ------------------------


「やっぱり動いたって、どういう意味?」


 私は、ハルの言い方が気になった。


「ララは、いつも反対の行動を取るだろ。」


「ん?どういうこと?」


「触るなと言えば触る、行くなと言えば行く、見るなと言えば見る。」


 ハルは淡々と答えた。


 触るなと言えば触る。それはクレアモント・ホールの絵のこと。

 行くなと言えば行く。それは智略の魔女の霊廟のこと。

 見るなと言えば見る。それは銀水晶のモルグのこと。


「だからじっとしていろと言えば、ララは動く。

 おかげでタイミングを狙いやすくなった。」


 イヤイヤイヤ、お役に立てたのは嬉しいですけど。

 その誉められ方は凄く不本意。


「わ、私は!別に反対のことをしようと思ってしてるわけじゃ…!」


「わかってる。でも事実だ。」


「そうね…。事実、デス。」


 私は反論のしようもなく、白旗をあげた。

 本当のことだけど、そんな自分が情けなくて気が滅入る。


「ほら。」


 ハルが、手に持っていたものを私の前に差し出した。


「あ、これって?」


 私は、それを見つめる。

 赤々とたぎる鮮血のような深紅の玉。


(あか)(ぎょく)だ。」


 ハルの掌にのせた赤の玉が、陽を浴びて煌めいた。

 すると、私たちを取り巻く景色が揺らぎ始めた。


 絶命したヌシが姿を消し、赤土色の荒野が薄れていく。それと同時に、ハルの赤に染まった髪の毛が本来の色を取り戻し始めた。

 水の陣の術式が解けたときと同じように、何事もなかったように全てが元通り。


 私たちは、迷宮(メイズ)の中に立っていた。


 かくして、三つ目の試練は乗り越えた。

 ハルによると、物語の中の赤の玉は、巨大ウルスター・リザード『ヌシ』の心臓に埋まっていた。


 フィアルーとリオン王子はヌシを退治した後、赤の玉を持ち帰った。

 そしてそれは現在(いま)も、ミースの宝物庫に眠っている。


 ------------------------



「なんだか、ここが凄く地味な場所に見えるね。」


 私は、迷宮の通路を歩きながら言った。


 さっきまでの強烈な陽射しや煌めく銀水晶が懐かしく思えるくらい、この通路は薄暗くて味気ない。


「そうだな。」


 ハルは短く返事をする。彼は、目の前の行き止まりを見ていた。


「あれ、行き止り?」


「いや、これはドアだ。」


「ドア?それじゃあ、ここから出られるのね?」


 私は急に気持ちが明るくなって、はしゃいだ。


「ね、早く出よう、ハル!」


「ちょっと待て。」


「どうして?あ、これはドアノブがないからきっと引戸よ?ほら、こうして…」


 私は嬉しくなってドアを横に滑らせた。


 ガガガ…


 ドアがいとも簡単に、ゆっくりと開く。


「ほら!ね?」


 私は得意になった。そして、ドアの奥を見る。

 ガランとした石の部屋の中央に台座があって、その真ん中に窪みが見える。


「あの台座を見て、ハル?きっとあそこに赤の玉を置けばいいのよ!そうすれば、私たちは帰れる!」


「ああ。」


「ひゃっほうっ!」


 私は嬉しくなって、本当にどうしたことか、いつになくはしゃいだ。


 タンッ!


 石の部屋に足を踏み入れ、駆け寄る。


「おい、待て!」


 ハルが背後から叫んだ。


 ビシッ ビシビシッ


 突如、破裂音がして壁から何かが飛んできた。


「止まるんだ、ララ!」


 私は硬直する。

 部屋中に何かが張り巡らされ、私は身動きひとつできなくなった。

 ちょうど私の鼻の辺りに、白く光る線が見える。


「な、何?コレ。」


 私は固まったまま、ハルにたずねた。


「女王蜘蛛の糸だ。

 動くと触れた部分が溶けるぞ。」


「蜘蛛の糸?あたると溶けるの?」


「ああ。」


 ああ本当に、最後の最後まで気が抜けない。

 どれだけ試練を与えれば気が済むんだろうか。

 この本を作った人物は相当細かくて、心底根暗でえげつないほど粘着質な性格に違いない。


 私は、会ったこともないその人物にほんの一瞬イラッとした。


「それじゃぁ、どうやったら台座に行けるの?」


 このままでは赤の玉を台座にはめるどころか、一歩も近づけない。


「オレが赤の玉を浮かせて、台座まで運ぶ。

 それしかないな。」


「うん、わかった。」


「…チッ。」


 ん、今のは舌打ち?

 ハルの舌打ちが聞こえた気がした。何か様子が変だ。


「ハル、どうしたの?何か問題があった?」


「ここからでは台座が見えない。」


「え?何で?…それってもしかして、私がここにいるから?」


 私が立っている場所のせいで、台座がまるごと見えない?ハルの舌打ちの原因は、私?


「そうだな。

 ララに隠れて、どの角度からも台座が見えない。」


「うそ…。」


 またも足手まといになるとは。

 うう、ごめん。ハル。

 私はため息が漏れた。


 ジリ…


 頭が揺れ、髪の毛が糸に触れて溶ける匂いがした。


(いっけない!)


 私は顔を上げた。


「それじゃあハル、赤の玉を浮かべてよ。

 私が言葉で案内する。」


 ハルが見えないのなら、私が彼の目になるしかない。


「ララが?」


 少しの間を置いて、ハルが聞き返した。


「うん、私が。」


「………。」


「何で黙るの?」


「イヤ…。」


「もしかして私のことを信じてない?

 無理だと思ってる?」


「信じていないわけではないが。」


「ないが?」


 私は、その次の言葉を少し強めの語調で促した。


「…それは限りなく無理に近い。」


「うぐっ…。」


 私は、思わず息を飲んだ。


 ここは「無理とはどういう意味だ!」と激昂してもいいところだけれど、ハルの言い分を否めない自分が情けない。


 だって私は、これまでことごとくハルの言いつけを破っている。


 余計なものに触るなと言われたのに絵に触ったし、行くなと忠告された霊廟に行った。

 背中だけ見ていろって言われたのに、モルグを見てしまった。

 他にも、私は服のことで嘘をつき、ピクシーを怒らせ、時雨のことでハルを危険な目にあわせた。


 今だって、私が浮かれて部屋に飛び出したせいでこうなっている。

 とにもかくにも、減点評価になるようなことしかしてない。

 こんな私がハルの目になろうだなんて、私を信じて欲しいと言ったって、それは無理な注文かもしれない。


 私は銀水晶の森でハルを信じていることを証明したけれど、それでハルが私を信頼してくれているかというのはまた別の問題だ。


「そうね。…そうかもね。」


 身動きがとれなくて、良かった。今の私の顔は、見せられない。


「…何度もいうが、ララを信じていないわけじゃない。

 確実に戻るためは、確実に成功するやり方を選ばなければならない。

 台座を見ていてくれないか、ララ。」


 ハルが、心なしかゆっくりとした口調で語った。


「わかった。」


 私は気持ちを切り替え、ハルに指示された通り台座を見た。するとその向こうに、壁画のような黄金の座標が現れた。


「座標?これから何をするの?」


「台座の窪みをゼロに合わせる。

 ララが教えてくれないか。」


「わかった!」


 私は、ハルが何をしようとしているのか理解した。

 そこで、台座の窪みを座標の中心にあわせるべく位置を示した。

 この調整は、ほんの一、二分で完了。


「では、赤の玉を移動させる。」


「うん。」


 ハルが、魔法で玉を浮かせた。

 ほどなく私の頭上を越え、巧みに糸をかいくぐりながら、台座の近くまで動かす。


 座標上の真北を示す場所、その下の丁度ゼロ度が窪みの位置。

 私がハルの視界を遮っていても、彼は完璧に位置を把握できている。


 そして、次は女王蜘蛛の糸だけど、部屋中に張り巡らされた糸は全て壁から飛び出した直線。

 様々な方向から伸びて、お互いが交差している。

 出発点と角度がわかれば、任意の場所の接点と空間が把握できる。

 ハルはそれを、頭の中ですっかり計算していた。

 彼は見えなくても、空間を完璧に見ている。


 私の目の前で、赤の玉が確実に、縦横無尽に糸を掻い潜り、窪みの真上に到達した。

 ゆっくりと下降するそれは、未知の飛行物体が新世界に着陸するような、固唾を呑む瞬間だった。


 カチリ


 窪みに玉がはまり、小さな音がした。


 女王蜘蛛の糸は解除され、最後のトラップが消えた。

 私たちはとうとう、美しい文様が描かれたあの紙のドアたどり着いた。


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