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4-4.真相

 

 ドサリ


「っいたた…。」


 落下の衝撃で、私は目を覚ました。


 転がったままでぼんやりと目に映るのは、見覚えのない景色だ。


 起き上がろうとして身体を動かすと、左肘に軽い痛みが走った。

 右手で体を支えながら起き上がり、打撲した個所を触ってみる。

 大したことはなさそう。


「ふぅ…。」とひとつ深呼吸。


 さて、ここはどこ?


 ザザッ


「きゃっ!」


 驚いて振り返ると、飛び降りてきたハルが後ろに立っていた。


「ハルっ!なんで、ここにいるの?」


「お前こそ、どうしてここにいる。」


 ハルはほんの一瞬私を見ただけで、愛想なく言った。


「居眠りしてたら落ちちゃった。

 ここがどこなのか、わからないけど。」


 私は答えながら、周囲を見た。

 天も地も同じ色。

 古い紙のように薄茶けた、虚無な世界が広がっている。

 無造作に散らばった黒い線のお陰で上下の感覚は確認できるものの、ここがどこなのかという結論は出ない。


 また、迂闊に変な世界へ迷い込んでしまった。


「ここは、本の中だ。」


 ぼんやりと考える私をよそに、ハルが言った。


「本?」


「何の本を読んでいたんだ?」


 そう問われて、ここに落ちる直前に本を読んでいたことを思い出した。

 物語を読んでいるうちに瞼が重くなって、身体がフワフワ浮いているような心地良い気分になって、気がつくと落下していた。

 ここは、あの本の中。


「あれは…。」


 言いかけたとき、突如、私たちの頭上を大勢の何かが勢いよく超えて行った。


「わっ。ナニ??」


 反射的に、薄茶いろの空を見上げる。


 それは、凄まじい数の鳥が、いっせいに羽ばたいたかのような騒々しさだった。

 同じ方向を目指す、空を覆いつくすほどの黒い群れ。

 一つ一つは、どれも真っ黒な影。だけど、刻の水底で見たような不完全で不気味な人型とは違う。


 箒に二本の足で立ち、衣服を身につけ、帽子を被っている者もいる。

 武器や道具みたいなものを手にしている者もいた。


 どうして『武器や道具みたいなもの』と説明したかというと、飛行する彼らがどれも影絵のように真っ黒で、実際は何を持っているのかわからなかったから。


「あれはウィザード。

 …いや、魔法使いたちだ。

 魔法使いに関する本を読んでいたのか?」


「うん。

 智略の魔女フィアルーの物語。」


 実は、リアフェス精霊図鑑でピクシーについて調べた後、私は刻の水底で出会った黒妖犬カリガリアンについて調べていた。


 新月の夜、七番目に生まれた黒い雌犬が、同じように新月の夜、七番目に生んだ黒い仔犬。

 その仔犬だけが、黒妖犬になる資質を持っている。

 生まれながらの黒妖犬なんてのはいなくて、幾多の試練を潜り抜けて成犬となりえたもの。

 奇跡に近い賽の目の確立を繰り返して誕生する、緋色の目をした黒い犬。それが、黒妖犬(ブラック・ドッグ)


 これほど珍しい、しかも同じ名前の犬が、二匹も存在するだろうか。

 この本を開いたのは、そんな素朴な理由。

 彼女の死後、古の黒妖犬カリガリアンはどうなったんだろう。


「これは、シャノンモイの戦いだ。」


 ハルが、空を仰ぎながら言った。


「シャノンモイ?」


「リアフェスの命運を分けたと言われる、大昔の戦いだ。

 空にある文字を読んでみろ。」


「文字?なんで空にっ?」


 ここ(リアフェス)の人たちは、突拍子もないことを平然という。

 私は驚いて、ハルに聞きなおしてしまった。


「ほら、左の角。」


 ハルが示してくれる個所を見上げる。

 すると確かに黒い文字が、というより文章が、ツラツラと現れていた。


『…決戦の時は来た。

 夜明けを待たず、一団は陣を進める。

 地上では四大術師の一人エムレが、空では同じく四大術師の一人ナサレアが指揮を取った。』


 読んだはしから、文字が水に溶ける墨のように流れて消える。

 そして文章に合わせて、上空の影絵も動いている。


「文字が消えて、影絵が動く。

 これは、どういうこと?」


「ここは、ララが読んでいた本の世界だ。

 読み進めると、物語に合わせて挿絵が動く。」


「じゃあ私は、フィアルーの物語の中にいるってこと?」


「そうだ。

 オレたちは物語の中にいる傍観者。

 危害を加えられることも巻き添えになることもない…はず。」


「わぉ!」


 私は、驚きと感動で興奮気味に叫んだ。


「こんな面白いもの、本を読むのが絶対に楽しくなるじゃない!」


「そうかもしれないな。

 こういうのは普通、子供向けに作られたものが多いが…。

 珍しいな。」


 ワクワクが止まらない私をよそに、ハルは一人考え事をするようにポツリと言った。


 私が読んでいた本は、魔道具の一種で、魔術の術式が組み込まれた書物だった。

 本に書いてある特別な呪文をなぞりながら唱えると、誰でも実際にその中に入ることができる。

 そして物語は、私たちの目の前で展開していく。


 私は、寝ぼけながら呪文をなぞり、唱えてしまったみたいだ。


『…フィアルーは、カリガリアンと共に空を覆う飛空隊の先頭にかまえた。』


 私は、フィアルーという名の記述のところで読むのを中断した。


「ねぇ、飛空隊の先頭はどこ?

 フィアルーはあの中にいる?」


「ああ。

 真ん中あたりの先頭の一個隊、一番前。

 カリガリアンもいる。」


 私は空を見上げ、星座を探すみたいに目を凝らした。


「あっ。」


 ハルが教えてくれた個所に、カリガリアンの姿があった。そして彼のすぐそばに、周囲の魔法使いとは明らかに大きさの違う人物がいた。


 先頭を陣取る智略の魔女フィアルー。

 箒も使わず自力で宙に浮かぶ、小柄な姿。

 黒い影絵の髪が、肩の辺りで風になびいている。


「小さい…。」


「フィアルーは、終生少女のような姿だったからな。」


 ハルが、同じように見上げながら教えてくれた。


「少女?

 ハル、彼女の外見ついて詳しく知ってる?」


 この時、私の頭の中にはある人物が浮かんでいた。


 神秘的なアースカラーの瞳、肩まである金髪。

 大きなソファに埋もれて、ピンク色の毒々しい激辛スナックをほおばる姿。


「そうだな…、いつも描かれているのは、金髪のストレート。

 長さは肩の辺り…。」


「目の色は?」


「覚えていない。」


 ハルは即答しつつも、記憶のページをめくるように少し考え込んだ。


「あぁ、まてよ…。

 記述では確か、虹色の瞳(アース・アイズ)。」


 私の中で、カチリと音がした。

 それは、予測が確信に変わったときの音。


 麗しのお方が『フィー』と呼び、私とギルを助けてくれたカリガリアンが『我が主』と呼んだ人物。


 刻の水底で出会った深淵な眼差しの少女は、死んだはずの智略の魔女フィアルーに違いない。

 そしてカリガリアンは、物語の中の黒妖犬と同じ犬だ。


 少女の外見とは裏腹の威圧的な口調と貫禄のワケが、すっかり理解できた。


 再び、私は空の文字を読む。


『…黒装(こくそう)の魔法使いとその使徒が迎え撃つ。

 彼らの牙城は目前。』


「黒装の魔法使い?

 あれが、リアフェスを支配しようとした悪い魔法使いってやつね!」


 物語は、ギルが以前話してくれたまんまだ。


「彼の名はメラース。

 メラースは黒を至高の色としていて、黒ずくめの身なりをしていた。

 だからそう呼ばれている。」


『…激しい攻防を繰り返しながら、フィアルーと黒装の魔法使いは空高く上っていった。

 やがてその姿は雲に隠れ、我々から見えなくなった。

 地上でも空域でも、金の枝と使徒たちの終わりの見えない戦いが続いた。

 果ての空が白み始め、大地には屍の海ができた。』


 そこで私が地上を見ると、屍が大地を埋め尽くす、黒い海が広がっていた。


 絵が黒い切り絵調で、本当に良かったと思う。もしも色が付いていたら、グロすぎて絶対に直視できなかった。

 そのくらい悲惨な、屍で作られた海原。


 私は、空にある文字に視線を戻した。


『…にわかに、雲間から一本の黒い光の柱と、そこに螺旋状に巻きつく蒼い光の柱が稲妻の如く勢いで大空から地に突き刺さった。

 周囲は吹き飛び、大地は裂け、雷銅の如く轟き音が彼方まで響き渡った。』


「わ…。

 何が起きたの?ハル?」


「黒い光の柱は黒装の魔法使い、蒼い光の柱は智略の魔女フィアルーだ。

 彼女はメラースを消滅させたとも、異界に閉じ込めたとも言われているが、真相は分らない。

 フィアルーは彼の焼けただれた服を掴んだまま倒れていて、黒装の魔法使いの遺体はどこにもなかった。」


「そう…。

 彼女の部下が駆け付けたとき、智略の魔女は生きていたの?」


「ああ、虫の息だったがな。

 次のページへ行くぞ。」


「うん。」


 私たちが前進すると、ページが進んだ。

 新しいページには、夜が明けて戦いが終結したこと、フィアルーの遺言と金の枝が勝利を勝ち取ったことが書かれていた。


 そしてさらに次のページには、リアフェスを統べる時の上王(ハイキング)リオンが、還らぬ人となったフィアルーの亡骸と対面する場面。


「彼は王様だから、城に残ってたのね。」


 私は、なんとなくがっかりしながら対面の場面を読んだ。

 たいていの伝説では、王様は勇敢に戦う。それが王の証だと物語では語られる。


「いや。

 上王リオンはフィアルーと共に戦うと言ってきかなかった。

 だから、戦場に来られないようフィアルーが王を閉じ込めたんだ。

 ずっと前のページに書いてあっただろ?」


「あ、うん?えっと…。

 その辺りは、半分寝てたかも…。

 はは…。」


 笑ってごまかそうとする私を、ハルは切れ長の目で見下ろした。冷たい視線が、凄くイタい。


「とにかく、股肱の臣フィアルーを失った上王の哀しみと懺悔は、消えることがなかったといわれている。」


『…上王はレイン川の小さな島に彼女の霊廟を作らせ、生涯のうちに幾たびも行幸された。』


「本当だ…。

 確か、幼かった上王が隠棲していたときに、フィアルーに出会ったんだよね?

 子どもの頃からずっと一緒だったんだから…辛いに決まってる。」


「ああ。」


 私は、上王リオンの哀しみの深さが、きっとほんの欠片ほどだろうけどわかる気がした。


 五年間一緒に過ごしたキャスが、突然目の前からいなくなった。

 私は、それだけでも辛くて夢に見るほどなのに。子どもの頃からだなんて、その悲しみはいかばかりだろうかと慮ることしかできない。

 あたり前のように傍にいた者を突然失う悲しみは、どこの世界でも変わらない。


「それで…、カリガリアンはその後どうなったの?」


「智略の魔女の連れ犬か。

 実は、あの黒妖犬がどうなったのか誰も知らない。

 どの文献にも記述がないんだ。」


「ねぇ、ハル。

 もしも、もしもだよ?智略の魔女もカリガリアンも生きていたらどうする?」


「その仮定には、何の意味もないな。

 これは千年以上前の話だ。

 今さら彼女が生きていたところで、世界が変わるというわけでもない。」


「またそういう、にべもない正論を…。」


「何か言ったか。」


「ううん。」


 聞いた相手が悪かったと、私は反省した。


 智略の魔女フィアルーとカリガリアンは、生きていた。

 その事実を千年以上も後のリアフェスの人々が知ったところで、確かに世界が変わるわけじゃない。


 イヤイヤ…、むしろ混乱を招く?

 古典劇のシナリオは変わっちゃうし、あの厳粛な霊廟だって意味がなくなる。


 だけど、なんで彼女が死んだことになったのか、そこには意味があったと思いたい。


 名前の上に『智略』って冠するくらいだし、少女の姿にして麗しのお方と並んでも遜色ないオーラを放つなんて、それだけで十二分に超人的。


 黒装の魔法使いがどれほど脅威だったのかわからないけれど、あっさり死ぬような魔女には、とうてい見えないもの。


 自分たちのことを誰にも告げてはならないとカリガリアンに釘を刺されている身としては、当然ハルに話すことはできないけれど、リアフェスのことをなんにも知らない、昨日今日やって来た異界人(エトラ)の戯言なんて、きっと誰も信じない。

 私は、自分の心にしまっておくことにした。


「次のページに、行こうか?この物語、もう終わりだよね。」


「ああ。

 締めの呪文を唱えれば戻れる。」


「締めの呪文?」


 私は、ハルの後ろを歩きながらたずねた。


「ここから出るための呪文だ。

 あのドアに手を当てて、唱える。」


 ハルが、立ち止まる。

 前を見ると、黒インクで綺麗な紋様が描かれた紙のドアがあった。


『ミイリヤ  フィニリス  クラフィア』(私は物語を終わらせる)


「手をあてて、そう唱えろ。

 書庫に戻れる。」


「わかった。」


 私は、ドアに近づいた。

 そして、ハルが一緒にいてくれたことに、心からホッとしていた。

 私一人だったら、ここからずっと出られなかったかもしれない。

 どうやって入ったかも覚えていないのに、ここから出る呪文なんて知るよしもないし。

 本当に私は、一人じゃなにもできない。

 一人じゃ…。

 あれ…?


 恥ずかしながら、私はこの時初めて気がついたのだった。


「あの、ハル。」


 数歩後ろに立つハルを振り返り、感情の見えないヴァイオレットの瞳をつかまえる。


 彼がここにいる理由。

 それは『私を一人にしない』ためだ。

 そんなことにも気づかないで、酷いことを言った気がする。


「どうした、早くしろ。」


「あ…、うん。

 ハルは?」


「後から行く。」


 心の奥まで見通すような強い瞳に、たじろいでしまう。

 私は何も言えず、ドアに向き直った。

 そしてそっと、手をあてる。

 触れた指先に紙の柔らかな質感を感じながら、少し緊張気味に呪文を唱えた。


「ミイリヤ  フィニリス  クラフィア」


 しぃんと静寂が過る。


(あれ?)


 何も起こらない。


「やっぱりな。」


 ハルが紙のドアに近づく。

 するとそこに、黒い文字が浮き上がるように現れた。


『汝の呪文は破棄された』


「え?」


 目を疑いたくなるような一文。

 とたんに私は動揺した。


「ええっと…、もしかして私、呪文を唱え間違えた?

 どうしよう、ハル。

 私たち、書庫に戻れないの?

 っていうか、やっぱりってどういう意味?

 私が唱え間違えるって思ってたってこと?

 破棄って、ナニ??」


 頭の中に疑問があふれ出して、ぐるぐる回る。


「破棄は破棄。

 言葉通りだ。

 落ち着け、ララ。」


 イヤイヤイヤイヤ…。落ち着けないよ、これは!

 むしろ、表情ひとつ変えないハルがおかしい。


 『やっぱりな』というからにはわかっていたんだろうけど、戻れなくなったってことでしょ?それも私のせいで。


「ああ、なんでこうなるの…。」


 私は、すっかり力が抜けてしまった。


 ここは本の中で、この本は書庫にある。

 書庫はクレアモントホール内にあって、その屋敷はイーリーベルに繋がっている。


 つまり何が言いたいかっていうと、こんなに近くにいながらイーリーベルは遠い。


 私は、箱庭の中に居ながら世界の最果てみたいなところに放り出された気分だった。


 ------------------------


「稀代の魔術道具蒐集家」


「え?」


 唐突に、ハルが口を開いた。


「クレアモント卿が何者だったか、忘れたのか。」


 絶賛落ち込み中の私の頭上に、ハルの落ち着いた声が降ってくる。


「書庫におさめられている蔵書は、無作為に集められたものじゃない。

 卿のコレクションだ。

 魔術道具とはいえ、ただの子供向けの娯楽本があの蒐集家の眼力に敵うと思うか。」


 ハルは長い指で、紙のドアに描かれた美しい紋様に触れた。

 その揺らめく指の動きを私はじっと見つめる。


 書庫の本は、クレアモント卿が人生を通して集めたものだ。

 ハルの言う通り、本なら何でもいいってわけじゃない。


 自分の蒐集品の行く末を案じ、死後も守り続けるほど執着した人だもの。きっと集めた物全てに、意図と思い入れがある。


「じゃあ、やっぱりっていうのは…。」


「ララが呪文を間違えると思っていたわけじゃない。

 あんな簡単な呪文を間違えるようなら、お前は猫以下だ。」


(ん?今、軽~く私と猫ちゃんをディスった?)


「簡単には書庫に戻れない。

 そういう意味だ。

 オレは問題ないが…、特にララは。」


 そう言って、ハルは私を見た。


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