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3-3.友

 

 西に傾いた午後の陽を背に、ハルとリビエラはクリーバ村の駅に向かっていた。ハルが予想外に体力を消耗していたため、二人は陸路で帰ることにしたのだ。


「もう少し早く歩けよ。

 乗り遅れても泊まる金はないぞ。」


 ハルが、歩きながら袋の中を覗き込むリビエラに言った。彼らが乗るのは、今日この村に停車する最後の一本だ。


「ん、それも悪くないかもね。

 ヘカテに渡すまでの命だし。

 あー…、なんて見事な金糸だろう。」


 リビエラは、報酬として受け取った金糸をうっとりと見ていた。


「終わりよければ全てよしだ。ね、ハル。」


 リビエラは満足げに言った。

 ハルが持ち帰った金毛の羊は八頭。これは収穫祭史上最高の頭数で、報酬額は予測の倍だった。

 依頼人のヘカテも喜ぶに違いないし、自分たちの取り分も増える。想定外の騒動もあったが、仕事の成果としては期待以上といってよかった。

 リビエラは浮かれて、両手を負傷したことなどすっかり忘れている。


「リビエラー!」


 にわかに、背後からハイトーンの声が響いた。二人が振り向くと、遠くに息を切らすヴァニラの姿がある。

 陽を受けたコパー色の髪がフワフワと揺れながら輝いている。彼女の髪色は、東の国レンスターに多い色だ。


「あれ。

 どうしたの?」


「間に合った。良かった。

 あの…、ハルに一言…。」


 ヴァニラは二人に追いつくと、息を整えた。

 白い肌が上気し、ほんのり桃色に色づく。


「オレに?」


「ええ。

 アジェラ先生のこと、誤解してほしくなくて。

 あの…、先生があなたに酷いことを言ってごめんなさい。」


 ヴァニラは突然、深々と頭を下げた。

 その様子に、ハルとリビエラは驚いて顔を見合わせる。


 彼女が謝っているのは、アジェラがハルに対して浴びせた、暴言ともとれる言葉のことだった。


 ヴァニラは、少なからずショックを受けていた。

 彼女が尊敬する師匠アジェラは、大勢の前で他者に恥をかかせるような無粋な人ではない。それなのに師匠は、戻って来たハルに対し、群がる人々の前でらしくない態度を取った。


 アジェラは、今回の件はハルのウィザードとしての傲りから生じたものだと強い口調で叱責した。

 ザグウェルを悪者にし傷つけ、自分は後からのうのうと戻ってきたこと。己の能力を過信して忠告も聞かず崖に近づいたこと。そもそもハルのような階位だけは上級の若輩者がこの収穫祭に参加すること自体が間違っていたのだと声を荒げた。


 場を収めるために、年長のウィザードが叱るのは当然のことかもしれない。しかし諫めるアジェラの言葉尻には、ヴァニラが知っている普段の師匠とは到底同じ人物だとは思えないほど、悪意ある表現が混ざっていた。

 ヴァニラには、直前まで穏やかだった師匠がなぜあれほどまでにいきり立ったのか、さっぱりわからなかった。


「先生を嫌いにならないで。」


 本当は素晴らしい先生を嫌いにならないで欲しい。ヴァニラの想いは、それだけだった。

 その純粋な気持ちに、ハルは静かに応える。


「原因はオレにある。

 君が謝ることはない。」


「で、でも…。」


 ヴァニラは不安そうに顔を上げた。


 ハルは、アジェラを恨む気持などなかった。

 崖に向かったのは事実だし、聞こえていなかったとはいえ、忠告を無視した形になったのは自分の力不足が招いたことだ。アジェラの階位は同じ四位セド。彼女も十分に若く優秀なウィザードであるに違いないが、その分プライドもある。

 それにハルには、なぜ彼女があんな態度を取ったのか心当たりがないわけではなかった。


「オレは、君の師匠を嫌いになっていない。」


「本当?」


 ヴァニラがハルの顔をじっと見つめる。切れ長の目に長いまつ毛。よく見ると、あまり目を合わせない冷たい印象のハルの顔が、とても整っていることに気づく。


「ああ。」


 ハルが、優しく微笑んだ。伏し目がちなハルの目線は、合っているようで微妙に合っていない。


「そう、安心…した。」


 一瞬、ヴァニラの大きな瞳とハルの目線が重なった。ヴァニラは美しいヴァイオレットの瞳に見惚れて、上気していた顔をみるまに赤らめた。


「お、列車が来るぞ、ハル。」


「ああ。

 ではまた、ヴァニラ。

 君の師匠を思う気持ちに、敬意を表する。」


 そう言うとハルは駅へと向かい、リビエラが頬を赤らめたままのヴァニラに近づいた。

 肩に腕を回し、ささやく。


「ハルは、なかなかの美形だろ?

 僕には負けるけど。」


「えっ?」


「見惚れてただろ、今。」


「ちっ、違うわっ。」


「まぁ、君の初めてを奪った男としては、申し分ないよね。」


 リビエラがクスリと笑う。


「もう、いい加減になさい!」


「あれで偏屈なところがなけりゃ、もっとモテてもいいんだけどねぇ。

 ハルを助けてくれて、本当にありがとう。

 またね、ヴァニラ。」


 そう言うと、リビエラは自分の額をヴァニラの額にコツンとあてた。


「あ、あなたも!」


 立ち去るリビエラに向かって、ヴァニラは言った。


「まさか糸を掴むなんて、驚いたわ。

 なかなか男らしくて素敵だったわよ。」


 リビエラがふと、何か思い出したように笑みをこぼす。


「そう?

 僕は女の子だけど、最高の誉め言葉だよ。

 ありがとう。」


「ええ。…えっ?

 なんですって!女?」


「あっはっは。」


「そういうことはもっと早く言いなさいよ!」


「じゃあね。」


 真っ赤になって大声で憤慨するヴァニラに、リビエラは大きく手を振った。


 ------------------------


 クリーバ村を出た列車は、ハルとリビエラを乗せ霧の山地を後ろに北東へと進む。


「君との列車の旅も、そんなに悪くない。」


 暇そうにしていたリビエラがおもむろに口を開いた。

 移動時間はおよそ一時間。同じ西の国コルマクにありながら、流れる景色はイーリーからウィッスルへと向かうものとはまた趣が違う。


「大地に沿って水平に移動するのも、僕らちっぽけな人間らしくていい。」


 目を閉じたままじっとするハルに、リビエラは続ける。


「それに、時間がたっぷりある。

 僕は、聞いてもいいんじゃないかな。

 君は落ちたの?それとも、落とされたの?」


 ハルが、目を開けた。


「落ちたんじゃない。下りたんだ。」


「ああ、そう。

 それじゃ、僕はザグウェルを殴らなくて正解だったんだね。

 アジェラさんに感謝しなきゃだな。」


「殴ろうとしたのか。」


「成り行きで。」


「ウィザードが一般人に手を出せないことを知っていて、お前も性格が悪いな。」


 ウィザードは、高度な魔法を使うことが許されている代わりに一般民に危害を加える行為は一切禁止されている。この規則を破ると厳罰もしくは資格をはく奪される。

 リビエラがウィザードであるザグウェルに臆することなく、むしろ強気で押し倒すことができたのはこの規則があったからだが、実際は、あの時のリビエラの心理状態は手負いの獅子と同じだった。


「君らはその分、色々な特権を持ってるんだ、当然だろ。

 箒で空を飛んだり、新しい魔法を開発したり。

 …ん?なに?」


 ハルは、腕組みをするリビエラの拳をじっと見ていた。


「その両手は、どうした。」


「これかい?これは名誉の負傷ってやつだよ。

 君にも見せてやりたかったな、命綱を掴んだ僕の勇姿を。」


 リビエラは、ふざけてガッツポーズをして見せる。


「オレは治癒は苦手なんだ。

 無謀なことをするな。」


「気にするな。僕は医者の卵だぞ。

 この程度の傷、自分で何とでもできる。

 むしろ、ちょうどいい治療の練習台さ。」


 リビエラの楽観的な反応に、ハルが深々とため息をついた。


「傷が残ったらどうする。

 まず自分のことを考えろ。

 オレのことは見捨てて構わないから。」


「見捨てろ?

 あらまぁ、簡単に言ってくれちゃって。

 僕はね、大切な友は全力で守る。

 君が嫌がってもね。」


 ハルはなぜか不思議そうな面持ちで、リビエラを見つめた。


「なんだよ、その狐につままれたような顔は。

 嫌味か?」


「いや…。」


「ところでさ、ハル。

 ララはどうなってる?

 無事にイーリーに戻っているかな。」


 リビエラは心配そうな面持ちで、ハルを見つめた。


「心配するな。

 菓子は無事に買ったようだぞ。」


 ハルはさらりと半分うそをついた。

 先程目を閉じていたのはレイブンの記憶を見るためだったが、どうやらレイブンは、彼女の現在地を掴めていない。

 チョコレート専門店テンタシオンを出て、智略の魔女の霊廟があるフィアルー・ディ・モントーリ公園に入ったところまでは確認できたが、あの公園は結界が張られていて動物は進入することができない。レイブンが見落としていなければ、ララはまだ園内にいるはずだ。


(近づくなと忠告された霊廟にまんまと向かうとは、あの女の頭は正しく機能しているのか?)


 ハルにはララの軽率な行動がとうてい理解できない。

 しかし、この事実をありのまま話せば最後、リビエラは今すぐ飛んで帰ろうと言い出してきかないだろう。元来誰にでも愛想の良い博愛主義的な面を持つリビエラだが、ララに対しては少し思い入れが強いように感じる。


(これでは陸路で帰る意味がない。大体、なぜオレがそこまでしなきゃならん?)


 ハルは、ララの状況に急いで帰るほどの喫緊性を感じなかった。


「そっか。

 それならよかった。」


 リビエラはホッとした表情を見せると、前のめりになっていた身体を座席の背もたれに預けた。


「随分、入れ込むな。」


「そうかい?

 君が無関心なだけだよ。」


「関心に値するほどの人物じゃないだろ。」


「そんなことないさ。

 突然知らない世界に来たのに、ララは涙も見せず一生懸命だよ。

 優しくて真っすぐで、ほっておけないじゃないか。」


「…。」


「何か言いたげな顔だね。

 まぁ、いいさ。」


 リビエラはそれだけ言うと、窓の外に視線を移した。あまり他人に関心を寄せないハルなら、ララに対しても当然の反応かもしれなかった。


 ハルの気がかりといえば、ララが一緒にいたスーツ姿の男だった。帽子で顔が見えなかったが、あの男はレイブンの存在に気付いていた。それはつまり、ウィザードである可能性が高い。

 ウィザードか、もしくはそれに関わる人物か。

 ふと、ララの願いを叶えてやれと言ったオルランドの言葉が頭を過った。


(ジジイが関わると、ろくなことがない。)


 オルランドのことを思い出すだけで、鉛のような疲れが肩にのしかかる。


「少し休む。」


 ハルはそう言うと、瞼を閉じた。


 リビエラは、憂いのある瞳で車窓の遠くを見つめていた。

 ハルの言葉に、クレアモントホールで初めて動くララを見たときのことを思い出す。

 若草色のワンピース、胡桃色の瞳、そしてせせらぎのように柔らかな声。


「似てるんだ…とても。」


 小さな呟きは、揺れる列車の音に吸い込まれるように消え入った。

 

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