表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/89

2-4.霊廟

 

 これは、リアフェス三大魔女の一人、フィアルーの物語。 


 昔々、一人の魔女がおりました。彼女の名はフィアルー。後に『智略の魔女』と呼ばれる魔女。

 ウィザードという職業がまだ存在していなかった時代、魔法使いや魔女は統率者も管理者もなくリアフェスのあちこちにおりました。


 ある時、一人の魔法使いがこう考えました。


「魔法でこの世界を自分のものにしてやろう」


 大きな魔力を手にすれば、誰も自分に逆らえないと考えたのです。

 彼は特別な魔法を考案し、瞬く間に力をつけ、リアフェスの脅威となりました。


 ミースの若き王リオンの側近だったフィアルーは、これに対抗するため王を団長とする「金の枝」という名の魔法使いの一団を作りました。

 一人一人の力は小さくとも、力を合わせれば悪い魔法使いに対抗できると考えたのです。

 フィアルーは、彼らに団結と王への忠誠を求める代わりに、生活を保障し給金を与えました。

 金の枝はリアフェス各地にその枝葉をひろげ、大きな組織となります。

 これを統率指揮したのがフィアルーでした。


 しかしそれでも、悪い魔法使いの勢いを抑えることは難しく、リアフェスの命運を決する大きな戦いの時を迎えます。

 苦しい戦いの末、金の枝は勝利しますが、フィアルーは命を落としてしまいました。


 王はフィアルーの遺言通り、レイン川が形成したこの島に彼女を埋葬しました。

 彼女の功績を称えて立派な霊廟を建造し、フィアルーを慕っていた金の枝の団員が数名、この霊廟を護るために移り住みました。


 大きな森があったこの土地は、やがて多くの人々が集まり、フィアルーの霊廟を中心に街ができました。


 ------------------------


「ざっと、こんな感じ。」


「よどみないわね。」


「この辺りじゃ、朗読や古典劇の定番。

 子どもの頃からそれこそ耳にタコができるほど聞かされるんだ、嫌でも覚えるでしょ。」


 智略の魔女が眠る街ウィッスル。市中を流れる川の名はレインという。

 この川は元々一つなのだけれど、街の上流で二つに分かれ、大きな中洲をつくり、島の終わりで再び接触、交差して別々の方向に流れていく。

 旧市街と呼ばれる区域はこの真ん中の島の部分で、島の東側を流れる川がアッパー・レイン、西側を流れる川がロウワー・レイン。


「島の外側が新市街。

 アッパー・レインの方にある新市街をアッパー、ロウワ―・レインにある方の新市街をロウワ―というんだ。

 今僕たちが歩いている所はアッパーで、スクレピアダイはロウワ―にあるよ。」


 私たちは川沿いを歩き、旧市街にかかる新旧大小さまざまな橋の一つを渡った。


「この鉄製の橋は、カリガリアン橋。

 智略の魔女フィアルーが連れていたブラックドッグの名前。」


「あの、赤い目の?」


 私は、欄干の端にある大きな黒い犬の像を指した。

 背の高い石の台座に伏せ、高所から不気味に光る赤い眼が、こちらをじっと見ている。


「そう、あれ。

 カリガリアンは常にフィアルーの傍にいたと言われている。

 彼女が亡くなった後も、ああやって彼女の霊廟を守っているんだ。

 なかなかの忠犬だろう?」


 カリガリアン橋の旧市街側には、大きな鉄製の格子門があった。門前に陣取るフィアルーの愛犬は、さながら地獄の門番。その奥は公園になっていて、島の先端に向けて道が続いている。

 私たちはアイアンワークの美しい黒い門を抜け、園内に入った。


「ここは、智略の魔女の名を冠したフィアルー・ディ・モントーリ公園。

 レイン川に沿って遊歩道がある。

 島の先端にある霊廟も、なかなかの圧巻だよ。

 フィアルーは王家出身ではないけど、当時の王が作らせた。

 後にも先にも、王が霊廟を作らせた魔法使いはいない。

 行ってみる?」


「うん。」


 私は、ギルの誘いに迷うことなく頷いた。

 リアフェスの魔法使い勢を統率するという偉業を成し、王を導いた女傑。当時の王に霊廟を作らせてしまうほどの人物。一体どんな人なんだろう?そんな純粋な興味が私をそうさせた。


「聞こえるかい?もうすぐだ。」


 ギルがささやいた。

 それはちょうど私の耳に、川の音とは違う水音が微かに伝わった時だった。目の前に、黄色っぽい石材で作られた、四角い箱のような建造物が現れる。


 魔女の霊廟は、その上から壁一面に絶え間なく水が流れていて、まるで水の膜に覆われているみたいだった。

 無限の水幕がさらさらと音を立て、周囲の堀に落ちていく。

 辺りにはまばらに人がいたけれど、自分しか存在していないような、不思議な気持ちになった。

 私の足は霊廟の中に眠る魔女に導かれるように自然と動き、なぜかその正面ではなく、人気のない裏手に向かった。

 周囲はぐるりと回れるようになっている。


 『刻の水底』


 堀のそばに小さな石板を見つけた。


「ギル、これは?」


「読める?」


「うん。トキノミナソコって書いてある。」


「そう…。じゃあ、水の中を覗いてごらん。

 同じ文字が見える場所があるはずだよ。」


 私は、堀に身を乗り出した。静かな水面に、自分の姿が映る。

 刹那、堀の底がやけに揺れて、眩暈のような感覚に襲われた。

 水面が水飴のようにグニャリと歪む。前にどこかで見た、同じ光景が眼前に起きていた。

 これは、良くない前兆。


 ドンッ


 何かが背中を押した。


 えっ?


「ごめん、ララ。」


 ザブンッ


 ギルの声に重なるように、私は大きな水音を立てて堀に落ちた。

 勢いよく沈み、水の中で生まれた泡がゴボゴボ鳴る。

 私はもがき倒して浮上し、必死に水面に顔を出した。


 ゴホッゴホッ


 やっとの思いで堀の縁に手を掛け、息を整える。


 (ギルに突き落とされた。)


 頭では理解していたけれど、何が起きたのか理解できない。そこへ、カシャカシャと擦れるような金属音が近づいた。


「ヤァヤァお嬢さん、お手をどうぞ。」


「あ、ありがとう。」


 反射的に返事をして、だみ声の主を見上げる。

 視線の先に、緑色の手とその隣に浮かぶ生首があった。どす黒い緑の顔が、黄色い歯を見せてニヤリと笑う。


「きゃあぁっ。」


 縁にかけていた手を突き放し、驚きのあまり腰が抜けて沈みそうになった。


 ガボゴボッ


 再び口に水が流れ込んできて、喉を塞ぐ。

 水を吐き出し、顔を上げて息を吸おうとすると、今度は緑の手が首をめがけてぬうっと伸びてきた。

 これでは、水に沈んでも水から出ても殺される。

 万事休す。

 そう覚悟したとき、誰かが私の腰をグイと引き寄せた。

 私は水から引き上げられ、しぶきとともにふわりと空高く飛んで、次の瞬間生首を見下ろしていた。


「掴まって、ララ!」


「ギルっ!」


 彼は私を引っ張り上げると、自分が操作する箒に乗せた。私は無我夢中でしがみついた。そして箒が急速に高度を上げるさ中、怖いもの見たさに振り返った。

 そこは、さっきまで私たちがいた公園ではなく、見たこともない場所だった。


 薄雲がかかった空色の空間に、浮島のように点在する島々。真下にある、私が引き上げられた水場のそばには、銀色の甲冑を身につけた首なしの騎士がいて、馬にまたがるところだった。

 騎士の近くで、あの生首が何か怒鳴ってる。

 すると後ろの木々の間から、黒っぽい影のようなものがたくさん飛び出してきた。


「ギル、何か来た!」


「大丈夫。

 少し揺れるよ。」


 彼はそう言うと、アクロバットのような飛行さばきで追いかけてくる黒い影をかわした。

 影は攻撃してくるわけではなく、飛行の邪魔をして私たちを墜落させようとしているようだった。


「全然すこしじゃぁない!」私は心の中で全力で叫んだ。

 箒は縦横無尽に揺れ続け、少しの気の緩みでも滑り落ちそうになる。振り落とされないようにしているのが精いっぱいで、数十秒が途方もない時間に感じられる。しがみつく手はもう限界。


(もうダメ…。)


「大丈夫。もう追って来ないよ。」


 ギルの声が響き、ようやく速度が緩やかになった。


「お、おぇ…。」


「大丈夫かい…。」


 今度は船酔いのような気持ち悪さに襲われ、嗚咽が漏れる。

 果てしなく広がる薄い空色の中、空中に浮かぶ島々の間を、箒は静かに飛び続けていた。


「あんまし、大丈夫じゃないかも。ギル…、説明してくれない?」


 このジェットコースターみたいな展開についてあらゆる質問をしたかったけれど、まずは釈明を求めたい。


「…ごめん、ララ。

 どうしても行きたいところがある。」


 ここから見えるギルの横顔に、さっきまでの優男のような雰囲気はない。何か事情があるんだろうけど、私は少し強気だった。


「行きたいところがあるなら、そう言ってくれればいいじゃない?

 どうしてこんな荒っぽいことするの?

 水に突き落とすなんてひどい。」


「君が本当にエトラなのか、確信がなかったんだ。」


「エトラ?

 ええっ?私がエトラだって、気付いていたの?

 えっ?いつから?

 もしかして、駅でぶつかった時から?」


 告白以前に気づかれていたなんて、ショック。


「まさか。カフェで話している時だよ。

 リアフェスでディアンはおろかフィアルーの名前も知らないなんて、あり得ないからさ。

 変だと思った。

 君は、その年で簡単な魔法も使えないしね。

 それにクレアモントは北の国ノウルドの領地だけど、そこにシマという町はない。

 僕はリアフェス中を旅してるから、知らない街なんてないんだよ。」


 最初に会話した時、私はすでに墓穴を掘っていたわけね…。


「言葉が通じていることには、今も驚いてるよ。

 それが君の能力なのかな。

 とにかく君がエトラなら、『刻の水底』の境界が開けられる。

 半分は賭けだった。」


 君たち(エトラ)は、異なる世界の境界を開くマスターキーだから、とギルは続けた。

 別の空間、別の世界を渡る万能の鍵。それがエトラに備わる能力。魔法でも魔術でも手に入れることができない力。だから、ウィザードは渇望する。


「でも、エトラじゃなくても絵の中の別の空間に行くことはできるわよね?

 マスターキーっていう意味がよく分からない。」


 クレアモント卿は、絵を通じた別の空間で理想の後継者を待ち続けていた。そして私もハルも、リビエラもそこに入ることができた。別空間に行くことはそんなに難しいことじゃない気がするんだけど。


「その空間に、鍵がかかっていなければ問題ないんだ。

 想像してみてよ、鍵のかかった他人の家に、自由に入れるかい?」


「ううん。」


 そもそもが不法侵入でやっちゃいけないことだけど。


「だろう?エトラはそれができるんだ。

 鍵がかかっている場所も、難なく入れる。

 どんなに複雑で堅固な鍵、つまりは魔術で閉じられた場所だろうと、空間の前で、その名称さえ正しく唱えることができればいい。」


「じゃあ、エトラを魔術の材料にするというのは…。」


「そう、エトラを体内に取り込めば、その能力を自分の能力として使うことができると言われている。

 ま、境界渡りに成功した話は聞いたことがないけど。」


「他よりもより優れた術を手に入れることが、ウィザードの本懐なんでしょ?

 たとえ成功しても、言わないんじゃない?」


「その通り。

 だけど実際にそんな力を得たら、使いたいと思うのがウィザードの性だね。

 使えば情報は広まる。

 だから僕は、まだ誰も成功していないと思ってる。」


「そう…。」


「だけど、あれだな。

 君のようなエトラが現れてしまったら、事情は変わる。」


「どういう意味?」


「僕たちの言葉が話せるエトラなんて、今まで聞いたことがない。

 つまり、君はレア中のレア。

 君を売り飛ばせば、一生遊んで暮らせるほどのお金が手に入る。」


「えっ?」


 今、聞き捨てならないことを言わなかった?思わず、ギルにしがみついた両手を放して箒から落ちそうになった。


「おっと!気をつけて。

 冗談だよ。

 君みたいなかわいい子、売り飛ばさない。

 いや、売り飛ばせないさ。」


「言葉だけなら、誰でもいえるでしょ。ギルは私を堀に突き落とすくらいだし。」


「はは…。信用がた落ちだ。

 でも本当だよ。

 君が質の悪いウィザードの手に渡るのは、僕にとっても都合のいいことじゃない。」


 私は、今さらながらリビエラが霊廟に近づくなと叫んでいたのを思い出していた。

 彼が私を心配した本当の理由は、こういうことを危惧していたからなんだ。そしてリビエラが知っていたということは、ハルだって私がエトラであることを承知しているということ。


 リビエラは大袈裟なくらい私を心配してくれていたけれど、一方のハルのあの冷たさ、というか無関心さを思い出すと、複雑な気持ちになる。私は、あの家に居ても大丈夫なんだろうか。


「それで、これからどこに行くの?」


「刻の水鏡。

 かつて生きた者の記憶に会える場所だ。」


「かつて生きた者?

 それって、死んだ人のこと?」


「そうだよ。」


「ついでにもう一つ聞くけど、どこにあるか知ってるの?」


 薄雲のかかったような空色の空間、点在する浮島。さっきから同じところを飛んでいるようにしか感じられない。


「ああ。

 僕の記憶が正しければ…ね。」


 みなそこは一つ星

 かの山は七つ結び

 時の流れにさからひし

 そこは水鏡

 いざよい水鏡

 いきはよいよい

 帰りはおそろし

 死者は還らじ

 あるは記憶のかけらのみ


「詩?」


「古い詩歌だ。

 ここは、かつてはもっと簡単に行き来できる場所だったらしい。

 昔の人は、この世界のいろいろな場所を地図の代わりに歌に残したんだ。」


 いきはよいよい、帰りは恐ろし?死者は還らじ。

 行くのは容易いけど、帰るのは難しい。死者は帰らない。ってまるで、死後の世界みたい。さっき私たちを追い回した黒い影が、光降り注ぐ天の住人だとは思えない。


「とすると、ここはもしかして、地獄?」


「ジゴク?なにそれ。」


「死んだ悪人が落ちる阿鼻叫喚の世界よ。私たちの世界では、そう呼んでる。」


「へぇ。悪人が落ちるの?興味深いな。」


 ギルが悪戯っぽく笑った。


「ほら、見えて来た。」


 ギルが指差す前方に、富士山みたいな裾広がりの山を乗せた浮島がある。


 ボンッ


 突然、山がまるい火を噴いた。


「刻の水鏡はあの中だ。火口に入るよ。」


 ギルはそう言うと、速度を上げた。


「え?今、火を噴いたよ?あれ火山でしょ?焼け死ぬじゃないっ!」


「大丈夫!」


「やだっ。大丈夫じゃないっ。」


 私はギルの背中にしがみついて喚いた。喚いたところで、従う以外に選択肢はなかったのだけれど。

 彼は、私の絶叫を無視して火口に飛び込んだ。


 ゴオッという音に吸い込まれるように、火口に落ちる。高温のマグマがたぎっているのかと思いきや、生ぬるい風が吹き上げ、次の瞬間強力な渦に吸い込まれた。私たちは激流に翻弄される小枝のように回った。逆らえないほどの重力に、私の身体はギルの箒から引きはがされる。


「きゃぁっ!」


「ララ!」


 私を掴もうと手を伸ばすギルの指先が見えた。


「手を伸ばして!ララ!」


 私は力の限り腕を伸ばした。


「ギ…!」


 私たちは離れ離れになり、真っ暗な空間に吸い込まれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ