プロローグ
今宵空が闇に覆われ、世界が息を殺す。天空に響く鈴鳴りは死へのいざない。
卑しき眼よ、見てはならぬ。耳を塞げ、愚かなるものよ。死を望まぬなら、応えてはならぬ。
地上の限りあるものよ、帳のうちに虫けらのように怯えるがいい。
我こそは治めるもの、真の統治者。空を駆けるは十六の脚。追随する同胞よ、咆哮をあげろ、槌を振り下ろせ。
銀と蒼の焔を纏い、天空に二頭立ての戦車が現れた。灰色の駿馬は猛々しい風の如く走り、緑の轍が黒檀色の空に刻まれる。
一団の先頭を征くは死と闇の王リアル。侍るは王の取り巻き。歓喜に目を引きつらせ、あるものは戦車を打ち鳴らし、あるものは手にした武器を鳴らす。
周囲に飛び交うは雄叫びと奇声をあげる有翼の異形。
轟をあげて空を駆ける、神々しくさえある一団を、彼女は吸い寄せられるように見上げていた。青い瞳に映るそれらは瞬く間に弧を描いて大きくなり、氷のように冷たい風に長い髪がなびこうとも、彼女は微動だにせず魅入っていた。
(なんて幻想的なの…。)
王の視界にも入らない地上の娘は、初めて見る光景に地球のような青い瞳を輝かせる。
とその時、一団に侍る一人と視線が重なった。
獣のような金色の目、灰色のざらついた肌、真っ青の薄い唇。うねる髪は濃灰色の石。それはニヤリと口角をひきあげると、苔の生えた上半身を戦車から猛烈な勢いで伸ばして彼女に近づいた。
青い瞳の娘は怯えてはいなかった。神話的で摩訶不思議な光景に、ただただ恍惚としていた。そして想像してもいなかった、次の瞬間、わが身に何が起こるかなど。
青い唇から漏れた吐息は霧のように彼女に吹きかかり、彼女は瞬く間に石となった。