王国の『鍛冶屋』 休みもなく働かされたのに、バカ王子から「コイツは火事屋だ!」と追放。バカ王国に愛想を尽かして旅立ったら、二人の王女から懐かれました。鍛冶の腕を披露したら、二つの王国から引っ張りだこに
俺はマスル族が支配する『ノーキン王国』において、奴隷の家系である『クラフト一族』の末裔として生まれた。
しかし俺はマスル族ではなく、ヒート族だ。
かつて、マスル族とヒート族の国どうしの戦争があり、その時に捕虜として捕らえられ、『ノーキン王国』に連れてこられたのが、我が家系の始まりだという。
俺は幼い頃から、鍛冶の技術を親父から徹底的に仕込まれた。
両親が亡くなってからも、鍛冶屋として『ノーキン王国』に尽した。
鍛冶屋といっても扱うのは金属だけでない。
また作るものは武器だけでなく、ありとあらゆるものを作った。
単純な人力の装置から、複雑な機械、さらに魔力で動く『魔導装置』まで。
『魔導装置』ではいろんなものを自動化したので、王国の発展にかなり寄与したと自負している。
その功績が認められ、俺は奴隷の身でありながらも『宮廷鍛冶屋』の地位にまで登りつめる。
休みも与えられず、ずっと王国に尽してきた苦労が、ついに結ばれたのだ。
しかしその幸せは、ある権力者の一言で奪い去られてしまう。
「我、ホースディアーは今ここに訴えるッ! 王宮鍛冶屋である、ララは我が王国の転覆を目論んでいるとッ!」
ララというのは、俺の名前だ。女みたいな名前だが、れっきとした男だ。
しかし、そんなことはどうでもいい、
次期国王として名高い『ホースディアー王子』。
彼は裁判所という名の四角いリングの赤コーナーで、ボディビルのポーズを取りながら、とんでもないことを抜かしやがったんだ。
「その証拠に、『鍛冶』と『火事』は、同じ『かじ』ではないかッ!
ララはこれから火事を起こし、この国を焼き尽くそうと企んでいるに違いないッ!」
マスル族でひしめきあう観客席から、「うぉぉぉぉぉーーーーっ!」と歓声がおこる。
「た、確かに! どっちも同じ『かじ』だ!」
「なっ、なんという恐ろしいアナグラムなのっ!?」
「間違いない! あのララとかいうヒート族は、この国を燃やそうとしているんだ!」
「ホースディアー様が気付かなければ、大変なことになるところだったわ!」
「やっぱり、ホースディアー様はこの国いちばんの天才だ!」
「さすが『馬のような強靱な筋肉』と『鹿のようなしなかな筋肉』を持ち合わせ、『馬鹿王子』と呼ばれているだけはあるな!」
「キャーッ! ホースディアー様っ! すてきーっ!」
民衆はすべて馬鹿王子の味方。
それでも俺はなんとか反証しようとした。
しかしマスル族は『物理的な力』こそがすべての種族。
女性でも身長が180センチ以上あり、男性にいたっては2メートルはゆうに越える恵体揃いである。
裁判所が、インテリジェンスの欠片もない見た目をしているとおり、裁判方法も独特。
被告として青コーナーに立たされている俺が反証するためには、200キロのダンベルを片手で持ち上げなくてはならないのだ。
俺は鍛冶屋なので普通のヒート族よりは力があると思う。
しかし200キロのダンベルなんて、ウエイトリフティングだったとしても無理だ。
俺はうんうん呻きながら、両手で1個のダンベルを持ち上げようとする。
ホースディアーは俺の目の前で、ダンベル2個をバトントワリングのように振り回しながら叫んだ。
「ダンベルを持ち上げられぬということは、やはりこの男にはやましき心があるッ!
なぜならば王国憲法第1条に、『健全な肉体にこそ、健全な魂が宿る』とあるからだッ!
それにこの男は、我が国の三大義務である『筋労 筋育 納筋』の全てを怠っておるッ!
我はいまここに宣言するッ! 邪悪なる魂を今の今まで隠してきた、王宮鍛冶屋ララの追放をッ!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーっ!!
追放っ!! 追放っ!! 追放ぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーっ!!」
……というわけで俺は『ノーキン王国』から永久追放されることとなった。
しかし俺は不思議に思う。
俺は奴隷のはずなのに、自由にしていいの? と。
それをなんとなく刑吏に訪ねてみたら、「なんのこと?」と言われてしまった。
どうやらこの脳筋種族どもは、俺の一家をさらって奴隷にしておきながら、そのことをすっかり忘れていたらしい。
……ブチブチブチィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーッ!!
俺は生まれたときに親から与えられ、欠かさず身に付けていた首輪を引きちぎった。
子象を産まれたときから鎖に繋いでおくと、その鎖を簡単にちぎれるほどに成長したとしても、逃げだそうとしないという。
今までの俺は、まさにそれだった。
ブラックな王国でさんざんこき使われ、絶対に報われることはないのに、身を粉にして尽してきた奴隷……!
俺はもう、なんの未練もなく脳筋どもの王国を飛び出していた。
オッサンになって初めて、自由を手にした俺。
まわりは俺を男として見てくれない女ばかりだったので、今まで結婚どころか恋愛したことすらない。
せめて、恋して死にたいと思った。
そこまではいかなくても、女友達のひとりくらいは欲しいと思った。
というわけで俺は、ヒート族が支配する国に行ってみることにする。
同じ種族なら、友達になってくれる可能性が高そうだからな。
ヒート族の国は、『ノーキン王国』から遥か東。
ふたつの国に挟まれた、国境の街道を何百キロも行った先にあるという。
俺は着の身着のままで追放されたので、ロバの一頭すら持ち合わせていない。
歩いて行くには気の遠くなるような時間がかかるのだろうが、俺の足取りは希望に満ちていた。
しかしその途中で、事故に出くわす。
大型の馬車どうしがすれ違おうとして、どちらも目測を誤ったのであろう、馬車の車輪が側溝に嵌まって動けなくなっていた。
ひとつ目の馬車は豪奢な馬車。
乗っていたのはスレンダーな身体つきの女の子たちだった。
一見してヒート族に近いが、頭の側面から翼のように飛び出している耳で、異種族だとわかった。
彼女たちは、この街道の北側にある国『ドエロス王国』の種族、『エロフ族』だ。
そしてもうひとつの馬車は、絵本の中から飛び出してきたようなファンタスティックな馬車。
乗っていたのは小さな子供のような女の子たちだった。
彼女たちは、この街道の南側にある国『ツルーペタ王国』の種族、『コモド族』だ。
実際に見るのは初めてだが、妖精みたいにかわいらしい。
コモド族の少女たちは元気いっぱいで、わーわーきゃーきゃー言いながら馬車のまわりを走り回っていた。
「どうしようどうしちょう、おっこちちゃった、おっこちちゃったー!」
「ピュリアちゃんのせいだよ! ピュリアちゃんがおうまさんをびっくりさせるからいけないんだよ!」
「違うよ、ピュリアのせいじゃないもん!」
「いーけないんだ、いけないんだ!」
「もう、違うっていってるでしょ!?」
「わーっ! にげろ、にげろーっ!」
「わーっ! まてまてーっ!」
嵌まった馬車をそっちのけで、鬼ごっこを始めている。
見た目だけでなく、性格も子供っぽいようだ。
俺は、ピュリアと呼ばれた少女の前に立った。
「どれ、俺がなんとかしてやろうか?」
ピュリアは勢いあまって「むぎゅ」と俺の腹に顔を埋めていた。
彼女わたがしみたいにふわふわで軽く、純度の高い子供らしい顔立ちで、とってもかわいい。
キョトンとした様子で、おっきな瞳をぱちくりさせている。
「おにいちゃん、だあれ?」
「自己紹介はあとだ。まずは、馬車のほうをなんとかしよう」
俺は街道の外れにある森に入り、手頃な倒木と岩を持ってくる。
傾いた馬車の下に倒木を差し込んで、倒木の真ん中あたりに岩を置く。
あとは倒木の片側を、押し上げてやれば……。
……ギギギギッ!
軋んだ音をたてて、馬車は側溝から抜け出した。
コモド族の女の子たちは、その様子を小雀のように見つめていたのだが、一斉に騒ぎだす、
「す……すごーいっ!」
「ばしゃが、あんなにかんたんにもちあがったよ!?」
「おにいちゃん、すごいちからもちなんだ!」
「わあいわあい、わーいっ!」
彼女たちはぴょんぴょん飛び跳ねて喜びを全身で表したあと、感謝の気持ちを全身で表すかのように、俺にぴとっとくっついてきた。
「ありがとう、おにいちゃん……!」
澄んだ湖みたいにキラキラした上目遣いでそう言われると、悪い気はしない。
頭を撫でてあげると、彼女たちはさらに大喜びしてくれた。
「おにいちゃんに、なでてもらったー!」
「わあいわあい、ピュリア、いいこいいこーっ!」
「もっと、もっとなでてー!」
親にエサをねだる雛鳥のようにせっつかれ、俺は大忙し。
こんな風に何かをしてやって喜んでもらうというのは、よく考えたら生まれて初めてのことかもしれない。
マスル族は、俺がなにをしてやっても当たり前だと思っていて、礼のひとつも言ってくれなかった。
俺が初めてもらった感謝という名の報酬を噛みしめていると、不意に声をかけらる。
「そこの力持ちさん、私はプリンシバルといいます。
どうか、こっちの馬車も引き上げてくださいませんこと?」
見ると、エロフ族の少女たちが立っていた。
俺に声をかけてきたプリンシバルと名乗った少女は金髪で、顔立ちがひときわ美しい。
ひとりだけドレスを着ているので、きっと名家のお嬢様かなにかなのだろう。
付き従うエロフ族は鎧姿だったので、彼女の護衛で間違いなさそうだ。
まあ相手が誰にせよ、困っているなら答えはひとつしかない。
「わかった、ちょっと待っててくれ」
俺は倒木と岩を拾いあげると、同じようにしてプリシンバルの馬車も引き上げてやる。
するとエロフたちは、初めて火を見た原始人のように、目を点にしていた。
「す……すごい……!」
「この男、我ら騎士団が力を合わせても持ち上がらなかった馬車を、ひとりであっさりと……!?」
「それほど力が強そうには見えないのに……!?」
「この男はきっと、獣神の生まれ変わりに違いないっ……!」
「テコを使って持ち上げただけなのに、獣神とは大袈裟だな」
するとプリンシバルが「テコっ!?」と素っ頓狂な声をあげる。
「まさか、額で馬車を持ち上げたんですの?
とてもそんな風には見えませんでしたけど……」
「それはデコだな。お前たち、テコも知らないのかよ」
ピュリアたちは小学校低学年くらいの幼さなので、テコを知らなくてもおかしくはない。
しかしプリシンバルたちは、どう見ても高校生くらいの女の子だ。
いくらなんでもテコくらいは……。と思ったのだが、俺は幼い頃に親父に聞かされた言葉を思い出す。
「この国のマスル族たちは、我が一族が教えるまではテコも知らなかったのだ。
そして未だに知らない者が多くいるし、教えても忘れてしまう者がほとんどだ。
彼らは自力で持ちあげられないものがあると、道具を使うことをせず、真っ先に己を鍛えようとするからだ」
そしてこれはウソではなく本当の話だ。
だって俺が子供の頃、幼なじみのマスル族の女の子に、テコのことを説明したら、
「テコ? 額のことっしょ! なら、あーしにもできるし!」
と、彼女はオデコを使ってものを持ち上げ始めたからだ。
ようは、プリンシバルはその幼なじみと同程度の知識レベルといっていい。
しかしそんなことは、俺にとっては別にどうでもよかった。
なぜならば、彼女との出会いは一期一会。
こんなお姫様のような女の子が、俺の人生に関わってくることなどこれっきりだろうから。
しかしそれは大きな間違いであることに、俺はまだ気付いていない。
「ようは、魔力を使って持ち上げたということですわね」
と、プリンシバルはまったく見当違いの結論を出した。
「あなたは魔術師なんですのね。とてもそんな風には見えませんしたけど」
「いや、俺は魔術師じゃない。『鍛冶屋』だ」
するとプリンシバルをはじめとするエロフたちは、信じられないような表情をした。
聞き間違えであってくれとばかりに、大きな耳をプルプルさせている。
「う……ウソ、ですわよね? いくらなんでも、こんなところにいるわけが……」
「ウソじゃないさ、俺は『鍛冶屋』だ」
念を押すようにもう一度言うと、プリンシバルは急に顔を真っ青にして、怯えるように後ずさりしはじめた。
「ま、まさか……こんなところに『犯し屋』がいるだなんて……!」
プリンシバルの後ろにいた女騎士たちも、身体を寄せ合っている。
「プリンシバル様、こちらへ!」
「この外道め! 親切を装って助けておきながら、見返りに犯そうとしていたのだな!」
「プリンシバル様に手を出すな! かわりに、この私が……!」
「くっ、犯せ……!」
いつの間にか頬を上気させ、競い合うように鎧を脱ぎ始める女騎士たち。
俺は慌てて止めた。
「まてまてまて! なんですすんで服を脱ごうとする!?
お前たちは聞き間違えてるし、物事の段階としても間違ってるだろ!?
仮に負けるとしても、まず戦えよ!
そんな立派な剣をぶら下げてるんだから!」
「り、立派な剣をぶら下げている、だと……!?」
「な、なんたるハレンチな!」
「この外道! その股間の剣で、プリンシバル様をどうするつもりだ!」
「プリンシバル様に手を出すなと言っているだろう! かわりに、この私が……!」
「くっ、犯せ……!」
まったく話にならないので、俺はピュリアたちに助けを求めた。
「なあ、お嬢ちゃんたちは『鍛冶屋』って知ってるよな!? それがどんなものか、コイツらに教えて……!」
するとなぜか、ピュリアをはじめとする子供たちも、ポッと頬を染めていた。
ま、まさか、この子たちも……!? と思ったのも束の間、
「うわぁぁぁぁーーーーっ! おにいちゃん、『お菓子屋』さんだったの!?」
「ねえねえ、お菓子ちょうだい! お菓子ちょうだーいっ!」
「おかしだいすきーっ! おにいちゃんももだいすきーっ!」
「いや、違う! 俺はお菓子屋じゃない! 鍛冶屋だーっ!」
しかしいくら言っても通じない。
とうとうピュリアたちは、エサを待ちきれない子猫のように俺の身体によじ登ってきた。
その上にさらに、下着姿になったエロフたちがまとわりついてくる。
「『犯し屋』、さぁ犯すがいい! ひとおもいに!」
「獣欲のままにこの柔肌を蹂躙するがいい!」
「ああっ、お父様……!
野獣と化した殿方の手によって、プリンシバルの純潔は、いまここに散されようとしていますわ……!」
コモド族からはチュッチュと頬にキスされ、ドエロス族からは柔肌を押し当てられ、俺はパニックになった。
「ひとの話を聞けっ! 俺は『鍛冶屋』だって言ってるだろう!?
なんなんだ!? お前らはいったいなんなんだーっ!?」
俺は初めて、外の世界で異種族と絡んだ。
最初は純粋な人助けのつもりだったが、あわよくば知り合いになって、少しでも馬車に乗せてもらえたらなんて下心も少しは抱いた。
しかしまさか、のっけからこんな濃厚接触を強いられるとは……!
外の世界、怖っ!
それにコイツらはいくら俺が『鍛冶屋』だと言っても聞く耳を持たない。
まるで『鍛冶屋』という言葉を知らないみたいに。
そこでまた俺の脳裏に、親父の言葉がよぎる。
「先代がこのノーキン王国に連れてこられて鍛冶屋を始めたとき、最初に苦労したのは、マスル族たちに鍛冶屋の概念を理解させることだったそうだ。
『カビ屋』だと誤解され、しばらくの間は忌み嫌われたと祖父が言っていた」
もしかしてマスル族だけでなく、エロフ族とコモド族にも『鍛冶屋』の概念が無いのか……!?
となると誤解を解くためには、鍛冶屋の本領である『ものづくり』を見せてやるのがいちばんだ。
俺は美少女という名の花に埋もれながら叫んだ。
「お……お菓子を作ってやる! いい子にしてたらお菓子を作ってやるから、みんないったん離れろーっ!」
お菓子と聞いた途端、憑きものが取れるように俺の身体からコモド族が剥がれ落ちる。
彼女たちはガードマンのように俺を守ってくれて、下着姿のエロフ族たちを押し戻してくれた。
「エロフのおねえちゃんたち、おにいちゃんをじゃましちゃだめ!」
「これからおにいちゃんがおかしを作ってくれるんだから!」
「それに、おふろでもないのにふくをぬいだりしたら、風邪をひいちゃうよ!」
それでようやくエロフたちも離れ、しぶしぶ服を着る。
「なんだ、あの男は『お菓子屋』だったのか……」
「どうりでおかしいと思ったのだ……」
「でも、油断してはなりません!
卑猥な形の飴ちゃんなどを作り出し、私たちに頬張らせる狙いなのかもしれませんわ!」
清楚な顔立ちとドレスからは真逆の、下衆なセリフを吐くプリンシバル。
まるで、なんでもエロく解釈する中学生男子のようだ。
なおも変な期待の込もった色眼鏡で俺を見るエロフたちを無視し、俺は道のはずれにある森へと分け入る。
少し進んだところに栗の木があって、足元にはいっぱいイガグリが落ちていた。
おあつらえむきの食材があったので、俺はイガグリを拾い集めて布袋にしまう。
街道へと戻ると、「わくわく、わくわく」と口に出して待っているコモド族のそばで、調理を開始した。
適当に石を積み上げて風よけを作り、その中に枯れ草を詰め込む。
指をパチンと鳴らして『発火』の魔術で火花を散らし、枯れ草に火を付ける。
そして拾ってきたイガグリを広げると、見ていた少女たちは揃って顔をしかめていた。
「そのトゲトゲしたものをどうするつもりだ?」
「まさか、食べるつもりじゃないだろうな?」
「ピュリア、トゲトゲいやー!」
「おにいちゃん、お菓子を作ってくれるんじゃなかったのぉ!?」
さすがにこの反応には、この俺も度肝を抜かれる。
「……まさかお前たち、栗も知らないのか!?」
するとなぜかエロフたちもビックリした様子で、股間を押えながら一斉に後ずさっていた。
「なななっ!? くっ、くくっ、クリだと!?」
「こいつめ、なんとふしだらな単語を!」
「やはりこやつは『犯し屋』だ! ハレンチな言葉で我らを惑わせ、一気に犯すつもりだ!」
なにと勘違いしたかは知らないが、俺は無視して作業を続ける。
石で作ったナイフでイガグリを剥くと、中から出てきた実に「わぁーっ!」と驚きの声が。
「ええっ!? トゲトゲのなかからなにか出てきたよ!?」
「わあ! 茶色の木の実だぁ!」
「トゲトゲの中ってこんなのが入ってたんだ!」
「すごいすごい、すごーいっ!」
このリアクションからすると、やはり栗を見るのは初めてなようだ。
俺はこの時点で、薄々感じはじめていた。
……もしかしてこの世界のヤツらって、ほとんどがマスル族みたいな『バカ』なのか……?
そんなことを考えながら、石のナイフで栗に切れ目を入れる。
こうしておかないと、火に入れたときに破裂してしまうんだ。
焚火の中に栗をいくつか放り込んで、しばらく待つ。
香ばしい匂いが強くなってきたところで、木の枝を使って火の中から栗を取り出す。
こんがりといい色合いに焼けた栗。
まだアツアツだが、切れ目を入れてあるおかげでポロポロと簡単に皮が剥ける。
剥いた実をフーフーして冷ましてから、まずはピュリアたちコモド族に渡す。
「ほら、約束のお菓子だ」
すると彼女たちは、仔犬のように揃って首を傾げていた。
「……これがおかし? ほんとうに?」
「ああ。『焼き栗』ってやつだ。甘くてホクホクでうまいぞ」
俺の手から半信半疑で受け取った栗の実を、ぽいっと口の中に放り込むピュリア。
次の瞬間、パァァ……! と花咲く笑顔を満面に浮かべた。
「おっ……おいしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?
その笑顔と驚愕は連鎖するように、次々と花開いていく。
「うわーっ!? ほんとだぁーっ!? すっごくおいしぃーーーーっ!」
「すごいすごい、すごーいっ! こっ、こんなにおいしいおかし、はじめてーーーーっ!!」
「もっとちょうだい! もっとちょうだーいっ!」
そしてエロフたちはなぜか、恍惚とした表情で身悶えしていた。
「こっ……こんなのっ……はじめてっ……!」
「ぬ、塗り替えられちゃぅぅぅっ、おいしさの概念を……!」
「も、もう、コレなしじゃ、いらないっ……!」
「くっ、くやしい……! くやしいけどっ、感じちゃう……!」
プリシンバルにいたってはドレスの肩紐が落ち、胸がはだけかかっている。
白目を剥いたまま、ビクンビクン痙攣していた。
「お前たちは、もっと普通の『おいしい』リアクションはできねぇのか!?」
まさかただの焼いた栗が、コモド族ここまで好評を博すとは思わなかった。
エロフ族の痴態をここまで引き出したのは、もっと予想外だったが。
なんにしても俺は、栗を焼きまくった。
なぜならば彼女たちはみんな、とても幸せそうだったから。
「いくつたべてもやっぱりおいしいーっ! おにいちゃん、ありがとーっ!」
「ああっ、この殿方は、私たちを栗なしにはいられない身体にするおつもりなのですわ……!
いけないのことなのに、身体が求めてしまう……! これがもしかして、『禁断の果実』……!?」
それは悪い気はしなかった。
だってこんなに喜んでもらったのは、俺にとっては初めてのことだったから。
俺は、ここから遥か東にあるヒート族の国を目指していた。
しかし、この街道から少し北に行けばエロフ族の『ドエロス王国』が、南に行けばコモド族の『ツルーペタ王国』がある。
彼女たちの笑顔を見ていると、それらの国に行くのも悪くない気がしていた。
俺はつい、つぶやいてしまう。
「ドエロスか、ツルーペタに、行ってみるか……」
独り言のつもりだったのだが、これが良くなかった。
エロフ族の少女たちとコモド族の少女たちは北と南に分かれ、俺の手を引っ張りはじめたんだ。
「むぎゅぅぅぅ~! おにーちゃんはツルーペタにいくのーっ!
みんなにおかしを食べてもらうんだからーっ!」
「そうはいきませんわ! 私の初めてを奪っておきながら、ヤリ逃げだなんて……!
こちらの殿方は、私の夫としてドエロスにお招きしますわ!」
俺は綱引きの綱のように、あっちへ行ったりこっちへ行ったり。
いまの俺はきっと、引っ張りだこのような顔をしていたに違いない。
「ま……まさか栗ひとつで、こんなにモテモテになっちまうだなんてぇ~~~~っ!?!?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その頃、ノーキン王国では火事の原因になるからと、国を挙げてララの作った装置をすべて壊していた。
「よぉし、これであの『火事屋』の作った忌まわしきものはすべて無くなったな!」
「お祝いに、栗を焼いて食べようぜ!」
「いってぇ!? なんだイガイガは!?」
「おい、『栗剥きマシーン』を持ってこいっ!」
「いや、それはさっきブッ壊したばかりだぞ!」
「そうか、アレはララの作った装置だったな!
そんなものはもう要らん! 栗など手で剥けばいいのだ!」
「くそっ、栗を剥くだけなのに手が血まみれになっちまった!」
「よぉし、次は焼くぞ! 『甘栗マシーン』を持ってくるんだ!」
「いや、それもララ作った装置だから、壊しちまったぞ!」
「なんだとぉ!? まあいい、栗を焼くだけなら、装置なんていらん!」
「ああ! そのまま火に掛けちまえばいいんだ!」
「そうだそうだ! ララの装置なんか使ったりしたら、火事になっちまうぞ!」
「せっかくだから、でかい炎で焼こうぜ! そのほうがうまいに決まってるからな!」
マスル族たちは大量の栗を、切り口も付けずに業火の中に放り込んでしまった。
……どばばばばばばばばばばばばばーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!
栗は当然のように弾け、大爆発を起こす。
それだけならまだ良かったのだが、衝撃であたりに火の粉をまき散らしてしまい、そばにあった木や家に引火。
そのまま燃え広がって、大火事にっ……!
「うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
「火事だっ! 火事だぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
「ララの装置がなくなったのに、なんで、なんで燃えてるんだ!?」
「『火事屋』のララがいなくなったら、火事が起こらなくなるんじゃないのかよっ!?」
「あ、慌てるな! 我が国には自動消火装置がある! 火はひとりでに消し止められ……」
「そ……それもララの装置だぞっ!」
「えっ……えええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
「ならば、我がマスル族に伝わる『筋肉消火』だ!
我らの肉体で炎を畏怖させ、消し去る……あっちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーっ!!!!」
しかもこの時、ノーキン王国では各地で焼き栗が作られており、どこも同じような状況であった。
火は消し止められることなくどんどん広がっていき、また彼らは『筋肉消火』以外の消火法を持たなかったので、火は王国を焦土に変えるまで燃え続けたという。
このお話が連載化するようなことがあれば、こちらでも告知したいと思います。
それとは別に「面白い!」と思ったら、下にある☆☆☆☆☆からぜひ評価を!
「つまらない」の☆ひとつでもかまいません。
それらが今後のお話作りの参考に、また執筆の励みにもなりますので、どうかよろしくお願いいたします!