第69話 最後のバチモン
有給二日目。
イベントを進めるため、ヨハンは少女の家を訪れていた。今日もレンマが一緒である。
「それじゃあ、お父さんが調べていた遺跡に向かいましょう」
少女の案内に黙って従う。街の図書館の隠し部屋から地下への階段があって、降りるとそこは地下水道になっていた。
この少女は一体どうやって調べたのか? とか、調べたからといって何故入れるのか? という疑問が尽きなかったが、ゲームだしと自分を納得させ、ヨハンは後に続く。
そして今回の連れ歩き枠は、前回大活躍したワーフェンリルだ。上位召喚獣ではあるが、イヌコロからの進化召喚で呼び出して連れ歩きしている。
ヨハンは今日の移動中、常にワーフェンリルに自分をお姫様抱っこさせていた。どうやら味を占めたらしい。
レンマは何か言いたそうにしていたが、口を開くことはなかった。
そして、休日二日目テンションのヨハンが子供の頃の下水道エピソードで場を沸かせていると、とても大きな空間に辿り着いた。正方形の床はさながらバトルフィールドのようになっており、ヨハンたちがやってきた道以外は、崖のようになっている。行き止まりだ。そして、底には太い棘が生えている。ワーフェンリルから降りたヨハンは底を見て、口を開く。
「落ちたらタダでは済まないわね」
「……まるで少年漫画のデスマッチ場だ」
「現実だったらハーネスが欲しいところね」
「お、お父さんは居ないの!?」
少女が叫ぶと、向こう側に一人の男が現れる。少女の父親か? と思ったが、違った。現れたのは、昨日倒した3人の男の内の一人。その中でも特に背の高かった男。
「偽の情報に釣られてまんまとやってきたな」
「……ここでバトルか」
「悪いけど、敵じゃないのよ。瞬殺させて貰うわ」
3人同時に襲ってきた昨日でさえ、楽勝だったのだ。それが今日はたった一人。負ける理由はない。しかし、男はそんなヨハンたちを鼻で笑う。
「昨日の俺と同じだと思うなよ。俺はな、新しい境地へ達したのだ。ふんぬ!」
男は上着を脱ぎ捨て、上半身裸になった。鍛え上げられた肉体が露わになるが。
「……脱いだからなんなの?」
「あまり汚いものを見せないで欲しいわ」
「俺の体を汚いだと!? ちきしょうちきしょう……見てろよ……はああああ!」
男が叫ぶ。すると、上半身に赤く輝く模様が浮かび上がる。蛇が這った跡のようなその模様は赤黒い鈍い光を放つ。男の魔力が高まっているのが感じられた。
「さぁ行くぜ。これが俺の全力!」
そして、男は黒い召喚石を取り出した。
「く、黒い召喚石!? 初めて見たわ」
「……多分、クエストの敵が限定で使ってくるんだよ……気をつけた方がいいよお姉ちゃん。多分あれ、かなり強い」
「――召喚獣召喚! ダークスパイダー!!」
幾何学的な魔法陣から、一体のモンスターが出現する。そのモンスターは、球体だった。球体から大小8本の蜘蛛の足が生えていて、球体型の体を支えている。そして体には、無数の口と目がついており、非常に不気味な見た目をしている。
「さぁ餌だ……食えダークスパイダー」
「ジュロロロロ」
男はダークスパイダーに向かって、自分が持っている召喚石を投げつけた。すると、ダークスパイダーの上部に存在する円形の口の中に、その召喚石は次々と吸い込まれていく。数十、数百の召喚石を取り込んだダークスパイダーの体は、最初の時よりも倍近く大きく膨れ上がった。
「はわわ。怖いです」
「これは……気色悪いわね。他の召喚石を取り込んでパワーアップするのかしら?」
言いつつ、ヨハンは横目をチラリと見やる。その視線の先には、ワーフェンリルが居る。
「俺様の出番か」
「様子見のような形になってしまって申し訳ないけど」
「構わねぇ。1VS1なら俺様に負けはねぇさ」
連れ歩きは、任意で召喚状態へ切り替えることができる。召喚状態となったワーフェンリルは、前に飛び出た。
「行かせて貰うぜ」
ワーフェンリルは地面に手をついた。鎖による拘束スキル【グレイプニール】発動の準備に入ったのだが。
「その手は食わねぇよ」
鎖が地面から飛び出す寸前、ダークスパイダーは飛び上がる。そして、逆さになりながら高い天井へ着地した。さらに、体の中で何かがうごめいているかのように、ボコボコと膨れ上がる。
「一体何を?」
「はっ、見てればわかるぜ」
男がそう言った直後、ダークスパイダーの全身の口がガバっと開く。そして、その口から先ほど取り込んだ召喚石を次々と吐き出していく。吐き出された召喚石はドロドロの粘液にべっとり包まれており、壁や床に「ヌチョリ」と嫌な音を立ててくっつく。
「させるかよ」
何を狙っているかわからないが、思い通りにやらせない。そう考え攻撃しようとしたワーフェンリル。飛び上がり天井のダークスパイダーを目指すが、逆に吐き出された召喚石が胴体に命中。その衝撃で地面に落下する。
「ワーフェンリル!?」
「ぐっ……これくらいなんてことはねぇ」
「いひひ……それはどうかな?」
男が笑う。すると、ワーフェンリルの体の内側から、どす黒い魔法陣が広がる。いや、正確にはワーフェンリルの体内に打ち込まれた召喚石が起動しているのだ。
「ぐっ……ぐああああああ」
そして体内で召喚されたその召喚獣は、ワーフェンリルの体を突き破って外へと出てきた。
「……何コレ気持ち悪い……」
「私のワーフェンリルが……」
外へ出てきたのは、様々な昆虫を複合したような、キメラ感溢れる昆虫型のモンスター。大きさは80cm程。
「まだだぜ……さぁ目覚めろベビー達!」
男のかけ声と共に、周囲に撒き散らされた召喚石から次々と、先ほどの昆虫と同じ形のモンスターが召喚されていく。
「見たか! コレがダークスパイダーのスキル【狂気卵舞】! 取り込んだ召喚石を全てベビーに生まれ変わらせる事が出来るのだ!」
「し、召喚獣への冒涜だわ」
「……気持ち悪い」
「気持ち悪いがその強さは本物だぞ? さぁ、襲いかかれベビー共!」
フィールド中のベビーたちの目が、一斉にヨハンの方を向く。そして口を開くと、強烈な酸を噴射した。ヨハンは現在、カオスアポカリプスではなく通常の服を着ている。この攻撃を食らったら全滅し、クエスト失敗となるのだが……。
「させるかよぉ!」
傷だらけのワーフェンリルが間に入り、その体で攻撃を全て受けきった。
「だ、大丈夫なのワーフェンリル!?」
「はっ……俺様の心配してんじゃねーよ。後は頼んだぜ、マスター」
ヨハンの頭にぽんと手を当てると、そう言い残してワーフェンリルは消滅した。
「全く。冷静クールに見えて、一番友情に熱い性格なのは原作譲りなのね……」
ヨハンは寂しそうに微笑むと、ワーフェンリルとイヌコロの召喚石をストレージに入れる。そして、新たな召喚石を取り出した。
(ゴメンねワーフェンリル。タイマンが得意な貴方じゃ、この戦いはちょっと厳しかったわね。サモナーとして、まだまだだわ、私)
「召喚獣召喚――ヒナドラ!」
そして、新たに初級召喚獣ヒナドラを召喚する。
「もっきゅ……もももっ!?」
意気揚々と出てきたヒナドラだったが、周囲を埋め尽くすキメラ昆虫ベビーたちを見て、目が飛び出る程驚いた。
「ヒナドラ、早々悪いけれど……さっきワーフェンリルがやられてしまったの……仇をとりましょう」
「もっきゅ!」
ヨハンのその一言で、ヒナドラの顔つきが変わる。
「ヒナドラ、進化よ!」
「もっきゅ!」
そして、第三のスキル【進化召喚】を発動させる。ヒナドラのMP全てと引き換えに、ストレージから新しい召喚獣を呼び出すことができるのだ。
「……ここでクロノドラゴンに?」
「いいえ。ここはもう一つの進化……メタルブラックドラゴン!!」
ここで、遂にバチモンコラボ限定召喚獣、全8種の最後の一体が、その姿を現した。