第46話 ティンときた
とある平日の夜。
【竜の雛】のギルドホームである暗黒の城のミーティングルームにコンがやってくると、そこには名状しがたい物体があちこちに転がっていた。そして、部屋の隅には体育座りで落ち込んでいるヨハンの姿があった。
「この惨状。何があったん?」
「それはねぇ☆」
コンの疑問に、ドナルドが笑いを堪えながら事情を話した。
時間は一時間ほど前。いよいよトランスコードを使って、自分たちの装備の能力を上げようという話になった。
だが、アイテムとは違い、装備を強化する為にはトランスコードだけでは足りず、【生産職】のスキルを持つ人材が必要となった。それも、高い【器用】のステータスを持った人材が。だが、そんな人材は現在の竜の雛にはいない。
『ワタシの知り合いに聞いてみるわ~☆』
そこで、ドナルドが知り合いの生産職プレイヤーに声を掛けたのだが。
『ダメだわ。みんなもう他の人から依頼を受けてて、いつワタシ達の分をやれるかわらからないみたいよ☆』
そう。第三層実装から既に一週間ほど。隠しイベントをクリアしたプレイヤー達が続々と【トランスコード】を入手していた。また来月に開催されるギルド対抗戦もあり、ギルドお抱えの生産職は頼れず(ギルドメンバーを優先するため)、フリーの生産職プレイヤーは引っ張りだこなのだ。
『それなら、私がやってみるわ!』
そこで名乗りを上げたのがヨハンだった。器用の数値が1500に達する為、自分でも役に立てると思ったのだろう。余っていたランキングポイントで【初級生産職】のスキルを入手。試しに適当な素材で剣を作ってみたのだ。
「それで出来たんがあのヘドロみたいなやつ?」
「そうなの☆ 確かに数値の上での器用さは十分なんだけど……ヨハンちゃん本人がダメダメでねぇ」
「だ、だって剣を作り始めたら、いきなり変なリズムゲームが始まって……あんなの聞いてないわ!」
GOOでは生産職がアイテムを作る際、リズムゲームのようなミニゲームが開始される。タイミング良くボタンを押す、音ゲーのようなゲームだ。
そのゲームは生産・強化するアイテムのレア度によって難易度が上がる。このゲームの結果と生産職プレイヤーの器用の数値の結果によって、成否が決まるのだ。
普通の剣を生産できないヨハンの腕では、到底ユニーク装備の強化を成功させることは出来ないだろう。
「しかし困ったなぁ。せっかく【トランスコード】を手に入れたんに、強化出来ひんのは勿体ない」
「そうねぇ。でも、この時期に手の空いてる腕のいい生産職のプレイヤーなんて……」
年長組が困り果てて居ると、いつの間にかやってきた着ぐるみゴリラの少女レンマが言った。
「……ボクに心当たりがある」
「本当?」
「……うん。ほら、前にお姉ちゃんと初めて会ったとき、ボク、【プロデューサーのハチマキ】を持ってたでしょ?」
「ああ、あったわね。ゼッカちゃんが腕のいい生産職のプレイヤーでないと作れないとか言ってたわ」
「……あれを作った人だよ。多分、まだギルドに入ってないと思う。聞いてみる価値はあるんじゃないかな」
ヨハンとコン、ドナルドは顔を見合わせた。
「じゃあ、紹介して貰おうかしら」
「せやね。腕がよければ、勧誘してもええな」
「ふふ、どんな人か、楽しみね☆」
「……安心して、腕とデザイン能力は確かだよ。何せ、このゴリラアーマーをデザインした人だからね」
「え……」
「は……」
「……☆」
三人は急に不安になった。
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ヨハン、ドナルド、レンマの三人は第二層、城塞都市の中央広場にやってきた。
「【煙条P】って人を探して」
レンマ曰く、その凄腕の生産職のプレイヤーは30代のおじさんらしい。3人がそれらしい人物をキョロキョロ探していると、ちょっとした騒ぎが耳に入った。
「なんだよそのふざけた格好は!」
「舐めてんのか!」
「キモいんだよおっさん!」
「ち、違うんです……これは強力なユニーク装備で」
「遊びじゃねぇんだぞ!」
「ハンパな気持ちでくるんじゃねーよ!」
何やら揉めているらしい。一人の男性プレイヤーが、パーティから追い出されてしまったようだ。
一人項垂れる男性の頭上には【煙条P Lv40】と表示されていた。どうやらあの男性が、ヨハン達の探す人物のようである。
「あの人が……でも格好が」
「……ま、前はあんな見た目じゃなかった」
「ええ、かなりイカれた見た目をしているわね☆」
見た目の威圧感とヤバさに定評のあるドナルド・スマイルをもってして「イカれた見た目」と言わしめるその男、煙条P。
そう。彼は何故か、露出の多い女性アイドルの衣装に身を包んでいた。