エピローグ 遥かな贈り物
『というわけで、プレイヤー全員に素材引換券が3枚……レイド参加者に20枚配られるそうです』
電話の向こう側のゼッカが、なんとも言えない声色で呟いた。
ゴールデンウィーク初日の今日、GOOに大幅アップデートが行われる。昨夜からメンテナンス期間に入り、今日の17時を過ぎれば、第三層が実装される。
そしてそのメンテナンス時間を使って、動画配信サイトにてプロデューサーや声優を交えたトーク番組が行われる。そこではクイズなどの企画や、新情報公開が行われるのだが、そこで少しだけ、この前の海賊王レイドの問題が取り上げられたそうだ。
ああなってしまった原因は大体がゼッカの推理通り。また、海賊王にはアイテムをストレージに溜め込めば溜め込む程防御が上がっていき、逆にスピードが落ちる。逆にアイテムを吐き出させ続ければ防御力が落ちていき、スピードが上がるという特性があったことが告げられた。
本来ならば大勢のプレイヤーが参加することを想定していたが、アナウンスにやや問題があり、プレイヤーが参加を渋る結果となったことを、深く反省するとのこと。
『まぁ、素材引換券なんて渡されたら、当事者以外はみんな許しちゃいますよ。私も、ちょっとラッキーって思っちゃいましたし』
「まぁ、穏便に終わって良かったわ」
圭はほっと一息つく。サービス終了は、圭の望むところではなかった。
「失敗を糧に、より良いサービスを提供してくれるようになれば、それでいいのよ。最初から完璧なんて求めちゃいけないわ」
『流石ヨハンさん。やっぱり社会人は言うことが違いますね!』
「ええそうよ。あんな事でいちいち怒ってたら、すぐに老け込んでしまうわ。それで? 私への詫びとして、バチモンの新モーション追加及びバーチャルモンスターズコラボ第二弾の情報は発表されたのかしら?」
『あれ……もしかして運営の事、全然許してない!?』
「私もコンちゃんの事を、あまり言えないわね」
『コンさんと言えば……あの話はどうするんですか?』
あの話とは、あの時コンに言われたことだろう。
海賊王レイドの後。やはり自分だけ特別なアイテムを貰うのは申し訳ないと思った圭は、ソロとコンに何かお礼がしたいと申し出た。
そして、ソロには海賊王から強奪した海賊王の装備一式を手渡した。最初は「受け取らねぇ!」と言っていたソロだったが、ついに折れて、装備を受け取らされた。
「なんだこりゃ、つええええ! 俺、最強の剣士になれたかもしれねえぇええ」
と、海賊王装備を纏ってみれば、不機嫌だった顔から一変。少年のような瞳で喜んだ。
「いや、あんたが海賊王になってもうたらアカンやろ。三刀流のソロやろ?」
とコンが突っ込んでいた。
そしてコンは。
「もし魔王はんがギルドを作るなら……そんときはうちも混ぜて?」
と言い残し、去って行った。どこまでが本気で、どこからが冗談なのか。
『それでヨハンさん、ギルドを作るんですか?』
どこか不安そうにゼッカが言う。確かにギルドホームという物があれば、大事なアイテムを預けたり、集合場所に出来たり、色々と便利だろう。だがギルドを作るには、最低5人のプレイヤーが必要だ。
もしギルドを作るのならば。今までのように三人だけで遊ぶ……ということは出来なくはないだろうが、難しくなっていくだろう。
だから圭の答えは「保留」だった。
『やっぱり今日はログインできないんですか?』
「ええ、ちょっと用事があってね。これから妹と甥っ子が……あら、来ちゃったみたい」
その時、丁度インターホンが鳴った。それは電話の向こうのゼッカにも聞こえていたようだ。
『じゃあ、切りますね』
「ええ。第三層、楽しんできてね」
『はい! その前に、氷のダンジョンを突破しないといけないんですけどね! くぅー燃えてきた!!』
電話が途切れる。
圭は妹達を部屋に招き入れる。
甥っ子は持ってきた怪獣の人形で勝手に遊び始めた。手の掛からない良い子だ。
「お姉。早速本題なんだけど……」
妹は、少し緊張した様子で、それを差し出してきた。それを見た圭の目が見開かれる。
「バチモンじゃない……どうしたのこれ?」
置かれたのは卵形の液晶携帯ゲーム。
そのバチモンはまるで粉々になった物を組み合わせたようなヒビがある。液晶は新しくなっているが、何も映し出されてはいなかった。
「これは?」
「これ……お姉のバチモン。あのとき、親父に壊されちゃったでしょ?」
あの日。父に泣きすがる私の姿を、妹は見ていたらしい。そして、ゴミ箱に捨てられたバチモン、私が怖くてとうとう拾いに行くことが出来なかったバチモンを、拾ってくれたのだ。
妹曰く、あの日以来、姉の圭はとても冷たい表情をするようになったらしい。圭自身にその自覚はなかったが。それで、なんとか元の姉に戻って欲しいと願い、自分の手で修理しようと思ったのだ。だが、当時7歳か8歳だった妹がゲーム機を修理するなんて不可能に近く。
「余計……酷いことになっちゃって……治そうとすればするほど……元に戻らなくなって……だから怖くなって……自分の机の奥に隠して……それで……」
そのまま、いつしか妹の記憶から消えてしまった。しょうがない。何せ、妹はとても幼かったのだからと、圭は妹を抱きしめる。
「ごめんね……ずっと忘れてた……」
「いいのよ。全部わかるから……ありがとう」
そのことを思い出すきっかけとなったのは、この前ここでVRゲームの機械のセッティングをしている時。その日初めて圭の部屋に上がった妹は、ガラスケースに納められた沢山のバチモングッズを見て、遠い日の思い出が蘇ったという。
泣いてしまった妹の頭を撫でながら、ふと思う。一体最後にこうやって妹を抱きしめたのは、いつだったかと。
「でも、貴方本当になんでも出来るのね?」
姉の圭から見て、なんでも出来る自慢の妹。だが流石にこのような工作が出来るとは思わなかった。
「ああそれねー。旦那に手伝ってもらったの。ほら、プラモ好きだったじゃん?」
「いや、ほらと言われても。知らないけど」
「子供が生まれてからは、ちょっと控えてるの。シンナーだったり、粉だったり、あとパーツ飲み込んだら……ね?」
「ふふ、優しい人じゃない」
「でしょ? いつか息子と一緒にプラモ作るのが夢らしいよ」
「素敵な夢だわ」
お惚気話を頂いて、圭は改めてバチモンを手に取る。
「その全体の割れの跡、消そうと思えば消せたらしいんだけど、旦那が『こういうのは残しておこう』って言って……」
「なるほど……いいセンスしてるわ」
「でも……やっぱり……どんなに頑張っても、起動させることは出来なかった」
妹の顔が陰る。物理的なダメージや経年劣化によって、基板を復活させることは、不可能だった。かといって、別の物を買ってきて中身を移植するというのも、何か違う気がしたという。
「いいのよ。ここに居たあの子は……今は違う場所に居るから」
「え……それってどういう?」
そんな妹の言葉を遮るように、甥っ子が叫ぶ。
「ああー! 圭ちゃんゲーム持ってる! 見せて見せて!」
妹は「あちゃー見つかったー」という顔をする。
「これ、僕に頂戴!」
「ダメよ。これは圭ちゃんの宝物なの!」
と妹がキツく叱るが、出先でテンションの高い甥っ子はそれでは引っ込まない。
「ゲームは子供の物でしょ? 圭ちゃん大人なのに? 変なのー!」
「変じゃないわよ。大人でも、大好きなものは、大好きなの」
「??」
圭のその言葉に、以前のような卑屈さはなかった。圭はそっと立ち上がると、引き出しからとあるアイテムを取り出す。
「少年、君にはこっちを上げよう」
「やったー!」
「ちょっとお姉!」
圭が手渡したのは、卵型のケータイゲーム機、バーチャルモンスター復刻版。未開封新品だった。
「わーいわーい! ゲームだ」
「あーあこんなにいいやつ渡しちゃって。お姉いいの? ああなったらもう返して貰えないよ?」
「いいわよ。あと5個あるし」
「えぇ……」
起動こそしていないものの、復刻品を集めていた圭。開封し遊ばなかったのは、あの頃の相棒に、どこか後ろめたさを感じていたのだろう。
「でも、あの子飽きっぽいから、すぐ遊ばなくなるわよ?」
「いいのよそれで。別にバチモンじゃなくてもいいの」
圭は、戻ってきたバチモンを見つめる。
「なんでもいい。多くの物語に触れて、多くのものを受け取って……その中で、何か一つでもあの子の支えになってくれる物語と出会えれば。私はそれでいいのよ」
「……そうだね。お姉にとってのバチモン、私にとってのホホホーホ・ホーホホみたいな何かが、あの子にも出来たら……嬉しいね」
「そうね……ちょっと待って。今なんて言ったの? 貴方の心の支えに何かとんでもない作品名が聞こえた気がしたのだけど?」
「あ、お姉ってばバチモンのブルーレイBOXコンプしてんじゃーん。見よう見よう!」
「ふっ、望む所よ。すぐ準備するわ」
「おい息子ー! こっちに来い」
「どうしたのママー?」
「今からお前に神を見せてやる!」
妹は某社長デュエリストのような事を言いながら、甥っ子を抱き寄せた。
「それじゃ、再生っと――」
幼い子供が、古く、そして新しい物語に、これから触れる。こうして、物語は受け継がれていく。
***
***
***
ゴールデンウィークとは言っても、祝日以外は会社に出勤しなければならない。出社した圭はPCを起動し、缶コーヒーをすすりながら、一日の予定を確認する。
それに遅れて、いつもの騒がしい後輩が出社してきた。
「あれー! これバチモンじゃないですか-!」
圭の鞄に付けられたヒビ入りのバチモンをめざとく見つけた後輩は、大声で騒ぎ立てる。
「懐かしいなー子供の頃、お兄ちゃんと一緒に見てましたー」
後輩の声がオフィスに響くと、圭と同年代の男性社員達が何事かと寄ってくる。
「ええ、哀川さんってバチモン好きだったんすか!? 俺もっすよ!」
「あのクールな哀川さんがキャラクターもののアクセを……ギャップ萌えだ」
「いや、アクセじゃなくてゲームだって。育成ゲーム」
「俺、クロノドラゴンが好きだったわ」
「いや、そこはオメガプライムだろ」
「俺の時は人間の方が強いやつをやってました」
「あーそっちか。あれもなかなか」
オフィス中のアラサーと二十代が沸き立つ。中年世代に睨まれながらも、その熱は止まらない。
「そういや来年の四月から新アニメやるらしーぞ」
「マジか! あれ、俺は二月に映画がやるって聞いたぞ? 哀川さんは見に行くの?」
「はい。その際は映画公開期間中、全ての日程で有給を頂こうかと思います」
「ははは、哀川さんも冗談言うんだね……冗談だよね?」
「哀川さん有給残数カンスト勢だからなー」
それ以降も、まだ始業前なのをいいことに、男性社員も女性社員も、バチモンの話題に花を咲かせていた。その様子を見て、圭はくすりと笑う。
(なあんだ。ずっと自分が異常なんだって思ってたけど……全然普通ね)
盛り上がりは留まるところを知らない。おそらく部長が怒鳴るまで止まらないだろう。完全に会話の輪に入り損ねた後輩が、ちょっと拗ねたように口を開いた。
「でも初代は神でしたけど、V2の最終回糞でしたよね。あとその内人間がバチモンに進化しちゃうしー訳わかんないって感じで……あれ?」
思わず禁忌に触れてしまう後輩。オフィスが静まりかえる。
「お前……言ってはならねぇ事を言ってしまったな」
「俺はV2派なんだが?」
「よく見てもねぇのに語るな」
どうやら一部の人達の逆鱗に触れた後輩。
「びええええええんんん哀川せんぱああああいいいいたずげでぐだざいいいい。なんがみんながごわいでずうううう」
「あら貴方。今の自分の失言に、まだ気が付いてないの?」
「え、哀川さん怖い……見たことない怖い顔してる……ひいいいいお助けええええええ」
この日、この後輩の中での圭の立ち位置が【仕事を押しつけやすいチョロい先輩】から【ガチで怒らせたらヤベー奴】に変わったという。
***
***
***
「何してるのアンタ」
「卵見てるの」
圭の妹が自宅で家事をしていると、テレビを見ていたはずの息子が何かをじっと見つめていた。
「あらあら、バチモン開けちゃったの?」
「いいでしょ。僕が貰ったんだから」
「いいけど。ちゃんと育てるのよ? 放置したらママが貰っちゃうからね」
「うん。ちゃんと育てて、圭ちゃんに見せてあげるんだ」
妹がのぞき込むと、画面の中には16×16ドットの卵が映っていて、脈打つように動いている。
「早く生まれないかなぁ……楽しみだよ」
そんな息子の言葉に、妹は昔自分も、姉の後ろからこのゲーム画面をのぞき込んでいた事を思い出す。なんだか懐かしくなった妹は家事を中断し、息子と共に、新しい命の誕生を待った。
「はやく会いたいなぁ」
「そうね」
妹は、果たしてこれは何分くらいで生まれてくるのだったかと記憶を巡らせる。一時間だった気もするし、一日くらいかかった気もする。子供の頃の一日はとてもとても長くて、毎日は永遠のようで。今から思い返すと、時間の感覚が非常に曖昧だ。
ピ……ピ……ピ……。
その時、懐かしい電子音が鳴り始める。どうやら、もうすぐ生まれるらしい。息子の顔に光が灯る。
ピ……ピ……ピ……。
ピピ……ピピ……ピピ……。
……ピピッ。
「やったぁ生まれた!!」
『……もきゅ?』
第一章 An endless tale -完-
お読みいただきありがとうございます。これにて完結となります。
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