エピローグ
「ふぅ……疲れた」
イベント終了から5日後の金曜日の18時。哀川圭は自身のオフィスでため息をついた。
丸一週間仕事を休んでいた分の勘を取り戻すのに苦労し、ここ数日残業続きだったが、なんとか定時で上がれそうである。
「あ、哀川先輩。帰るんですかー?」
時計を眺めていると、隣の席の後輩が声をかけてきた。どうやらまだ仕事が終わっていないらしい。
「あら、まだ終わってないの? 手伝おうか?」
「いえ、嬉しいですけど……自分で頑張ってみます~」
「そ、そう。それじゃ、頑張ってね」
「お疲れさまですー。哀川先輩も、良い休日を」
圭は帰り支度をしながら、一体部長はどんな魔法を使ったのだろうかと驚く。
だが確かなことがある。
「あの子も少しだけ変われたのね。良かったわ」
後輩の成長を自分のことのように喜ぶと、圭は自宅に向かう。
「今日は、久々にログインできそうね」
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イベント以来、久々にGOOに足を踏み入れたヨハンは、自らの本拠地である闇の城へとワープした。闇の城へ入ると、つい数日前のイベント後の打ち上げのことを思い出す。
竜の雛メンバーはもちろん、頑張ってくれた召喚獣たち。オウガの友人たちやギルティア、そしてロランドも加えての大騒ぎだった。
大人としては少しみっともないくらいの、飲めや歌えやのドンチャン騒ぎだった。
「楽しかったな……」
そう呟きながら階段を上る。外が何やら騒がしい気がしたが、いつも雷鳴が轟いている場所なので、無視することにした。
「あ、ヨハンさん来た!」
「……仕事終わり? お疲れ様だね、お姉ちゃん」
「久しぶりやねー」
「疲れたでしょ? ポテトがあるわよ☆」
「お疲れ様です」
「うっす。お疲れっす」
「わっ、わっ。全員揃うのはイベント以来ですね。嬉しいな」
「みんな、久しぶり。お疲れ様」
ヨハンがたまり場、もといミーティングルームに入ると、既に他のメンバーが揃っていた。
ヨハンが席に腰掛けると、すっとポテトが盛られた皿が目の前に置かれる。食べようかどうか迷っていると、何やら興奮した様子のゼッカが、前のめりで、もう少しでキスしてしまいそうな距離で話しかけてきた。
「大変です。大変なんですヨハンさん!」
「お、落ち着いてゼッカちゃん。顔が近いわ」
興奮するゼッカを宥めようとするヨハン。
「魔王はん。そうやのうて、もっとムツゴロウさんみたいにやらんと」
「誰が動物ですか! いやそうではなくて、ヨハンさん。大変なんです」
「最初に戻ったわね」
「良いニュースと悪いニュース。どちらから聞きたいですか?」
もったいぶって面倒な聞き方をしてくるゼッカ。だがヨハンは苛つくこともせず、少し「う~ん」と考えてから答えを出す。
「こういうのはどうせガッカリすると相場が決まっているから、良いニュースから聞きましょうか」
「はい、では良いニュースです。なんと【バーチャルモンスターズコラボイベント】の復刻が決定しました!」
「マジで!?」
嬉しみのあまり、思わず口調が変わるヨハン。
「マジです!」
「何故だかわからないケド、『復刻して欲しいイベントアンケート』で一位になったらしいわよ☆」
ドナルドの言葉に、ヨハンは嬉しそうに頷く。
「なるほど。みんなにバチモンの魅力が伝わったのね!」
「違うと思います」
「……それは違うよお姉ちゃん」
「そうやあらへん」
「ありえないわね☆」
「ないない」
「普通に考えて」
「ヨハンさんのせいだよね」
「ええ!?」
皆に否定され涙目になるヨハン。
「まぁコラボ復刻は、第二弾のフラグとも言われてるくらいだし、楽しんだらいいんじゃない☆」
「そうね。えっとそれで、悪いニュースというのは?」
ヨハンが訪ねる。するとゼッカが答える。
「ええ。それが、復刻イベントでは、ユニーク装備も再入手可能なんです」
「え? ……ということは」
「ええ。二つ目のカオスアポカリプスを狙って、ヨハンさんから入手条件を聞き出そうと考えた不届き者が今、大勢城の外に集まっています」
ヨハンはそれを聞いて、耳を澄ませてみる。すると、さっきまで雑音だと思っていたそれは、人間の声だった。
「教えろ~」
「教えろ~」
「怖いわね」
「アホやな~召喚師以外が手に入れても、意味あらへんやろ」
コンが呆れたように言う。
「……でも、今後他の職業でも召喚獣を扱えるようになる可能性もあるよ」
「なるほど。そんな可能性もある以上、狙ってみる価値はあるということですね」
「まぁ、先のことは、誰にもわからないですからねぇ」
そう。
未来のことは誰にもわからない。
数ヶ月前まで、こんな風に仲間に囲まれて笑っているなんて、想像もしていたかったように。
「まぁ、独り占めするつもりはないし。教えてあげてもいいんだけれど」
ヨハンのその呟きに、皆が「えっ?」と固まる。
「なぁ魔王はん。ウチにだけ、特別に入手条件教えてくれへん?」
「ああーズルいですよコンさん! 私だって欲しいのに」
メイが叫ぶ。
「ふふ、じゃあ私に勝てたら教えてあげる……というのはどうかしら?」
「上等やない。そろそろどっちが強いか決着つけようか」
「あわわ……コンさん落ち着いて」
「コンちゃんと決着をつけるのもいいけれど」
言って、ヨハンはだんだん音量が上がってきた、外を睨む。そしてテラス口へと近づくと、勢いよく扉を開いた。騒音の方を見てみると、門の外に多くのプレイヤーが集まっていた。
ヨハンは大きく息を吸い込むと、大声で叫ぶ。
「この私に勝てたら、カオスアポカリプスの入手条件を教えてあげるわ!」
「「「「「うおおおおおおおお!!!」」」」
門が開かれ、100人以上のプレイヤーが一斉に押し寄せてくる。それに反応し、防衛用の召喚獣たちがつぎつぎと出現。
戦争が始まった。
あっという間に庭は、殺し合い祭の再演となった。そして、突発的な祭り開催を聞きつけた馬鹿たちが、続々と集まってきた。
「カオスアポカリプス……是非私のコレクションに加えたいわ!」
黄金の鎧を来た少女、ゼッカの友人ギルティア。
「ほう……カオスアポカリプスの入手条件……それはどうでもいいですが。ヨハンさんと戦える数少ない機会。活かさせて頂く」
最強のプレイヤーロランド。
「はっ。ロランドよ。貴様より先に、この私がヨハンを倒す!」
永久二位のカイ。
「天才の頭脳を以てしても、カオスアポカリプスの入手条件はわからない。是非教えてもらいたいものだが……ここは君に加勢をするぞオウガ」
天才少年クロス。
「おーいオウガ、狩りしようぜー」
「なんか人が大勢居るんですけどー!?」
「よくわからんが祭りだろ? 殺せ殺せーい!」
オウガのクラスメイトたち。
「同士たちよ。もし聖女がカオスアポカリプスを入手し、【増殖】を使ったらどうなると思う?」
「て、天才か!?」
「聖女が増殖だとぉおお!?」
「あああ考えただけで……あああああああいい」
「一家に一人聖女おおおおお!!」
「全員本気装備を調えろ。今より聖戦を開始する」
神聖エリュシオン教団の団員たち。
「お前らやめろおおおおお」(泣
聖女くん。
「ホビーで遊ぼうと立ち寄ってみれば」
「何やら面白そうなことになっているな」
「フッ。飲み会を断った甲斐があるというもの」
「行くぞ同士たち。遊ぼうではないか」
「「「おう!」」」
殺殺ホビー部のみなさん。
「おいおいおい」
「何度も言わせるなよ」
「「「ヨハンを倒すのは俺たちだ!!」」」
そして打倒ヨハンの会メンバーたちも交えて。
一瞬で闇の城は殺し合い祭の二次会会場と化した。
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「――グランドクロス!!」
「ヘラクレスオオカブトの構え・報恩謝徳!!」
迫り来る敵を蹴散らしながら、ヨハンとゼッカは背中合わせになる。
「うふふ」
「どうしたんですかヨハンさん。こんな時に……」
「楽しいなって思ったの。変かしら?」
「いえ、変じゃありません。私も、ヨハンさんと一緒にいられて、凄く楽しいです」
「ふふ、ありがとうゼッカちゃん。私も楽しいわ」
「本当ですか! あの……あの。私、ヨハンさんと出会えて、本当に良かった! ずっと、これからも……」
「ええ。これからもずっと一緒に、楽しく遊びましょうね」
「もっ!!」
すると、頭上のヒナドラが短く鳴いた。自分も居るぞ! というアピールだろうか。
「あはは、ヒナドラが嫉妬してますよー」
「あらあら。ヒナドラも、ずっと一緒よ」
ヨハンはゼッカとヒナドラの両方を抱きしめる。
二人と出会えたから始まった。出会ってから始まった、全てに感謝するように。
「居たぞ、ヨハンだ!」
「囲め囲めー!」
その時、新たな敵が現れる。
「くっ。よくも私のお楽しみを邪魔してくれましたね……ぶっ殺してやる」
「ええ、戦いはまだまだこれからよ。行きましょうゼッカちゃん、ヒナドラ」
「もっきゅー!」
倒しても倒しても、次々と闇の城にやってくるプレイヤーたち。当然だ。イベントと違い、終わりはないのだから。彼らの気力が続く限り、何度でも現れる。
どうやら、ヨハンとその仲間たちの楽しい戦いは、もうしばらく終わることはなさそうだった。
続きはありますが私の中ではここで完結です。
お読みいただきありがとうございました。