第116話 最強のプレイヤー
【終焉の星】によって、ヨハンのステータスを底上げしていた各スキルの上昇値も10倍となった。
名前:ヨハン Lv:40
職業:召喚師
HP:30/30
MP:75/45(+30)
筋力:20(15000)
防御:20(15000)
魔力:20(15000)
敏捷:20(5000)
器用:20(15000)
GOOにおいてキャラクターのステータスが重要なのは言うまでもないが、とりわけ敏捷性は扱いが難しい。
キャラクターを自分の体と同じように操作する関係上、高い敏捷性を使いこなすには、それなりの練習とセンスが必要となる。
実際、ヨハンは今まで520の敏捷性を持っていたが、まったく使いこなせていなかった。高いステータスからスキルをぶっ放すだけのプレイスタイルからも、それはわかるだろう。
その敏捷が一気に5000まで上昇したことで、最早【ヨハン】というキャラクターは、哀川圭というOLに扱いきれるキャラクターではなくなってしまった。
「急激なパワーアップを果たしたようですが……まさかのオチでしたね」
スキル発動から2、3分。
ゼッカとレンマに介助され、ぎこちないながらも、なんとか通常の動きぐらいはできるようになったヨハンに、ロランドはそう言った。
その声にはわずかながらの失望の色が混じっている。普通に動くのがやっとと言った今のヨハンたちを倒すのは、ロランドにとって容易いだろう。よしんば良い勝負になったとしても、ロランドを満足させる戦いには、なりそうもない。
「なんかロランドさん、テンション下がってる?」
「……あの人、多分お姉ちゃんと戦うの楽しみにしてたから」
「そう……それは悪いことをしたわね」
「いいえ、謝罪などいりませんよ。期待を裏切られるなんて、日常茶飯事ですから。さて、ではヨハンさん。昨日の雪辱を晴らさせて頂きましょうか?」
剣を構えるロランド。対するヨハンは、肩を貸してくれていたゼッカとレンマから離れ、一人立つ。
「どうしました? 最早構えることすら困難ですか?」
「いえ、貴方勘違いをしているわ」
「勘違い?」
「そう。私の職業は召喚師」
言って、ヨハンは召喚石を取り出す。
「パートナーと一緒に戦う職業なのよ! 召喚獣召喚――ヒナドラ!!」
幾何学的な魔法陣から、黒い幼竜が姿を現す。
「もっ!!」
「ヒナドラを……一体なにをするつもりですか?」
「こうするのよ。スキル発動――【ソウルコンバート】!」
「もも……もっ!?」
ソウルコンバート。召喚師が直接戦闘に参加できなくなる代わりに、召喚師のステータス数値をそのまま召喚獣のステータスにプラスするスキルである。
「もももももっ!!」
「行くのよヒナドラ!」
「もっきゅ!」
超絶パワーアップをしたヒナドラが黄金のオーラを纏う。そして、圧倒的なスピードでロランドに襲い掛かる。ヒナドラの突進を剣でガードしたロランドだったが、その衝撃を受け流しきることができず、体勢を崩す。
「凄い! これなら行ける!」
「……AI制御の召喚獣ならプレイヤースキルは関係ない……考えたねお姉ちゃん!」
「ええ。力はみんなで合わせるもの。私とヒナドラ、二人の力で必ず勝つわ」
「ももももももっ」
「くっ……これほどとはっ」
フィールド内を縦横無尽に飛び回り体当たり攻撃を仕掛けてくるヒナドラ。その猛攻をなんとか捌き続けるロランド。
(なんというパワーとスピード。そして体の小ささ……やりにくい。これならクロノドラゴンにでもなってくれた方がまだ戦いやすかった)
防御力が高くなったとはいえ、HPは低い。なので防御力貫通攻撃を通せば勝ち目はある。あるのだが。
(ヒナドラを倒せたとして、一体何になる? 相手は召喚師。また新しい召喚獣を呼び出し、同じスキルで強化されるだけ……)
ならばヨハンを直接狙えばいいのか?
否。
このヒナドラの猛攻をくぐり抜け、かつゼッカとレンマを突破し、合計20回の【ガッツ】を持つヨハンを殺しきることは、不可能だろう。
「フッ……私の負けか」
「隙が見えた! ヒナドラ――ブラックフレイム!!」
「もっきゅー!!」
ヒナドラから黒い火球が放たれ、ロランドに命中する。15000以上の魔力から放たれた攻撃は、一瞬でロランドのHPを蒸発させた。
「くっ……見事だ」
【ガッツ】により耐えたロランドの目の前に、ヒナドラが着地する。そしてヒナドラは、ガッツによる無敵時間が過ぎるのを待っているようだ。
「私の負けです。城の外にはまだ多くの仲間がいますが……貴方たちなら大丈夫でしょう。では」
無敵の切れたロランドは立ち上がる。
「トドメをお願いします」
剣を仕舞い、両手を挙げたロランド。
「もっきゅ~!」
「待ってヒナドラ」
よ~し殺すぞ~と意気込むヒナドラを、ヨハンが制止した。そして、ヨハンはロランドに問いかける。
「君はそれでいいの?」
ヨハンの問いに、ゼッカとレンマが首を傾げる。ロランドだけが、黙ってヨハンの次の言葉を待っていた。
「何か、奥の手があるんでしょ?」
「はは、ありませんよ、奥の手なんて。私は最果ての剣のチャンネル動画に全ステータスとスキルの情報を開示しています。あれが私の全てです」
GOOのトッププレイヤーロランドは、誰にでも入手することが可能なスキルのみで最強の座を維持する、非ユニーク使いの希望である。彼がそのやり方でトップに居続けるからこそ、ユニークを持てない者たちでも腐らずにゲームを遊ぶことができる。
そのロランドが今更ユニーク装備やスキルを使用すれば、持たざるプレイヤーたちの不満は爆発するだろう。
だからロランドの戦いはここまでなのだ。皆が知っているロランドというキャラクターの性能では、これが限界なのである。
「そう。みんなの為に頑張っているのね。でも私にはわかるの。貴方は自分の気持ちに嘘をついている」
「自分の気持ちに……嘘?」
「ええ。わかるのよ。私もずっとそうだったから。だから心配だったの。貴方本当は、このゲームが楽しくないんじゃないかって」
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***
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俺には役者の才能があった。
妹とは違い、両親の才能を十分に受け継いだのだろう。
思えば、生まれた時その瞬間から、両親の、周囲の望む理想の俳優二世を演じてきた。
子役時代として演技を磨き、18歳で子供に人気にのウルトライダーシリーズの主役に抜擢。その後は両親の方針で安売りせず、年に数本の映画に出演し力をつける。
誰もが羨む役者人生だった。
だが。
「お前の芝居はつまらねぇ。何故かわかるか? 自分自身に嘘をついているからだ」
とある舞台演出の巨匠にそう言われた。現実、俺の演技を叩く声もネットでは多かったし、なんとなく、自分に行き詰まりを感じてもいた。
VRMMOを始めたのも、何か自分を変えるきっかけになるのではないかと思ったからだ。可愛い妹を手助けしつつ、最強を目指して試行錯誤する。何か見えてくるものがあるかと思ったが、そんなことはなかった。
いつの間にか『ユニークを使わず最強の座に君臨するクリーンなプレイヤー』という周囲のイメージに縛られていた。周囲がそれを望むなら、俺はそれを演じる必要があった。
それが役者というものなのだと、ずっと思っていた。
けれど。
違うのかもしれない。
目の前の女性は、あの巨匠と同じことを言った。そして続けて、ゲームは楽しめているのか問うてきた。答えは否だ。口は悪いかもしれないがこのゲームは俺には簡単過ぎる。
俺の持っている勝ち筋を全て公開したところで、同じレベルまで上がってきた者はいなかった。ただ一人として。
けれど。
初心者ながら圧倒的な力を持った目の前のヨハンというプレイヤー。彼女ならば……俺の最後の力を使うにふさわしい相手なのかもしれない。
もしアレを使ったら。俺もあの時の、海賊王レイドの時の彼女のように。心から笑えるのだろうか。
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「ここ最近は……正直楽しくありませんでした。このイベントが終わったら、引退を考えていた」
ロランドのその言葉にゼッカが驚く。
「そう。それで、このまま負けて終わりでいいのかしら?」
「いいや、俺にはまだ逆転の手がある。誰にも秘密にしていた、最終奥義が」
ロランドは再び剣を抜いた。
「秘密の奥義!?」
「……あのロランドに!?」
「見せてくれるの? 楽しみだわ」
「ええ、お見せしましょう。但し、今から見せるのはユニークスキルではありません。誰にでも入手することが可能なスキル。誰にだって平等に手に入れることが出来るスキル。けれど俺にしか使えないスキル」
ロランドの体が、黄金の闘気に満ちていく。そして、あふれ出した魔力が可視化され、稲妻のように体にまとわりついた。
「その入手条件はランキングで1位になること。最強プレイヤーにのみ使うことを許された究極のスキル。その名も……【最終王者】」