第102話 竜の雛の切り札
「ヨハンさん、大丈夫でしたか!?」
イベント二日目終了後。
HPを失い、待機エリアへ移動させられていたヨハンが、ギルドホームである闇の城まで戻ってくると、ゼッカが慌てて駆け寄ってきた。
事情はドナルドたちから聞いているのだろうが、それでも初の死亡ということで、心配しているのだろう。
「あー……。大丈夫よゼッカちゃん。心配かけたわね」
言いながら、ヨハンはゼッカの頭をぽんぽん撫でる。
「本当ですか? 最果ての連中に何か酷い事とか言われませんでしたか? 待機エリアでヨハンさんが落ち込んでいるんじゃないかって、ずっと心配で心配で」
「ええ、大丈夫。本当に大丈夫だから」
何を隠そう、ヨハンは本当に大丈夫だった。
戦闘中、ノリノリの最果てメンバーに色々言われたが、ヨハンの心はノーダメージである。社会人生活を5年以上続け鍛えられた強メンタルを舐めてはいけないのだ。
寧ろ待機エリアでは落ち込むどころか、殺殺ホビー部のメンバーと合流し、ペットボトルキャップを発射して遊ぶ新型ホビーの試供品で、時間を忘れて盛り上がっていた。
(割と待機エリアを満喫してきたことは……言わない方がいいわね)
割と充実した死亡後を過ごしてきたことを隠しつつ、ヨハンたちはミーティングルームに移動。順位を見つつ、最終日の立ち回りを話し合う。
「最果ての剣の子たちと戦った印象だけど……ちょっと強すぎると思うのよ」
円卓に腰掛けたヨハンは開口一番にそう言った。弱気とも取られかねない発言だが、それが30分間戦い続けたヨハンの率直な感想だった。
ヨハンの計画は、現段階では成功している。
最果ての剣のギルドクリスタルを破壊することでポイントを半分にした。これにより、最果ての剣の順位は3位に転落。再び1位に上がるためには多くのポイントを稼ぐか、1位の神聖エリュシオン教団、2位の竜の雛のクリスタルを破壊する必要がある。
そして、ゼッカと因縁のあるギルティアならば、まず間違いなく竜の雛を攻めてくる。
そうすれば、ゼッカとギルティアを戦わせてあげることもできるだろうというのが、ヨハンの狙いであった。
ゼッカもドナルドからそのことを聞いている。ヨハンの気持ちに感謝しつつ、しかし三日目の戦いがとてつもなく厳しくなることを予想し、顔を曇らせる。
(ギルティアとは決着をつけたい……でも、ここまで来たら、みんなで勝ちたいよ……)
ぎゅっと拳を握る。
「強すぎるって言っても、ヨハンさんは1VS6で良い勝負してたんですよね?」
「敵を分散させてタイマンに持ち込めば、ギルマスなら勝てるんじゃないすか?」
メイとオウガの小学生組が訪ねる。だが、ヨハンは首を振った。
「実のところ、殆ど逃げ回ってただけなのよ。ダルクくんの防御スキルがなければ、耐えきれなかったでしょうね」
聖女ダルクの守備特化型のスキルを駆使することで、なんとか生き残れたと言ったところか。
「ところでヨハンさん。聖女のスキルを使用したとき、ヨハンさんも聖女の格好になったんでしょうか?」
ゼッカがどこか真剣な眼差しで訪ねてきたので、ヨハンは首を振った。
「い、いいえ。見た目は変わらなかったわね」
「そうですか。残念です……」
「……」
本当に残念そうだった。小声で「スリット……フトモモ……ブツブツ」と呟くゼッカの姿に、どこかあの教団メンバーの影がちらついたヨハンは、慌てて話を元に戻す。
「で、何か対策を立てたいのだけれど……」
「オウガくんの言っていた敵を分散させて叩くという作戦は、いい考えだと思うのですが」
煙条Pが挙手した。だが、最果ての剣をよく知るゼッカが首を振った。
「いえ、それは止めた方がいいですね。あの人たち、一人でもとても強いですから」
そもそもその戦い方は、人数が多いギルドにしかできない戦い方だろう。
「ヨハンさんのお陰で、最果てのギルドクリスタルは確かに破壊できました。ただ、結果的に向こうは守りに人を割く必要がなくなった。エリュシオン教団とウチに、それぞれ半々の戦力を送り込んでくるはず」
最果ての剣の今日の参加人数は70人。トップクラスのプレイヤーが、30~40人はこちらに攻めてくることが予想される。
8人しかいない竜の雛では、敵の戦力を分散させて勝つ戦術はとれないだろう。
「で、でも召喚獣たちが居ますよ?」
「……ダメだよメイ。ギルティアはあの剣を持ってる」
「あ……」
「オメガソード……厄介やね」
竜の雛は庭での防衛に多くの召喚獣を使っているが、彼女がオメガソードのスキルを使えば、一瞬で全て倒されてしまう。
「あらやだ。これって詰みってやつかしら☆」
「勝つ方法が見つかりませんね」
「まぁ……私としては、ゼッカちゃんVSギルティアちゃんの対戦カードが実現できれば、それでいいんだけど」
ヨハンはちらりとゼッカを見やる。そもそも無茶して白亜の城に攻め入ったのも、ゼッカの為だった。もし明日、竜の雛が敗北することになったとしても、ゼッカが友達との決着をつけられるのであればそれでいい。この二人は、ともかく直接ぶつかってみた方が良いと、ヨハンは思っていた。
「私、勝ちたいです……!」
しかし、ゼッカは立ち上がる。
「ギルティアとのこととか……それも大事ですけど。でも私は、やっぱり大好きなこのギルドのみんなと一番になりたい!」
ヨハンが自分のために頑張ってくれたことが嬉しかった。その所為で、ギルドの勝利が危ぶまれているにも関わらずだ。
おそらくギルティアは本当に攻めてくるだろう。長年の付き合いのあるゼッカにはわかる。本気で勝ちに来ると。
「ギルティアは私に言いました。『最強のギルドを作った』と。でも、私はあの子に言いたいんです。勝って言いたい。私は『最高のギルドにいる』って! 『最高の仲間が出来た』って!」
ゼッカの魂の叫びに、場の空気が変わった。
「最高のギルド……ですか」
「最高の仲間……言ってくれるわ」
「ええ。若者にそんなこと言われちゃ、ワタシたちも本気を出す必要がありそうね☆」
「……大人だけじゃない。ボクたちだって、全力を出すよ」
「俺だってあのクロスに勝てたんだ。勝負はやってみなくちゃわからないっすよ」
「わ、私も、できる限り頑張ります!」
「みんな……! うん、絶対に勝とう!」
目に涙を浮かべながら、それをこぼさないよう、ゼッカは叫ぶ。
「でも実際問題、勝てないのは事実なのよね」
「よ、ヨハンさん……」
だが一人、ヨハンだけはまだ現実を見ていた。先ほどまで強敵6人と戦っていたので、無理もないと言ったところか。
あの六人の内、ギルティア、クリスター、ガルドモール、グレイスの4人なら、1VS1に持ち込めば、勝てる作戦は思い浮かぶ。
だがロランドとカイに関しては、キャラクターのスペックもさることながら、プレイヤースキルがずば抜けていて、勝てるビジョンが浮かばないのだ。むしろ、この二人に関しては1VS1に持ち込んだ方が、勝つ見込みが薄れるのでは? とさえ思う。
そう。仲間がいたからこそ、本領が発揮できていなかったのではないかと、ヨハンは考えているのだ。
「みんな。私たちが勝つには、少しばかり賭けに出る必要があると思うの」
「賭け……?」
ヨハンの言葉に、全員が首を傾げた。
「賭けという言葉を使うと、少しやけくそな感じがしてしまうかしら。う~んそうね……勝利条件を新しく設定するのよ」
「勝利条件……」
「メイ、ギルマスが何言ってるかわかるか?」
「ぜんぜん……」
困惑するギルドメンバー。
「持って回った言い方はええから、魔王はんの考えを聞かせてくれる?」
「ええいいわ。明日の最終決戦、私は【繭化】を使おうと思うの!」
ヨハンの発言は、ギルドメンバーにとってまさかのものだった。ワームを知るコン以外は首をかしげる。
「あ、繭化って初日の……!」
そして、遅れて思い出したゼッカが手をポンと叩く。
「そうそう。あれを、私が使おうと思うのよ」
「エッ!! ということは……ヨハンさんが究極変態するっ!!!」
「……しないわ」
次回、波乱の最終日