第98話 進撃開始
白亜の城の構造は、ヨハンたちの所有する闇の城とよく似ている。城へ入るためにはまず庭を突破しないといけないのだ。
ヨハンと教団の一行が白亜の城の庭に侵入すると、大量の護衛用召喚獣ロイヤルガードが待ち構えていた。頭の先からつま先まで、無機質なシルバーの鎧に身を包んだ、2メートル半ほどの大きさの騎士である。
かつてコンとヨハンがギルティアに高値で売りつけた召喚獣だろう。ロイヤルガードたちがヨハンたちに気が付くと、鉄仮面の奥の目が赤く光る。
「それじゃ、手筈通りにいきましょう」
「はっ! ご武運を」
ヨハンたちはまず、三つのグループに分かれて庭を進む。
ライルを含めた3名が右側を。
教団の残り3名が左側を。
そして敵が最も集中する中央を進むのはヨハンとドナルド。そして、二人が切り開いた道の後を今回の侵攻の要、煙条Pとダルクがついてくる。
今回のイベントの性質上、竜の雛と神聖エリュシオン教団のメンバー同士ではお互いを守ることはできない。
だが煙条Pとダルクの二人がパーティを組むことにより、二人のスキルの効果を互いのギルドメンバーに届ける事が出来るのだ。
カチャカチャカチャカチャ。
「む、意外と早いのね☆」
庭中央を走っていたドナルドたちの行く手を、ロイヤルガードの部隊が阻む。ここから先は戦闘となる。ドナルドは指をパキパキ鳴らしながら、自身にバフを掛け、強化を施す。
「ヒナドラ、進化よ」
「もっきゅ!」
そしてヨハンは頭上のヒナドラをポムポムと叩くと【連れ歩き】状態から【召喚状態】へと切り替える。そして【進化召喚】を発動させ、切り札のクロノドラゴンを呼び出す。
「ぐるおおおおおおんんぐ」
現れたクロノドラゴンは雄叫びをあげると、ヨハンの少し後ろを陣取りながら飛翔。クロノドラゴンが周囲を俯瞰できる位置まで上昇したのを確認すると、ヨハンはスキル【視覚共有】を発動。視界の右側にウィンドウが開き、クロノドラゴンの見た景色が、この戦場の状況が映し出された。
「右部隊と左部隊も戦闘に入ったようね……煙条P」
「了解しました……ミュージックスタート!!」
ヨハンは後方にいる煙条Pに合図を送る。そして煙条Pは、ユニークスキルの【ライブ・フォー・ユー!!】を発動。その中でも防御能力に優れた曲【OH MY GOD!!】を選曲。これにより、煙条Pが歌とダンスを完璧にこなしている間、味方全員に無限のガッツが与えられる。もちろん使用者の煙条Pはこの恩恵を受けられず、さらに無防備となってしまうが、それをカバーするのが聖女ダルクの役目だ。
「準備完了。さ、暴れるわよ☆」
「ええそうね!」
自バフよる強化が終了したヨハンとドナルドは、迫り来るロイヤルガードの群れに攻撃を仕掛ける。
ドナルドは近距離戦闘。ヨハンは遠距離攻撃スキルによる中距離戦闘である。
中級召喚獣ロイヤルガードの強さはプレイヤーでいうとレベル30程度。当然二人の敵ではない。
「ドナルド☆マジック!」
「ブラックフレイム!」
大技を温存したまま、目の前の5体を瞬殺。城の内部を目指してさらに前へと進む。
だが。
「痛っ……?」
ヨハンの肩に矢が突き刺さる。そして視界の端に、状態異常【MP使用不可】の文字が浮かぶ。
「おっと、ここから先は進めないぜ」
「俺たちが相手だ」
「覚悟しろ」
すると、ロイヤルガードたちに紛れて接近していた最果ての剣のプレイヤーたちが現れた。
人数は四人。武器から判断するに、剣士、剣士、弓使い、守護者だろう。特に剣士の二人はロランドやオウガと同じ、白い聖騎士風の装備【ミステックシリーズ】に身を包んでいる。ドナルドが言っていたランキング上位プレイヤーと見て間違いないだろう。
「おうら行くぜ!」
「上空の召喚獣にも気をつけろよ!」
「了解!」
二人の剣士はそれぞれドナルド、ヨハンに斬りかかる。
「出し惜しみしていられる相手じゃないわね――ジェノサイドウォーズ!」
ヨハンはメタルブラックドラゴンのスキルを発動。ヨハンの鎧が展開し、そこから無数のミサイルが放たれる。
「おいおい……マジかよ!?」
ヨハンを攻撃しようとしていた剣士は慌ててバックステップすると、自分に向かってくるミサイルを丁寧に切り裂いて無力化していく。
剣士専用スキル【ブレイクマジック】。魔法系に分類される攻撃をタイミング良く切ることで無効化できるスキルを使用しているのだ。
だがその難易度は撃ったプレイヤーの魔力の数値に依存する。つまりヨハンが放つ攻撃を無効化するのは並大抵の事ではない。少なくともオウガではまだ無理な芸当だった。
それだけで、向かい合った剣士が並のプレイヤーではないことがわかる。
「どうやらギルマスちゃんの情報はガセだったみたいだな」
「だな。援護するぜ」
「頼む」
剣士は、次は仲間と連携してくるようである。
(なら、連携をさせないように……)
ヨハンは【ジェノサイドウォーズ】を連続発動。ミサイル絨毯爆撃によって敵に切るチャンスを与えない火力重視の弾幕を形成する。
「――ルミナスエターナル」
だが敵の守護者が無敵系防御スキルを使用。剣士は今度はミサイルを切ることなくヨハンに接近。さらに弓使いから何らかの強化を受けつつ、ヨハンに斬りかかる。
「くっ――」
ミサイル連打に集中していたヨハンは避けきれない。久々にダメージが入り、ゲージが赤くなる。
ヨハンの現在の防御力数値は1500を超えている。滅多な事ではダメージを受けない数値ではあるが、敵が使ったのは【防御力貫通】スキル。
攻撃がヒットすれば、ある程度のダメージを防御力に邪魔されず通すことができる。
「あらよっと!!」
さらに追撃を受け、ガッツが発動。HPは1残り、ここから10秒の無敵時間。セオリー通りならばここで敵は離脱するが……。
「まだまだぁ!!」
ここで弓使いの追撃を受ける。それと同時に、ヨハンの体が全く動かなくなる。何やら見たことのない状態異常を受けたようである。
「そんな……【石化】!?」
ヨハンには聞き覚えがあった。第三層追加と同時に追加された状態異常で、受けてしまうと解除しないかぎりずっと動けない、超強力な状態異常である。
「ゴルゴンの矢、通用したようだな。それじゃあ今のうちに、後ろの変態共をやる」
「おう」
敵の狙いは最初からヨハンの後方の煙条Pたちのようだ。だからこそ、ゴルゴンの矢による石化状態を狙ったのだろう。
だがヨハンとて、こんな無様に負けるわけにはいかないし、こんなところで負ける程度の実力ではなかった。
「クロノドラゴン!」
ヨハンが上空のクロノドラゴンに助けを求めると、スキル【時空転生】が発動される。これにより、二人の状態が、クロノドラゴン召喚の状態まで巻き戻される。状態異常を受ける前の時間に戻ったかのように、ヨハンの【石化】はなくなった。
「え……!?」
「ちょっと……待っ」
丁度ヨハンの横を、厄介な弓使いが走り抜けて行こうとする途中だった。ヨハンはソードエンジェルのスキル【エクスキャリバー】を発動。ガントレットから光のビーム剣が伸びる。それを10個同時に発動。
左右それぞれ5本伸びた、獣の爪のような光剣を振り回すと、驚きのあまり動けなかった弓使いを一撃で消し飛ばす。これでもうゴルゴンの矢による【石化】は気にしなくていいだろう。
先を行っていた剣士が舌打ちしながら戻ってくると、剣を構えてヨハンと対峙する。そして、換装スキルを発動させると、剣を持ち替えた。
「蛇……? なるほど、想像がつくわ」
剣士が握ったのは大量の蛇の意匠が目立つ剣。おそらくあの剣にも【石化】させる能力があるのだろう。
「よし、無敵を頼む……やつをまた石化。次は息の根を止めるぞ」
「おう任せろ……ぐあ!?」
剣士が守護者に無敵付与を頼むが、ヨハンはそれを許さない。ワーフェンリルのスキル【グレイプニール】を発動させていたのだ。
足下から突如伸びた鎖に拘束された守護者は、さらに【デモンフリーズ】によってスキルの発動を封じられる。これにより自力で鎖を破るか、仲間に切ってもらうしかなくなった。
「くっ……なんだこれ……千切れん!」
「動かなくていい、先にスキルを使え」
「無理だ……頼む、鎖を切ってくれ」
「やらせる訳ないでしょ――ブラックフレイム」
「ぎゃああああああ」
ヨハンが手慣れた動作で守護者を消し去る。
「くっ……よくも俺の仲間を……」
残された剣士は縋るようにドナルドと対峙していた仲間をみやるが、どうやらあちらも劣勢のようだ。剣士は「はぁ」とため息をつくと、ヨハンから目を離さないまま、バックステップで距離を取る。どうやらそのまま離脱し、体勢を立て直すつもりのようだ。なかなかに切り替えが早いプレイヤーのようである。
「クロノドラゴン!」
「ぐるおおおんんぐ」
ヨハンが上空のクロノドラゴンへ指示を出すと、すかさず剣士に向かって【ジオサイドフォース】を発動。剣士は上から降ってきたエネルギー波に「あ、無理だ……」という顔をしながら飲み込まれ、消滅した。
それを見届けてから、ヨハンは少し脱力する。
「つ……強かったわ……」
ドナルドや煙条Pがあまりいい顔をしていなかったのも頷ける。今まで攻めてきたギルドとはまさしくレベルが違うといったところか。
時空転生でHPを回復してからドナルドの方を見やる。すると、いつもの猟奇的なスマイルでこちらに手を振っている。
「なぁにヨハンちゃん? もう疲れちゃったのかしら☆」
「そんなことないわ。でも、このまま戦いながら進むのも、ちょっとどうかと思うのよ。だから……」
ヨハンはここで、この前手に入れたばかりのスキル【ソウルコンバート】を発動。このスキルは発動中、自身が敵に攻撃できなくなる代わりに、自分の召喚獣のステータスに、自分のステータスと同じ数値を与える能力である。
ヨハンは自分の圧倒的なステータス数値を得たクロノドラゴンに【ジオサイドフォース】を発動させ、入り口までの道にいた敵を焼き払う。これにより多くのロイヤルガードと幾人かのプレイヤーを消し去ることに成功した。
「相変わらず滅茶苦茶ねぇ☆」
「時間が惜しいわ。とにかく進みましょう」
ヨハンとドナルド、そして後ろに続く煙条Pとダルクは、敵が体勢を立て直す前に一気に庭を駆け抜けた。
そして、城の入り口で立ち止まる。
「おっと。ここから先は通しませんよ」
最果ての剣幹部【ロイヤルナンバーズ】の13番目。青い軍服を纏った少女、召喚師クリスターが立ちはだかった。