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ダイイングメッセージは素直に読みとれ

短編集。

途中からでも問題なく読んでいただけます。

都内某所のマンションにて、女性の刺殺体が発見された。

被害者は千田鶴子。32歳独身。

無断欠勤が3日間続き、連絡もつかないことを不審に思った上司がマンションを訪ねてみたところ、変わり果てた彼女の姿を発見したのだと言う。

玄関は施錠されておらず、彼女の指先には縦書きで「トロ」と記されたダイイングメッセージが残されていた。


今、鑑識作業を終えた現場には2人の男が立っている。

原翔也警部と私立探偵の田児(たご)(あきら)である。

何故警察でもない奴が現場にいるのか?端的に理由を述べるのなら、彼が原警部の相棒であるからにつきる。


「それにしても、その上司とやらはどうして3日も経ってから安否確認をしたのかね?ちっとばかし遅すぎやしないか?」


田児がつまらなそうな声で原警部に質問をする。


「それがですね、(ほとけ)さんはどうやら事件前に遅刻することや、勤務中にうつらうつらすることが度々あったそうで会社の人間も『またいつものサボりか……』という程度の認識しかなかったそうです」


それを聞いた田児がニヤリと笑う。


「ははぁ~ん。なるほど……要は厄介者を解雇する理由付けのため、わざと泳がせておいたというわけか。3日も無断欠勤したんじゃ言い訳の余地がないからな」


恐らくはその通りなのだろう。原警部は苦笑いで応じた。


「ところで、田児さん。ダイイングメッセージの意味は分かりましたか?」


「あー……どうせあれだろ?『トロ』って名前の奴が犯人なんだろ?トロ太とかトロ助とかはトロべぇとかさ」


田児は眉をひそめ、不機嫌そうに答えた。

彼のことを知らぬ人が今の話を聞いていたら『そんな名前の奴がいるものか』と怒鳴っていたかもしれない。

だが、彼は何も投げやりになってへんちくりんな推理をけ披露したわけではない。

以前、へんちくりんなダイイングメッセージがそのまま犯人の名前を指していることがあったのだ。


「ですが……さすがに『トロ』って名前の付く人がいるとは思えないのですが……」


原警部が恐縮しながらも異議を唱える。

以前は以前。今は今だ。こう何度もへんちくりんな名前の犯人が出てくることは、ちょっと考えにくい。


「それがあだ名ならどうだ?」


「なるほど!あだ名ですか!あー……でも、ダイイングメッセージをわざわざあだ名で残す人なんていますかね?」


「いないだろうな……残すとしたら名前で残す。まあ、犯人自身に見られ、消されるリスクがある場合は名前以外で残すこともあるがな」


「結局あだ名ってことですか?あー……でも、あだ名であっても犯人に見つかれば消されるリスクがあるわけで……ん???あだ名?あだ名じゃない?」


「いや。あだ名さ。ただし、これは犯人のあだ名ではない!被害者自身のあだ名だ!

千田鶴子は遅刻や居眠りの常習犯。如何にも()()そうな奴じゃないか。職場で彼女のことをそう(けな)し、殺したいほど忌み嫌っていた奴がいてもおかしくはない。

彼女は知っていたんだ。自分が陰で『トロ』と呼ばれていることを!そのような蔑称で自分を呼ぶ人物が犯人以外にいないことを!」


「な!?なるほど!!そうと決まれば早速会社の人間に話を聞きに行くとしましょう!」


原警部が勢いよくドアを開けると、スーツ姿の茶髪の青年が驚いた様子でこちらを見ていた。


「あ、あの!すいません!千田さんに何かあったんですか!?」


「ん?君は?」


「キャバクラのボーイをしてます加藤と言います。無断欠勤が続いていて、連絡もつかないので心配で様子を見に来たんですけど……」


「亡くなったよ。3日前に」


「亡くなった!?そ、そんな!?どうして!?」


2人の会話を部屋の中から聞いていた田児がズイっとドアから顔を出し、会話に割り込む。


「殺害されたよ。ところでだ、被害者はキャバクラで働いていたということで間違いないね?いつから?」


「え、あ、はい。そうです……1,2か月くらい前から働いてましたね」


「……何故?」


「『何故』って、そりゃあ知りませんよ。こういう業界で働いている人たちには、訳ありな人が多いわけで。どういう理由で働き始めたか、なんて聞くのはタブーですよ」


「そうか。じゃあ、『トロ』という言葉に聞き覚えはないか?」


「……あっ!!」


ボーイは田児の質問に驚き、大声をあげた。

現場の緊張感が一気に高まる。


「何だ!?何か思い当たるものでもあったか!?」


「思い出しましたよ!!……昨日、中トロの刺身買ってきたのに食うの忘れちゃってたんだよなぁ」


「お前もう帰れよ」


舌打ちし続ける田児を(なだ)めながら車を走らせること15分。

被害者の勤務先へと到着した。


豪遊していた形跡もないのに、キャバクラで副業をしなければならないほどの金欠に陥っていた千田鶴子。

一体全体どのようなブラック企業で働かされていたのかと(いぶか)しっていたのだが……意外や意外。

超がつくほど有名な保険会社であった。


「またですかぁ?刑事さぁん……いえ、ね?別に来てもらう分には一向に構わんのですよ?でもねぇ……こっちも暇じゃあないんですよ。アポイントくらいとってもらわんとこっちとしても困るんですよ。社会人として、最低限のマナーくらい守ってほしいもんですねぇ」


被害者の上司がイライラした様子で応対してきた。

それに負けじと田児も己のイライラを相手にぶつける。

相手にイライラをぶつけ返せないようでは名探偵は務まらないのだ。


「はっ!何が社会人としてのマナーだ!人としてのモラルに欠けるような奴に言われる筋合いはないね!」


上司の顔は茹で蛸のごとく見る見るうちに赤く染まり、身体は小刻みにカタカタと震えだした。

見る人が見れば、身体が沸騰しているのではないかと錯覚してしまいそうなほどだ。


「な、なんだと!?私のどこがモラルに欠けると言うのだ!これ以上妙なことを言うようなら、名誉棄損で訴えるぞ!」


「人一人……自分の部下が亡くなっているんだぞ!それでも貴様は何にも思わんのかぁ!!」


「っ!?ぐ、ぐぬぬぅ……」


被害者、千田鶴子はこの会社の厄介者であった。

ここで働く誰もが「いなくなってほしい」と願っていた。

もちろん、今田児と対峙している上司とて例外ではない。例外ではないどころか、彼が一番にそう願っていたことだろう。

そして皆の願いは通じ、千田鶴子は本当にいなくなった。


だが、何も()()()()()いなくなってほしいと願っていたわけではない。


田児に叱責されるまで事件のごたごたで感覚が麻痺し、そんな当たり前のことにさえ気づけずにいた。


上司は田児の正論に、ただただぐうの音を出すことしかできなかった。

ひたすら睨みを利かし続ける田児。かたや、ひたすらぐうの音を出し続ける上司。


異質な空気に耐え切れなくなった原警部が口を開く。


「あの……千田さんが陰でなんて呼ばれていたかご存じないですか?」


「さぁ?その手の話は女性陣に聞いてもらった方がいいと思いますよ」


「じゃあ、さっさと女性陣呼んでこんかい!!」


田児の罵声から程なく、待合室を借りて女性社員一人一人と面談を行ったのだが有益な情報は得られなかった。

千田に対する陰口を言っていた者は少なくなかったのだが、『トロ』という蔑称を使う人物はおろか、『トロ』というワード自体出てくることがなかった。


「どうやら、会社の人間の仕業ではないようですね。捜査は振出か……

あ、ちょっと失礼……もしもし?」


どうやら原警部のもとへ部下から電話がかかってきたらしい。


「おう、おう……何!?本当か!?……場所は?……おう、おう。わかった。今から向かう」


「田児さん、被害者が最後に通話した相手の居所が判明したそうです。今から話を聞きに行くとしましょう!」


「おう」


通話相手の名は宮古(みやこ)美也子(みやこ)48歳。

マンションで一人暮らしをしているそうだが、今は平日の真昼間。

家にいるはずもなく、そのまま勤務先を訪れることにした。

その勤務先にははっきり『占いの館』と書かれていた。


「なぁ、田児さん……あのダイイングメッセージって」


原警部が拍子抜けした調子で呟く。


「……皆まで言うな」


田児もため息交じりに答えながら、館の中へと足を踏み入れた。


「あら、いらっしゃい。お二人?」


異国的(エキゾチック)な恰好をした初老の女性が薄暗い部屋に鎮座する。

テーブルの真ん中には水晶玉がこれ見よがしに置かれ、端の方にはタロットカードが束ねれらている。

50手前のおばさんのかような姿は、エキゾチックというよりグロテスクという感想の方がどうしても先行してしまう。


「あなたが宮古美也子さんですね?」 


「えぇ……そうですけど」

「貴様が犯人だってことはわかってんだあぁぁぁぁーーーーーー‼」


名探偵田児朗が、宮古の襟を掴んで吠える。

あまりの勢いに宮古は狼狽するより他ならなかった。


「な、なんなんですかいきなり!」


「あんた、千田鶴子って女を知ってるか?いや、知ってるよなぁ!?」


「え、えぇ。だ、だいじな顧客の一人でしてよ。オ、オホホホホ!そ、それ以上でも以下でもありませんわ」


あからさまに目が泳いでいる。

それ以上でも以下でもあるのだろう。


「彼女は有名企業に勤め、かなりの給料を貰っていた。そんな彼女が、豪遊三昧していたわけでもないのに資金繰りに困り、キャバクラで副業までしていた……何故だと思う?何に使ってたんだと思う?」


取り乱した様子で無言のまま下を向き続ける宮古に構うことなく、田児は言葉を続ける。


「彼女はどうやら人づきあいが苦手なタイプだったようだな。そんな奴が話し上手な詐欺師に心を動かされ、依存してしまうのも無理のないことだったんだろう」

「……こは?」


「あ?」


「証拠は!?アタクシがやったという証拠は!?アタクシが彼女を殺したという証拠はどこにあるのよ!?」


宮古がテーブルを勢いよく叩きつけながら威嚇する。

その反動で水晶玉が転げ落ちたが、それに目をやるものは誰一人いなかった。


「警部、今の聞いた?」


「聞きました」


「録音は?」


「はい。ばっちりと」


2人が一体何の会話をしているのか?

自分の発言に何か落ち度でもあったのか?

宮古は見当もつかず、困惑した様子で2人の顔を回視していた。


「どうしてわかったんだ?」


「へ?」


「どうして僕たちが殺人事件の調査をしていると分かったんだ?

僕たちは、千田鶴子が金に困っていたという話しかしてない。

あんたのことを詐欺師とも呼んだ。自分には詐欺の容疑がかけられている、と思うのが普通だろ……第一、僕たちは彼女が亡くなったことすら言ってないんだぜ」


宮古が『あっ』と小さく呟いた後、観念したかのように肩を落とし苦笑いをした。


「…………仕方なかったのよ。あいつが、あいつが!急に、アタクシの占いを不当だの、インチキだのって。今までの金を返してくれなきゃ訴えてやるって……それで……それで!」


「じゃかあしい!!!!」

「ぶべらっ!?」


田児が犯人の頬を思いっきり引っぱたいた。

犯人は素っ頓狂な雄たけびを上げながらよろめく。

よろめいた拍子に地面に転がっていた水晶玉に足を取られて盛大に転んだ。


「人を殺すことでしか守れない程度の地位なんざ、最初(はな)から地に落ちてんだよ」


「……それっぽいこと言ってるけど、ちょっと何言ってるかわからな……

ぶべらっ!!」


かくして、名探偵田児朗の活躍により見事難事件を解決することができた。

被害者が縦書きで残した「トロ」というダイイングメッセージの謎も、彼の(たぐい)まれなる推理によりそれが「占」を示していることが後に明らかとなった。


「なぁ、田児さん」


「なんだい、警部」


「あの録音データなんですが、自供の前後に田児さんが犯人に罵声と暴力を振るう音声も含まれているわけなんですが……」


「なぁ、警部」


「なんだい、田児さん」


「そこんとこの編集、よろしくな」


違法なことに手を染められないようでは、名探偵は務まらないのだ。


この物語はフィクションです。

違法な捜査を行ってはいけません。

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