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ドラマに出てくる誘拐犯は知能犯が多いけど実際はほとんどが阿保な奴である

短編集。途中からでも問題なく読めます。

ここは都内某所にある豪邸。

どの辺が豪華なのか簡潔に答えるならば、『プールが付いている』の一言に尽きる。

「その大きさで十分に泳げるのか」、「そんなに泳ぐ機会があるのか」、「掃除が面倒なだけだ」、などと要らぬ茶々を入れるのは持たざる者の(ひが)みと言えよう。

かようなコストパフォーマンスの悪さを度外視できるほどの財力が彼らにはあるのだから。

はてさて。僻むだけなら可愛いものだが、世の中には「それだけ無駄な財力があるのならばむしり取ってしまっても問題あるまい」などととんでもないことを考える不届き者もいるようで……


昨日、10歳になるこの家の一人娘が誘拐されてしまった。

犯人からの『警察に連絡したら子どもの命はないと思え』という典型的な脅し文句に怯えた夫婦は言われるがまま警察()()連絡せずにいた。


田児(たご)さん、娘は……娘は大丈夫ですよね!?助かりますよね!?」


狼狽する夫婦とは対照的に、『田児』と呼ばれる男は優雅にコーヒーを飲んでいた。

何故、関係のない人物がこの場に紛れ込んでいるのか?


夫婦は警察にこそ連絡はしなかったが、救いを求めて私立探偵の田児(たご)(あきら)に連絡していたのだ。


「……まぁ、落ち着きたまえ。そのまま神経を張りつめていては精神がもたないぞ」


「これが落ち着いていられますか!!」


「じゃあ、ずっとピリピリしてるがいい。僕は犯人から連絡がくるまでゆっくりさせてもらうよ」


「な、なんだその態度は!娘の命がかかってるんだぞ!」


他人事としか思っていない田児に夫が怒りをぶつける。

田児は反省するどころか夫を一瞥し、嘲笑する。


「イラつけばイラつくほど解決率が上がるというのであれば、僕も喜んでイライラしようじゃないか」


この探偵は何故かくも夫婦の感情を逆なですることばかり言うのか?

……彼も内心焦っていたのだ。

彼が夫婦に投げつけた言葉は、彼が彼自身に言い聞かせるための言葉でもあった。


─それからどれくらいの時間が経っただろう?

皆のストレスが頂点に達しかけた時、携帯電話の着信音が部屋中に鳴り響いた。

家主の携帯に非通知の電話がかかってきたのだ。

非通知の画面を妻、そして田児に見せた瞬間。田児は家主から携帯をぶんどり、そのまま応答してしまった。


「もしもし?」


『……警察には連絡してないだろうな?』


やはり犯人からの電話だった。

犯人は余所者(田児)が電話に応答していることに気づいていない。

電話越しだからか、それとも家主の声をあまり聞いたことがないのか?……否。

田児が家主の声色を真似ていたからだ。他人の声色を瞬時に真似られないようでは名探偵は務まらないのだ。


「ああ。そっちこそ、娘に妙な真似してないだろうな!?」


『安心しろ。何も危害は加えていないさ……今のところは、な』


「じゃあ、声を聞かせろ!」


その言葉に反応した夫婦が受話器に耳を近づける。

2人もの人間から急に距離を詰められた田児は露骨に嫌そうな顔をした。


『それはできない……』


「何故だ!?」


『それは、その……そう!金!金が先だ!』


「存在するかどうかもわからんものに金は出せん。声を聞かせてくれぬというのであれば、貴様はすでに娘を殺害しているものとみなし、即刻警察に通報する」


『いや、それは困る。娘はその……そう!寝ているんだ!寝ているから今ちょっと電話に出られないんだ!』


「なら、叩き起こせえぇ!!よもや永遠に寝ているなどというシャレにならん冗談を言っているわけでもあるまい!?」


『それは……』

『別にお金なんて出さなくていいわよ!あたしお家に帰るつもりなんてないわ!』


突然、電話の奥から少女の声が聞こえてきた。

娘の安否は確認できた。本来ならば一安心する場面のはずだが、娘の発した異様な台詞にここにいるだれもが……そして、電話口の相手までもが言葉を失っていた。


『毎日毎日、お稽古お稽古……家に帰ったってあたしに自由なんてないのだわ!』

『お、おい!黙れ!これ以上余計なことを喋ったら命はないぞ!』

『別に構わないわ!死んだように生き続けるくらいなら、いっそ死んでしまった方がマシよ!』

『命を粗末にするなぁ!!』


誘拐犯が説教するとは。これが緊迫した状況でなければ突っ込みの1つや2つ入れていたであろう。


『と、とにかくこれで娘が無事なことは分かったろう!』


誘拐犯は、[蒸気機関車が象徴的な某公園]に1人で身代金1億円を持ってくるよう指示した後、そそくさと電話を切ってしまった。


「うん……まぁ、問題なく人質返してくれそうだし、頑張って持っていきたまえ。ケースの中にGPS端末を入れたことだし、犯人の潜伏先もすぐに割り出せるさ」


田児が励ましの言葉を夫婦に送るも、返事がない。夫婦は口を開けたままその場にへたり込んでいた。

先ほど娘に言われた言葉が余程ショックだったのだろう。

仕方がないので、夫婦の代わりに田児が身代金の入ったアタッシュケースを抱えて目的地へ行くことにした。


─公園に着いて数分。

家主からぶんどった携帯電話にまたしても非通知の電話がかかってきた。


『公園には着いたか?』


「あぁ」


『じゃあSLの前まで移動しろ』


「…………移動したぞ」


『そこに犬がいるだろ?そいつの背中に身代金を(くく)り付けろ。括り付け終わったらロープを外せ』


田児は絶句した。

彼は、あわよくば現金受け渡しの際に犯人を捕まえてやろうと思っていた。

それがよもや、犬に受け子役をさせるとは……人間の足では到底追いつけないし、小回りが利く分、乗り物で追跡するのも困難であった。

だが、彼が絶句した理由はそんなことではない。付言(ふげん)するなら彼が犬アレルギーだからというわけでもない。


目の前にいる犬がチワワだからだ。


「おい、ここにはチワワしかいないのだが?」


『そうだ!そいつに金を括り付けて……』


「無理だろ」


『何故だ?娘の命がどうなっても─』

『何言ってるのよ!帰るくらいなら死んだほうがマシだって言ってるでしょ』

『命を粗末にするなああぁぁーーーー!!』


「人と話してる最中に揉めてんじゃねえぇぇーーーー!!

……お前、現金1億がどれくらいの重さになるか知ってるのか!?10キロだぞ、10キロ!チワワに持ち運べるわけないだろぉがあぁぁぁーーーーーー!!」


『……え?マジ?そんな重いの?』


「もういいわ。疑うなら、お望み通りお前のご自慢のチワワに10キロのアタッシュケース括り付けてやらぁ!!」


『お、落ち着け!マロンちゃんに手を出すんじゃない!……分かった!分かったから……ちょっと待ってろ』


─それから30分後。

蒸気機関車の前に中年の男が10歳の女の子を無理やり引っ張ってやってきた。


「嫌!嫌よ!あたしは帰らないって言ってるでしょ!」


「うるさい!黙れ!……お、おぉ!マロンちゃん!だいじょうぶでちゅか~?変なことされてまちぇんか~?怖かったでちゅね~。お~よちよち……」


愛犬に夢中になっている誘拐犯は背後から近づいてくる名探偵の存在に気付かなかった。

誘拐犯はその男に右ストレートを食らわされ、目が覚めたら……体が拘束されてしまっていた!


「警察に通報したし、これでもう安心だ。さ、家に帰ろう」


田児は女の子ににこやかに話しかけ、そっと手を繋いだ。が……


「いやあぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーー!!やめてえぇぇーーーーーーーーーーー!!離してえぇぇーーーーーーーーー!!っていうかそもそもアンタだれえぇぇーーーーーーーーーーーー!?」


女の子はキーキーと泣き叫んだ。

田児は言われた通り、女の子の手を放す。

そして、放した手で女の子の顔面をビンタする。


「あ、あんた殴ったわね!こ、こんなこと……こんなことしてただですむと─」

「僕は誰に対しても平等に接している。だから気に入らない奴は女だろうが、子どもだろうが関係なくぶん殴る……次に妙なことやったら、今度は右ストレートを食らわすぞ」


「ア、アタシ、ハヤクオウチニカエリタイナー」


「っふ、素直な子は好きだぜ」


女の子のお家嫌いも治せないようでは、名探偵は務まらないのだ。


この物語はフィクションです。

女の子をビンタしてはいけません。

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