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浴室のカビ対策には60度の熱湯をかけるのが効果的

短編集。途中からでも問題なく読めます。


─ある冬のこと


ここは都内某所にある一軒家。

それだけ聞くと、さぞ立派な豪邸に住んでいるかのように思えるがそうではない。

公共交通機関もろくに通らぬくたびれた町に、くたびれた家がぽつりと建っているだけなのだから。

……日本の首都にも田舎は存在するらしい。


さて、このような田舎を訪れるのは一体どのような人物なのだろう。

観光目的?親族やお友達に会いに?それとも……


「被害者は水田大五郎80歳。10年前に奥さんが亡くなってからは一人でこの家に住んでいたようです」


原翔也警部が浴槽に目を向けながら説明をする。

そこには湯舟……否、水舟に浸かる家主の姿があった。

目立った外傷はなく、腐敗も進んでいない。

ぱっと見ただけでは死んでいると思えぬほど綺麗な状態だ。

詳しい死亡日時は調査中であるが、1~2日の間とみて間違いなさそうだ。


「家の出入り口には全て鍵がかかっていたそうですし、目立った外傷もない。これは入浴中の事故。ヒートショックが原因とみて間違いなさそうですね。わざわざお呼び立てしたのに、申し訳ございませんでした」


※ヒートショックとは:急激な温度変化で血圧が乱高下すること。それにより脳卒中や心筋梗塞などが引き起こされるおそれがある。


密室で一人の老人が亡くなった。事件なのか事故なのか分からない。

そこで私立探偵の田児(たご)(あきら)を招いたわけだが、彼が出る幕もなく事件、否。事故は解決した……かに思えた。


「本当にそうだろうか?」


田児は眉をひそめながら呟いた。


「え!?これは事故じゃないと言うんですか!?」


「……原警部。君は先ほど『鍵がかかっていた()()』と言ったね」


「はい。第一発見者である被害者の孫がそう証言しています」


「ということは孫は当然合鍵をもっているんだろ?」


「え、えぇ……田児さん。まさか孫を疑っているんですか?」


「疑うも何も、そいつが犯人だ」



─1時間後。

田児の指示通り、被害者の孫であり、第一発見者でもある水田大樹が現場に連れてこられた。


「急に呼び出して一体どうしたっていうんですか……って!まだじいちゃん弔ってやってないんですか!?いい加減湯舟から出してやってくださいよ!!」


現場を見た水田大樹が大声で怒鳴るが、大声を出せば出すほど田児の表情は冷ややかなものになっていく。


「お前、爺さんの姿を見て何にも思わないのか?」


「いや、だから早く湯舟から出してやってくださいって言ってるでしょ!」


「そういうことを言ってるんじゃねぇーーーっ!!」


「っ!?…………????」


水田大樹は、自分が何故怒鳴られたのか理解出来ずにいた。

いや、水田大樹だけではない。相棒の原警部でさえ何故田児朗が急に怒鳴りだしたのか理解出来ずにいた。


何の説明もなしに急に怒鳴り散らすこともできぬようでは名探偵は務まらないのだ。


「フッ……あくまでシラを切るつもりか。いいだろう……なら、これを見たまえ!」


田児朗は浴室に設置してある給湯器用浴室リモコンを指さす。

そのモニターには[給湯60℃]と記されていた。


「温度が高ければ高いほど遺体の腐敗は早く進む。本来、60℃のお湯に浸かっていたのであれば自己融解が始まっていてもおかしくない。なのに、被害者の腐敗が全く進行していない……これは被害者が60℃のお湯ではなく、水の中に浸かっていたからに他ならない!」


それを聞いた原警部はハッとする。


「こんな真冬に水風呂になんか入るわけがない!

犯人は被害者を殺害後、入浴中の事故に見せかけるため浴槽に水を張ったということですか!?」


水田大樹の前に立ち塞がった名探偵田児はこう明言する。


「そう。そして、今回の凄惨な事件を引き起こした犯人は……この中にいる!!」


一体、この中にいる誰が犯人なのか!?

現場にいる警察官たちは皆、固唾を飲んで名探偵の言葉に耳を傾けていた。


「いや、俺の方ジッとみながら言わないでくださいよ!」


「そんなことができる人間は一人しかいない……水田大樹!お前だ!!」


名探偵田児朗は『決まった』と言わんばかりのしたり顔をして水田大樹を指さす。

指名を受けた水田大樹は慌てふためく。


「いやいや!絶対そう言ってくるって思ってましたけども!……どうして俺が犯人扱いされてるんですか!?」


「合鍵を持っているからだ!!」


「そんなことだけで犯人にされちゃたまったもんじゃないですよ!他に持ってる人だっていますよ!」


「それは誰だ?」


「俺の両親だって持ってますよ」


「貴様あぁぁーーーっ!!自分の親を疑っているのかあぁぁーーーっ!!」


「そういう意味で言ったわけじゃないですよ!!」


「だいたい!貴様は第一発見者なんだ!第一発見者は犯人であると相場が決まっているんだ!」


「そんな相場知りませんよ!そんなこと言ってると警察に通報する人誰もいなくなりますよ!?

……ってかさっき、おじいちゃんが60℃のお湯に入らず水風呂に入っていたのはおかしいって言ってましたけど、60℃のお湯に入る方がどう考えてもおかしいでしょ!?火傷するでしょ!?」


「だ、だまれ!老人は感覚鈍ってんだよ!熱いお湯が好きなんだよ!火傷覚悟で入ってんだよ!」


「入るわけないでしょ!

……おじいちゃんはですね、サウナにはまってたんですよ。それで浴室に熱湯のシャワーを流してサウナ気分を味わっていたんです。

前々から『危ないからやめてくれ』って注意してたんですけどね……こんなことになるなら、もっと強く止めておくべきでした」


水田大樹は目に涙を浮かべていた。

それとは対照的に、田児は間の抜けた表情で口を大きくぽかんと開けていた。


─あれから数日。

刑事たちの必死の聞き込みにより、大樹の証言が真実であることが証明された。浴室をサウナ状にした後、水風呂に入ることが趣味だったらしい。

遺体を解剖した法医学の先生も死因はヒートショックによるものとみて間違いないと断言した。


「田児君、今回は残念だったねぇ」


「……なに言ってるんだ?この謎を解き明かすことができたのはひとえに、僕が事故の真相を知る人物・水田大樹を現場に呼ぶよう君たちに指示を出してやったおかげだろう?」


第一発見者に謎の究明をさせる技術を持ち合わせていないようでは名探偵は務まらないのだ。


給湯温度の変え忘れには注意してください。

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