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カラーボールを直接ぶつけるのは間違った使い方らしい

短編集なので途中からでも問題なく読めます。

※今回の物語は推理ものでもなんでもありません。

ここは都内某所にあるコンビニエンスストア。

平日の真昼間ということもあり、客は一人しかいない。

いや、その男を客に含めて良いものか(はなは)だ疑問がある。

何の買い物もせず、入店そうそうトイレに直行してしまったのだから。


「いらっしゃいませ〜」


男がトイレに入って間もなく、別の客が入店してきた。

反射的に普段通りの挨拶をしたものの、客の姿を見た女性店員の顔は思わず引きつる。

入店した人物の服装は上下黒ずくめ。

黒いバッグを斜めにかけ、頭には黒いニット帽を深々とかぶり、口元にはマスクを着用している。

それだけならば、百歩譲って[過剰に人目を気にするあまりその恰好が(かえ)って人の注目を集めていることに気づかぬ愚か者]と言えないこともないが、手袋まではめているのはどう考えてもおかしい。


不審者は辺りをキョロキョロと見渡し、他に客がいないことを確認するとバッグの中をまさぐった。

不審者はバッグに手を突っ込んだままツカツカと歩き出す。

レジまでたどり着くとバッグから包丁を取り出して店員に突き付けた。


「おい!金を出せ!!妙な真似はするなよ!!」


この不審者が入店した時からこうなる展開はなんとなく読めていた。

が、先を読む力と物事を冷静に対処する力というのは別個のものらしい。

店員はおずおずとレジスターを開け、言われるがままに札束を渡した。といってもその大半が千円札だったわけだが……


不審者もとい、千円強盗が受け取った金をバッグの中に入れている最中(さなか)、レジ後方から扉の開く音がした。

何事かと振り向く千円強盗。

入店直後に客のいないことは確認したはずなのに、男が一人佇んでいるではないか!

……そう、先ほどまでトイレに行っていた客が出てきたのだ。


千円強盗は思う。

『迂闊だった。事を急ぐあまり、トイレに客が入っているかの確認を怠っていた!』


果たして、事を急いでいなければ本当にトイレに客が入っているかの確認をしていたのかは兎も角、予期せぬ客の登場に驚いた千円強盗は脱兎のごとく店を出て行った。

その様子を見ていたトイレ客は、すぐに店員のもとへと駆け寄る。


「おい!今のは!?」


「ご、強盗です!!」


それを聞いたトイレ客は興奮した様子で店員に右手のひらを突き出して答える。


「早く!早く出す物出すんだ!!」


「……あの、もうお金は奪われてしまったわけですが」


「誰が強盗だ!!」


「いいから、早く出してくれ!!」


「……申し訳ございません。今すぐトイレットペーパーを補充いたしますので」


「紙は十分に置いてあったわ!……カラーボールだよ!カラーボール!」


「……はぁ。なら最初からそう言ってくださればいいのに」


「最初からそう言ってるだろ!早く!カラーボールだよ、カラーボール!犯人に逃げられちまうだろぉがカラーボールぅぅうぅ!」


言われた通り店員が店の奥からカラーボールの入った箱を運んできた。が、埃のかぶったその箱は購入当時の姿のままピッシリと包装がしてある。

のそのそと開封を始める店員。この調子では取り出すのにだいぶ時間がかかりそうだ。

そうこうしている間に犯人に逃げられてしまう。

イライラした様子でトイレ客が「もういい」と言い放つと、箱ごとカラーボールを奪いとって店を走り去って行った。


その時、店内から「カラーボール泥棒ー」と叫ぶ声がしたとかしなかったとか。


その真偽はさておき。何故、ただトイレを借りていただけの客がここまでするのか?

それはこの男が正義感と知性と品性に溢れた名探偵であるからに他ならない。性は田児(たご)、名は(あきら)と言う。


コンビニを出た直後、強盗が2つ目の角を右に曲がるのが見えた。

店員が無駄なことばかり喋るせいでだいぶ距離を離されてしまったが、目視できる範囲にいたのは不幸中の幸いと言えた。


田児は箱に張り付いているテープを必死に剥がしながら強盗を追いかける。

1つ目の角を通過したところで、開封が終わる。中にはカラーボールが2つ入っていた。

言わずもがな、そんなものは1つで十分。1つ取り出すと、残りは箱ごと歩道に放り投げた。

その衝撃で箱に入っていたカラーボールが破裂する。


なんということだろう!普段何気なく通る味気ない灰色の歩道が、田児の力により色鮮やかなピンク色に変貌を遂げたではないか!

これもひとえに名探偵の成せる技と言えた。


色彩の魔術師・田児朗が2つ目の角を右に曲がる。

強盗との距離は50mほどに迫っていた。強盗は肩で息をしながら逃走しているというのに、田児探偵は走り始めと変わらぬ……いや。余計な荷物が減ったため走り始めよりも速いスピードで追いかけていく。

100mを11秒台で走れるほどの体力がなければ名探偵は務まらないのだ。


そして、とうとう田児は強盗に追いつく。

強盗はヒーヒー言いながらその場にへたり込んだ。


「ま、参った……も、もう動け、ない……」


強盗の正面に立ちふさがり、にやりと笑う田児。


「この距離ならば外すこともあるまい!!くらいやがれ!!!」


田児はカラーボールを大きく振りかぶり、強盗の腹部めがけ思い切り投げつけた。


「ぶべらっ!?」


強盗が素っ頓狂な声を上げる。

炸裂した染料が強盗をピンク色に染め上げていた。


「無駄な抵抗はやめろ。貴様がどこへ逃げようが、これですぐに居場所は分かる……やはり、カラーボールは最強の防犯道具だな」


これで完全に戦意を喪失した強盗は警察が来るまで大人しく地面に座り込んでいた。

カラーボールは相手の足元めがけて投げつけましょう。

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