生き物を飼うときは事前にどんな特徴があるのか確かめた上で飼おう
一話完結の短編集。
途中からでも差し支えなく読めます。
ここは都内某所にある高層マンション。2LDK、風呂トイレ別で、ペット可のオートロック付き。
駅からやや離れたところに建っているため、値段はお手軽なものとなっている。しかし、それはあくまで駅近物件に比べればの話。お金に余裕のない人が住んでいいような場所では決してない。
このように中流以上上流未満の人が住む所というだけあって、室内は高級そうな家具でお洒落に彩られている。
つい捜査そっちのけで見惚れてしまいそうになる。
何故この部屋で捜査が行われているのかと言うと、昨日ここの住人が激しい腹痛に襲われ救急搬送されたからだ。幸い、命に別状はなかったものの原因は不明。本人から直接話を聞こうにも未だに意識が朦朧としており、捜査のためと言えど容態が安定するまで面会は禁止されていた。
「それで?なんだって警察が動く騒動にまで発展してるんだ?」
冴えない私服姿の男性これすなわち、私立探偵の田児朗があくび混じりに質問をする。
何故探偵が警察の捜査に携わっているのか端的に答えるのであれば、[彼がここの現場を指揮する原翔也警部の友人であるから]の一言に尽きる。
「まぁ念のためですよ。医者は食中毒が原因だろうと睨んでいるようですけど」
原警部が苦笑い交じりに返答する。
「じゃあ食中毒で決まりじゃないか」
「ところがですね?救急隊が突入した時、猫も倒れていたというんです」
「何!?それで!?その子はどうなったんだ!?」
「現在、動物病院で治療中とのことです」
「ならよかった……それにしても妙だな」
「えぇ。人だけでなく、猫まで倒れこむだなんて」
「いや、そっちじゃなくて……これを見たまえよ!」
田児はリビングに設置されている横幅90㎝程の水槽を指さした。
「魚を飼っているのに、猫も飼っていただと!?妙だ……相性が悪すぎる!」
「そこまでおかしな話じゃないでしょ!?どっちも飼ってる人、テレビでちょいちょい見ますよ!?」
「僕も見るさ。アニマル特集やら衝撃映像やらでね。そしてその映像の99%が、猫がただ水槽にちょっかいを出すだけの代物……何だそれ!普通に危ねぇだろ!撮影してねぇで早く止めろよ!……僕は魚と猫の同時飼育を絶対に認めないからな!」
「そんなこと知りませんよ!」
「しかし……こりゃまた凄いな。見ろ!海水水槽だぞ!海水!ほら!カクレクマノミもいるぞ!」
「はぁ……カクレクマノミですか。後でナンヨウハギ共々捜しておきますね」
田児のテンションが上がるのも無理はない。
海水水槽は水替え時の塩分濃度調節の手間もさる事ながら、何かとお金もかかる。淡水と比べて生物の値段が文字通り桁違いに高い。こだわるところまでこだわれば、百万は優に超す。
海水水槽は水生生物飼育者にとって憧れの存在なのだ。
田児は食卓に置いてある椅子を引っ張り出し、水槽の前に移動させた。
その様子を見ていた原警部は『こりゃしばらく捜査に協力してくれそうにないな』と落胆していたのだが、田児は水槽の一点を食い入るように見るや否や勢いよく椅子から立ち上がり、原警部に向けて問いかけてみせた。
「なぁ原警部。今回、何故飼い猫まで倒れこんでいたのだと思う?1人と1匹が同時に病に伏せるなんてことは考えにくいし、別の食事をとってる彼らが共に食中毒になる調査をとも考えにくい」
「えぇ。そうですね。ですから、我々がこうして捜査をしているわけですが……第三者が侵入したような形跡もないですし、何がなんだか」
「第三者の仕業であるとすれば、何をしたのだと思う?」
「そりゃあ、外傷もないですし、症状から見ても毒でしょう」
「そうだ。毒だ……そうそう。『食中毒も毒の一種だろ』とかそういうくだらん突っ込みはしないことにするからな」
「でも、一体誰がどうやって毒を盛ったって言うんですか!?」
「第三者の仕業でないとすれば話は簡単だ。毒は、被害者自身が持ってきたんだ」
「そんな!まさか……自殺!?そうか!だから実験のために飼い猫に毒を盛ったのか!」
「あはははは!猫が死ななかったと分かった上で、自殺しようなどと考える馬鹿はいないさ!だいたい、救急車を呼んだのは被害者本人じゃないか!」
「益々意味がわかりません……では、一体何が目的で毒を飲んだんですか?」
「彼は自分の意志で毒物を摂取したのではない。気付かぬうちに体内に取り込んでしまったのさ」
「じゃあやっぱり食中毒じゃないですか」
「違うって言ってんだろうがあぁぁぁぁーーーー!!!!」
「ぶべらッ!?」
原警部が素っ頓狂な声を上げる。それもその筈。田児朗が右手で警部の頬をビンタしたのだ。
彼だって本当はそんなことしたくなかったはず。殴った手だって痛い。
それでもやらなければならなかった。
人は時に、傷つくことでしか成長できないのだから。
「原警部、その目ん玉は飾りか?いいか?この水槽をよぉーく見たまえ!」
言われた通り、原警部が水槽を確認する。色鮮やかな魚。一面に広がるサンゴ礁。妖艶にゆらゆら蠢くイソギンチャク……
言われた通りによぉーく見ているが、この手の趣味に疎い人間には何が何なのか。何でよぉーく見なきゃいけないのかさっぱり分からない。
この水槽を見て、唯一分かるものがあるとすれば─
「カクレクマノミがいますねぇ」
「そんなもんどうでもいいわ!ほら!これを見たまえ!」
田児の指さす先には、緑色をした目玉のようなものが無数に岩にへばりついていた。
「なんですか、これは?」
「これはスナギンチャクだ。端的に言うのであれば、サンゴやイソギンチャクの仲間だ」
「はぁ……それでそのスナギンチャクとやらがどうかしたんですか?」
「これはただのスナギンチャクなんかじゃない……マウイイワスナギンチャクだ」
「はぁ……それでそのマウイイワスナギンチャクとやらがどうしたんですか?」
「マウイイワスナギンチャクは、海産生物が持つ毒の中でも最強との呼び声高いパトリキシンを持っている。その毒性はフグ毒テトロドトキシンの70倍!そんな強力な毒をわずかにでも体内に取り込んじまえばそりゃあ救急搬送される事態にもなるだろうよ」
「そんな危険な生物が!?……けどなんだって飼い猫までやられる事態になったんですか?水槽を管理している被害者だけがやられるというなら分かりますが……」
「言っただろ?僕は魚と飼い猫を一緒に飼うのには反対だって。恐らく、猫が興味本位で水槽にダイブしたんだ。その時、マウイイワスナギンチャクを刺激してしまいパトリキシンが分泌されてしまった。飼い主はパトリキシンがどっぷりと付着した猫に触れてしまい、やられたんだろう。手に怪我でも負っていたか、あるいは水しぶきが目や口内に入り込むかして」
「そうと分かれば早速病院へ行きましょう!」
原警部と田児朗は急いで病院へと急行した。
被害者は未だに面会謝絶状態になっていたが、医師との相談の末、10分だけ面会することが許された。
「─と、いうわけで君は重体に陥った……そうだろう?」
「……え?マウイイワスナギンチャク?パトリキシン?……なんですか、それ?私が飼ってるのはマメスナギンチャクですよ?」
─後日─
被害者が食中毒に罹っていたことが判明した。
室内で焼肉をしていた際、生肉をとった食中毒菌付きのトングを使いまわしたことが原因であった。
余った焼肉を猫にやったことで猫も食中毒に感染してしまったのだ。
焼く前と焼いた後でトングを使い分けるよう注意しなければならない。
この物語はフィクションです。
肉は45℃を超えるとタンパク質が壊れて肉汁が溢れてしまいます。
焼肉を美味しく食べたい場合は10秒に1度のペースでこまめに肉をひっくり返しましょう。