任務:2週間以内にぼっちを探せ
一話完結の短編集。
途中からでも差し支えなく読めます。
「田児さん、何とかしてくださいよ!」
ある日の休日。田児探偵事務所のもとへ佐竹少年が愚痴をこぼしに来た。
探偵事務所は子どもの駄弁り場などではないのだが、佐竹家の猫捜しの依頼をこなして以来どういうわけかここに入り浸るようになってしまった。
この少年、パッと見は女性と見間違えてしまう程の端正な顔の持ち主。声は痺れるほどの低音。顔は綺麗。声は格好良い。だが、顔も声も格好いいかと問われれば首を捻ってしまう。見た目とのアンバランス差にある種の気持ち悪さを感じずにはいられないのだ。
「なんとかってなんだよ」
田児はデスクから立ち上がることなく、報道番組を見ながらつまらなそうに呟く。
「俺の中学に爆破予告きたんですよ!」
「ふぅ~ん。よかったじゃないか。授業なくなって」
「よくないですよ!なくなるのは授業じゃなくて修学旅行ですよ!しゅ・う・が・く・りょ・こ・お!修学旅行を廃止しないと学校を爆破するって予告がきたんですよ!」
「ふぅ~ん。よかったじゃないか。修学旅行なくなって」
「あ、駄目だこの人。全然こっちの話聞いてない」
「聞いてる聞いてる。大分で山火事が発生したんだろ?」
「それはニュースでやってる内容でしょ!?いいからちゃんと俺の話を聞いてくださいよ!」
先ほどからこちらの話に聞く耳を持とうともしない田児の態度に苛立ち、佐竹少年はデスクに置かれているリモコンをぶんどり、テレビの電源を落としてしまった。
流石の田児も観念したのか、ため息を吐いて佐竹少年の方へ向き直る。
「で、君は結局何しに来たんだ?」
「やっぱ聞いてないじゃないですか……だから、修学旅行を廃止しないと学校を爆破するって予告が来たんですよ!」
「え!そもそもからして爆破予告さえなけりゃ修学旅行開催する気だったってこと!?あんなことあったばかりだってのに!?」
『あんなこと』とは、数か月前に佐竹少年の中学で起きた事件のことである。
クラスメイト2名が殺害された忌まわしい事件。それだけでも十分驚きだというのに、犯人が2人のクラスメイトであったという事実は世間をより一層驚かせた。
「まぁー最初の頃は当然、自粛する流れになってたんですけどねぇ。俺たちがクーデター起こして何とかやる方向に持ってこさせたんですよ」
「なんだそのシュプレヒコールの波が通り過ぎてゆくかのような出来事は。そんなことしてよく少年院に送られなかったな」
「あ、間違えました。クーデターじゃなくてボイコットです」
「それも違うだろ?ただのサボりだろ?」
「……それはさておき」
「図星か?」
「実は、脅迫状のコピーを持ってきているんです!」
「無視か?」
都合の悪い指摘には聞こえないフリをし、佐竹少年はズボンのポケットをまさぐってシワクチャに折りたたまれた1枚のA4用紙を取り出した。
「あった!これです!」
「きったねぇ〜なぁ〜!せめて、クリアファイルに入てこいよ」
「いやぁ〜家になかったもんで」
「クリアファイルが家に無いって、君ん家は一体どんな生活を送ってるんだ?」
田児は、眉間にしわを寄せながら受け取ったA4用紙を定規で丁寧に伸ばしていく。
何とかマシになったところで、内容を確認する。
新聞やチラシにある文字をハサミで切り取って貼り付けた文章。
そこには、『修学旅行を中止せよ さもなくば学校を爆破する』と書かれていた……もとい、貼られていた。
それを見た田児は思わず苦笑いを浮かべる。
「君々、こういうことは警察に頼みたまえよ」
「バッカだなぁ!そんなことしたら修学旅行中止する流れになるに決まってるじゃないですか!教員たちとの話し合いの結果、2週間以内に犯人が見つからなければ警察に相談すると言うんです。つまり、タイムリミットはあと2週間しかないんですよ!」
「今僕にバカって言ったか?」
「い、いえ!滅相もございません!」
「まぁ、そのことに関しては後でたっぷりと灸をすえておくこととして……君がご乱雑にもコピーをシワクチャに持ってきてくれたおかげで詳しくは分からんのだが……元の脅迫状の文字は綺麗に貼られていたのか?」
「そうですよ。ピシーっと貼られてました」
「ふむ……佐竹君、君はこの脅迫状を見てどう思った?」
「『余計なことしやがって。ぶち殺してやろうか』……って思いました」
「うん。そういうことを聞いているのではなくてな。切り抜きについてどう思った?」
「俺こういうの昔のドラマとかでしか見たことなくて。なんつーか、古くせぇ感じすんなぁ~って思いました」
「昔は今ほどプリンターが普及していなかったからな。筆跡バレを防ぐためにそういうことやってたんだ……昔はな」
「つまり、この脅迫状を送り付けてきた奴は昔の奴イコール大人ってこと!?」
「だろうな。そして、修学旅行を開催してほしくない大人とは一体誰のことを指すのだと思う?」
田児が、不敵に笑いながら質問をする。いや、これは質問などではない。
佐竹少年の腕前を試しているのだ。『分からないことがあれば人に聞く』というのは確かに大切なことではあるのだが、頼り切りになって自分で考えることを放棄するようになってしまってはいけない。
人を正しく教育してやることも名探偵の職務なのだ。
「う~ん。そうだなぁ……てっきり、グループ行動できねぇボッチの仕業だとばかり思っていたからなぁ……」
言いながら、佐竹少年は田児探偵をチラチラと見やる。
『これ以上は分からないからヒントをくれ』というサインである。
「ボッチ云々はさておき。哀れな子の仕業かと思いきや大人の仕業であった。はてさて、これの意味するところは?」
「見た目は子供、頭脳は」
「違う」
「あ!もしかしてモンペの仕業!?」
モンペとは、モンスターペアレントの略称であり、学校などに対して自己中心的かつ理不尽な要求をする親を意味する。
佐竹少年は、学校に馴染めないでいる我が子の自尊心を傷つけないために親が修学旅行を中止させようとしているのではないかと推理したわけだ。『自由』という言葉は魅力的に聞こえるが、それは時と場合と人による。友だちのいないものにとって「好きな子とグループを組め」という言葉ほど残酷なものはないのだ。
「いや、全然違う」
「……は?」
「モンペなら、そんなことしないで直接学校にクレームを入れてくるはずだ」
「た、確かに……」
「では一体誰が脅迫状を送り付けてきたか?……これは、ボッチ本人の仕業だ」
「大人の仕業じゃねぇのかよ!ミスリードとかいうレベルじゃねぇぞ!?……っつーかそれ、俺が最初に言ったことじゃん!!」
「……そう。切り抜きをし、大人の犯行に思わせたのはミスリードだったわけさ!切り抜きを綺麗に貼っている点も、いかにも陰キャらしい」
「スルースキルと陰キャへの偏見がすげぇ……それで?こっからどうやって特定していくんですか?」
「それをやるのは君の仕事だろう?」
「え!?田児さんやってくんないの!?」
「やってやらないこともなくはないが……」
「なくはないが?」
「生憎と僕は君の中学校を出禁にされていてね」
「またまたぁ~!面倒だから自分でやりたくないだけでしょぉ~!?」
佐竹少年は笑いながら答えだが、田児は一切表情を変えない。真顔のまま。すなわち、無言の肯定である。
決して、『自分でやりたくないのはお前だろ』と心の中で突っ込んでいるわけではない。
「……え?もしかしてマジ?田児さん何やらかしたの?」
「何かした、という心当たりはないのだが、強いて言えば……あれは確か君の担任でもあったか……そいつにショタコン教師と怒鳴りつけたことくらいだろうか?」
「なんでそれが心当たりにねぇんだよ!」
─翌日─
佐竹少年は校内を駆けずり回っていた。各教室であぶれている子を探し出すためだ。佐竹少年の学年すなわち、修学旅行に行く学年は全部で6クラス。6人程度の容疑者であればそのまま自分で犯人を特定することも造作でない、佐竹少年はそう高を括っていた。しかし、事はそう単純なものではなかった。クラス内部でもまず男子と女子に分かれる。これだけでもぼっちの人数は倍近くに増える。さらに「余っている者」=「ぼっち」という簡単な図式でないことも分かってきた。ぼっちは複数形であった。クラス内にぼっちは複数存在するのだ。それに、知り合い以上友達未満の人たちだってたくさんいる。こうなればもう容疑者が何人いるのか分かったものではない。このままでは埒が明かないので職員室へと赴き、担任の勝田木実から情報を聞き出すことにした。
「なぁ先生、俺らの学年でぼっちの奴ら知んね?」
「何よ藪から棒に……そんなこと分かりません」
「分かんねーことねーだろ?この前アンケートとってたんだから」
同級生殺害事件の一件から、学校生活で困っていることや、誰と友人関係にあるのか、などといったアンケートをとったばかりなのだ。
「そーよ?『分かんないことない』ことをわざと分かんないって言ってるの。この意味分かる?」
勝田先生が射るような眼差しを佐竹少年へ向ける。その意味は言わずもがな。『教えるつもりがないということを察しろ』という意味である。
「なんだよ、ケチケチしねぇで教えてくれよ。減るもんじゃあるめぇし」
「そんなことしたら私の給料が減るわよ」
「誰にも言わねぇからさ。な?ならいいだろ?」
瞬間、勝田先生はため息を吐き哀れんだ表情で佐竹少年に訴えかける。
「佐竹君、君に大事なことを教えてあげるわ……」
「???……なんだよ?」
「しつこい男は嫌われるわよ」
「んな!?ぐ、ぐぬぬぬぬぅ~!!」
ぐうの音しか出なくなった佐竹少年は苦虫を嚙み潰したような顔をしたまま職員室を後にした。彼は今思春期真っただ中。異性からモテなくなるような行いは避けたいのだ。
モテなくなるような行為は避けたい、だけど犯人を見つけないともいけない。このような二重拘束に陥ってしまった時、人はどのように対処すれば良いか……
答えは簡単だ。探偵の力を借りれば良い。放課後、佐竹少年は駆け足で田児探偵事務所へ向かった。
「─というわけで、上手く情報を聞き出すことは出来ませんでした」
「てんめぇーっ!!何が『というわけで』だ!!どんな手を使ってでも任務を遂行するのが探偵の仕事だろうがぁーーー!!」
田児は顔を真っ赤にしながらデスクを叩きつけた。そして、ドスドスと佐竹少年の前へと詰め寄る。
「いや、俺は探偵じゃないんだけど……」
「じゃかあしぃ!!」
「ぶべらッ!?」
佐竹少年が素っ頓狂な声を上げる。それもそのはず。田児朗が右手で佐竹少年の頬を平手打ちしたのだ。
彼だって本当はこんなことしたくなかったはず。殴った手だって痛い。
それでもやらなければならなかった。
彼を一人前の探偵に育て上げるために。優しさだけで人は成長しない。人を正しく教育してやることも名探偵の職務なのだ。
「良いかね?佐竹君。聞き込み調査をするにあたって、親しくもない人間相手に単刀直入にしつこく聞き回るというのはナンセンスだ。何気ない会話の中にしれっと聞きたいことを織り交ぜるのが定石だ。とはいえ、このテクニックは君にはまだ難しいかもしれないな……よし、ではとっておきの方法を教えてやろう!」
「……」
佐竹少年は左頬を手で押さえながら、無言で田児の会話を促す。
「寝ろ!」
「……はい?寝て起きたらなんか解決するんですか?」
それを聞いた田児は、大袈裟にため息を吐く。
「はぁ~……これだから童貞は……」
「いや、俺まだ中学生。童貞じゃない方がやばいから」
「学校の教員なんてね、男はロリコン。女はショタコンと相場が決まっているんだよ。君の担任は女性なんだろ?だったら君が一晩添い遂げてやったら、そりゃもうイチコロだろうさ」
「どんな相場だよ!全国の教員に謝れ!」
「ま、今のは半分冗談だ。君が大人になったら使うかもしれんテクニックだから、頭の片隅に置いておきたまえ」
「ってことは、田児さんもそういうことしてるんですか?」
「いや、僕は警察と強力なコネがあるからそんなまどろっこしいことをする必要はない」
佐竹少年は思った。する必要がないんじゃなくて、単純にできないだけだろ、と。
コイツじゃ絶対に女性を口説き落とすことなんて出来ないだろ、と。
言葉にこそ出さないが、顔には出てしまっていたらしい。
「ん?なんだ、その顔は?」
「い、いえ別に……それで?結局のところ俺は何すればいいんですか?」
「明日、もう一度担任に聞きに行け」
「えぇー……またですか?」
「嫌われてでも聞きに行け。それが出来ないのなら色仕掛けでもかけろ……今度は冗談で言ってるんじゃないぞ?」
「はぁ……わかりましたよ」
─翌日─
普段の傲慢さとは打って変わって、終始陰気臭い雰囲気を身にまとう佐竹少年。休み時間に「聞きに行こう、聞きに行こう」と思いながらも行動に移せず、とうとう放課後にまでなってしまった。また担任から嫌味を言われるくらいなら、いっそのこと修学旅行を諦めてしまおうかとも思ったが、そんなことをしてしまえば後で田児探偵からどんなことを言われるか……どんなことをされるかわかったものではない。
散々悩んだ挙句当初の予定通り、重い足取りながらも職員室へと向かった。暴力に勝る支配はないらしい。
「失礼しまー……??」
意を決して職員室へと足を踏み入れた佐竹少年であったが、彼が入ってきたことに誰一人として気づきはしない。皆、職員室の中央を凝視している。そこには見慣れぬスーツ姿の2人の男がいた。1人は50代、もう1人は20代だろうか?とにかく若く見える。
「もおぉーーーーしわけ、ございませんでしたあぁぁぁぁ!!!!」
50代の男が、若者の頭をグイと押さえつけ下げさせる。それでも満足しないのか、なおも力を加え続け下へ下へと追いやる。ついには2人とも地面に突っ伏す形となった。
どういうわけかは知らぬが部外者の、それも大の男2人が職員室のど真ん中で土下座をしている。明らかに異様な光景だ。一体何があったのか?
誰にも気づかれていないことをいいことに、佐竹少年はこっそりと様子を伺うことにした。
「……それで?どうしてくれるんですか?」
教頭が冷たく、それでいて怒気を含んだ声で詰問をする。
「は!急いで手配の方はさせていただいたので、修学旅行には間に合います」
「『させていただいた』……ってねぇ。何勝手にやっちゃってんの?バスの手配をど忘れした挙げ句、バレて上司に怒られるのが嫌だからという理由で、こちらからキャンセルさせるために脅迫状まで送り付けてきたヤカラのいる会社の、何を信じろっての?」
どうやらこれが事件の真相らしい。
「そ、それは……も、もちろん代金の方は全額こちらで負担させていただきますので……」
「あのねー……部下も大概だが君もちょっとズレてんじゃ
「まーまー、いいじゃないですか教頭先生。今から別のところ探しても間に合いませんし、ここが嫌だからと言って中止にしてしまうのは……ここはひとまず、生徒たちのことを最優先に考えましょうよ」
「はぁー……分かりましたよ……ただし、条件があります。お金に関してはタダにしてもらわなくて結構。生徒たちが『こんな会社に払うのは嫌だ』というのなら私のポケットマネーから出します。その代わり……」
言葉を途中で遮り、教頭は隠蔽のために脅迫状を送りつけたというバス会社の若造をギロリと睨みつけて言い放つ。
「こいつはちゃんと警察に突き出してもらいますよ」
「え、えぇそりゃもちろん……」
「な、何言ってんだよ!俺、俺そんなの嫌だよ!頼む……頼みますよ……俺、そんなの嫌ですよ……なんでもしますから、ねぇ!?」
佐竹少年はそっと職員室を後にした。
人間は自己の保身のためにかくも醜くなれるものなのか、と。怒りを通り越して呆れずにはいられなかった。
そして後日、田児の口から「ほら、犯人はやっぱり修学旅行を開催してほしくない大人の仕業だったろ?」と言われた時も怒りを通り越して呆れずにはいられなかった。
この物語はフィクションです。
人の話を聞かずにテレビを見続けてはいけません。




