加熱報道
一話完結の短編集。
途中からでも差し支えなく読めます。
サブタイトルは誤字ではなく、わざとです。
「またか……」
郵便受けから朝刊を取り出した原翔也は思わず溜息を吐いた。
ここ最近、嫌な事件が続いている。そしてそれは今日も、でかでかと見出しに掲載されていた。
[疑惑の無罪人、殺害される]
2か月前には刑期を終えた男が……
1か月前には証拠不十分で釈放になった男が……
2週間前には精神鑑定で不起訴処分になった男が……
1週間前には少年院を出た男が……
3日前には執行猶予中の男が……
いずれも殺人を犯した、あるいはその疑いのある者たち。
その者たちが皆、何者かによって殺害されているのだ。
最初のうちは、プライバシー保護の観点から過去の犯罪歴について報道されることなどなかったのだが、とある週刊誌が殺害された男たちの共通点を掲載したのを皮切りに各種メディアも遠慮することなく取り上げるようになってしまった。正確には、視聴者から「このことに関して報道しろ。俺たちには[知る権利]がある」という意見が大量に寄せられたため取り上げざる終えなくなったのである。であるから、「プライバシー侵害だ!」などとクレームをつける者は誰一人いなかった。殺人犯を庇うようなクレームを入れるはずがない。
それどころか、世間では殺人犯殺しのことを[執行人]などと呼び、擁護する声が高まっている。
果てさて。擁護する声が高まっている中、一体何故原翔也は溜息を吐いていたのか?
答えは単純明快。彼が警視庁捜査一課で働く刑事であるからに他ならない。
犯人が何の目的でこのようなことをしているのかは知らないが、殺人という行為を許すわけにはいかないのだ。
何とかして捕まえたいところなのだが、犯行現場はバラバラ。
都内で起きた事件は幸か不幸か一件のみ。
最近になってようやく他県との合同捜査本部を設置する動きが出始めたが、それもいつ本格的に動いてくれるかわからない。
日を追うごとに事件発生頻度は増えている。悠長なことをしている場合ではない。
そんなわけで原警部は、管轄にとらわれることなく自由に行動できる切れ者これすなわち名探偵田児朗の事務所を訪れていた。
「田児さん![執行人]について意見を聞かせてください!」
原警部は挨拶もそこそこに、開口一番声を荒げて質問する。
田児は声のする方を一瞥すると、無言のまま遠い目をしてコーヒーを啜り始めた。
いつもなら「アポイントもなしに押しかけてくるなんて失礼だ」とか「いきなり大声を出すな」とかネチネチした小言を言ってくるというのに。
今日はどこかいつもと様子が違っていた。
「あの、田児さん?」
「……なあ、原警部。その事件を解いて一体何になる?」
普段は人をくったような態度をとる田児なのだが、今の声は驚くほど冷たい。『話し合いに応じるつもりは一切ない』とでも言いたげな様子。先ほどからこちらと目を合わせようとすらしない。
「『何になる』って、どんな理由があろうが殺人は殺人!野放しにしていいわけがないでしょう!?」
つい興奮して口走ってしまったが、今のが失言であることに気付く。
原翔也は申し訳なさそうに「すいません」と呟くように謝った。
その声が田児の耳に入っていたかどうかは分からないが、彼は嘲笑と自嘲が混じりあったような笑みを浮かべた。
「『殺人は殺人』ねぇ……警察としての立場ではなく、原翔也一個人として考えてくれ。君は、自分の愛する人が殺された時でも今のようなセリフを吐ける自信があるかい?」
そのセリフに一瞬ドキリとしてしまうが、この手の質問を予想していなかったわけではない。
原翔也は一呼吸置いて精悍に答える。
「あります。田児さんは『警察としての立場ではなく、原翔也一個人として考えてくれ』って言いますけど、それは無理です。人間の性格というものは様々な経験を通して成り立っていくものだから。原翔也という人間は、警察としての経験なくしてなり得ない人間だから!……私は、あくまでも法の裁きを望みますよ」
それを聞き終えた田児は小さく溜息を吐く。やはりこちらと目を合わせようとはしない。
「そうか……君はそうかもしれないが、僕にはそんな綺麗ごとを吐ける自信ないよ。だが君の立場、いや。君の気持ちも理解出来んこともない。だから、今回の事件。すまんが僕は中立の立場をとらせてもらうよ」
「中立?」
「あぁ。僕は復讐者どもの味方をするような真似はしないし、警察の捜査に協力する気もない」
「……そう、ですか」
原翔也は一礼するとすぐにその場を後にした。この場に居続けるのが辛くなってきた。
[中立]と言うと聞こえは良いが、警察に協力しないという時点で犯人の肩を持っていることは明白だ。
彼のことを思えばそれも当然のことかもしれないが……
ビルの外へと出ると、先ほどまでいたオフィスを振り向きポツリと呟く。
「まさか、あなたの仕業じゃないでしょうね……」
浮かない顔、といっても普段から浮かない顔をしているわけだが─をしながら署に戻ると部下の橋理巡査が駆け寄ってきた。何やら慌てている様子。
「原さん!捜しましたよ!今までどこ行ってたんですか!」
「ん、ちょっと野暮用でな……で?一体何の用だ?」
「例の合同捜査の件、アレどうも無しになるそうですよ」
「何!?」
「他県との連携をとるのが面倒くさいのか、それとも共通点をマスコミに先に見つけられたことを認めたくないのか……って、原さん聞いてます?」
「あ、あぁ……聞いてるよ。橋理。すまんが例の事件についての資料、他県のも含めて集めといてくれ」
「え?ですから合同捜査は……」
「マスコミが流した情報だけで構わんが、新聞だけじゃなく週刊誌も頼むぞ」
「はぁ。わかりました」
田児朗に協力を断られた挙句、合同捜査本部も設置されない。
悪いことは続くものだ。
……いや、と原警部は頭を振る。果たしてこれは本当に偶然なのだろうか?
桜の咲く少し前の季節。
あれは何年前のことだったろうか……
原警部が田児本人から聞いた話だ。
田児朗は大学生時代、両親を殺されている。
事件は暗礁に乗り上げ、刑事は匙を投げた。捜査は打ち切り。未解決のまま幕を閉じるかに思われた。
が、執念なのか。才能なのか……その両方か。
驚くべきことに、田児はたった一人で犯人を特定したのだ。
しかし、これがいけなかった。
彼は犯人の家へと忍び込み、帰宅して油断している隙をついて犯人をロープで縛り上げた。
ナイフで脅迫すると、そいつは彼の両親を殺害したことをあっさりと自供した。
自供を聞き終えると、田児はわざと急所を外し、犯人の腹部を突き刺した。何度も、何度も。
楽に死なせることは許さなかった。
『こんな奴は苦しみながら死ぬべきだ』そう思っての凶行。
だが、拷問にあまりにも時間をかけすぎていた。
仇の無様な悲鳴を聞くために、と口を塞いでおかなかったのもいけなかった。
尋常ならざる犯人の悲鳴を聞いた住民の通報により、駆けつけた警察官にその場を取り押さえられてしまった。
幸運にも、いや田児にとっては不幸なことっだったのかもしれないが─被害者は奇跡的に一命を取り留めた。あと少しでも救助が遅れていたら助からなかったという。
彼はすぐに裁判にかけられることとなったが、事情が事情だ。執行猶予がつき、すぐに釈放された。反対に、被害者であったはずの男は田児の両親を殺害した罪で刑務所に放り込まれることとなった。
さてさて、これでめでたしめでたし。
……とはならない。
刑に処されることがなかったとはいえ、彼には前科がついてしまった。殺人未遂という重い前科が。
そう。彼はこの一件で警察になる資格を失ってしまったのだ。
「後悔していませんか?」と尋ねると、彼は「僕一人いれば警察なんていらない」なんて強がりを言っていた。
その時、警察官である原翔也は苦笑いをしていた。が、今同じことを言われても苦笑いすら出来ないだろう。
「……さん?」
「原さん?」
ハッと声のする方を振り向くと、橋理が心配そうな、それでいて呆れているような表情をして立っていた。手には大量の印刷物を抱えている。
「どうしたんですか?ぼーっとしちゃって。頼まれた資料、ここに置いときますから……疲れてるんだったらあんまり無理しちゃ駄目ですよ?」
「あ、あぁ……すまん。ありがとな。ちょっと考え事をしていただけだ」
気を引き締め、橋理が用意してくれた資料に目を通す。
様々なメディアの記事を取り寄せていたため、量こそ多いものの内容自体はどれも似たり寄ったり。薄っぺらい内容であった。
そんな薄っぺらい内容でも、読み進めていくうちに気づくことがある。
最初の事件の時すでに、とある週刊誌が被害者が殺人犯であることを載せていたのだ。
それだけじゃない。第二、第三の事件の被害者に関しても載せている週刊誌があった。もっとも、3社ともそれぞれ別の週刊誌であったわけだが……
取り上げたのがそれぞれ別の週刊誌であるというのに、如何にして被害者の共通点に気づいたか?
─世の中には暇というか、何というか。
兎に角変わった趣味を持った人がいるもので、様々な週刊誌を読み比べるのが趣味の人がいたそうな。
その人のタレコミにより、一連の事件が発覚したわけである。
全体に目を通し終えると、原警部は独自に概要をまとめ直した。
まとめるまでもなく、どこかに似たような記事はあっただろうが余分な内容(主に被害者たちが過去に犯した犯罪をなじる内容)を一々目にするのが煩わしかった。それに、気づいたことを書き込んでいくのに余白の多い方が良いのだ。
第一の事件
現場:愛知県
被害者:半田輝夫52歳
アパートで独り暮らし。
15年前、強姦殺人容疑で逮捕されている。
服役から1年。帰宅途中、喉元を何度も刺され死亡。防御層あり。
第二の事件
現場:兵庫県
被害者:今田重蔵28歳
殺人の容疑で取り調べを受けていたが、証拠不十分で釈放。
彼女とアパートで同棲していたが、取り調べを受けている時に別れている。
釈放から10日後。アパート近くの河川敷で遺体が発見されている。
絞殺。紐で絞められた痕跡あり。
第三の事件
現場:東京都
被害者:鬼地海30歳
両親と実家暮らし。
殺人の罪で逮捕されるも、責任能力なしと判断され不起訴。
精神病院への入院手続きをしている矢先、深夜家に侵入した何者かに心臓を一突きされる。
第四の事件
現場:香川県
被害者:O山U太17歳(未成年のため報道規制あり)
小学6年生の時、いじめの延長と称しクラスメイトを殺害。
少年院へと送られ、3年で出院。
路地裏で刺殺体が発見される。腹部に数回の刺し傷あり。
第五の事件
現場:埼玉県
被害者:熊谷敦人41歳
長距離トラックの運転手。高速道路で居眠り運転をし、前を走っていた軽自動車と衝突。
軽自動車の乗員(運転手のみ)は即死。
業務上過失致死で有罪。懲役7年執行猶予3年の判決を受ける。
判決から2か月後、埼玉県内の河川において水死体を発見。
直接の死因は溺死であるが、首を絞められた跡があり意識を失った後で川に投げ込まれた可能性が高い。
第六の事件
現場:大阪府
被害者:実和井和樹35歳
近所に住む児童2人を誘拐し、殺害した容疑で逮捕される。
状況証拠は99%彼が犯人であることを示していたが、物証は何一つなかったため無罪判決が下された。
判決の翌日、居酒屋を出た帰りに何者かによって刺殺される。喉元と心臓付近に複数回の刺し傷あり。
事件の概要をまとめ終え、ひと段落しようとしたところ、橋理がヒョイと覗いてきた。
「こうして見ると、被害者の年齢も、殺害場所も、殺害方法もバラバラ。週刊誌へのタレコミがなけりゃ、男性という以外にこいつらの共通点に気付くことなんてなかったでしょうねー」
「あぁ……私たちの取り扱った鬼地の事件も、報道を見るまで連続殺人の一つだったなんて気づかなかった」
「んー……それに関してはやっぱり連続殺人とは関係ないんじゃないですか?あんな報道がされる前は、物取りの線で捜査を進めてたじゃないですか」
「まあな?だが、室内に荒らされた形跡はないし……」
「だから、それは先入観ですって!あんな報道があったもんだから[執行人]の仕業かもしれないと思い込んでるだけですよ!」
橋理の言葉に原警部はピクリと眉を動かし、先ほど書き終えたメモを食い入るように見る。
不意に、今朝方会話した田児とのやり取りが脳裏をよぎった。そして、確信する。
「そうだ……先入観だ。我々は、完全に思い違いをしていたんだ!」
「警部!何か分かったんですか!?」
「あぁ!今すぐ鬼地家へ向かうぞ!」
鬼地家のもとへたどり着いた頃。
日はとっくに沈み、辺りは暗闇に包まれていた。首都東京の中にあるというのに、街灯もろくに備え付けられていない。一歩踏み出れば煌びやかな街並みが広がっているというのに。ここ一帯はまるでこの世から断絶されているような印象さえ受ける。
通常、こんな夜更けに訪問するのは非常識極まりないことではあるが、警察官に常識など通用しない。
訝しりながらも家主は玄関を開けてくれた。
「こんな時間にどうしたんですか?」
「いえ、ちょっと息子さんの件に関して聞きたいことがございましてね」
「またその話ですか?もういい加減放っておいてくださいよ!」
「おや?おかしなことを仰る。息子さんを殺害した犯人、見つけてほしくないんですか?」
「そ、それはそうですけど……でも、犯人はあの[執行人]なんでしょ?私たち家族にとっちゃ辛いことですが、社会全体のことを考えりゃきっとその方がいいんですよ」
「2つ、訂正しておきましょう。1つ、どんな理由があろうが正当化されていい殺人はない。1つ、これは連続殺人の一環ではない……いや。そもそも[執行人]なんて奴は存在しない!」
辺りに静寂が訪れる。
先ほどまで苛立ち紛れに反論していた主人が一転して沈黙を続ける。玄関灯のわずかな明かりしかないため、表情は読み取りづらい。が、そんなものは見るまでもないだろう。
「[執行人]による一連の事件。被害者の年齢も、殺害場所も、殺害方法もバラバラ。マスコミへのタレコミがなければ絶対に被害者が殺人鬼であるという共通点に気付くことはなかった……
その点に関してはおいおい話すとして、捜査を進めていくうちに特におかしいと感じた事件が2つあります。
まず、第四の事件について話しましょう。事件後にこそ過激な週刊誌が実名スレスレの記事を載せていたが、犯行はそれ以前。未成年の犯罪者の名前なんて知りようがない。では、犯人は如何にして名前を知りえたか?可能性が高いのは、請負殺人です。殺害方法が違うのも、依頼者たっての要望とするなら納得がいく……ここでの事件がなければね。
息子さんを殺害した犯人は、何故心臓を一突きしただけで犯行を終えたのか?復讐にしちゃあ随分とお優しい。ここだけ少し毛色が違う」
「そ、そんなこと言ったら毛色が違うのはここだけの話じゃないでしょう!?どれもこれも殺害方法が違うんだから、全部が全部違うでしょ!だいたい、殺害方法に『優しい』も何もないでしょう?首絞められる方が優しいと感じる人がいるかもしれないし、確実に殺してやる方が優しいと感じる人がいるかもしれない!」
「ははは……そうですね。おっしゃる通り。殺人に優しいも何もない。失言でした。忘れてください。
『毛色が違うのはここだけじゃない』これもおっしゃる通り。
最初に、特におかしいと感じた事件としてさきの2つを挙げましたが……補足しましょう。
第一、第四、第六の殺人。これらはみな身体を刃物で複数回刺されて死亡している。だが、刺された場所は違う。喉元だけ。腹部だけ。喉元と心臓部。依頼者からの要望であるならば、わざわざ刺す部位まで細かく指定してくるのはおかしい。
私が最初に話したこと、覚えてますか?
[執行人]による一連の事件。被害者の年齢も、殺害場所も、殺害方法もバラバラ。マスコミへのタレコミがなければ絶対に被害者が殺人鬼であるという共通点に気付くことはなかった……えぇ、えぇ。全くその通り。気付くわけないんですよ。だって、全くの逆なんですから。
マスコミのおかげで共通点が明らかになったんじゃない!マスコミが被害者の共通点を創りあげる手助けをしてしまったんだ!」
先ほどから主人は黙ったまま俯いている。
「半田輝夫が殺人鬼であることをある週刊誌が載せた。その記事に触発され、自らの手で復讐を行う被害者遺族が出てきた。やがては週刊誌だけでなく、テレビや新聞でも報道されるようになり、触発される遺族は短期間で一気に増えていった。あなたたちもそうなんじゃないですか?」
「ち、違う!」
「えぇ、そうですよ。それは違います」
見知らぬ声のする方へ顔を向けると、いつの間にやらご婦人が玄関に姿を現していた。
「おい、お前は下がっていなさい!」
「……刑事さん、あなたたちじゃありません」
「いいから!黙りなさい!」
ご婦人は旦那の方を振り向き、にこやかにほほ笑みかけると小さく首を横に振った。
「私が一人でやったことです」
「な、何を馬鹿なことを!刑事さん、すいません。最近ごたごたが続いているもんですから家内はちょっと気疲れしてるようでして、でまかせばかり言いよるんですよ」
主人は泣きながら必死に弁明を繰り返した。果たして、その言葉にどれほどの説得力があるのだろう?
「もういいんですよ、あなた。この方々は何もかもお見通しです。証拠が見つかるのも時間の問題でしょう……それに、悪いことをしたんですから。嘘をついちゃ駄目ですよ。ちゃんと償わないと駄目ですよ。でないと、あの子に顔向けできません」
東京だというのに辺りに何もない長閑な場所。
いつもなら静寂が響き渡るこの時間。
今夜だけは老夫婦の嗚咽が辺りに広がっていた。
─後日:田児探偵事務所にて─
「というわけで、精神病を患い、挙句殺人まで犯した息子を悲観しての犯行だったようですねー。東京の事件は身内の仕業でしたが、他の事件は十中八九被害者遺族の犯行でしょうね」
原警部はにこやかに田児に話しかける。対する田児は話を聞いているのか、いないのか。無言で新聞を読みながらコーヒーを啜っている。
「これで、他県の犯人たちが捕まるのも時間の問題ですねー」
「あぁ、そうだろうな」
「それにしても、田児さんも素直じゃないですねー」
原警部がニヤニヤしながら話しかける。対する田児はかなり不機嫌そう。
それもそのはず。厳つい老け顔の男にそんな顔されても、気持ちの悪いだけだ。
「[中立]だなんて言いながら、ちゃっかりヒントくれてたじゃないですか。犯人のこと『復讐者ども』って。復讐者、ましてや複数形で呼ぶなんて。初めから分かってたんですね?でも、そうなら素直に手伝ってくれてもよかったのに」
「あの日は徹夜明けでね。死ぬほど眠かったんだ。そんな中、素直に『犯人が分かった』なんて言おうもんなら無理やり捜査に駆り出される羽目になってただろ?」
「えー……そんな理由ですか」
「そんなとはなんだ!こっちは死ぬところだったんだぞ!」
「寝不足で死ぬ人なんて聞いたことありませんよ。
こっちはね?田児さんがあんな態度とるもんだから一時、田児さんが一連の騒動起こしたんじゃないかと懸念してたんですよ?」
それを聞いた田児は眉間に皺を寄せる。て
「なんで僕がそんなことせにゃならんのだ?」
「なんでって、同じ境遇だし思いやるところがあるんじゃないかなーなんて」
「同じ境遇?」
原警部は、ここまで話題を振っておいてなんだが、今更ながらに今のが失言であったと後悔する。
が、田児はこちらが何を言っているのかまるで見当がつかないと言わんばかりにキョトンとしている。
何か妙だ……
「え?だって田児さんも大学生の頃、ご両親を殺害されてるんですよね?」
「はぁ!?んなわけないだろ!今でもピンピンしてるわ!」
「え!?犯人特定して復讐したって話は!?」
「んなことしたら、探偵業の資格剥奪されとるわ!そんな話、一体誰から聞いたんだよ!」
「誰って、田児さんからですけど?」
「……まじ?」
「まじです」
「それってもしかして、エイプリルフールに言った話?」
2人の間になんとも気まずい空気が流れる。
東京のど真ん中に位置する賑やかな場所。
いつもなら騒音が聞こえてくるこの時間。
今朝だけは事務所内に静寂が響き渡っていた。
この物語はフィクションです。
エイプリルフールだからと言って分かりにくい嘘をついてはいけません。




