人権が無い国はなんでも早い
新世界暦1年9月17日 中華人民共和国北京 中南海
「それで、新大陸の動きは?」
空調のきいた部屋で報告を求めるのはこの国の最高権力者である。
報告を求めてはいるが、聞く気があるのか無いのか、ソファにふんぞり返って座っている。
「現在までにダスマン連合首長国を名乗る蛮族の制圧は終わり、自治区への編入を完了しました。ただ、13ある首長国のうち2つはロシアの奇襲により、ロシアの制圧下にあり、境界線で我が国と地上兵力が睨み合っています」
その前に直立不動で立つ人民解放軍の制服に身を包んだ人物が報告を続ける。
「制圧した地域の同化政策はウイグルのものをベースに、土着信仰の禁止と反抗したものの収容を進めています。今のところ国外メディアは排除できていますし通信網もありませんので、強硬に進めても問題にはならないでしょう。あと、近いうちに資源採掘候補地からの原住民の退去も完了しますので、試掘を始めています」
人権なんてクソくらえな政策を次々に実行できるあたり、さすがは人民中国、全ての土地と財産は国のものである。
「新大陸に国連の調査団を入れろと一部の国が騒いでいますが、アメリカはそれどころではなさそうですし、日本や英国は自分たちの邪魔をしないなら静観という立場をそれとなく匂わしているので、あえて刺激しなければ欧州諸国の批判を躱すだけでよさそうです」
続けて外交部の人間が各国の動きの説明を始める。
「ダスマン連合首長国制圧の過程で入手した、交信の宝玉と呼ばれる翻訳装置の解析は失敗しました。既存の技術では複製できないものと思われますので、扱いは慎重にならざるをえないかと」
交信の宝玉は言語の違いに関係なく対話できる便利道具だが、最大のメリットは、使用者が対話相手の心に秘めた本音を一方的に引き出せることである。
おかげで未知の国家ともガンガン接触していけるのだが、いかんせん1つしかないのがネックだった。
「各言語から数人ずつ連れてきて言語解析に使うのが一番効率が良いでしょうね。地球に無かった国なら別に問題にもならないでしょう」
そしてさらっと他国から拉致してこようぜ!と提案するド畜生。
「すでにいくつかの国とは接触を持ってみましたが、アメリカが敵対している神聖タスマン教国と同じ大陸にある国家群は妙に警戒心が高いので、こちらに引き込むにはダスマン連合首長国と同じような手段しかなさそうです。大きなところでは、ホリアセ共和国と名乗るところとも接触しましたが、高圧的で我が国が向こうの傘下に入れというような態度だとのことです。日英が肩入れしている国と敵対状態にあるようなので、日英と対決するなら使えそうですが」
「あえて今障害を増やす必要はないな。新大陸でロシアに肩入れされても面倒だし、国連の査察をなんて欧州諸国と一緒に突き上げてくるともっと面倒だ」
国家主席はばっさりとホリアセを切って捨てる。
「相手の態度からして、一度殴ってわからせるしかなさそう、とも報告が来ていますので現状ではそこまで兵力を割けませんしね」
外交部の報告書に目を落としながら軍人が言った。
「で、欧州の口煩い連中の様子は?」
「共同体とかいう愚かな試みは終わりを迎えそうですね。NATOもイギリスが抜け、ドイツとフランスがアメリカに派兵しなかったことで空中分解寸前ですね」
「まぁ、ポーランドを中心に東欧諸国はアメリカとの関係を維持することを選んだので、欧州からアメリカの影響力が無くなることはないでしょう。ドイツで米軍を追い出す動きがありますが、ポーランドやバルト三国が諸手をあげて受け入れを表明しています」
欧州情勢は相変わらず複雑怪奇で、歴史的経緯でドイツもロシアも信用していないポーランドは従来通りアメリカとの関係強化を望み、今回の対ダスマン戦線への派兵の見返りも、「ポーランド国内への米軍の恒久的な駐留」という、一部アメリカの同盟国からも「えぇ・・・」と言われてしまうような条件だと言われていた。
対して、ドイツ、フランスは転移に伴う気候変動で助けてくれなかったアメリカ(むしろアメリカ自身もあの状況で互いの位置もわからなかったのにどうやって助けるのか、という問題は無視)への不信感を募らせており、しれっとNATOを抜けたイギリスに続いてNATO脱退の動きまで見せていた。
「ふむ、ポーランドあたりはロシアの脅威を煽れば取り込めるかと思っていたが・・・」
「実際、我が国にそこまでの戦略機動性があるとは思われていない、というのが我が国に頼ろうとしない原因でしょうね。まぁ、実際その通りですが」
あと、債務で雁字搦めにして美味しいところを全部掻っ攫っていったりするので、根本的に信用がない、というのもあるが、国家主席の前なので黙っておく。
「まぁ、ロシアが欧州諸国と接近しなければそれで良いでしょう。インドの様子はどうですか」
まとまりの無くなった欧州は最早どうでもいい、といった感じで、主席はロシアと組んでいる懸念材料のほうに話題を移す。
「ザルツスタン連邦国を名乗る集団の制圧は難航しているようですね。意外とインド軍は大したことないのかもしれません」
外交部の人間は馬鹿にするように言ったが、それを軍人がすぐさま否定した。
「それは違います。我が国がパキスタンも使って軍事的圧力をかけましたので、インドは派遣兵力を最低限に絞っています。むしろ我が国が新大陸制圧に使った兵力より遥かに少ない兵力であるにもかかわらず、あの侵攻スピードは驚異的です」
物量で押した中国と異なり、中国とパキスタンの圧力にさらされたインドは大兵力を派遣するわけにもいかず、少数精鋭で要所を制圧する作戦をとっていた。
まぁ、だいたい統治に問題がでるダメな奴だが、背に腹は変えられないので、後のことは後から考えるという、万国共通のダメな政治判断が為されていた。
もっとも、常時現役兵力が100万人を超える陸軍の「少数」とか「最低限」とは何か、というのは考えてはいけない。
「そろそろ次の手を考える必要がありますかねぇ」
新大陸の入植も手を付け始めたばかりだというのに、主席はさらなる領土拡張に思いを向けるのだった。
新世界暦1年9月17日 新大陸旧ダスマン連合首長国ドーラン首長国
「上校、でっかい魚がとれたんですが、これ食べられますかね?」
「上校はやめろ。もう軍籍も残ってないだろう」
現在はロシア統治下にある旧ドーラン首長国のとある小さな集落は、人民解放軍――――の脱走兵によって占拠されていた。
いつぞやのドーラン首長国王都攻防戦で、投降しても帰っても碌な未来しか待ってないと見て逃げ出した一団である。
「ああ、もう故郷には帰れないんですかねぇ」
「死ぬ覚悟があれば帰れるんじゃね?」
はぁ、とため息を吐く。
結局、王都を無事に脱出できたのは指揮官の上校を含めて15名。
その後、地球基準では整備されているとは言い難い街道を、細い方、細い方へと進んで、ドン突きにあった山裾の周囲との連絡がさして無さそうな集落を制圧したのである。
旧ドーラン首長国を制圧したのが中国だったなら、彼らの潜入工作任務が失敗だったとして、上校の軍歴に傷がついただけで、それすら上校がうまいこと立ち回れば有耶無耶にできただろう。
しかし、潜入工作が失敗どころか、ロシア侵攻に焦って突っ走った挙句、ロシア空挺軍と市街戦を演じてしまったのである。
ロシアに捕まっても中国は知らぬ存ぜぬで通すだろうし、中国に帰っても証拠隠滅されるのがオチである。
結果、彼らは脱走してこの大陸で生きていく(暫定)ことにしたのである。
「とはいえ、直にここにもロシア軍は来るだろうしなぁ」
先ほどとれたという見たこともない魚を眺めながら上校は頭を悩ませるのだった。
新世界暦1年9月17日 ロシア連邦ドーラン共和国 共和国政府庁舎
ドーラン首長国の王城をそのまま利用している政府庁舎は、すでにロシア連邦の統治機関として機能を開始していた。
制圧を担当した空挺軍は既に撤退し、旧内務省国内軍から組織改編された大統領直属の国家親衛隊が国内警備を、連邦保安庁の国境軍が中国との境界線の警備を担当することで
「ここはすでにロシアだぞ」
と無言の圧力をかけていた。
まぁ、勿論、連邦軍も駐留はしているがあまり表立っては動かないよう注意が払われていた。
あくまでもここは「ロシア国内」なのである。
国家中枢を急襲したことで、大規模な抵抗活動は根絶やしにできていたが、国家中枢だけをつぶした場合の弊害として小規模な抵抗勢力が乱立することが懸念されており、政府庁舎ではまさにその対策が話し合われていた。
「やはり一度、全ての軍事施設はもちろん、全ての集落に至るまで、完全に掌握して戸籍を作る必要があるでしょう」
「統治の上でも必要ですが、今後中国による政治工作も予想されます。外から入ってきた人間を炙り出すためにも、全ての住民の登録は必須です。王都制圧時に逃げ出した人民解放軍の工作部隊の行方も気がかりです」
内務省やFSBはもちろん、連邦軍なども参加した会議の議題は、ドーラン共和国内における”秩序維持”についてである。
「では、戸籍作成を目的に、全ての都市、集落に対してそのことを目的とした防諜部隊を派遣する、ということでよろしいか」
「面倒な反政府的な記者や海外記者がいないとはいえ、万一のことを考えてあまり軍事力を前面に押し出すのはよくないだろうな。なんせここはロシア国内なのだから」
大枠は決まり、やがて議題は別のことに移っていった。
今年の更新は今回が最後になります。
来年もよろしくお願いいたします。




