カウントダウン
新世界暦1年9月10日 アメリカ合衆国テキサス州サンアントニオ上空 高度14000m
地上の獲物を観察する猛禽類のように、同じところをぐるぐると旋回し、高高度から地上見下ろす漆黒の機影が1つ。
地上設置の核爆弾で仕留め損ねた場合に止めを刺す役目を与えられたB-2爆撃機である。
そのB-2のミッションコンピューターに新たな作戦コードが届く。
それを一瞥したパイロットは、旋回を止め、ホワイトマン基地への帰投ルートに機体を乗せた。
その口元が心なしか嬉しそうに見えたのは気のせいではないだろう。
新世界暦1年9月10日 アメリカ合衆国テキサス州ヒューストン近郊
《現時刻を持って、クロケット作戦はその全作戦行動を中止、全地上部隊は直ちにサンアントニオに急進し、敵戦力を包囲殲滅せよ!》
作戦司令部からの新たな命令に、ヒューストン防衛戦力として留め置かれていた大量のM1戦車の主エンジンが一斉に唸りをあげる。
『聞いたなお前ら!遅れた奴は置ていくぞ!アラモを忘れるな!』
サンアントニオで踏ん張っている州軍が聞いたら、「俺らは死んでねぇよ!」と叫びそうだが、その方が士気が上がるからそれで良しとなっていた。
敵部隊を広範囲に覆っていた障壁の消失と、敵核爆弾の奪取により、通常兵力で敵を殲滅するべく、空と陸から全戦力が一斉にサンアントニオに殺到したのである。
新世界暦1年9月10日 アメリカ合衆国テキサス州サンアントニオ上空 神聖タスマン教国旗艦艦橋
「神を冒涜する背教者どもがあああああああ」
聖女は凄まじい形相で絶叫しているが、別にそれで状況が良くなるわけでもない。
司教と艦長は、どうやって聖女の目を盗んで投降するかについて必死に頭を巡らせ、艦橋要員は何の指示もないのでただのカカシだった。
機関部も艦橋も無傷で航行には支障はないが、部隊を広く覆っていた広域魔導障壁は、その制御系を破壊されて効力を失っていた。
「聖女殿下、お逃げ下さい!直にここにも賊が来ます!」
なんだ、聖女の目を盗むんじゃなくて、聖女に出て行ってもらえばいいんじゃん、ということに気付いた艦長がさも切羽詰まったように聖女に進言する。
「聖女殿下、ここは我々にお任せください。直ちに他の艦に移乗し、再起を!」
お前天才かよ!という感情をおくびも出さずに、司教が艦長に同調する。
「私に背教者に背を向けて逃げろと言うのですか!?」
聖女が叫んだ言葉に、思わず2人はどの口が言うんだよ、という言葉が出かかったが、辛うじて飲み込んだ。
「聖女殿下、敵が旗艦内にいる状況では満足な指揮などとれません!ここは我々に任せて乗艦をお移しください」
もっともらしいことを艦長が言うが、勿論本音は、こいつめんどくせぇからさっさとどっかいてくれねぇかな、である。
「お急ぎください!時間がありません!」
武器を用意し、いかにもここは俺が食い止めるぜ!みたいな雰囲気を出しているあたり、司教も実に役者である。
司教としてはこんなところで死ぬつもりはなく、本国が無くなった以上、生き残れるのなら敵に寝返るのも吝かではないと本気で考えているので、その武器を最悪聖女に向ける気でいるのだが、艦長はともかく、それ以外の下っ端どもがいる状況でそれはマズいのでさっさとでていってもらいたいのである。
「この背教者め!」
え?と思う暇もなく、退避を進めた司教の胸に深々とナイフが突き刺さっていた。
ごふっ、と血を吐き出し、倒れ込んだ司教はそれっきり動かなかった。
「神の教えに背くものに生きる価値はありません!さあ、進みなさい!神の敵を殺せ、とは聖者のお言葉です!」
これはもうダメだ、と艦長は聖女に刺された司教に乗員の視線が集中した隙に逃げ出したのだが、艦橋から通路に出たところで、鉛弾を浴びて蜂の巣になった。
誰も艦内の敵への対処を指示していないので、潜入組はフリーパスで艦内を自由に動き回っているのである。
ちなみに、特戦群が機銃座を潰して回ってSASを艦内に引き入れて、SASと他のメンバーは艦内を縦横無尽に走り回って制圧して回っていた。
「背教者共がもう来たのですか!」
サプレッサーを着けているとはいえ、部屋の外で派手に連射すれば音は聞こえる。
それによって敵が来たことに気付いた聖女は―――躊躇いなく炸裂魔導弾を艦橋出入り口に向けて発射した。
新世界暦1年9月10日 アメリカ合衆国テキサス州サンアントニオ上空 小型輸送艇
「わははは、格納庫に来た連中の顔見たか」
「顎が外れそう、っていうのはああいう顔のことなんだろうな」
桐島一尉以下特戦群とMARSOCは無事に核兵器運搬艦から核爆弾5個を運び出して脱出していた。
「そんなことより重くて落ちそうなんだが、どうにかならないんですかね?」
「しゃーねーだろ、こいつらを蹴り落とすわけにもいかんしな」
潜入に使用した敵の輸送艇貨物室の中央には、ドでかい鉛の覆いが鎮座している。
その覆いの下に核爆弾が5個あるのだが、まぁ、鉛は気休めみたいなものである。
「しかし、思ったより小さかったなぁ」
「ほんとに100メガトンもあるのかねぇ?」
「そこまでの威力はないんじゃねぇか?全部が全部100メガトンとも限らんだろう?」
などと思ったよりも小さかった核爆弾を話題にしていると、あっと輸送艇の操縦手が声をあげた。
「どうした?」
桐島一尉が操縦席に声をかける。
「敵旗艦が降下してます。このままだと市街地に落ちます」
「「「「は?」」」」
窓の外には、今まさに地上の建物を巻き込んで地面に巨体を横たえようとする敵旗艦の姿があった。
新世界暦1年9月10日 アメリカ合衆国テキサス州サンアントニオ 神聖タスマン教国旗艦艦橋
激しい衝撃からいち早く立ち直ったのは聖女だった。
「操舵手は何をしているのですか!この愚か者!」
どこかにぶつけたのだろう、額から血を流しながら鬼の形相で叫ぶ様はもはやホラーだが、それに返事をするものはいない。
そもそもの原因は狭い艦橋内で炸裂弾をぶっ放した聖女である。
その衝撃をまともに受けた操舵手はあっさり失神し、操舵装置に寄り掛かって下降させたのである。
「不信心者どもが!この艦はもう使えません!外にでて敵を殺しなさい!」
気絶したり、負傷したりで満足に動けない艦橋要員を見た聖女は吐き捨てるように言って、杖と義足で艦橋の外に出た。
それを見た艦橋要員の何人かは慌てて続いた。
背教者の姿は見当たらなかったので、そのまま通路を進み、外に繋がるハッチをあける。
少し高い位置ではあったが、地面に降りられない高さではない。
「さあ、進みなさい!敵を殺すのです!」
聖女はついてきた一般信者達に告げる。
そうすると、何人かはせっせと飛び降り、上に残った数人と協力して聖女を地面に降ろす。
「行きますよ!聖者タスマンの導きのままに!」
義足で杖もついている聖女の歩みは速いとは言えないが、確実に前進する。
それを見つめる視線があることに気付かずに。
新世界暦1年9月10日 アメリカ合衆国テキサス州サンアントニオ上空 第357戦闘飛行隊
敵を包囲殲滅せよとの命令を受けて、ありとあらゆる戦力が投入されていたが、未だ制空戦闘が行われている状況で、第357戦闘飛行隊が進出してきたのは明らかなミスであった。
本来であれば、少なくとも敵の戦闘機がいない状況でなければ投入されないはずなのだが、飛行隊長と戦域管制が勢い余って出撃させてしまったのである。
《バンシーからドラゴン、市街地に不時着した敵旗艦から敵集団が逃亡、これを攻撃して欲しいとの要請があったが可能か?》
『ムリだ。まだ市街地上空はドンパチやってんだぞ』
F-22にF-35はもちろん、F-15、F-16にF/A-18、はてはF-2とEF-2000まで入り乱れて敵の航空戦力を掃除している真っ最中である。
飛行速度で圧倒的な優位があるからこそ、これらの戦闘機は中射程AAMを打ち切った後に短射程AAMや機関砲で接近戦に挑んでいけるのである。
それに対して、357飛行隊が装備する機体は、敵に対して速度優位がほぼない。
《メキシコシティを吹っ飛ばした奴に報いを受けさせてやれ、というのが支援要請した攻撃統制官の要望だ》
『そう言われるとしゃあねぇな!』
《目標はJTACがレザー照射で示す、方位270で攻撃進入を開始せよ》
おおよそ現用のターボファンエンジン搭載の軍用機に似付かわしくない直線翼を翻して、第357戦闘飛行隊はサンアントニオへの攻撃進入を開始した。
次は・・・来週中には?




