テキサン
新世界暦1年9月10日 アメリカ合衆国テキサス州サンアントニオ 現地作戦司令部
「ルート281はすでに5ヶ所で高架橋の爆破が完了しているとの報告です」
陸軍州兵の工兵大隊長が渋い顔で報告する。
「ならどうする?メキシコ方面は勿論全部ダメだし、東西方向は核攻撃時に地上兵力主力を逃がすルートで、砲兵部隊やSAM部隊が各所に展開していて、そんなところに一般の車列は通せないぞ」
「オースティン方面に逃がすしかないだろ」
「だがそちらは増援の進行ルートだ。今はサンアントニオ向きの一方通行に規制している」
南北をひっくり返した地図を見て、皆一斉に開いているルートを見つけようとする。
「そもそも、空港にいる連中は全員車があるのか?車があるとしてガソリンは?市内のスタンドはもう全部空っぽで閉鎖されてるぞ」
全員分の車はある、という前提で話を進めていたが、根本的なところを誰も確認していないのである。
それ以前に、現地ですぐにそんなことを確認できるとも思えないが。
「とにかくルートを見つけて逃げられる奴から逃がすしかないだろ」
「州間高速10号に平行するルート90はどうだ。州間高速とそれにほぼ沿って走るほうはダメだが、少し外れたところにハイウェイ化された新ルートがある。こっちはわずかにメキシコ寄りを走るが、誤差みたいなもんだろ。まっすぐヒューストンに行ける」
ハイウェイパトロールの隊長が地図を指でなぞりながら提案する。
「時間が無い、それで行こう!」
「丁度いい、文民もそれに合わせて予定通りヒューストンに移動を」
この司令部には今も文民が結構残っていた。
まぁ、そろそろ退避しようか、というところでの避難民が残っているという報告だったので、遅れたわけだが、警察は勿論、ハイウェイパトロールやテキサスレンジャーもいるので、避難民の誘導も兼ねて退避すればちょうどいい、という提案である。
「市長も」
特に何かすることがあったわけでもないが、サンアントニオ市長も残っていたのだが、ハイウェイパトロールの隊長が退避を促す。
「私は残る」
決意を感じさせる声だった。
「しかし・・・」
「空港ですら取り残された市民がいたんだ、まだ他にもいる可能性が高い。市民より先に私が退避することは許されん」
突然の宣言に、警察署長もハイウェイパトロールの隊長も困惑している。
「大枠の指揮は州知事がとっているし、私がヒューストンに行ってもすることはない。ならばここで最後まで避難を見届ける」
まさに頑固親父と言った感じで宣言して、梃子でも動かんとばかりにどっしりと椅子に腰かけたまま動かない。
「では、私も残りましょう。どのみち、市長が言うように市内に取り残された市民がいる可能性が高いですし、それを確認するために部下もまだ市内に残っている。指揮する人間が必要だろう」
市長に合わせて警察署長も残ると言い出した。
「それなら私もこの地区の管轄です。残りましょう」
「「「そういうなら」」」
「いや、お前ら全員残る気か、いい加減にしろよ」
陸軍州兵の師団長の突っ込みに、チッとどこからともなく舌打ちが入る。
「残るのは市長と警察署長、テキサスレンジャーのF中隊長、あとは現場の人間のみ。司令部要員は全員予定通りヒューストンに退避してもらう」
そう言って文民を追い出してヘリコプターと車両に押し込む。
「さて、じゃあ、我々も」
「そうですね」
「「「え????」」」
市長以下数名を除き、軍人だけになった司令部で、師団長以下全員が、よっこいしょと机の下からM16を出して整備し始めた。
「いや、何してんの?」
「人が足りませんから」
そう師団長はしれっと返事をして、M16に弾倉を装着し、旧型の防弾チョッキを担ぐ。
「逃げ遅れている市民がいないか確認したら我々のここでの仕事は終わりです。そのまま前線に合流します。市長たちもご武運を」
聞いてねぇよ、という顔をした市長や警察署長たちを尻目に、がちゃがちゃと装備を準備する軍人たち。
そんな中に飛び込んできた無線で、再び彼らは頭を抱えることになるのだった。
新世界暦1年9月10日 アメリカ合衆国テキサス州サンアントニオ 市庁舎
市内に複数設けられた避難バス乗り場の1つである市庁舎前で、最後のバスが出発したのは1時間以上前なのだが、そこにはまだ大勢の避難民が残っていた。
いや、残っていたというのは語弊がある。
バスが終わってから集まってきたのだから、別に積み残したわけではないからである。
もともと告知されていた避難バスの時間はとっくに過ぎていたが、彼らはバスが無いことに怒りの声を上げ、不平不満の声を上げていた。
とはいえ、市庁舎の職員も最終便で避難を終えており、残っていたのは州軍の兵士と武装した警察官だけなので、暴力行為を起こそうというバカはいなかったが。
「CP、CP、こちら市庁舎前警備、バス終了後に集まってきた市民の数が1000人を超えています!どうすればいいですか!?指示を請う!」
しばらく間があり、司令部から返答があった。
『人なんだから歩けばいいだろ!』
なんか最早ヤケクソである。
「そんなこと言えるわけねぇだろ!お前が来て言えよ!」
『どう言ったところでもうバスは来ない!トラックもない!ルート90は開いてるから自家用車でもなんでもいいから勝手に行かせろ!』
そもそも200万近い市民を完全に避難させようなんてのが無茶だったのである。
『なんだ、なに?ちょっとまて』
無線の向こうの司令部でバタバタと何やら相談している声が聞こえる。
『よし、それで行こう。避難民は鉄道に向かわせろ!根性のある鉄道社員たちが敵が市内に入るまでオースティンとコロンバスの間で往復運転を続けるらしい。500m先の製粉工場に1本だけ列車を入れる。そこまでなら病人でも歩けるだろ!健康でそれに乗れない奴は駅だ!』
「了解向かわせます!」
それを聞いた兵士は直ちに拡声器で駅に向かうよう指示を出すのだった。
新世界暦1年9月10日 アメリカ合衆国テキサス州サンアントニオ 現地作戦司令部
「さて、そうなると残った車の無い市民は全て駅に向かわせる必要があるわけだが・・・」
「市警のヘリを使って拡声器で市内全域に呼びかけよう」
警察署長はそう言うが早いか、すぐさま無線機をとって指示を出し始めた。
「ケーブルテレビの緊急放送にも情報も流そう。私が出て直接呼びかける」
市長はそう言うとすぐに席を立ち、司令部の横で用意されていた緊急放送用のスタジオに向かった。
とはいえ、スタッフは皆避難した後なので、避難情報が書かれたボードを映しているだけで放置されているので、ボードをのけて市長が喋り続けるしかないのだが。
「さて、諸君、避難完了なんて報告が全くあてにならないことが分かった以上、我々の使命は鉄道が動いている限り、敵を駅に近付けないことだ。幸い、司令部の場所は敵の進行ルート上で何の因果か、駅との間にある。ここまで敵を引っ張ってくる英豪軍は、市内に入らず外縁部を東西に分かれて進むことになる。つまり我々が敵の攻勢正面になる」
その言葉に何人かが息を呑む。
当初の予定では市民の避難完了後に、司令部をでて東(地球での方角で言うと西)に向かって、英軍と合流し、交戦しながら脱出するはずだったのである。
「現時刻を持って、作戦通りに離脱を許可する。希望者は英軍との合流地点に向かえ」
師団長のその言葉で、何人かは躊躇いながらも出て行った。
「残った人間は防衛陣地の構築と確認を急げ」
「とはいえ、あるのは土嚢と倉庫から引っ張り出した20mmが4門に、骨董品の40mm機関砲が1門。あとはハンビーとM2機関銃くらいですよ」
「無いよりいいだろ。急げ!」
鉄道を守るために戦うとは、まるで西部劇だな、とつまらないことを考えつつ、陣地構築に散って行った。
その兵士の中に、しれっと着替えた市長が混ざっていることに誰かが気付くのはもう少し後の話である。
次回は1週間以内に




