アメリカは地獄を見るか?
新世界暦1年9月8日 アメリカ国境まで50キロのメキシコ国内
もはやアメリカまでもう一息という距離であるが、タスマン教国の部隊の進軍速度は著しく落ちていた。
大規模障壁の外側の損耗が看過できない規模に拡大しているのも事実だが、障壁の内側でも体調不良の兵士が増えているのである。
タスマン教国では原因不明の疾病とされていたが、100メガトンの水爆を使ったメキシコシティを通過してきたのだから、当たり前である。
障壁は放射線を遮断する効果があるが、それはあくまでも「外側からの放射線」を遮蔽するものである。
大量の放射性物質が巻き散らかされた場所を通ってきた、ということはそれを障壁の内側に取り込んだということである。
勿論粉じん対策もしてなかったので、大量の内部被曝者を出していた。
そして、何よりも各種機構の動力源が問題である。
神聖タスマン教国で魔導炉と呼ばれるものは、彼らの認識では神聖タスマン教国の一部で採れる特殊な鉱石を精錬したものからエネルギーを取り出すためのものである。
ちなみに、鹵獲した飛行艇の魔導炉を解析した米軍の認識は、兵器級濃縮ウランからなんかよくわからない機構でエネルギーを直接取り出せる便利装置。ただし、遮蔽は甘い。というものである。
要するに放射線まき散らしまくり、下手したら放射性物質も飛散させまくりの兵器級濃縮ウランが中に入っている装置である。
ちなみに、最初に線量計を持って魔導炉に近付いた研究員は、まさかそんなふざけた装置だと思ってなかったので、ただの作業着姿で、数値が跳ね上がったのを見て慌てて外に飛び出す羽目になった。
「不甲斐ない、なんですか体調不良者が多いなどと!」
別に被曝してなくても昼夜ぶっ通しで前進、前進、また前進という指示しか出していなければ誰だって体調不良になる。
ちなみに、聖女が(以前の墜落で負った障害を除いて)ぴんぴんしているのは、旗艦である大型魔力障壁展開艦が、魔導炉→個艦防御→広域防御と出力に物を言わせた三重の魔導障壁を常時展開しているからである。
つまり、魔導炉防御障壁と個艦防御障壁の間のエリアは(意図されていないが)数少ない安全地帯なのである。
「ここまで敵の攻撃下でぶっ通しの進軍です。致し方ないかと・・・一度ここらで休養を挟みませんと」
「信仰が足りないからそういうことになるのです!聖者タスマンの導きを受けた我らが止まることなど許されません!」
無茶言うなよ、と報告を上げた幹部は思ったが、口には出さない。
そんなことを口にすれば、兵士が死ぬ前に自分が死ぬ。
「進みなさい!立ち止まることは許されません!聖者タスマンの導きのままに!」
幹部が叫ぶ聖女を見て思ったことはただひとつだけだった。「狂っている」と。
新世界暦1年9月8日 アメリカ合衆国テキサス州キリーン フォート・フッド
「返事をする前と後にはSirを着けろよデコ助野郎!」
アメリカ陸軍の基地としても最大級の広さを誇る敷地内の方々で、新兵訓練の怒声が響き渡っている。
なんかいろいろ混ざっている気もするが、気のせいである。
メキシコシティでの核攻撃以降、アメリカは完全に9.11以来の「国を守らなきゃ!」な状態なので志願兵が大量に集まっていた。
中米からの避難民でも各国亡命政府が新兵を募っているが、そちらはメキシコを除き集まりが非常によろしくない。
どれくらいよろしくないかと言うと、アメリカがブチ切れるレベルで。
メキシコ以外の国はここまでの避難ですでにかなり損耗し、疲弊していることも確かだが、国を取り返すという気概はないのかと憤慨する世論がアメリカでは大勢だった。
逃げてきた人間は、アメリカも今は北部になった旧南部は危ないかもしれないなると、カナダへの避難を要求しだす状態である。
結果、アメリカは移民として全く受け入れる気が無く、全ての避難者をネバダ州につくった一時避難所と言う名の収容所に放り込んでいた。
あまりにひどい環境なので、一部で問題視する声が上がっていたが、ぶっちゃけアメリカも割と必死なのでそんなことに構ってられないのである。
多分、70年後くらいに反省して口だけで謝罪するのだろう。
「しかし、防衛線をえらく後ろに下げるんだなぁ」
日本では考えられないほど広い敷地の一角を占拠して駐屯しているのは、陸上自衛隊第7師団である。
戦略予備としてここに配置されたのである。
「絶対防衛線はヒューストン、ダラス、エルパソの線、決戦の地はサンアントニオ、というのが米軍の描いている絵のようですが」
メキシコ国内での核兵器使用にはメキシコが強硬に反対したので、「じゃあアメリカ国内に入れてから核で殲滅しよう」というのが最終的にアメリカが考えた作戦である。
どう考えてもかき集めた地上戦力では敵を止められないという結論故である。
「だが、ここからサンアントニオまで200キロだぞ。大丈夫かね?」
「まぁ、広がっている敵を密集させる必要がありますし、現状の前線は国境ですから・・・」
メキシコシティから敵が動き出した時点で、絶対防衛線よりメキシコ側のエリア内では全員避難が開始されていたが、未だに終わっていない。
まだ敵が遥か彼方なのに、全てを捨てて避難しろと言われても、なかなか人は動かないものである。
「敵を密集させるために、都市ひとつを生贄にする、か。日本では考えられんな」
「いや、普通はやらないと思いますよ」
「作戦通りなら俺らの仕事はないんだがなぁ」
そもそも予定通りにいくとわかっているのなら、予備兵力なんて置く必要は無いのである。
「けど、本来的にはあっちが予備のほうが駆け付けるのも撤収するのも早いだろ」
そういって師団長は隣の幕舎を指した。
一応派遣の都合で指揮下に入っていることになっているが、第7師団と別に第42即応機動連隊も派遣されているのである。
「まぁ、敵の兵力考えると、陸自が丸ごと予備でもいいくらいの規模ですから・・・」
「少しでも兵力が多いことを喜ぶべきか・・・。いや、それ言い出すと核の使用を前提にした作戦をどうにかして欲しいなぁ」
師団長は「焼け石に水」という言葉が浮かんだが、黙っておく。
基本的にこの基地にいる部隊は予備なのだが、陸自以外の戦力では、個人装備こそなんとかなっているものの、それ以外の装備は輸送用の、それも半分民間からもかき集めたトラックしかない大量の新兵を除き、LAV-25を装備した海兵隊大隊と、デポから引っ張り出したM60A3を装備した戦車中隊くらいしかいない。
どう考えても、予備が投入される局面では、陸自が先頭に立って戦うしかない戦力である。
「航空戦力に期待しよう」
「とはいえ、アメリカはヘリコプターも大量に失ってますからね。空軍頼みでしょう」
「一応、ここの航空基地にある程度のAH-64はいたがなぁ」
もっとも、そのほとんどが退役寸前の未改修のA型である。
二線級やデポで保管されていた兵器を引っ張り出して来てなんとか体裁を整えているのが今の米陸軍の現状である。
まぁ、それにしても足りてはいないのだが。
新世界暦1年9月8日 アメリカ合衆国ワシントンD.C. ホワイトハウス
「大統領、作戦指令書にサインをお願いします」
そういって統合参謀本部議長は分厚い書類の束を執務室の机に置いた。
「・・・」
大統領はそれを顧みることもせず、背を向けて窓から外を眺めている。
部屋には沈黙が満ちている。
部屋には大統領と統合参謀本部議長の他にも、国防長官や大統領補佐官もいるのだが、誰も何も言わない。
ただ、その沈黙に耐えるように立ち尽くしている。
「私にこれ以上愚かな大統領になれ、というのか」
どれほどの時間がたったのか、それは大した間では無かったような気もするし、10分ほどそのままだったような気もする。
そんな重苦しい沈黙のあとに大統領がようやく口を開いた。
「サンアントニオを囮に敵を集めて、市内に設置した核爆弾と地中貫通型核爆弾の集中運用で敵を殲滅する。こんなふざけた作戦を承認しろと言うのか」
「最も確実に敵を絶対防衛線までに殲滅できる作戦案です」
統合参謀本部議長は一切の感情を排した声で言う。
「我が国の地上戦力は装備不足の新兵ばかり、多国籍軍の兵力だけでは、敵の数を減らしたとはいってもまだまだ過少です」
「それでも、だよ」
守るべき国土から守るべき国民を追い出して、そこで使用後も影響が残る兵器を大規模に使用する。
それを1人の人間に決断せよというのは酷であろうが、大統領という立場はそれを求められるのである。
「友軍も含めて避難完了までは核兵器の使用は認めない。それが絶対条件だ」
「分かっています」
誰だって自国民の上に自国の核を落とす、なんてことはやりたくない。
大統領はやがて重そうにペンを取り、作戦指令書にサインした。
アメリカ国内での核兵器による敵殲滅を目的とした作戦、クロケット作戦発動が決定された瞬間である。
次回は1週以内に




