続・暢気な人々
新世界暦1年9月1日 日本国東京都 内閣総理大臣官邸
「みんな暇なんだねぇ」
「それマスコミの前で言わないでくださいね」
官邸の前で連日行われているAPTO加盟反対とアメリカでの参戦反対のデモを見て、首相と官房長官が言葉を交わす。
もっとも、かつては国会に突入したり国際空港の開港を遅らせたりするパワーのあった日本の左翼過激派も、後ろ盾を失い、高齢化には勝てず、公道でお祭りをやるだけに腑抜けてしまったが。
「しかし、こんな好景気なんだから働けよ」
「好景気だからやってる余力があるんでしょう」
「むしろ生活保護でやってる奴らもいるんだろうなぁ。そんな元気があるなら働けよ」
やれやれ、と職業市民を見ながら2人は廊下を進む。
「そういえば9月といえばいつもなら外交シーズンだよねぇ」
「本来なら国連総会ですからねぇ。まぁ臨時でやったのがまだダラダラやってますし、外務大臣が行きましたから今年は首相は無しですねぇ」
「外遊行きたかったなぁ」
外遊も仕事だからな?とジト目で見る官房長官と、いつも通りのほほんとしている首相。
「けどなんかいっぱい他所から来るんだっけ」
「まずラストール王国の第一王女の親善訪問。公賓としての訪問です」
「すっごい美人だって話題になってたよね。楽しみだね」
このエロ親父、という目で官房長官に睨まれているが、首相にはどこ吹く風である。
「続いて、神聖アズガルド帝国から首相が実務訪問、皇太子が公賓として訪問」
「どっちもおっさんだよね」
おまえもおっさんどころか、クソじじいだろと、官房長官は睨んだが、いつもの首相である。
「日本・太平洋諸島フォーラム首脳会議の転移に伴う緊急会合が首相の仕事としては大きいですかね」
「まぁ、従来以上の意味持つわけだし、大変そうだよね」
「今回からイギリス、シンガポール、台湾も参加します」
「しっかし、よくもまぁ中国は台湾の独立を認めないにしても、無視って形にしてるよね」
心底意外そうに首相は言った。
「台湾が中華民国の名を捨てて、我々は中国ではないって宣言したからじゃないですか。まぁそのせいで台湾内部でだいぶ揉めたみたいですけど」
「あとは離れすぎて手だしできないんだろうねぇ。なんか新しい領土も手に入ってそれどころじゃなさそうだし」
とりあえず忙しいんだからシャキッとしろよ、と首相に活を入れようとする官房長官だが、首相はいつも通りである。
「アメリカの方は?」
「特に動きなし。弾薬代はアメリカ持ちってことで撃ちまくってるようですが」
官房長官はそう言うが、じわじわとアメリカ国境が近付いているので、直接衝突は目前である。
航空攻撃と曲射で削りきるには数が多いのと、障壁が邪魔だったということである。
「敵の核攻撃が心配だねぇ」
「正直、警戒を厳にする以上の対策はありませんからね」
「むしろ、やられる前にやるだろ」
そのためのF-2と即席で造ったXAAM-6である。
「まぁ、あれを殲滅すればアメリカも落ち着きますから、ユーラシアをどうにかする余裕も出てくるでしょう」
「最早ユーラシアとかどうでも良くない?」
「貿易相手は多い方がいいでしょう」
ぶっちゃけ、最早日本の安全保障にとっては中露が核戦争でも始めない限りユーラシアはどうでも良い存在になっていた。
となれば残るは経済面だけだが、とりあえず資源面はすでに目処がついているので、市場としての価値しかない。
「まぁ、勝手に世界大戦始められてとばっちりが来ても面倒だしな」
「正直、中露がぶつかってもみんな知らん顔でしょう」
漁夫が一番利益を得るのは戦争経済の鉄則である。
「とりあえず今は新しい外交関係を安定させるのと、アメリカだな。他のことはそれが済んでからで問題ないよ」
そう言うと総理は執務室に入ったのだった。
新世界暦1年9月2日 アズガルド神聖帝国帝都アガルダ近郊 アガルダ飛行場改めアガルダ国際空港
元々コンクリート舗装とはいえ、2000mの滑走路1本しかなかった、地球の感覚で言うなら小規模な地方空港程度の空港だったのだが、3500m滑走路に加え高速脱出路と並行誘導路を備えたワイドボディ機も利用可能なそこそこの規模に急遽拡張されていた。
国際線は現状、羽田とヒースローのみ、羽田は2社がそれぞれ週3便の週に計6便、ヒースローは1社が週4便。
全て日英の航空会社による就航である。
アズガルドには空中衝突防止装置を備えた航空機が無いのだから、必然の結果である。
利用客は概ね、外交関係者かビジネス関連客だが、全便で搭乗率がほぼ100%という状態である。
アズガルド国内でインターネットを利用しようとすると、ダイヤルアップか衛星回線しかないうえに、衛星が足りないので、衛星回線はほぼ軍用で押さえられてしまって一般には開放されていないという状況なので、電話以上のやり取りは実際に人が行き来してするしかないためだ。
もっとも、空港の拡張はこれ以上出来ないので、別の場所に新空港を造る計画が進むと同時に、アズガルドのほうでも民間用の航空機を買って国際線を就航させる話は進んでいたが、世界有数の過密な空に就航するにはパイロットの養成から大変なのである。
まぁ、地球の航空会社の頭で言えば、「資格持ってる奴を引き抜いてくればいいじゃん」という程度の話なのだが、国籍についてそこまで柔軟な頭はまだ持てていないのがアズガルドの民間航空の実情である。
そんな、早くも伊丹空港や小牧飛行場のようになるのが確定的なアガルダ国際空港に、関空からのチャーター便が降り立っていた。
結局のところ、定期便だけでは運びきれないので、こうしてチャーター便がちょくちょく飛ぶことになっている。
ちなみに、定期便が増便されないのは、羽田もヒースローも枠に余裕がないためである。
とはいえ、需要の大きな部分を外交関係が占めるので、ロンドンのほうはともかく、東京の方は成田を嫌がるせいである。
外交関係といっても、何も外務省だけではなく、国土交通省や防衛省、警察庁や経済産業省など、ありとあらゆる分野の交渉が必要なので、結構バカにできない需要になるのである。
「やっと着いたよ」
「よく言いますよ。ヨーロッパ行くのに比べたら全然じゃないですか」
実際、関空からだと元々の台湾より少し遠いくらいの距離でしかないので、飛行時間としては短い方である。
ぞろぞろと降りてくる彼らは、大阪の有名な交響楽団のメンバーである。
彼らもまたビジネスに来たのである。
なんせ、アズガルドの人間は、当然のことながらモーツァルトもベートーベンもバッハも、誰も知らないのである。
よって、公演を行えば別の世界の音楽への興味と目新しさから満員御礼のオンパレード。
何より、言葉がいらないというのがわかりやすく、オーケストラは勿論、ピアノや弦楽四重奏といったクラシックは勿論、ギター1本持って乗り込むなんていう強者も現れるなど、楽器奏者にとってはフロンティアとなっていた。
それは、アズガルドの音楽関係者にとっても同じで、日本やイギリスでも公演が行われていた。
「しかしお土産は何があるんだろうなぁ」
「そんな心配より公演の心配してくださいよ」
そんなくだらないことを言いながら、入国審査のために新設されたばかりのターミナルに向かって駐機場を歩くのだった。
新世界暦1年9月2日 アズガルド神聖帝国帝都アガルダ 首相官邸
「凄まじい赤字だな」
速報で上がってきた貿易統計を見て、首相のアルノルドは頭を抱えた。
「日本からの輸入は兵器、自動車、発電所用の発電設備、各種プラント設備、船舶。それに対して我が国からの輸出が、その・・・」
「しかし日本に賠償で我が国最大の油田を引き渡したのに、それと別にまだ輸入してるのか・・・」
日本から輸入するのは兵器や、各種産業用大型設備が中心になっているが、輸出は原油や石油製品、鉄鉱石やボーキサイトといった鉱物資源ばかりである。
これで日本からの輸入でまだ民生品が入ってきていないのだから、貿易赤字が拡大はしても縮小するとは考えにくい。
「工業製品の輸出は・・・無理だろうな」
「でしょうね」
そう言って、溜息とともに部屋に置かれた大きなラジオ受信機を見た。
いわゆる鉱石ラジオという奴だが、その横に日本に貰ったポケットサイズのラジオ受信機が置かれていた。
「とはいえ、このままではいずれ破産してしまうのは目に見えているが、兵器購入を止めるわけにはいかんし、産業設備の入れ替えも止めると本当に我が国の企業が死んでしまう」
「何か輸出できるものを考えないといけませんね。一部の服飾工場が日本の企業に買われたり、提携したりして日本向けの衣服輸出を始めるようです」
「無いよりはいいが、それだけじゃなぁ」
もっとも、こういう商売的なことは政府が捻りだした解決策はだいたい碌なことにならないので、民間からアイディアが出るのを待つ方がいいのだが、だいたいの国の官僚はそのことに気付かないものである。
そして、アズガルドもまた官僚たちが云々と頭を捻って考えることになるのだった。
新世界暦1年9月4日 アズガルド神聖帝国帝都アガルダ アズガルド光学製造所(株)
アズガルドで最大のカメラ製造会社であるアズガルド光学製造所は、地球風に言うなら35mmフィルムのレンジファインダーを造ったことで「カメラは持ち運ぶモノ」という常識を作ったあの会社と同じ立ち位置である。
そのまま世界が続いていればきっと一眼レフ化に失敗して斜陽になったり、いろんなところにブランドを貸し出したりする羽目になったのだろう。
もっとも、アガルダ証券取引所に上場している株式会社だったため、あっという間に日本の会社に買われてしまったのだが。
「社長、我が社はこれからどうなるんでしょうか」
心なしかここ数日で古ぼけてしまったような気がする社長室で、主任光学技師が不安そうに社長に話しかけた。
「そんなの俺に聞かれてもわからんよ。とりあえず俺はきっとクビになって会社追い出されるんだよ」
「そんなこと言い出したら我々みんないらないでしょ。日本のカメラとそれで撮った写真見ました?」
「フィルムがいらないカメラとかいう奴だろ。わけがわからん」
「というか、当たり前みたいにカラーでしたよ」
ははは、と力なく笑ったのは主任機械技師である。
彼らは会社と自分達の未来を悲観していたが、買収した日本企業は、カメラ店発祥の大手家電量販店であり、地球規格のレンズマウントで安価なMFレンズを作らせたり、35mmフィルムのレンジファインダーを作らせて、一部好事家達に安価な新品レンジファインダーカメラが買えると話題になるのだが、今の彼らには知る由もない。
こんな感じで、アルノルド以下政府首脳陣の苦悩をよそに懐古趣味な工業製品は割と生き残ったりするのだが、そのことに気付くにはまだまだ時間が必要であった。
次回は土曜日。だといいなぁ・・・。




