戦場の神
新世界暦1年8月22日 アメリカ・メキシコ国境まで350キロ地点 神聖タスマン教国聖女直轄艦隊
メキシコシティからテキサス国境まで約半分という地点だが、もちろんそんなことは神聖タスマン教国の連中にはわからないので、ただ愚直に前進するだけである。
「聖女陛下、大規模魔導障壁の中に入れない部隊の損耗が看過できない規模に拡大しています」
もともと部隊を丸ごと覆ってしまうような常時展開型魔導障壁は都市防衛用のものであり、動いていると使えない。
まぁ地球の施設で大きさが近いもので言うと、原子炉建屋を4つ持つ大規模原子力発電所とJ/FPS-5を動かせと言っているようなものである。
それを解決すべく、超大型飛行艇にその装置を搭載したのが聖女が死ぬ前に教皇からの貰った新しい旗艦だったのだが、装置とエネルギー供給源が巨大すぎて、武装も一切ないうえに、乗員スペースも限られていて個室は聖女のみ、艦長でも士官と大部屋、乗員に至っては3人で1つのベッドを共有という踏んだり蹴ったりな仕様に仕上がっている。
とはいえ、大規模魔導障壁を常時展開しながら移動できるというチート臭い能力がそのデメリットを補って余りあるのだが。
「それが何か問題なのですか?」
一体何が問題なのか心底わからない、という表情で聖女は言った。
別に聖女は報告者に対して何の感情も抱いていなかったのだが、痛々しい縫い痕がいくつも残る顔のせいで、報告者は気に食わないことを言ったから粛清されるのでは、という恐怖にとらわれていたが。
「何か問題と言われましても・・・」
「私は敵を滅せよと言いました。それはまだ達成されていません。それが一番の問題です」
狂気の沙汰である。
もう補給も補充も一切望めないというのに、いかなる犠牲を払ってでも前進せよと言うのである。
まさに破滅の行軍である。
本来であれば本国に帰還するか占領した敵の都市で引きこもって、国の基盤を一から作り直さねばならないはずである。
技術者や支配者層が少し不足気味だが、それが出来るだけの十分な人員と資材が(当初は)あったのだ。
しかも、都市防衛用の魔導障壁がいくつもあるのだから、結構な範囲をカバーできるし、重要エリアにはいくつも重ね掛けすれば、1つの障壁を突破するのがやっとの相手の攻撃は完封できる。
もっとも、既に人員の損耗は報告があがっているだけで10万人に届いている。
集計が上がってきていないのも含めれば、実際には倍どころではない損害が出ているだろう。
それも、民族大移動とも言うべき大集団の外縁部ばかり、つまり正面戦力に集中しているのである。
総兵力500万の遠征軍からすれば大したことないように思われるが、500万全てが正面戦力ではない。
補給線を考える必要は(残念ながら)ないので、補給船団の護衛戦力などは考える必要は無いとはいえ、それでも半分以上は飛行艇の乗員や整備員、糧食関係など、後方部門なのである。
整備や糧食など、戦闘以外の様々な分野で膨大な人間が必要なのが近代軍隊である。
それは地球基準で見るとファンタジーな世界の国である神聖タスマン教国も、人工物を用いている以上同じである。
限られた兵力が無為に削られていくのを眺めているのは、用兵側としても胃が締めつけられる思いのはずなのだが、聖女にはそんなことは関係ないらしい。
前進して敵を殺せしか言わない復讐鬼と化した聖女を止められるものはいない。
一部の幹部で結託して聖女を排除しようという動きはあるものの、一般兵からの聖女支持は圧倒的であり、周囲も負傷した聖女を収容して本隊まで連れてきた占領地域教化部隊が親衛隊のように貼りついていて手出しできないのが現状である。
かくして、膨大な犠牲を出しながらも会敵することなく、見えない敵から攻撃を受け続けつつ亡国の軍隊は前進を続ける。
新世界暦1年8月25日 メキシコ合衆国モンテレイ近郊 イギリス陸軍アメリカ派遣軍団自走砲部隊
「最早ここまでくると気味が悪いな」
猛烈な射撃を続けるAS-90の砲列を眺めながら、誰に聞かせるでもなく指揮官は呟いた。
遅滞戦闘に参加している各国の自走榴弾砲はアメリカも含めて合計で約600輌。
多いのか少ないのか、微妙なところである。
とはいえ、弾薬は全て155mm榴弾砲で統一なので、アメリカが鬼のように生産して提供していた。
600門の155mm榴弾砲が、ひたすら敵の動きに合わせて陣地転換を繰り返しつつ、全力射撃を繰り返すのだから、近年まれにみる大火力である。
加えて、米空軍を中心に、戦略爆撃機から軽攻撃機まで、使えるものはすべて使って爆弾をばら撒くのだから、第二次大戦もびっくりの物量戦である。
そんな火力投射の中、大量の犠牲を積み上げながら前進を止めない敵には恐怖を通り越して、呆れすら覚える。
とはいえ、敵の進軍速度は落ちているので、効果が無いわけではないのだろう。
いくら督戦隊で前進を強制したところで限界はあるのである。
「しかし、この状況だとあれはズルいな」
そういって指揮官が目を向けたのは、陣地転換のため側のハイウェイを疾走するトラックや装甲車の車列だった。
ようやく多島海条約機構の集団安全保障に関する法律が成立して、昨日から砲列に加わった陸上自衛隊の車列である。
19式装輪自走155mm榴弾砲と弾薬輸送用の中砲牽引車や7tトラック、護衛の16式機動戦闘車、故障対応用の重装輪回収車という車列であり、とにかく19式装輪自走の実地テストだと持ち込まれたので、わずかに10輌だけだが、とにかく敵を減らしたい現状ではいないよりマシである。
そして、指揮官がズルいと言ったのは、その陣地転換のスピードである。
今回の作戦の性質上、とにかく敵を間接火力と航空攻撃で削るのが目的なので、各自走砲部隊は敵の前進に合わせて後退する形で陣地転換が求められる。
幸い、敵が部隊を全て飛行艇に収容して一気に前進、という方法を取らずに、地上兵力を展開したまま前進してくれたので取られた作戦だが、当然、陣地転換のスピードが速ければ速いほど、射撃可能な時間は伸びる。
陣地転換を行う場所が不整地でそれほど距離のない戦域なら、履帯式の各国自走砲もそれほど不利にならないが、アメリカに向かって後退するのだから、ハイウェイ沿いにアメリカに向かって走るだけである。
この場合、メンテナンスのことも考慮すると、圧倒的に装輪式のほうが有利である。
というか、装輪車両だけで固めている陸自の自走砲部隊は、ハイウェイを走るだけなら、1000キロ走っても燃料補給くらいしか途中メンテナンスは必要ないだろう。
対して、AS-90やM109で構成される他の本作戦参加国の自走砲は全て履帯式である。
1000キロも自走すれば、運が良くても少なくとも1度は履帯絡みのトラブルが発生するだろう。
そもそも路上速度も履帯とタイヤでは段違いである。
今回の作戦は、前線部隊がおらず、敵の動きに合わせて迅速な陣地転換が求められる都合で、自走砲のみの参加となったのだが、路上機動なのだから移送準備に手間がかかっても移動速度で挽回できるから牽引砲でも大して差は無かったのでは?とは作戦が始まってから現場が気付いたことである。
とはいえ、自走砲並の迅速な陣地展開、撤収と牽引砲を上回る路上機動力をもつ19式装輪自走榴弾砲は今回の作戦にぴったりはまっていることは確かだった。
もっとも、19式は榴弾砲を全て自走化するために採用されたものなので、位置付けとしては牽引砲のほうが近いことになる。
実際、装甲もないので、高価で重くなる履帯式の自走砲とどっちがいいかは状況次第だろう。
牽引砲は輸送ヘリで空中機動出来ることを求めたアメリカやイギリスと、曲射火力の空中機動は120mm迫撃砲で良いと考えた日本の違いでもある。
「まぁ、それはともかく、あれはいいのか?」
そう言って指揮官が見た視線の先には、少し離れたところにある射撃陣地から煙を引いて飛んでいくロケット弾が見えた。
いわゆるMLRS、M270によるM27ロケット弾の射撃である。
1発でサッカーコート6面分を軽く制圧可能と言われる広域制圧兵器は、障壁の外にいる歩兵には最大限有効な兵器であろう。
しかし、さんざ言われているように、「不発率が高い」という問題があり、着弾時に爆発しなかった子弾が対人地雷化するという問題点がある。
まぁ、それを狙って意図的に不発弾が出るように製造されていると言われているが、当然、発射した側も不発弾がどこにあるかなんてわからないので、戦後に非常に問題になる。
クラスター弾に関する条約?アメリカは批准はおろか、署名もしていないので無関係である。
「メキシコ政府は怒るだろうなぁ」
他人事のように指揮官は言っているが、それもアメリカがちゃんと勝てればの話である。
勿論、敵の残存兵力を考えれば負けることは無いだろうが、核兵器を持つ敵である。
それこそ、アメリカ本土で敵が核を使えば、メキシコごと吹き飛ばす勢いで反撃するだろう。
よって、各国の暗黙の了解として、「アメリカ本土を敵の攻撃圏内に入れない」というのが存在していた。
もっとも、当のアメリカが、メキシコでやるとメキシコがブーブー文句言うから、敵をテキサスの砂漠にでも引き込んで核攻撃で殲滅、なんて考えている節があるのが最大の懸念事項だったが。
「ま、俺には関係ないか」
そう言って部隊に陣地転換の指示を出し、自分も弾薬運搬車に向かうのだった。
次は一週間以内には




