蛮勇
魚雷艇の正しい運用方法は夜間や島嶼部、入江等を利用した待ち伏せによる奇襲です。
魚雷発射後は命中までに補助エンジンを使用するなど、音を出さないようにこっそり逃げましょう。
新世界暦1年7月16日 ドラスト大陸西方海域 アズガルド神聖帝国海軍 方面艦隊水雷艇隊
波を叩くように全速力で航行する魚雷艇が、白い波を引いている。
航跡は合わせて18。
方面艦隊にいる魚雷艇の半分である。
残りのうち8隻は別行動、6隻はエンジン不調で遅れており、4隻はドックである。
アズガルドの魚雷艇は速力を確保するために主機を3基積んでいるが、航空機用のエンジンをデチューンして積んでいるので、「デチューンしなけりゃ出力はもっと出る」とばかりに、現場でいじくっているのが常で、同じ水雷艇隊で速力が揃わないくらいは可愛いもので、中にはやりすぎて冷却に問題があったりする艇も多い。
「司令、間もなく報告のあった海域です」
波を叩くたびに跳ねる魚雷艇の操舵室で、艇長が舵輪を操作しながら水雷艇隊司令に声を掛ける。
もっとも、「室」といっても屋根はないので、風と波しぶきを受けてゴーグル無しで目を開けているのは難しい。
「目を皿にして探せ!あんな大艦隊見落としたとあっちゃ、未来永劫笑い者だぞ!」
司令自身も双眼鏡から目を離さずに大声で叫ぶ。
「左舷20度、排煙多数!」
「おいでなすった!合図を送れ!隊を半分に分け、両側から襲撃する!」
司令の頭に浮かぶのは、過去の伝説的な艇長たちの顔と武勇伝のみであった。
新世界暦1年7月16日 ドラスト大陸西方海域 ホリアセ共和国海軍 ドラスト大陸上陸艦隊
「艦隊両側より航跡多数!アズガルドの魚雷艇と思われます!」
「対水上戦闘用意!」
戦闘配置を知らせる鐘が鳴り響き、艦内が慌ただしくなる。
「白昼に魚雷艇で襲撃など、攻撃機ばかりの航空攻撃といい、アズガルドの連中はバカなのか?」
提督はセオリーから外れた攻撃ばかりのアズガルドの攻撃に疑問を呈する。
何か秘策があるのだろうか、と頭を巡らせるが、何も浮かんでこない。
思い浮かぶのは、対空機銃と副砲でバラバラになった魚雷艇だけである。
「遠距離雷撃でしょうか?さすがにあの速度で動き回る魚雷艇に、魚雷の射程ギリギリまでに当てるのは難しいですよ。機銃の射程外ですし」
参謀の1人がそう発言する。
「確かにこの数の艦隊だ。満足な回避行動はとれないし、両側から1隻4発として72発も魚雷を撃たれたら何隻かに命中はするだろうが・・・」
正直、それではアズガルド側から見て焼石に水程度の戦果しか望めないだろう。
必中の距離まで接近して全弾斉射で戦艦を沈めるくらいでないと、士気にもつながらないし、輸送船数隻にちょろっと魚雷を当てただけでは大して上陸戦力は減らないのである。
「敵魚雷艇、まっすぐ突っ込んできます!」
「近づけさせるな!各砲、機銃、射程に入り次第射撃開始!」
戦艦の主砲はさすがに動きに追従できない上、高いので撃たないが、副砲や各巡洋艦、駆逐艦の主砲が射撃を開始し、海域は一気に賑やかになる。
魚雷艇の周囲に次々と水柱があがり、やがて命中弾が出始める。
たかだか100トン程度の小船でしかない魚雷艇にとっては12センチ砲でも過剰である。
1発の命中弾であっという間に行動不能になる。
搭載している魚雷が誘爆しようものなら、跡形も残さず消え去っていた。
「やはり連中はバカなのか?」
かつての大型艦との戦闘ばかり重視していた時代ならいざ知らず、今の艦は全て航空機という敵への対処を前提に設計されているのである。
時速600キロで飛ぶ航空機に比べれば、どんなに速くても50ノットまでの魚雷艇の迎撃は可能である。
回避行動を取らずに直進を続ければ、まともな訓練を受けている砲術の人間なら誰でも命中弾を出すだろう。
魚雷が「必中」と言われる2キロの距離なら、20ミリ級以上の対空機銃だって十分有効射程内である。
そんなところまで白昼に魚雷艇で近付こう、などというのはただの自殺志願者がやることである。
とはいえ、18隻全てがバカ正直に直進するわけもなく、防衛側も所詮はレーダー管制のない光学照準のみである。
何隻かは上手い具合に砲の攻撃を掻い潜り、攻撃位置に着いた。
もっとも、機銃までは掻い潜れるわけも無く、蜂の巣になり、攻撃出来たのは僅かに2隻だけ、その放った魚雷も1発が重巡に当たって中破だが、20ノットは出せるという状況だった。
「アズガルドの魚雷艇乗りは自殺志願者しかいないのか?」
提督が発したその問いに、幕僚達は皆声を殺して笑うだけであった。
新世界暦1年7月16日 ドラスト大陸西方海域 アズガルド神聖帝国海軍 増援艦隊旗艦 重巡洋艦「フギン」
巡洋戦艦を先頭に単縦陣で進む艦隊にその報告が入ってきたのは、提督の策を聞き、幕僚達が敵艦隊の速力と合わせて会合点の設定に云々と頭を悩ませていた時だった。
「第18水雷艇隊より報告、他の水雷艇隊は白昼、突撃を敢行し全滅した模様、戦果は僅少。以上です」
通信参謀が読み上げたその電文に、全員の頭に?の文字が浮かんだ。
「え、昼間に突撃したの?」
提督も思わず素で聞き返してしまった。
「残った魚雷艇は第18水雷艇隊の8隻とエンジン不調で落伍した6隻のみとのことです」
「水雷艇隊には自殺志願者が多いのか?」
提督のその問いに、水雷畑出身の幕僚数名は目を逸らした。
「この残った14隻で航路上で待ち伏せ、夜間攻撃を行うとのことです」
むしろ、そうなってくると、「エンジン不調」が本当かどうか怪しいものである。
鼻の利く艇長が、自殺突撃に参加しない口実のために意図的に、という可能性が非常に高い。
「まぁ、引っ掻き回して頭に血を昇らせてもらわないとな」
期待しているのか、いないのか、誰にも判断できない口調で提督は呟いたのだった。
新世界暦1年7月16日 ドラスト大陸西方海域 ホリアセ共和国海軍 ドラスト大陸上陸艦隊
昼間に魚雷艇の攻撃を受け、昼食の時間が遅れた以外は予定通りに艦隊は進んでいた。
時間は直に日付が変わろうかと言うところだが、真っ暗な海は静かである。
そう、不気味なほどに何もないのである。
夜襲に最適な新月であるにも関わらず、である。
「どうなっとるんだ?昼間の自殺志願者で終わりと言うことはあるまい?」
「しかし、このままいけば明朝には上陸予定地点です。今後数時間で何もなければ、もう何もないでしょう。提督もそろそろ休まれては?」
未だに艦橋から外を眺めている提督に、艦長が声をかける。
「そうは言うが、灯火管制も不徹底な輸送船団が心配でな」
完全な暗闇の中で、なんの灯火もつけず、艦隊で航行するのは完全に熟練の見張り員任せなのだが、民間の徴用船がかなり混じっている輸送船の中には、灯火管制が徹底できずに、船室の明かりが漏れていたり、ちょくちょく航海灯をつけている船までいる。
もっとも、すでに見つかっているからとレーダーについては解禁しているので、敵の光学測距を遅らせる程度のものだが、していないよりはやるほうがいい。
「とはいえ、この暗闇では潜水艦に雷撃でもされたら被雷するまで気付かんな」
「水深不明の海域で潜水艦を運用するほどの冒険を敵がしないことを祈るばかりです」
月明かりもでていない現状では、雷跡に気付くのは困難である。
唯一の頼みは聴音だが、艦隊内にいる艦のは役に立たないので、外縁部の駆逐艦頼みなので、艦隊内部に入り込んで雷撃するようなクソ度胸の艦長相手だと無意味である。
「ふむ、とはいえ、そろそろ休ませてもらうか」
「お休みなさい」
提督が艦長と言葉を交わして、部屋に下がろうとした時、突如、海域に爆発音が響き渡った。
「何事だ!?」
「輸送艦が被雷した模様!」
真っ暗だった海域に、煌々と燃え上がる輸送艦だけが浮かび上がっていた。
「潜水艦か!?」
提督がそう叫んだのと、2度目、3度目の爆発は同時であった。
「駆逐艦リナワロで被雷と思われる爆発!」
「全艦に伝達、艦隊一斉転舵、取舵45!まっすぐ進んでいたらただの的だぞ!」
「対潜、対水上戦闘用意!探照灯照射!周辺海域を照らせ!レーダーに反応は無いのか!?」
一気に眠っていた艦隊は慌ただしくなる。
「駆逐艦リナロワ、轟沈!」
「戦艦ラユワ、被雷!」
「空母ボイレンも被雷!速力低下!」
「空母ケロミンナー被雷、艦体傾斜!」
次々に被雷の報告が上がってくる。
一体、この海域にどれだけの魚雷が放たれたのか。いや、未だ、聴音もレーダーも敵発見を報告していないということは、機雷の可能性もあるのか!?
そんな思考が提督の頭の中を駆け巡る中、探照灯を操作して索敵していた見張り員が、海上のある一点を見落とさずにきっちり照らし出した。
「右舷、敵魚雷艇発見!数は4!」
暗闇に潜んでいた魚雷艇は、見つかったことに気付くと、主機を起動し、大音響を響かせたと思うと、逃げのために煙幕を展開した。
「逃がすな!仇をとれ!」
艦長がそう叫び、煙幕後方に向けて副砲と高角砲が射撃した直後、煙幕を割って魚雷艇4隻が突撃を開始した。
新世界暦1年7月16日 ドラスト大陸西方海域 アズガルド神聖帝国海軍 第18水雷艇隊
突撃を開始する直前、4隻は電信を発報していた。
いわゆる”ト”連電である。
事前に決めたト連送の意味は、「ワレ敵ニ発見サル。コレヨリ突撃ス。貴艇ラノ武運長久ヲ祈念スル」
要するに、「見つかったから囮になってかき回すので、その間に退避せよ」である。
そしてその4隻の中の1隻の操舵室で、司令と艇長が無駄話をしていた。
「まさか俺らが見つかっちまうとは、運がねぇ」
「全く全く」
そんなことを言っている2人だが、各艇の攻撃位置の割り振りでしれっと一番危険な場所に陣取っていた。
そのことに気付いているのは、同じく突撃している3人の艇長だけだったが。
艦首の魚雷発射管は既に再装填済みである。
全ての乗員が、それを至近距離から敵大型艦にぶち込むのを、今か今かと待っていた。
「さて、最期の花火だ」
「でっかく咲かせましょうや!」
弾が追ってくるかのように、艇の引く航跡に次々と着弾する中、全員別々の獲物を狙うかのように4隻は一斉にバラバラの針路をとった。
次回は金曜日




