海のギャング
新世界暦1年7月7日 アズガルド神聖帝国 ドラスト大陸領西部海岸沖
アズガルド神聖帝国が大陸のほぼ全域を領有しているドラスト大陸の西岸沖を、12隻からなる艦隊が航行していた。
日本にぼっこぼこにされたアズガルド神聖帝国海軍に残された、なけなしの艦隊戦力である。
いつぞやの多国間演習に参加していた4隻も含め、巡洋戦艦1、重巡洋艦2、軽巡洋艦1、駆逐艦8、というそれなりの規模だが、かつての規模からすれば心許ない限りである。
そもそも、彼らが対峙せねばならないホリアセ共和国海軍が、元の世界でアズガルドと総排水量1位の座を争っていたことを考えると、風前の灯火のような戦力である。
一応、同盟国であるラストール王国が艦隊を派遣してくれることになっていたが、本国からこちらに向かう途中で日本とイギリスを親善訪問するだの、合同演習を行うだの、やる気があるのか疑わしいスケジュールなので、あてにはできない。
この艦隊と、海軍と同じく致命的な損害を受けている航空戦力で、ホリアセの侵攻を止めなければならないのである。
そもそも、この艦隊が派遣されることになったのは、ホリアセが上陸部隊を準備しているとの情報がもたらされたためである。
ちっとも通路の開削が進まない陸路に痺れを切らして、海路で上陸部隊を派遣、というのは短絡的なホリアセがやりそうなことではあるのだが、なぜそんな情報が事前にわかったのかと艦隊司令部は頭を傾げていた。
この情報をもたらしたのは、ドラスト大陸の航空基地を1つ借り上げて、ドラスト大陸南方にくっついた謎の大陸の航空偵察を行っている日英の航空部隊である。
大陸南方にくっついた謎の大陸の偵察、といいながら普通にホリアセの偵察も行っているのだが、本人達曰く「バレなきゃ犯罪じゃないんですよ」ということである。
ちなみに、その謎の大陸に対してもいろいろとやらかすのだが、それはまた別のお話。
複縦陣で進む艦隊の先頭は、巡洋戦艦と巡洋艦「フギン」である。
ちなみに、旗艦は巡洋戦艦ではなく、多国間演習参加時の旗艦でもある「フギン」が務めている。
これはこの巡洋戦艦が、地球で言うところの「巡洋艦並の速力と戦艦並の火力を持つ」という定義と異なり、「水雷戦隊に配属される戦艦」という意味で被害担当艦だからである。
よって、巡洋艦並の速力と戦艦並の装甲を持つものの、戦艦に比べると火力は控え目になっている。
なお、地球と同じ定義の巡洋戦艦も存在しているので、非常にややこしく、アズガルド神聖帝国内でも(主に用兵側で)呼称を分けるべきという意見があるくらいである。
お役所の前例主義は世界を超えるので、呼称変更は実現せず、全く性格の異なる巡洋戦艦がアズガルドには存在し続けているのだった。
アズガルドのお役所仕事はさて置き、話は旗艦「フギン」の艦橋に移る。
「航海は順調です。予定通り、あと5時間で入港できるでしょう」
「あそこは狭いからな。着岸できるのは何時間後になるのやら」
艦長の報告を受けて、提督はやれやれと溜息を吐く。
「駆逐艦は全て沖留めですしね」
「そっちの方が早いし、敵の報告があった場合の出港も楽じゃないかね」
さっさと内火艇で離艦できる提督や艦長は良いが、乗員たちは堪ったものではない。
乗員が多い大型艦を沖留めすると、乗員は交通艇で岸と行き来することになるので、敵の動きに応じて即応性が求められる今回のような場面では、ほとんど上陸が認められないのである。
「まぁ、補給も考えますと、大型艦を着岸させるほうがいいでしょう」
乗員のことを理解している艦長は、適当に理由をつけて提督を諫めた。
「艦隊前方から高速で接近する小型艇、数は8」
「対水上戦闘用意、急ぎ所属を確認せよ」
十中八九、敵はあり得ないのだが、念のためである。
「所属判明、我が軍の第18水雷艇隊です!相対速度55ノットで真正面から急速接近中!」
「55ノット!?向こうは40ノットの全速か!?一体何を考えている!?」
「このままでは衝突します!」
「警笛鳴らせ!」
複縦陣の先頭にいる2隻の警笛が大音量で海域に響き渡るが、水雷艇隊が針路を変更する様子はない。
「ぶつかるぞ!」
「提督!?」
「針路そのまま!隊列を乱すな!水雷艇を失っても、大型艦は1隻たりとも損傷させるわけにはいかん!」
密集状態で一斉に回避行動をとることで、互いが衝突することを恐れた提督は、水雷艇を押し潰してでも針路を守るよう指示する。
巡洋戦艦と重巡洋艦が衝突したら大事だが、水雷艇との衝突なら、駆逐艦が相手でも、水雷艇を押し潰して終わりである。
そもそも、アズガルド神聖帝国海軍に残されたなけなしの正規艦隊である。
戦う前に落伍艦を出すわけにはいかないのである。
「ぶつかる!?」
「衝突警報!」
艦内にアラームが響き渡るのと同時に、水雷艇は一斉に転舵し、まるでスラロームでもするかのようにバラバラに蛇行しながら艦隊の間をすり抜けていく。
すり抜けざまに意味も無く汽笛を鳴らしまくる様は、日本人が見れば珍走団を連想しただろう。
「連中、何を考えている!?」
「度胸試しでもしているつもりか!?」
「そもそも軍の艦をなんだと思っている!」
艦橋員や艦隊幕僚が口々に水雷艇隊を批判する中、提督は小さく息を吐いたのだった。
新世界暦1年7月7日 アズガルド神聖帝国 ドラスト大陸領西部海岸沖 第18水雷艇隊
「なかなかガッツのある提督みたいだな」
「いや、なんの判断も出来ないクソ野郎って線もあるぞ」
艦隊の間をすり抜けて、再び隊列を組んだ第18水雷艇隊の先頭艇で、乗員が好き勝手に騒いでいた。
そんな喧騒のなかで、艇隊司令は何を言うともなく水平線を眺めていた。
「何か心配事でも?」
そんな司令に気付いて艇長が声をかける。
「いや、なに、ホリアセの全面侵攻の気配、という話なのに、増援戦力はたったのあれだけか、とな」
もともとドラスト大陸の西岸地域に配置された海軍戦力は、大型の物でも航路警備用のフリゲートがせいぜいで、主力は水雷艇や駆潜艇などの排水量200トン以下の小型艇が主力である。
まぁ、要するに国境警備、治安維持が主任務の二線級艦船や小型艦艇しかいないのである。
そこに戦艦18、正規空母8、重巡洋艦26を有するホリアセ共和国が全面侵攻をかけようとしているのに、増援が装甲と足は一流でも火力に不安のある巡洋戦艦1に、一応最新鋭とはいえる2隻の重巡洋艦をくっつけてあるとはいえ、水雷戦隊だけ。
不安に思うなと言う方が無理だろう。
そこで、せめて戦いが始まる前に提督がどんな奴か試してやろう、と先ほどの蛮行に及んだのである。
まぁ、艇長の中にはそんなことわからずに、ただただ珍走団的な発想でやっただけの奴も大勢いたが。
乗員達の意見は、とっさの判断が出来ないチキン野郎、ということで笑いのネタにしだしたようだが、司令は旗艦に上がった”針路を維持せよ”という信号旗と、衝突後の救難活動に備えて甲板を走り回っていた乗員の姿をしっかり見ていた。
つまり、水雷艇を押し潰してでも、艦隊を守る方を選んだということである。
同じ場所で行動するのはこっちを犠牲にして艦隊を守る可能性があるので御免だが、別行動で作戦を行うなら肝が据わっていて信用できる、というのが司令の判断だった。
「おら、お前ら!いつまでも騒いでないで、網上げる準備しろ!」
「「「へーい」」」
そうして、しばらくするとブイが浮かんでいる海域に来て、艇尾の空の爆雷投下軌条に皆で一斉に網を引き揚げ始めた。
「お、今日は大漁だな!」
「たまには肉が食いてぇよ・・・」
漁船よろしく網を引き上げているのは、各艇同様である。
海軍の財産使って何してるんだ、という話だが、ここでは誰も注意出来ない。
数十年前、元の世界で、一度ホリアセがこの地域に大規模な艦隊を派遣したことがあったのである。
そのときに、白昼堂々と斬り込みをかけて合計で戦艦4隻を含む12隻を沈めて追い返したのが、水雷艇隊だった。
その時の戦果が最早神話化されて、水雷艇隊がこの地域の守り神のようになってしまっているのである。
司令自身も、遥か過去の戦果なのに、それを笠に着て増長しているとは思っていたが、通常は小型艇の乗員は志願者が少ないのだが、この地域だけはそうではなかった。
そういう意味で、過去の水雷艇隊の功績として誇るのは良いことだと司令は思っていたが、実際に今戦闘になれば、過去のような戦果は望めないとも思っていた。
過去の大戦果は、水雷艇対策が不十分な時期、要するに大艦巨砲一点張りで、大口径砲をなるだけ多く積むことだけに労力を割いていた、一瞬の時代の間隙で偶々あがったものだと、分析すればするほど司令は感じていた。
今、かつてのような白昼突撃なんて敢行すれば、対空機銃に蜂の巣にされるのがオチだと司令は理解していたが、そんなこともわからず過去の栄光ばかり夢見ている人間が多いのが問題だった。
「いざ実戦となって、どれだけこっちが考えた作戦にのってくれるのか・・・」
水雷艇隊とはいえ、その艇の性質上、各艇長には戦域でのある程度の自由裁量が認められている。
いくら司令が夜間待ち伏せ攻撃や、入江で敵の上陸部隊を待ち伏せを作戦として命令しても、戦域内で勝手に突っ走られてしまっては元も子もないのである。
海上ギャング団だの、傍若無人部隊だの、愚連隊だのと陰口を叩かれていることを知っているのかいないのか、相変わらず網を引き上げるのに夢中な部下たちを司令は不安げに眺めるのだった。
次回は月曜日かな?




