DOOMS DAY
新世界暦1年5月5日 メキシコ合衆国メキシコシティ正面防衛線上空 F-15E
世界史の中で、神は人間を嘲笑っているのではないかと思える瞬間がいくつかある。
例えば、もしも伊58のインディアナポリス撃沈が、復路ではなく、往路であったならば。
もっとも、結果は同じだろう。
広島と長崎は助かったかもしれないが、本土決戦とソ連参戦によって、日本は分断国家になったかもしれないし、投下が遅れただけで、場合によってはより多くの血が流れたかもしれない。
しかし、広島と長崎の惨劇を思えば、考えずにはおれない歴史のifである。
チェコスロバキア併合、いやズデーテンランド割譲の時点で、英仏がナチスドイツに強く出ていればどうなったか。
1918年、マスタードガスでヒトラーが死んでいればどうなったか。
サラエボ事件が起こらなければ、日露戦争で満州利権をアメリカに開放していたら、あげつらえばキリがない。
そして、この瞬間も、後々その中に含められることになる。
「目標ロック、誘導レーザー照射」
「確認」
「投下」
F-15Eの胴体下部に装着されたGBU-28が、機体を離れて落下を開始するのと、大型飛行艇の巨大砲から何かが飛び出したのは同時だった。
自らは落下するだけのGBU-28は投下時に持っている速度と高度がエネルギーの全てであり、逆に言うと、そのエネルギーだけで分厚い強化コンクリートを貫通する。
とはいえ、本来は移動目標への使用は考慮されていないので、微妙に弾道が不安定で貫通エネルギーは減じていた。
「おい、なんか撃ったぞ!?」
「AWACS、敵大型飛行艇が何かを発射した!警戒されたし!」
GBU-28は、狙った場所では無いものの、障壁を貫通し、大型飛行艇を撃沈した。
しかし、それと同時に
メキシコシティに太陽が出現した。
新世界暦1年5月6日 アメリカ合衆国国内空域某所 E-4B
世界の終わりの日に飛ぶ飛行機がアメリカの上空を飛行していた。
この機体が大統領を乗せる時はアメリカが全面核戦争に突入したときである。
4機存在するE-4は、現在、1機が大統領搭乗のエアフォースワン、もう1機が予備としてそれに付き従い、1機は北米防空司令部に詰める副大統領のためピーターソン空軍基地で待機、最後の1機は国防総省にいる国防長官のためにアドルーズ空軍基地で待機、とまさしく核戦争を意識した態勢になっていた。
「大統領、目標の設定と威力選定は終わっています。いつでもいけます」
額に脂汗を浮かべ、じっと考え込んでいる大統領の目の前には、黒いブリーフケースが置かれている。
「だが、敵の反撃が無いという確証はないんだろう?」
「しかし、こちらも持っていると知らしめなければ、敵がまた使うのは確実です。しかし、こちらも持っているとわかれば」
「相互確証破壊が成立する?敵首都の障壁を突破できる確証もないのに?」
「トライデントSLBMによる3つの核弾頭の同時着弾と、さらに時間差での3つの核弾頭の同時着弾、加えてB-2爆撃撃機による遅延信管のB83核爆弾。それでもダメならGBU-57の炸薬部を核爆弾にした試作地中貫通核爆弾を使用します」
ううむ、と再び大統領は考え込む。
普通、多弾頭の弾道弾というのは、敵の迎撃を掻い潜り、複数の目標を1つの弾道弾で攻撃するために使用される。
つまり、20目標に対して、20発のミサイルの発射したとき、それが単弾頭であれば、迎撃された分だけ、仮に10発が迎撃された場合、破壊されない目標が発生する。
しかし、仮に、これを1発に3つの弾頭を搭載する多弾頭ミサイル20発で攻撃した場合、弾頭分離前に10発が迎撃されたとしても、残るのは10発30弾頭。その後の迎撃まで考慮してもお釣りがくるのである。
しかし、今回はそれを全て単一目標にぶつけようというのである。
「同時に他敵主要都市に対し、ミニットマンIIIによる弾道弾攻撃を実施します」
「まるで普通出来ない核実験オンパレードだな」
大統領の視線を統合参謀長はしれっと受け流した。
実は長距離弾道弾に核弾頭を載せて発射し、きちんと狙った通りに核弾頭が起爆するか、というのは誰も実験したことが無かったりする。
もちろん、弾道ミサイルの発射試験はアメリカでも割と毎年行われているし、過去においては核弾頭の爆発実験も行われているし、未臨界核実験やシミュレーターと言った形でデータの収集は行われている。
しかし、長距離弾道弾に核弾頭を載せて発射し、起爆する核実験は誰もやっていない。
それは勿論、「場所が確保できない」というのが最大の理由である。
予定通り飛ばずに途中で落ちたら?設定した着弾点からズレて試験エリア外で起爆したら?
絶対に起こり得ないとは言えないので、結局誰も実験できなかったのである。
「大統領、中露にはすでに通告済みです。やらねば連中にも舐められます」
国務長官が強く大統領に進言する。
「大統領、現実の話をしますと、我が軍の地上兵力はメキシコシティにおいて事実上崩壊しました。あとは核と航空兵力しかありません」
メキシコシティにおいて敵が使用した核爆弾は、100メガトンと推定されていた。
これまで人類が経験した核爆発は、ソ連が1961年に実施したいわゆる「ツァーリ・ボンバ」による50メガトンが最大である。
ちなみに、ツァーリ・ボンバの最大威力は100メガトンだが、あのソ連ですら実験場所が確保できずに威力を半分に制限したのである。
「こんなことで世界史に残る大統領になりたくはなかったな」
そう言った大統領は、懐のポケットから自らのコードが書かれた紙の入ったケースを取り出した。
新世界暦1年5月6日 神聖タスマン教国教都 聖タスマン大聖堂
「神の秘跡で敵の抵抗戦力は跡形も無く吹き飛んだだろうな」
綺麗に整えられた庭園に面した渡り廊下を歩きながら、上機嫌な教皇は言った。
「はい、我が軍は進軍を再開したとの報告が来ております」
「蛮族の分際で我々に歯向かうからそうなるのだ」
声を上げて笑う教皇は、枢機卿と連れ立って庭園へと出た。
「今回の功績をもって聖女を教都に呼び戻す。ポストは任せる。あの頭は貴重だ。うまく活かせる場所を考えろ」
「はい、陛下に近いポストで実権はない最適なものを検討中です」
うむ、と教皇は満足気に魔法の力で花が一年中枯れることのない庭園を見渡した。
魔法で花の時間進行を止めることで、花が咲き誇った状態を維持しているのだが、定期的に魔法をかける必要があるうえに、そんな魔法を使える人間は貴重である。
こんなことで飼い殺すより、他の事に回した方が間違いなく社会のためだが、この国でそれを言っても無意味である。
自分のためだけに維持されている庭園を満足気に見て歩いていた教皇は、突然目も開けていられないほどの閃光に包まれ、驚いて転倒した。
「何事だ!?」
「バ、バカな!?」
障壁が直撃は防ぎ、都市外縁部への着弾になったようだが、3つの大きな爆発が教都を囲んでいた。
「あ、あれは・・・」
「か、神の秘跡ではないのか!?」
完全に動転した声で教皇は枢機卿に確認するが、枢機卿にも一体何が起こったのかわからない。
だが、1つ確実なことは、障壁はその機能を停止したらしく、熱風が教都内を吹き荒れていた。
「どういうことだ!?秘跡の守護者が裏切ったとでも言うのか!?」
「むしろ、敵も秘跡を持っていたのでは・・・」
何度と無く都市が攻撃を受けていたことで、敵の航空機がこちらの防衛線をすり抜けて攻撃できるらしいことはすでに知られていた。
つまり、今回も敵の攻撃の可能性がある、という推論を枢機卿は立てたのである。
「滅多なことを言うな!あれは神が聖者タスマンにのみ与え賜うた・・・」
口論になりかけたところで、彼らがその結論に達することは無かった。
第二波攻撃が着弾し、3発の475キロトンの核弾頭は如何なくその破壊力を解き放ち、教都を焦土へと変えたのだった。
次回は・・・水曜日?




