メキシコシティの戦い・前哨戦
しばらく中米の話が続きます。・・・はず。
新世界暦1年3月28日 メキシコ合衆国メキシコシティ近郊
「最近、敵さんは引きこもって出てこないな」
F/A-18Fの後席で分割偵察ポッドを操作しながらヒマそうに前席に話しかけた。
SHARPはF-14が装備したTARPSの後継装備で、要するに艦上戦闘機に戦術偵察機の仕事をさせるための装備である。
GPSがある程度使えるようになったので、無人機に代わってもらってもいいのだが、未だ通信用の衛星が不十分なので、プログラムされた航路をパトロールさせる程度にとどまっている。
飛行中に航路を変更したり、詳細な情報を集めさせたりといった指令は基本的に衛星経由で行う設計がアダになったわけである。
「そうは言っても、続々と増援は送られてきてるわけだろ。近いうちに大規模攻勢があるだろうってブリーフィングでも言ってただろ」
「ま、その兆候を探るために飛んでるわけだけどさ、こっちからばーっと攻めりゃいいじゃん」
「ワシントンの偉い議員の方々にとっては中米の哀れな市民に対する配慮のほうが大事なんだろ」
「1ヶ所で数十万、それが無数にあるのに、どうやってそんなもん全部助け出すんだか」
外部との交信は切っているので、自然と愚痴のような会話が多くなる。
「だいたい、助け出したところで生活の崩壊した数百万の難民の群れだろ。誰が面倒見るんだ」
「我らが合衆国の税金だろ」
「ファック」
くだらない話をしながら偵察エリアを飛行する。
「いつもの退屈な遊覧飛行だな」
前席でパイロットは特にすることもなく、歌うように言ったが、SHARPの映像を見ていた後席のWSOは固まっていて返事ができなかった。
「どうした?」
返事のないWSOを不審に思ったパイロットが声を掛ける。
それを合図にWSOは弾かれたように無線のスイッチを入れて、叫ぶように伝えた。
「敵で地面が見えない!敵が7分に地面が3分!敵が7分に地面が3分だ!」
新世界暦1年3月28日 アメリカ合衆国 ルイジアナ州バークスデール空軍基地
基地にある唯一の滑走路は3500m級ではあるが、平行誘導路すらもたない一見するとアメリカの田舎の小規模空港のように見える空軍基地だが、普通とは異なる点がある。
3500m級滑走路と同じ長さの、凄まじい広さの駐機場である。
今、そのエプロンに駐機してあった機体が一斉に、離陸のため滑走路端に接続する誘導路に向かって移動していた。
1機辺り、Mk82 500ポンド爆弾を胴体内27発、翼下18発、計45発搭載し、メキシコシティ救援のために離陸しようとする20機を超えるB-52Hの群れである。
唯一無二とも言える特徴的な8発エンジンから陽炎を引きながら、圧倒的な数の敵を火力で粉砕するために次々と離陸していった。
新世界暦1年3月28日 メキシコ合衆国メキシコシティ近郊サンタ・ルシア空軍基地
メキシコシティの南方(従来の地球で言うなら北方)に位置するメキシコ空軍の基地だったのだが、そもそもメキシコ空軍がまともな作戦機を保有しておらず、周囲の土地も空いていたので、ここにアメリカはメキシコ派遣軍の司令部を置いていた。
結果、ここには多数のコンテナやテントが設置され、多数の司令部要員や一部の実戦部隊、後方部隊が行き交う、一大拠点となっている。
そんな場所なので、海軍機が報告した敵の大規模進軍開始によって、慌ただしい空気に包まれていた。
一部の例外を除いて。
「始まったようですね」
「そのようで」
のんびりした東洋人と白人だが、着ている制服が周囲のアメリカ軍とは異なっている。
「正直、実戦部隊がいないんじゃ、こうなると我々はすることがありませんな」
「まぁ、もともと派遣するかどうかはともかく、必要になった場合にスムーズにいくようにするための連絡業務ですからねぇ・・・」
そう言って話している2人は、陸上自衛官とイギリス空軍軍人である。
「しかし、こうもアメリカの物量を見せられると、我々の国が派遣する意味は政治的なもの以上にはないように感じますなぁ」
「全くです」
そう言って話す彼らの頭上を、離陸したばかりのAH-64Eの編隊が爆音を残して通過していく。
遠くからは全力射撃中の155ミリ榴弾砲の爆音が響いている。
「アメリカ軍の本気の正面戦闘ですか。相手が憐れですなぁ」
「ヒトラー以下のクズ共でしょう。同情する必要を感じませんな」
そう言って2人は紅茶を飲みながら出撃していく米軍を眺めるのだった。
呑気にしているこの時の彼らには知る由もないことだが、後にスターリングラードの戦いを超えると言われたメキシコシティの戦いの幕開けであった。
新世界暦1年3月29日 アメリカ陸軍メキシコシティ防衛線中央戦区第9地区
メキシコシティ防衛線、と一括りにされているものの、それ自体はメキシコをメキシコ湾側から旧太平洋側まで貫く、長大な防衛線である。
メキシコシティを中央戦区として、西戦区と東戦区の計3つに大まかに分けられており、その中で更に番号を振って細かく分けられている。
地上兵力はアメリカ陸軍が主体ではあるものの、アメリカ海兵隊は勿論、メキシコ陸軍や中米諸国軍の残存兵力、カナダ陸軍も参加している、いわば北中米連合戦線である。
そして、当たり前だが、最も兵力が厚く配置されているのはメキシコシティを直接防衛する中央戦区であり、敵が最も多いのもまた中央戦区だった。
「今正面は誰が押さえてる!?」
「ダニエル大尉の第3中隊です!戦車12輌のうち3輌が被撃破!APFSDSを撃ち尽くしそうで、後退を求めています!」
前線付近に展開している指揮車の中で、連隊長と副官が怒鳴るように会話している。
実際、そうしないと爆音のせいでまともに会話できないのである。
「カバーに入れそうなのは誰かいるか!」
「第5中隊が砲弾を補給中ですが、完了次第復帰できます!」
「第6歩兵連隊が増援で到着しました!」
「連隊長、ニカラグア戦車小隊が指示を求めています!」
敵の攻勢開始から36時間が経過したが、未だ敵の攻勢意欲は衰えていないようである。
これまでぶっ通しの戦闘で、全員の疲労は限界を超えている。
正直、前線部隊を丸ごと入れ替えて欲しいところだが、敵の数が多すぎて、増援は受けているものの、戦力を下げている余裕が無いという状況である。
「航空支援はまだか!?」
航空戦力のメリットはその即応性と大火力だが、欠点は継続性がないことである。
航空支援を受けた直後はかなり敵の圧力が緩和されるのだが、いかんせん継続的に攻撃できる航空機なんてガンシップくらいなうえに、その数は限られていた。
「要請していますが、敵の航空戦力が再び前に出てきたようで、対空戦闘に忙殺されているようです」
空軍からきている統合末端攻撃統制官が渋い顔をする。
「クソ!」
敵の航空機が頭上を飛び回るよりはマシとはいえ、近接航空支援が来ないのは問題である。
「砲兵大隊が支援可能で、座標を求めています!」
「前線より向こうに落とせばとにかく当たると言ってやれ!」
今のところ、戦闘開始時点から前線は動いていない。
しかし、それがいつまで持つのか、そして後退した場合に発生する大規模な市街戦を想像して、連隊長は吐き気を覚えるのだった。
新世界暦1年3月30日 メキシコ合衆国メキシコシティ市街部
両側に2~3階の低い建物が並ぶエリアを、ストライカー装甲車を伴った歩兵小隊が戦闘態勢で進んでいる。
戦線正面の戦闘は、開始から40時間を経過して、ようやく落ち着きを見せていた。
敵を撃退できた、というわけではなく、敵が威力偵察的な攻撃を除いて攻勢を停止したためである。
もっとも、敵の数が多すぎるので、それを減らすための航空攻撃と砲撃は継続されているが、敵の航空戦力もまだまだ健在で、思ったような効果は上がっていなかった。
そして、敵の攻勢が緩んだ結果、増えたのは少数による戦線の迂回突破である。
浸透戦術を意図したもの、というよりは斥候や後方攪乱の目的のようだったが、いずれにせよ放っておくと面倒なので、順次潰して回る必要があり、この陸軍小隊はその任務についている、というわけである。
戦線に近いこの地区の住民避難は完了しており、送電もカットされて暗闇に包まれている市街地を、彼らはまるで昼間であるかのようにクリアリングしながら進んでいく。
小隊は全員がENVG-Bを装着しており、各員の持つM4には赤外線レーザーを始めとした照準補助具が取り付けられている。
ナイトビジョンに加え、サーマルセンサーの能力も持つENVG-Bは、歩兵の捜索能力を飛躍的に向上させ、さらに射撃に移るまでのリアクションタイムの短縮、射撃能力の改善と、いいことずくめだった。
ダンダンと発砲音が響く。
『クリアー』
部隊無線に無機質な声が響く。
敵は暗闇で隠れていたつもりなのだろうが、サーマルで武装まで丸見えである。
制圧はしたものの、1人というのは考えにくいので、部隊は停止し、入念に捜索を行う。
『左前方、4軒目、2階で動き有り』
「了解、ジャック、ダニエル、ハーパー、クレイグ、俺に続け」
ストライカー装甲車からの報告で、小隊長は4人を引き連れてその建物に向かう。
「ストライカー、武装は見えたか?」
『わからん、一瞬だけですぐ引っ込んだ』
一応、避難は完了しているとはいえ、残っている民間人がゼロとは言い切れない。
武装していないのなら、民間人の可能性もあるのである。
「アメリカ陸軍だ。このエリアは封鎖されている。罪には問われないから、直ちに返事をし、両手を頭の後ろで組んで出てきなさい」
英語とスペイン語で呼びかけるが、反応はない。
「返事をしなければ敵とみなし、手榴弾を使用する!5秒以内に返事をしなさい!」
5秒待つが反応はない。
が、確かに中に誰かがいる気配はある。
おそらくこちらがドアを開けるのを待ち構えているのだろう。
ついてきた4人と顔を見合わせ、頷く。
2人が腰のポーチから手榴弾を取り出し、ピンを抜く。
「「Frag out!」」
警告を叫び、窓ガラスを破って建物内に放り込んだ。
すぐに2つの爆発が起こり、窓から煙と破片が噴き出す。
「突入!」
待ってましたとばかりに、クレイグが背負っていたショットガンに持ち替え、扉の蝶番とラッチを順番に撃ち抜き、扉を蹴り倒す。
「GO GO GO!」
順番にM4を構えて中に入っていく。
「ライトクリアー」
「レフトクリアー」
「正面、1人倒れてる」
手榴弾に巻き込まれたらしき男が1人、扉の正面奥で倒れている。
ダニエルが頭を蹴り飛ばしているが、動かないので死んでいるだろう。
「ストライカー、これから2階に上がる。間違えて撃つなよ」
『了解』
慎重に2階に上がる。
2階廊下に3つの扉があり、1つだけ僅かに開いている。
ハンドサインで、スタングレネードを使うよう伝える。
投擲されたスタングレネードは、見事に僅かに開いた扉の中に飛び込み、炸裂した。
と同時に、なんとも発音できない奇妙な悲鳴が聞こえた。
突入すると、武器を手放し、よろよろとみっともなく彷徨っている男がいたので、銃床で殴り、黒い袋を被せて両手を縛った。
そうしていると、別の部屋で発砲音が聞こえ、無線からクリアーとまた音声が聞こえた。
「建物内を制圧。3名射殺、1名捕縛」
『了解、司令部が捕虜を連れて帰って来いとさ』
ストライカーからのその無線を聞き、部隊が静かに喜んでいるのが伝わってくる。
ずっと市街地捜索でもうクタクタである。
これでようやく休めると、捕虜をつれて帰った彼らは、そのまま戦線に送られるのだが、まだそのことを彼らは知らない。
次は出来れば土曜日、無理なら日曜日。




