戦争中でも経済は回る
新世界暦1年3月11日 大英帝国 ロンドン 首相官邸
「中国もロシアも、世界が変わっても相変わらずか」
むしろこっちに来てから領土的な野心を隠すことが無くなった気がするが、従来の枠組みの国家には(中露が互いに争っていることを除き)手を出していないので、節度は持っているようだが。
「いや、単純に自分たちが圧倒的に有利な相手がいるのに、わざわざ面倒なところには手を出さんか」
海底ケーブルはようやく日英間で開通したと言う程度で、従来ほどの情報通信量は望むべくもないが、衛星のおかげで当日のうちに惑星の反対側の出来事を知ることは出来るようになっている。
下手に従来の国家に手を出せば、他国の介入を招くことになるし、国連での議題にもされかねないが、そもそもその枠外の存在であれば、情報が無いので「無人だった」とか「先に攻撃を受けた」とか「テロリストの巣窟だ!」とか言っておけば確認する術はない。
「そういえば、例の島はどうなってる?」
印露海軍が合同演習中に攻撃を受けたことと、それに反撃したことが一面に載る新聞から顔を上げた首相は外務大臣に問うた。
「原住民はいますが、まぁ、控えめに言って野蛮人ですね。日本が傘下に収めた世界樹島が正直羨ましくなりますよ」
お手上げ、と言った感じで外務大臣は万歳した。
「とはいえ、鉱物資源はありそうなんだろ」
「大量のリンがありますね。あとは天然ガスが埋蔵されいる可能性のある海域がありますね。まぁ、それだけですが」
「天然ガスがあるなら良くない?」
「海が深すぎて掘るには微妙ですね」
グレートブリテン島の西方になぜかフォークランド諸島が出現していたが、その間に未知の島々も出現していたのである。
日本もアメリカも、好きにしたら?という感じで放置だったので、とりあえず領有化したのだが、そこに原住民がいたのである。
もっとも、国家と呼べるほどの物は無く、部族社会程度のものがいくつかある程度だったが。
「とりあえず統治方法は先人たちに学べばいいんだろ?SISとか使って上手い感じに虐げられてる奴を支配階級に引き上げて、こいつが勝手にやったんです、うち関係ないんですって言っとけばいいんだろ?」
「それのどこに学んだ要素があるのか具体的に教えてもらっていいですかね」
何が悪いのか心底わからん、という顔をしている安定の首相だったが、次の外務大臣の言葉で悔い改めることになった。
「距離的には元のドイツくらいの位置にアフガンやパレスチナ作るんですか?というか日本とか近隣国にもキレられると思いますよ」
「いや、やはり国土の一部なんだから丸投げは良くない。きちんと社会基盤を整備して国土として編入しなければ」
お前誰だよという「キリッ」という擬音が聞こえてきそうな顔をして言う首相を、外務大臣は胡散臭そうに見つめるが、話題を切り替えた。
「そういえば、宇宙開発の件ですが」
「ああ、フランスのギアナが使い物にならないから別の国に頼るしかないってことだったか」
冷戦時代、米ソの宇宙開発に単独では対抗できない欧州諸国が欧州宇宙機関を作ったが、その打ち上げ基地は赤道にほど近いフランスの海外県、フランス領ギアナに設けられていた。
が、今回の転移でギアナ宇宙センターの「赤道に近い」というアドバンテージは無くなってしまったので、惑星が大きくなったこと以上にアリアンロケットの打ち上げ能力に制約がでていた。
それ以上に、欧州諸国の混乱が大きく、ロケットの製造や打上スケジュールが全く見通せない状況であった。
「使えないものをいつまでも当てにしているわけにはいかん。衛星の整備は早急に必要だし、別の方法を考えよう」
これまで以上にアメリカに頼りっきりと言う状況は面白くないしな、と首相は付け足した。
「とはいえ、選べるオプションは多くありません。1つはアメリカの民間打ち上げ会社を利用すること。こちらのスケジュールや都合をある程度聞いてくれるというメリットはあるものの、基本的には一時しのぎでしょう。ギアナ宇宙センターの再開を待つ、という前提になります」
結局、独自に衛星を持てるものの、民間とはいえアメリカ頼みか、と首相は渋い顔をする。
「もう一つは、こちらもギアナの再開を前提として、日本に依頼する方法です」
「アメリカに頼りっきりよりはマシかな?」
「問題は、割高なことと、日本も自分の衛星を打ち上げるのでいっぱいいっぱいということです」
「ダメじゃねぇか」
偵察衛星に通信衛星、資源探査衛星に気象衛星、準天頂衛星と必要な衛星は大量にあるのであり、ぶっちゃけ日本としては他国の衛星なんて受けている暇はない、というのが実情である。
「そこでもう1つのプランです。ギアナには見切りをつけて、ESAを脱退、日本とあと数か国を巻き込んで新たな宇宙機関を設立します」
「ふむ、なんか良さそうだな」
ごちゃごちゃしてていつ再開するかもわからないギアナを待つくらいなら、いっそ見切りをつける、というのも悪くないかもしれない。
そもそも、物理的に欧州で無くなってしまったので、欧州に拘る理由もない。
「じゃあ、頑張って日本を説得してくださいね。単独でアリアンロケットと同程度のロケットを開発、打ち上げしてる国ですけど、首相なら大丈夫です!」
え、それ金だけ出して打上頻度上げてもらうだけになるんじゃないの?と思ったが、自国内で新たな射場とロケットを作ることを考えると、どうにか日本を説得して共同プロジェクトに持って行くしかないのか?と首相は頭を抱えるのだった。
新世界暦1年3月11日 日本国 東京 経済産業省
アズガルド神聖帝国との戦闘が終わり、とりあえず和平が成立した結果、各官庁はそれまでと違った忙しさに見舞われたのだが、中でも新たな大綱と中期防に加え、防衛戦略の大幅な転換によって忙しくなった防衛省、新しい国や地域が増えて人が足りなくなった外務省がその筆頭だった。
そして、それほどではなくとも忙しくなった官庁の代表格には経済産業省もあった。
アズガルド神聖帝国との間の通商制限や許可品目のリスト作成に、厚生労働省や国税庁とその監視体制の構築、アズガルド神聖帝国から賠償として得た採掘権の活用とすべきこと、やらなければならいことが山積みだった。
特に、とりあえず制限をきつめにしておけばいい輸出関連と違って、採掘権のほうは早急に活用できるようにする必要があった。
「とりあえず原油のほうはなんとかなりそうだな」
廊下を歩きながら事務次官が同行している局長に声をかけた。
「とはいえ、向こうのシーバースがパナマックスにも対応できないので、新しい物を建設中です。そんな小さい原油タンカーはどこも持ってないので、当面はアズガルドの船を傭船することになりますね」
「向こうで精製したのを輸入すればいいんじゃないか?内航船の燃料輸送用タンカーならそんなに大きくないし、コンビナートの公害も無くなるだろ」
「そもそも国内での精製を始めたのは太平洋戦争での教訓からでしょう。設備は維持する必要がありますし、それなら使うべきですよ」
戦前において、日本国内には石油の精製施設はほぼなく、原油ではなくガソリンや重油といった精製済みの石油製品を輸入する形態をとっていた。
この形のメリットは、当たり前だが四日市ぜんそくに代表されるような公害が(国内では)発生しないこと。
しかし一方でデメリットとして、精製済みの製品を輸入するので割高になることと、それぞれを必要量輸入する必要がある上、ガソリンのような大量輸送するには取り扱いが面倒な危険物も多々あるということである。
「まぁ、それもそうか。備えは必要だな。備蓄も減っていく一方だしな」
「来月にはVLCC対応のシーバースが仮稼働を始める予定です。それまでの辛抱でしょう」
「そういや、結局中東のほうはどうするんだ?」
「既契約分は取りに行かないと損だということで、各社取りに行くつもりみたいですが、航海日数がべらぼうに延びますからね。道中の情勢も含めて、以後のことは未定でしょう」
やれやれと事務次官は肩をすくめた。
「それで、アズガルド案件といえばナーストレンド台地?だったか、あそこの採掘は?」
「芳しくないですね。国内商社はどこも及び腰で、アメリカやイギリスから問い合わせがじゃんじゃん来てますよ」
困ったもんだな、と2人は溜息をついた。
とはいえ、ナーストレンド台地の採掘権を得た、といっても「台地」から想像される面積よりもかなり広く、ぶっちゃけ日本の国土面積くらいいある広さである。
そして、アフリカやオーストラリアよろしく、未開発の不毛の大地である。
そこで鉱山開発、なんてよほど気合を入れないと困難である。
が、ここの開発に関しては日本としても絶対に譲れないものがあった。
「わかってるだけでバナジウム、リチウム、タングステン、レアアース各種。絶対に日本主導で開発せねば」
「とはいえ、アメリカやイギリスにもある程度利権を渡しませんと、満州の二の舞になりますよ」
「そんなことは言われんでもわかってるよ」
特にタングステンとレアアースに関しては、中国なんてどうでもよくなる埋蔵量と見積もられていた。
ぶっちゃけユーラシア大陸が遠くなりすぎたので、開発しないと産業がまわらないのである。
「話は変わりますが、今日じゃなかったですかね」
「ああ、そういえばそうか。こっちは商魂たくましく過ぎてドン引きだわ」
この日、日本からアズガルド神聖帝国への自動車輸出の初便となる自動車運搬船が、アズガルドの港に入港した。
この短期間で現地で販売代理店を手配したのもアレだが、そこにさっさと車を出してしまうメーカーもメーカーである。
ちなみに、アズガルド側の販売代理店は、軍関係者から日本の車両性能が自国と比べ物にならないくらい高性能な可能性がある、という噂を聞きつけ、マスコミの訪日団をも利用して日本の最大手メーカーと接触し、代理店権を勝ち取ったというので、どこの世界にも商魂逞しい人間はいるのである。
ちなみにメーカー側は世界経済、というか世界の混乱で輸出が滞ったダメージを最小限にするために手っ取り早く輸出先を確保したかったので、かつてないスピードでの新規輸出となった。
アズガルド神聖帝国において、自家用車は普及の前段階であり、排ガス規制とか安全基準とか、地球において自動車を輸出する際に障害になる面倒な規制が一切ないからこそ出来る荒業である。
もともと他国からの自動車輸入を考慮していなかったアズガルド神聖帝国は、関税を設定しておらず、日本から雪崩れ込んだ自動車によってアズガルド側の自動車産業は再起不能なダメージを負うのだが、それはまた別のお話である。
次回は・・・水曜日か木曜日の予定




