メキシコシティの攻防
新世界歴1年3月8日 メキシコ合衆国メキシコシティ近郊
『メキシコシティ方面に侵攻する大規模な敵歩行戦車部隊を確認。随伴歩兵も多数の模様』
うつらうつらと船を漕いでいたのが、その無線音声に叩き起こされる。
車長席に設置されている液晶ディスプレイには、E-8やMQ-9から送られてきた戦場の状況が表示されている。
「車長」
「エンジン始動、射撃位置へ」
おおよそ戦車のエンジン音として想像するのとは異なる、甲高い回転音を伴い、M1A2SEPV3のAGT1500ガスタービンエンジンが起動する。
燃料をドカ食いするので、待機中にエンジンを切って電子機器を使用するため、わざわざ補助動力装置を搭載して燃料を節約しているのである。
「敵の数は戦車60ってところか」
「何回も撃退されてるのに、学習しないんですかね?」
この一週間の間でも何度目かわからない敵の攻勢だが、毎回特に変化は無く、ただどこかのエリアで歩行戦車50~100を含む大隊~連隊規模の部隊が、他のエリアや航空戦力との連携もなく攻めてくるだけである。
「空は空で攻めてきてるらしいが、地上兵力との間に関連性は無さそうとのことだ。まるで各部隊指揮官が功を競っているみたいだと師団の連中は言っていたな」
こっちは楽だからいいけどな、と小さく車長は付け足した。
『戦術航空統制班が航空支援を要請した。間もなくMQ-9とF-16による攻撃が開始される。その後、砲兵大隊による射撃が行われる』
「つまり俺達はいつも通りの残敵処理か」
「いいじゃないか、楽が出来て」
どうも敵にはまともな対空兵器や曲射兵器はないらしく、アウトレンジでボコボコにしてから戦車で残ったのを掃討する。という戦い方がテンプレ化していた。
もっとも、残敵掃討といっても、バリアを持っている敵装甲車両は結構残っていたりする上に、近接火力はバカに出来ないので、それほど楽でもないのだが。
そして、何よりも問題は多目的対戦車榴弾が有効ではないことだった。
バリアを持たない歩兵は空爆や砲撃でほぼ全滅する上、敵戦車のバリアを無効化できたところで、脚が生えていて突起物の多い敵戦車の構造上、かなり適確に命中させないと有効弾にならないので、ぶっちゃけ使い道がないのである。
脚の1本や2本吹き飛ばしたところで、問題なく進んでくるあたりは、外れたら動けなくなる履帯より優秀かもしれない。
そうはいっても装弾筒付翼安定徹甲弾ばかり消費されるのは、補給面で問題を引き起こしていた。
使用されないHEAT-MPが各補給処に山のように積み上がる一方、APFSDSは常に枯渇気味という状況になったのである。
幸い米軍のAPFSDSはタングステンを使用しないので、増産は問題ないが、果たしてメキシコシティ近郊で大量の劣化ウラン弾をばら撒くのがいいことなのかどうかは別問題である。
「お客さんがおいでだぞ」
車長用独立熱線映像装置の映像を見ていた車長は声をあげる。
大量の歩行戦車が脚を動かして前進してくる様は、何度見ても圧巻である。
まるでガシャンガシャンという音が10キロ先のこの車内まで聞こえてきそうである。
『F-16が攻撃侵入する。各員注意せよ』
ハッチを閉じている車内にはその轟音は聞こえてこない。
もっとも、ハッチから身を乗り出していても音は聞こえないだろう。
地上から目標指示のために誘導レーザーが照射されているので、わざわざ低い高度を飛ぶ理由がないためである。
やがて、敵部隊の中で次々に爆発が起こる。
歩兵は勿論、直撃や至近弾の敵戦車もまとめて吹き飛んだようである。
炸薬の暴力の前ではバリアも意味がないらしい。
「爆弾はバリア関係ないんだよなぁ」
「話では戦車のバリアは大して強力じゃないから対戦車兵器なら、仮に当てたとしても問題なく貫通できるだろうってことでしたね。もっとも、HEAT系は中空装甲として機能するから期待できないってことでしたが」
そんなことを言っている間も、次々に爆弾は炸裂し、容赦なく敵を薙ぎ払っていた。
そこにどうやらMQ-9のヘルファイアAGMも混ざり始めたようである。
一応、タンデムHEATの有効性の確認のため、というのが今回の航空支援に混ざっている理由である。
「もっと速度上げてバリア発動前に当たるようにした方が良いんじゃないか?」
「そんなもん開発してる暇ないでしょ。それ以前に、他に有効な兵器あるんですから」
対戦車ミサイルというのは、基本的に飛翔速度は対空ミサイルに比べると遅い。
標的が装甲車も含めて、せいぜい時速100キロ程度までしかでないので、音速もでれば十分、という考えである。
他には、歩兵携行やヘリコプターへの搭載を考えると、小型化する必要があるので、推進部も必然的に小型化されるとか、軍艦のように大規模な迎撃システムを標的が搭載することは物理的にできないから、対艦ミサイルのようにマッハ2~3の超音速ミサイルを開発する必要性もないためである。
『砲兵大隊、射撃開始』
F-16の退避を確認し、155ミリ榴弾砲のM777が射撃を開始する。
これで歩兵はほぼ殲滅されるだろう。
むしろその状態でも前進を続ける歩行戦車に空恐ろしいものを感じるが、後方に督戦隊でもいるのだろうかと思ってしまう。
「目標、射程内」
やがて、照準器を覗いていた砲手が抑揚のない声で告げる。
「弾種APFSDS装填」
M1戦車は設計段階では自動装填装置の搭載が考慮されていたものの、乗員数が減ることで他の乗員の負担が増えることを嫌って今に至るも搭載されていない。
よって、装填手が防爆シャッターで仕切られた弾庫から120ミリ砲弾を取り出して装填するという作業が必要である。
「小隊、集中射、目標突出した敵戦車」
無線で指示すると同時に、データリンクでも目標を指定する。
「撃て!」
他の小隊からも一斉に発射されたAPFSDSによって、今日も敵の進軍意図は粉砕されたのだった。
新世界歴1年3月9日 アメリカ合衆国ワシントンD.C. ホワイトハウス
大統領の執務室には中米の状況が簡単に記された報告書が山のように積まれていた。
「これ、全部読むの?」
連日、連隊規模の敵が侵攻してきては一方的に蹴散らしている、と言うだけの内容である。
どうやったらそんな分厚い束が毎日できるのか不思議でならないが、味方の参加兵力や消費弾薬、各部隊の戦果や敵兵器の考察など、様々なことが書かれているのでそうなっていた。
「まぁ、暇になったら読んでみてもいいかもしれませんね」
「それ読むなってことじゃん」
この仕事をやっている限りヒマなんてことはない。
「それはそうと、こっちから攻勢にでる段取りは付きそうなのか?」
メキシコシティに防衛線を引いて全く動かない米軍に批判的な意見も日々増えていた。
「それには中米諸国の国民が収容されている各地の巨大な収容所が問題ですね。被害を気にしなくていいのなら簡単ですが」
敵が基地を作っている場所には、漏れなく大量の中米諸国の一般市民が詰め込まれた収容所があり、攻撃目標からは除外されていた。
敵の基地は攻撃せずに、出撃してきたものだけを叩く、なんていうのをどこかでやってかつて負けたような気もするが、さすがに数万の一般市民がいるところに爆弾を放り込むのは今の時代いろいろまずい。
そんなことができるのは、ロシアや中国のような「別に自国民じゃなかったらどうでもええやん」で世論を納得させられる国だけである。
「いっそのこと、向こうが虐殺を再開してくれれば話は早いのですが」
「は?」
統合参謀本部長の言葉に思わず大統領は聞き返す。
「虐殺を止めるために準備不足だったが救出作戦を実行した、巻き込まれた市民は不幸だった。と言えます」
「10万人を犠牲にしても20万人救う、か」
「どっちみち人質の数が多すぎて、全員の救出は無理ですよ。マスコミがどう言うかは知りませんが」
はー、と大統領は魂が口から出そうな息を吐く。
「中米の人口がざっと4500万人、難民としてメキシコに逃れられたのが500万人としても、4000万人が人質か」
「虐殺ですでに少なく見積もっても200万、収容中の劣悪な環境で600万といったところでしょうか」
「それでもまだ3000万は残ってるだろ。早いとこ救出しないと中米の復興なんて無理だぞ」
「強制労働も行っているようなので、そこでも結構な数が死んでいるでしょうね」
中米の情報は、まだ数の少ない偵察衛星と、各種偵察機によるものしかない。
敵が電波を使用していないので、お得意の電波収集が役に立たないのは痛い。
「もういっそ気にせずやるしかない気がするな。可能な限り被害がでないように配慮すればどうにかなるだろ」
「まぁ、後の言い訳を考えればやはり虐殺を再開してもらうのが一番都合がいいですね」
「しかし、連中は本気で4000万皆殺しなんて考えてるのかね?なんの利益があるんだ?」
仮に4000万殺したところで、虐殺のワールドレコードに届かないあたり闇が深すぎるが、それでもぶっちぎりの歴代2位になる。
現状の800万プラスアルファで1000万と考えると、歴代4位であり、ぶっちゃけ地球の歴史が血塗られ過ぎてて、アズガルド神聖帝国がドン引きしたのも納得である。
次は月曜日にできるように頑張ります。




