送り狼
新世界歴1年3月5日 ユーラシア大陸と新大陸の間の公海海域 ロシア太平洋艦隊旗艦「ワリヤーグ」
「敵艦隊は逃げ出したか」
「はい、損傷艦もいるので速度はまちまちですが、同じ方向に向かって転舵したようです」
艦隊参謀がインド海軍のMig-29Kからもたらされた情報を確認しながら続ける。
「敵は概ね南西方向に向かって逃走、先頭は損傷の無い5000トン級と2000トン級が数隻、後続に損傷した大型戦闘艦が数隻、最後尾で炎上中の艦は10000トンを軽く超える戦艦クラスとの報告です」
戦艦、という言葉に24000トンのミサイル巡洋艦を有する海軍の一同は、おお、と声をあげる。
「他に総員離艦中と思われる戦艦級2隻が取り残されており、乗員救助に数隻2000トン級が残っているようです」
「なら少し迂回して連中がどこに戻るのか確かめるか」
その提督の言葉に、参謀は苦い顔をする。
「しかし、もう対艦ミサイルがほとんどありません。丸腰で敵の本拠地に近付くのは・・・」
「対空ミサイルはまだまだ余裕があるし、連中がどこから来たのか確認せねば、モスクワも後の行動を決められまい。なに、レーダーで入港する港を確認できればいいんだ」
現状、ロシア海軍に空母がないので、搭載しているのは二重反転のメインローターが特徴的なヘリコプターだけである。
「それにほれ、インド海軍は行くみたいだぞ。最終、向こうのMigに確認してもらえば、それほど陸に近付く必要もあるまい」
「しかし・・・」
ぶっちゃけ、バルト海艦隊と北方艦隊から回航中とはいえ、太平洋艦隊がほぼ全部ここいるので、ウラジオストクはからっぽなのである。
あまり長期戻らないというのも、新大陸との連絡を考えるとよろしくない。
「半分は補給に戻らせよう、それでいいだろ?」
「わかりました。ソブレメンヌイ級は全て帰らせます。よろしいですね?」
もうちょっと返してもいいんだが、と提督は思ったが、口には出さない。
どっちみち旗艦のワリヤーグが最大戦力で、他はおまけみたいなものである。
ちなみに、ワリヤーグはしれっと、対艦ミサイルを8発残していたりする。
機会があれば撃ち込んで帰ってやろう、というのが提督と艦長が示し合わせずとも密かに思っていることであった。
もっとも、対艦ミサイルが無かったところで、対空ミサイルのS-300の炸薬重量150キロは十分西側の対艦ミサイルに匹敵するのだが。
新世界歴1年3月5日 ユーラシア大陸と新大陸の間の公海海域 南海艦隊旗艦「山東」
しれっと印露艦隊に交じって対艦ミサイル攻撃を行った中国艦隊だったが、インドやロシアのように病的なほど大型対艦ミサイルに拘っているわけでもなく、どちらかというとアメリカ海軍の艦艇を手本に東側の兵装をまとめているので、戦艦撃沈などの華々しい戦果はなかった。
それでも、ソルブレメンヌイ級がいるので、大型対艦ミサイルがないわけではないが、残念ながら距離の問題で印露のほうが着弾が早く、すでに被弾している艦にダメ押ししただけだった。
「それで、きちんと追尾できているのか?」
「はい、印露艦隊をレーダーで捉えておりますので問題ありません」
不明艦隊を追尾する印露艦隊を追尾することで、どこから来た艦隊なのか確かめて、あわよくば横からいただいてやろうというのである。
新大陸だけでは飽き足らないあたり、実に貪欲である。
「とはいえ、揚陸部隊がおりませんし、それも新大陸のほうにかかりっきりです。見つけてもしばらくは静観でしょうか?」
「新大陸にいるロシアはともかく、インドはフリーだろうし、あまりのんびりしていると美味しいところを持って行かれるだろう。どうにかして兵力を抽出せねば」
無い物は出てこないのだが、政治委員の中で、新たな勢力の土地も奪い取るのは決定事項らしい。
「やはり空母や強襲揚陸艦がまだまだ必要だな!」
うんうん、と政治委員は1人納得しているが、印露と敵対しかねない現状で陸空軍の手を抜くわけにはいかないどころか、むしろ強化せねば新大陸や今追跡している連中の土地を奪いにいくなんて夢のまた夢なのだが。
「しかし、いまのところ新大陸には兵力を送っていないインドがこれから行く場所では有利でしょうね」
「だからといって、それをインドにくれてやる理由はあるまい。アメリカがグダグダと言ってくる前に利権を確立してしまえばこちらのものだ。幸い連中は国内と中米のゴタゴタでこちらにはあまり注意を払っていないからな」
そうはいっても、無いリソースは使えないんだが、と司令員はこっそり溜息を吐くのだった。
新世界歴1年3月11日 ザルツスタン連邦国ザリーニングラード軍港沖合 大洋艦隊旗艦「ザラーン」
左舷に8度傾斜し、左舷副砲、高射砲群は鎮火したものの、火災でひどい状態になっており、ボイラーも右舷側の半分しか使えない状況、かつ煙突に大穴が空いているせいで後部艦橋はとても人がいられる状況ではないとはいえ、ザラーンはゆっくりと確実に、母港に帰るべく航行を続けていた。
「ようやくここまで帰ってこられたな」
「先に帰した艦隊からは1~2日遅れといったところでしょうか」
「仕方あるまい、応急修理でどうにか8ノットという有様だ。敵の追撃が無かったのは幸運というよりも、むしろ気味が悪いが」
「まぁ、そこは素直に喜ぶとしましょう」
しばらくすれば母港であるザリーニングラード軍港も見えてくるはずである。
とはいえ、艦内に帰港の喜びはない。
沈まなかったとはいえ、この艦だけでも2000人近い乗員のうちほぼ半分が戦死しているのである。
そして、そのうち半分は遺体がない。
猛烈な火災に巻き込まれたのか、閉鎖された水密区画にいたのか、様々な要因で海に転落したのか。
「・・・そうだな。帰ってきてしまった」
そう言うと提督は下を向き、何かぶつぶつと呟いた。
「艦長、私は部屋に戻る。何が聞こえても誰も部屋に入れないように」
そう言った何の表情もない提督の顔を見て、艦長は絶対に部屋に戻らせてはならない、と強く思った。
「提督、じきに海軍司令部とも無線が繋がるでしょう。無事に戻れた艦隊を確認してからでも良いのではないでしょうか」
すぐに妙案の浮かばなかった艦長は、とにかく引き延ばすことにして、通信参謀のほうに視線を移す。
が、微妙な表情をしている通信参謀を見て、失敗したかなと内心思う。
「先ほどから無線で呼びかけているのですが、全く応答がありません」
「全く?」
「はい、試しに司令部以外、先に帰港したであろう艦にも呼び掛けてみましたが、応答がありません」
嫌な沈黙が艦橋を支配する。
「軍港の方角でいくつも煙があがっているのが見えます!」
その沈黙を破った見張り員の報告に、艦橋は更に重苦しい空気に包まれた。
新世界歴1年3月10日 ザルツスタン連邦国ザリーニングラード軍港
ザラーンの帰港から遡ること1日前。
大洋艦隊の母港であるザリーニングラード軍港は、かつてない喧騒に包まれていた。
事前に連絡を受けていたとはいえ、上部構造物の大破した戦艦や艦首の浸水で海面に頭を突っ込んでしまって後進で帰ってきた重巡、左舷傾斜を復旧できない空母と、悲惨な状態の艦が次々に帰港し、海軍工廠のドックはフル稼働だった。
だが、大洋艦隊の帰港を待っていた人間を何よりも困惑させたのは、帰ってきた艦の少なさだった。
帰ってこない艦はどうなったのか?
そんなことは誰かに聞くまでもなく、誰もが理解していたが、信じられない思いだった。
確かにアズガルドやホリアセに比べると、ザルツスタン連邦国海軍は半分程度の規模しかない。
しかし、複数の艦隊にわけて運用しているアズガルドやホリアセと異なり、ザルツスタンは主力艦は全て大洋艦隊に集めており、一海戦での戦力で考えれば世界で並ぶものがないはずの艦隊である。
それが戦艦3隻と空母1隻を残して、まぁその4隻も全て中破、大破で戦闘力は無いが、ほぼ壊滅など、一体何と戦ったのかと誰もが信じられない思いであった。
ドックは浸水の発生している大型艦が優先で、一部の重巡や軽巡は上部構造物を大きく損傷した状態でそのまま係留されていた。
そんなものを海からも陸からも隠し通すことなどできず、軍港の周囲はあっという間に人だかりができていた。
その多くは軍人の家族であり、出港していったきりなんの情報もない中で、突然艦隊がボロボロになって帰ってきたという噂を聞き、押し寄せてきたのである。
中に入ろうとする群衆と基地警備隊が押し問答をしている喧騒が聞こえてくる岸壁で、作業員たちは黙々と係留と負傷者や戦死者を運び出す作業に従事していた。
最初こそ戦死者や重傷者を見る度に、作業員たちは声をあげていたものの、直にそんな声も聞こえなくなり、皆黙々と作業に従事していた。
誰もが俯き加減で作業に従事する中、港の灯台の上で双眼鏡を片手に水平線を睨んでいる者もいた。
ザリーニングラード軍港防衛要塞の見張り員である。
レーダーが配備されているとはいえ、性能は不安定であり、海面の波の処理も何もなく、そもそもPPIスコープの開発も行われていないので、全周警戒にも難がある。
それ故に、未だに索敵には人間の目が大きな力を発揮しているのである。
目を皿のようにして水平線を睨んでいた彼だが、戻ってくる損傷艦をいち早く見つけてタグボートや工廠に連絡できるように、という考えでいた結果、本来の任務に対するレスポンスが遅れた。
心のどこかに、わざわざ要塞砲の据え付けられた軍港を襲撃する艦隊はいない、という気の緩みがあったことも否定できないが、いずれにしても、それは彼が理解できる範疇を超えていた。
マッハ2.5で飛来した8発のP-1000は、見張り員が警報を鳴らすと同時に、海軍工廠や軍港の地上施設、ようやくの思いで帰港した艦船など、思い思いの場所に着弾し、その破壊のエネルギーを解放した。
そもそも海戦での死者、負傷者の集計も済んでおらず、押しかけていた群衆が軍人の家族が全員で押しかけていたケースもあるなど、最終的な死者、負傷者の数は混迷を極め、後々争論の種になるのだが、そんなこと関係ないとばかりに目的を終えた印露艦隊は帰路についたのだった。
次は・・・金曜日か土曜日か・・・。




