将来の計画
新世界暦1年3月1日 アズガルド神聖帝国帝都アガルダ 参謀本部 兵站参謀本部長室
新任の兵站参謀本部長であるランヴァルド少将改め中将は、軍の再建計画に目を通していた。
基本的には陸空海の三軍が上げてきた要望である。
これを予算や産業界など様々なところと折衝して実際の調達計画を策定するのである。
「まず空軍か」
分厚い書類に目を落とす。
「・・・どう見ても俺向きの仕事じゃねぇよなぁ」
愚痴りながら書類をめくる。
「まずはドラスト大陸に補充するリントブルム戦闘機とイーム重爆撃機の緊急調達計画?ホリアセの動きが不穏だからこれは至急だな」
緊急のスタンプを押す。
「で、次は次期主力戦闘機の輸入要請?」
ぱらぱらとめくるが、要約すると日本から戦闘機を輸入すべし、という内容である。
「日本が許可してくれるかね?」
要省庁間協議のスタンプを押し、外務省、工業省、交通省と書き込む。
「日本への技術援助要請に、合同演習要請、輸送機の輸入に新攻撃機の・・・ってこれも日本か」
最初以外全部日本からの輸入じゃねぇか。と呆れかえるが、それが実際の航空戦力の差を目の当たりにした空軍の考えなのだろう。
しかし、そう簡単に最新鋭機を日本が渡してくれるとも思えないが、二線級、三戦級でも渡してもらえればホリアセは圧倒できるか?と思い直す。
「で、海軍は、と。なになに、航空隊再編の緊急計画?残った海軍航空隊は全部空軍の増援のためドラスト大陸へ?」
緊急のスタンプ。
「しばらく残った空母は搭載機なしか。まぁ旧式空母1隻と軽空母4隻じゃ、それも止む無しか」
空母5隻はとりあえず予備役編入となっている。
「艦艇整備は建造を早められる軽巡、駆逐を主軸?とりあえず航路護衛の数を揃える必要があるということか?詳細については多国間演習後に再検討?じゃあそんなもんあげてくるなよ」
ぶつぶつと文句を言いながら差し戻しのスタンプを押す。
「艦上戦闘機の日本からの輸入?そもそもうちの空母で使えるかもわからんだろうが」
要調査のスタンプ。
「というか、こんなもんいちいち目を通すのか?」
うんざりした顔でランヴァルド少将は書類の束を睨むのだった。
新世界暦1年3月1日 日本国東京都市ヶ谷 防衛省
「まさに死屍累々、と言った感じだな」
広い室内に多数の机が並べられ、いくつもの島が作られている中、多数の人間が机に突っ伏したり、背もたれにもたれかかったり、果ては床で寝ている奴までいる始末である。
「世間じゃブラック企業だなんだっていうけど、根本的に中央官庁がブラックなんだよなぁ・・・」
元々国会会期中ともなれば官僚は終電過ぎても帰れない、なんて普通である。
重要法案の審議がある時などは、担当官庁は終電を過ぎても煌々と明かりがついていたりする。
「なんとか形になりはしたのか・・・?」
この部屋には防衛省の官僚や制服組はもちろん、主要防衛産業各社の担当者もいれば、普段は防衛省に出入りすることのない、財務省や外務省、厚生労働省といった他省庁の関係者まで集まって、新防衛大綱と新中期防の策定を行っていたのである。
首相からの「日米安保の在り方も含む安全保障環境の大幅な変化に対応するため新大綱完了時に防衛予算GDP2%を目指す」という鶴の一声により、財務省は蜂の巣を突いたような騒ぎになり、本国会での新大綱に合わせた予算成立、という無茶振りの結果が、この部屋の惨状である。
「しかし、GDP2%って予算措置どうすんのかね。財務省や他省庁も最終的に削りまくってオッケーしてたけどさ」
「どう見てもハイになってたんだよなぁ。まぁ、各省庁に帰って説得するのは彼らの仕事ですし?」
部屋の中で唯一起きて話している防衛省の2人も、目がギラギラしていて普通ではない。
「市販薬の病院処方を保険適用外とか、滅茶苦茶揉めそうなのが並んでるけど大丈夫か、これ?」
「永住権を持たない外国人への生活保護法準用の中止とか、誰だよオッケーって言ったの。またぞろ野党が五月蠅いぞ」
2人は呆れたように他省庁の官僚が集まって折衝を行っていた机の島を見るが・・・
「返事がない、ただの屍のようだ」
「・・・死んでる」
ピクリとも動かないのを見て、真剣に救急車を呼ぶべきか一瞬考えた2人だったが、いびきかいてるのいるしセーフ、とかよくわからない基準で無視することにした。
というか、この2人も大概に怪しいので、救急車を呼んだ場合、自分たちが搬送されていきそうである。
「そういえば、アズガルド神聖帝国が武器の輸出を求めてるって話を聞いたが」
「上は乗り気らしいよ。最新でなくても型落ちの輸出でも防衛産業は潤うって」
貿易環境が激変したせいで、経済は大幅マイナスを叩いていた。
従来の国家間取引が戻る目処はついたものの、各国との距離が大きく変わった、というか惑星が大きくなったせいで全体的に遠くなったので、資源の目処が着きつつある以上、新たな輸出先の開拓も急務である。
「型落ちっつても、何輸出すんの?」
「空はT-4、陸は手直しした74式戦車ってあたりらしいな」
「T-4?」
「開発段階ではガンポッドの搭載も試験されていたし、レシプロ機しか持ってなかった国にはとりあえず十分だろうってことだろ。エンジンまで含めて純国産だから輸出にも都合がいいしな」
ふーん、と言った後、思い出したように言った。
「純国産で思い出しましたけど、GDP2%のおかげでF-3の目処がつきますね」
「ぶっちゃけ急に予算が増えても使い道に困るから、研究開発に突っ込むしかないしな」
個別要素の研究は済んでいるが、それを統合し実機に落とし込むとなると困難が伴う、というのはF-2開発で嫌と言うほど味わったことである。
戦後初の純国産戦闘機という悲願達成に向け、切り詰めて開発を行ってきたのが、ここに来て一気に予算を突っ込めそうということで、関係者は狂喜乱舞していた。
「まあ、ほんとに中期防がこの叩き台通りにいくかどうかは政治次第じゃね?」
新世界暦1年3月3日 日本国東京都 総理大臣官邸
室内には首相と防衛大臣。
2人の間にある机の上には、死屍累々の上に積み上げられた新しい防衛大綱と中期防衛力整備計画の素案である。そして、なぜか菱餅に、ちらし寿司と雛あられ。
いつものあーぱー首相である。
「思ったより早かったね」
ちらし寿司を食べながら首相はケロッというが、デスマーチを知る防衛相は微妙な表情である。
「えーと、何々、調達の目玉は高い航空機運用能力を持つ多機能輸送艦3隻の整備?」
「前中期防で調達したF-35Bの運用能力を持った強襲揚陸艦ですね」
揚陸艦のことを輸送艦と呼ぶのは、軍艦を護衛艦と呼ぶのと並ぶ自衛隊用語である。
というよりも、防衛力の在り方や保有戦力を規定する大綱より先に、実際の調達に関わる中期防を先に見る辺り、この首相が首相たる所以である。
「で、三自衛隊共同の海上輸送部隊である1個輸送群は早くも解散?」
「新たに船だけに限らず、三自衛隊の機動展開を支援する部隊として戦略輸送部隊を設立し、そこに海上自衛隊の持つおおすみ型輸送艦と本中期防で調達する輸送艦、航空自衛隊の持つC-2輸送機、政府専用機、輸送群で保有していた油槽船、中型輸送艦、小型輸送艦を編入します」
ふーん、と首相は興味無さそうに聞いている。
興味ねぇなら触れるなよ、と防衛相は内心で思ったが声には出さない。
「護衛艦は前中期防から継続でFFMを集中的に調達します。ひゅうが型護衛艦を二桁護衛隊に回して、改いずも型を2隻建造という案もありますが・・・とりあえず今中期防では見送っています」
ぽりぽりと雛あられを食べながら首相は聞いている。
「自衛官の定数は陸は据え置き、海空のみ増とします。海の増員は増勢となる多機能輸送艦、補給艦、哨戒艦の乗員に充てます。空は1個戦闘飛行隊増勢、F-35Bを追加調達します。配備基地は火山活動の停止した硫黄島を拡張します」
あれやこれやと説明する防衛相だが、首相は聞いているのか、いないのか、ぽりぽりと雛あられを食べている。
そんな態度の首相も首相だが、それを無視して淡々と説明を続ける防衛相も防衛相である。
ある種異様な空間を形成しており、途中で入ろうとした官房長官と防衛大臣政務官、財務大臣が何も言わずに扉を閉めた。
「そういやアズガルド神聖帝国の軍ってどうすんの?別に解散させるわけじゃないんでしょ?」
説明も一通り終わったところで相変わらず雛あられを食べている首相が言った。
「一応、我が国の監督下には置きますが、普通に存続させますよ。我が国から兵器を買いたいと言ってきてますので、技術格差を考慮しつつメーカーと検討して輸出しようかと」
「技術供与とかって嫌な思い出しかないんだけど」
「技術供与は今のところ考えていません。経産省がどう考えているかは知りませんが、従来の地球国家以外への技術流出を防止する立法は必要だと思われます」
技術供与した相手が、後にダンピングで日本メーカーを潰しに来た苦い思い出を忘れるわけにはいかない。
それ以上に、アズガルド神聖帝国のように他世界の国が物分かりがいいとは限らない、というか、アズガルド神聖帝国が他世界で一番物分かりが良い説まで囁かれている状態である。
敵対的な相手に対し、優位な技術格差があるならそれを失うような真似は避けるべきである。
「まあ、スパイ天国だしね。この国」
どげんかせんといかんよねー、と首相は言ったが、防衛相はお前別にその地方と関係ねぇだろ、と思ったのだった。
新世界暦1年3月3日 アズガルド神聖帝国ドラスト大陸領 某所
アズガルド神聖帝国陸軍の制服に身を包んだ者たちが、集まって何やら話し込んでいた。
階級章は上は少将、下は中尉と多彩だが、少なくとも皆何かしらの指揮官級だということである。
「選挙は腰抜けのアルノルドが勝つか」
「ランヴァルドもランヴァルドだ!もう少し骨のある奴だと思っていたが、兵站参謀本部長と引き換えにアルノルド支持とは!」
参加者たちの表情はどれも多かれ少なかれ怒りが表れていた。
「そもそも前の内閣が腰抜けすぎる!我が陸軍はまだまだ健在だぞ!」
「全くだ!負けてもいないのに採掘権を引き渡すだと!?」
アズガルド神聖帝国最大の海外領土であるドラスト大陸には、場合によっては本土より多くの陸軍戦力が駐留しているが、日本との交戦中も、アズガルド神聖帝国領であるとは日英米が認識していなかったため、空爆を免れていた。
よって、陸軍はほぼ無傷で残されており、自力再建困難とも言える致命傷を負った海軍や空軍と異なり、和平合意と言う名の事実上の降伏に不服な人間が多かった。
「少将、同志は着々と集まっておりますが、時間が経てば・・・」
「売国奴共に気取られる可能性が高くなる、か」
それからしばらく話し込んだ後、順番に時間をずらして解散していった。
最後に残った少将は小さく呟く。
「和平合意に調印されるまでは挽回できる。見ておれよアルノルド・・・陛下を誑かした売国奴どもを一掃し、この国を正しい方向に導く」
愛国心を宿した動きがどうなるのか、まだ誰も知らない。




