偵察と準備
新世界暦1年2月25日 神聖タスマン教国教都
高度1万8千メートルの上空を漆黒の翼が飛行しているが、それに気付いているものは神聖タスマン教国にはいない。
そんな中、ひときわ大きな聖タスマン大聖堂と呼ばれる建物、他国で言えば王城や宮殿にあたるそこで、1人の女が教皇と謁見していた。
他でもない、中米侵攻指揮官の聖女である。
「忙しい中よく来たな」
教皇と聞いてイメージするよりも随分と若い男が聖女に声を掛ける。
「とんでもございません、教皇陛下のご命令とあらばどこへでも」
聖女の顔は僅かに赤らんでおり、その瞳は濡れていた。
そんな聖女を教皇は冷めた目で眺めていた。
「蛮族どもに手痛い反撃を喰らったようだな」
「申し訳ございません、お預かりした飛行艇母艦を4隻も失うなどとは・・・」
聖女は顔を歪めて俯く。
「良い、戦争をしているのだ。負けることもあろう」
教皇のその言葉で聖女の顔はぱあっと明るくなるが、教皇の内心はちっともよくない。
敵に沈められた神聖タスマン教国第2航空艦隊第1突撃隊の司教は、物の道理がよく分かっている男であった。目の前の聖者タスマンの教えだなんだと本気でほざく聖女と違って。
かの司教は呼べば必ず土産を欠かさなかったし、教皇の好みを良く把握していたし、なぜかその時欲しいと思うタイプのモノを連れてきた。
恐らく大聖堂に情報源がいたのだろうし、その心当たりもあったが、それはお互いにわかっていることだったので、非常に扱いやすかった。
「だが、教国の主力を投入するのだ。次は無いぞ」
その言葉に聖女は平伏し、雪辱を誓う。
退出する聖女の体のラインにピッタリ沿う服の尻を見て、今日の夜の相手にしようかと思う。
最近は若いのばかり相手にしてきたので、たまにはいいかもしれない。
そもそも、最近の相手が若すぎただけで、あの聖女もまだ二十代のはず、いやもう三十を超えていたか。
「やれやれ、とはいえあの司教と部隊を失ったのは痛手だな」
夜のことは後で考えようと教皇は頭を切り替え、誰かも確認せず控えていた枢機卿に声をかける。
「ええ、本当に」
その顔は優秀な部下を失った、という以上のものである。
そういえば、彼が司教の父親だったかと思い出す。
「それにしても、聖女や聖者は融通が利かんのが困るな」
「そのように作っておりますので、仕方ないでしょう。あれは偶像として機能することだけを求められていますから」
枢機卿の顔にはすでに先ほどの表情はない。
表向き、この国では子供は全て教化院に送られて、親子関係はわからないことになっているので、公の場でそれを出すわけにはいかないのである。
「今いるのは何人だったか」
「聖女が3人に、聖者が4人。彼女は中々優秀なほうですな」
はあ、と教皇は溜息を吐く。
「それにしても、飛行艇母艦4隻を失うとはな」
「敵を侮りすぎた結果でしょう。しかし、次は大丈夫です。敵が碌にいないからと蛮族の処理に労力を割きすぎました。軍の総力を挙げて一気に押し潰します」
そうか、と言った教皇は夜に聖女を呼ぶかどうかで頭を悩ませるのだった。
新世界暦1年2月25日 アメリカ合衆国バージニア州アーリントン郡 国防総省
「それで、偵察の結果は?」
無人機による24時間監視を実現するにはまだしばらく時間がかかりそうなので、現状ではU-2やE-3、E-8といった機体の偵察飛行頼みである。
「よろしくないですね。先週の大型飛行船撃墜後に攻勢にでてくることは無くなりましたが、戦力集積は着々と進んでいます」
多数の航空写真を見ていた大尉は持っていた写真を投げ出す。
「やはり先手必勝か」
「それには一般市民の問題が未解決ですね」
というか、なんでいちいち全部プリントしてるんだ?と思ったが、大尉が目を揉んでいるのをみてなんとなく察する。
先週の戦闘以後、敵の動きが明らかに変わっており、民族浄化を止めて、その全てを攻勢準備に注いでいるように見受けられた。
中米各国の一般市民の犠牲者が増えなくなったのは喜ばしいことだったが、相変わらず全員が収容されたままであり、例外なく軍が駐留している場所に監禁されていた。
「人間の盾、ってわけでもないんだろうな」
「そうするならもう少し分散させて、よりこちらが攻撃しにくくするでしょう」
「ただ監視者の傍に置いてるだけ、か」
精密誘導兵器を使っても限界はあるし、命中率も100%ではないのだ。
そもそも、狙った通りに命中しても、これだけ軍と収容者が同じ場所にいれば爆発で二次被害が発生する可能性は十分ある。
結局のところ、大統領への全権委任が議会を通過しても攻勢に出られない理由がこれだった。
「メキシコシティの避難のほうは?」
「芳しくないな。どのような形であれ、敵の侵攻は止まってるわけだしな」
やれやれ、と溜息を吐くが、それで事態が好転するわけでも無い。
「そういえば、イギリスが提唱する多島海条約機構だったか、あれの合同演習に空母派遣するって?」
「厳密には発足前だし、ただの多国間合同海軍演習ってことらしいがな」
「中米のほうも余裕がないってのに、何考えてるんだか」
「将来のことを考えたら、APTOのメンバーに想定される国とはこれまで通り仲良くしとく必要があるんだろ。だいたい二正面は前にもやってる」
余裕がない、と言いながらも弛緩した空気が流れているのは、一応、敵が侵攻を再開した場合の対処は目処がついているからである。
しかし、敵が更に戦力集積を進めて、一挙に大会戦へと雪崩れ込む気ならばその限りではない。
「この敵首都と思われる場所に空爆すれば済む話じゃねぇの?」
「外交チャンネルの開設に望みを繋いでる限りは、その許可はでないだろうな」
今更交渉の余地なんてあんのかねぇ?と首を傾げるが、とりあえず自分のやるべき仕事をやるだけだと、再び写真の分析に戻るのだった。
新世界暦1年2月26日 アズガルド神聖帝国ドラスト大陸領 グリム軍港
4隻の軍艦が出港していく。
多国間海軍演習に参加する4隻である。
もともとは観戦武官のみ、と言う話だったのだが、軍艦がゼロになったわけでもなく、元から比べれば微々たるものとはいえ、戦艦も含めた1個艦隊と軽空母しかいないが空母艦隊も残っているのである。
今後のことも考えて艦艇を参加させるべき、と海軍と外務省が強行に主張したのである。
「どう思うね、艦長」
派遣艦隊旗艦、重巡洋艦フギンの艦橋で、艦隊司令は艦長に問うた。
「はぁ・・・、と言われましても」
いきなりどう思うと言われても、何について問われたのか分からないのだから応えようがない。
「今回の合同演習だよ」
「まぁ、我が海軍が受けた損害や死んだ友人達のことを考えれば、正直、急に同盟国だと言われても、納得し難いのは事実です」
そこで艦長は一旦言葉を切る。
「とはいえ、我が国が先に仕掛けたのも事実、向こうが許してくれるというのであれば、そこに甘えるべきでしょう」
「雪辱の機会を窺う、と?」
「それはわかりません。相手が我々を屈辱的に扱うのであればそうかもしれませんが、聞いた話では多少の採掘権は引き渡すことにはなってもそれ以上はないとか。ホリアセという敵がいる以上、”一時の不幸な行き違い”で済ますべきでしょう」
「君は大人だな」
提督は艦隊針路を見据えたままである。
そういえば、第一空母艦隊の司令長官は司令の同期だったかと艦長は思い出す。
「私怨で国を滅ぼすわけにはいきませんから」
「・・・歳をとるとどうも考えが凝り固まっていかんな」
やれやれ、と司令は帽子を取って頭を掻く。
「これからは君らの時代だ。しっかり頼むぞ」
「はい」
艦長は司令が一気に老け込んでしまったように見えたが、気のせいだと思い直し、話題を変える。
「そういえば、空軍の再建計画ですが、聞きましたか?」
「ホリアセ対策で急ピッチに再建計画を進めるとは聞いたが、どうかしたか?」
「次期主力戦闘機を輸入するという話がでているようです。日本から」
司令は目を丸くする。
「それはまた大胆な」
「それほどの性能差を実感したということでしょう。国内産業保護の観点から財務省や工業省は反対しているようですが、空軍は一歩も引かない構えです」
ふむ、と司令は少し考えた後口を開く。
「では、私も陸軍の再建計画で聞いた話を披露しよう」
「陸軍はそれほどの損害は受けていないはずですが?」
艦長は訝し気な表情をする。
「次期主力戦車を輸入するよう要求しているそうだ。日本から」
艦長は愕然とした顔をする。
「陸軍もですか。しかし、我が海軍ではそういう話は聞きませんね」
「それを確かめるための今回の演習参加ではないかね」
司令は艦隊を見遣る。
「最新鋭の重巡2隻と艦隊型駆逐艦2隻。日本やその同盟国の艦がどの程度のものか見極めてこい、というのが今回の我々に課せられた任務だろう」
「下手したら三軍の主力が全部輸入になりますよ」
艦長が皮肉げな顔をする。
「私は船体なんてそうそう進化せんと思うがね」
「載ってる兵器が全部輸入では、輸入と大して変わらないでしょう」
いずれにせよ、アズガルド神聖帝国海軍の明日を決める航海はまだ始まったばかりである。




