不慮の事故
新世界暦1年2月15日 メキシコ合衆国テルミノス湖上空
それほどでもない高度を2機のヘリコプターが飛行していた。
メキシコ湾に展開した強襲揚陸艦から飛来した米海兵隊のAH-1Zである。
特にこれといった意味はない、U-2やE-8の監視を抜けて侵攻してくる部隊が無いかという警備のための偵察飛行である。
もっとも、それにAH-1Zを使っているあたり、ただの偵察だけでなく阻止攻撃も期待されているのは明白である。
逆に、これで止められない規模の敵が動けばU-2かE-8が先に探知できる、というわけである。
「あー、ヒマだねぇ」
その機内通話で銃手は操縦手に話しかける。
攻撃ヘリであるAH-1の操縦席と銃手席は、鶏小屋の名に相応しく、1人分のスペースが縦に2つ並んでいて、乗っている間はろくに身動きはとれない。
「ヒマで結構じゃないか。俺は墜とされて味方エリアまで歩いて帰るなんてもうゴメンだね」
「おー、これだから墜ち癖のあるパイロットは」
「うるせー、俺が墜ちたらお前だって墜ちるんだよ!」
くだらない軽口を叩いてはいるが、ガナーは赤外線画像から目を離していないし、パイロットも周辺警戒に余念がない。
そもそも、AH-1Zの豊富に装備された各種警報装置が敵の攻撃に反応するのか不明なので、信頼できるのは己の目のみ、という状況である。
「しかし、相手が仕掛けてこないならこっちから仕掛けたらいいんじゃねぇの?」
「上は一度相手に攻めさせて主力を叩きたいみたいだな」
「そしたら後は敵のいない中米を一気にパナマまで取り戻すってか?都合良すぎない?」
待機と偵察飛行の繰り返しでもう10日になる。
いい加減にうんざりというのが本音である。
そして、そこにそんな日々を打ち破る無線が飛び込んできた。
『イーグルアイよりドラゴン、ポイントTR25に急行せよ。敵状偵察中の偵察騎兵中隊が大隊規模の敵戦車部隊と交戦に入った』
「ドラゴン了解。直ちに急行します」
応答と同時に大きく旋回し速度を上げた2機のAH-1Zは、戦車との正面戦闘には明らかに不利な騎兵戦闘車部隊を掩護するために戦場へと向かった。
新世界暦1年2月15日 メキシコ合衆国エスカルセガ近郊
「有力な敵戦車部隊の攻撃を受けている!直ちに航空支援を寄こしてくれ!こちらの被害はこれまでのところ大破3、中破2、戦死12!」
『こちらコマンドポスト、現在増援が急行中、後退は可能か』
「ムリだ!」
中隊次席将校が無線に向かって吠えている間も、周囲は発砲音と爆発音、それに怒号と悲鳴が満ちていた。
定点観測のために展開していた偵察騎兵中隊が、エスカルセガを抜けようとする敵戦車部隊に気付いたのは1時間ほど前である。
M3A3 12輌を主力とする偵察騎兵中隊は、当初、それを報告して後退するはずだったのだが、双方にとって不幸なことに、互いに全くの死角からばったり斥候同士が遭遇し、歩兵小隊同士の偶発的な戦闘が発生したのである。
歩兵同士の戦闘の場合、個人携行魔導砲とでも言うべきものを全員が持つ神聖タスマン教国側が単発威力では大きく勝る。
とはいえ、爆発威力が手榴弾程度(破片効果はないので兵器としての威力は微妙だが)の魔導弾をライフルのように発射できる個人携行魔導砲では、互いの距離が近い不意遭遇戦では味方にも被害が出かねず、使用できない上、連射性能も、地球基準で言うなら、先込めマスケットといった程度である。
しかも、多彩な武装をもつ現代歩兵部隊と異なり、歩兵装備はこの個人携行魔導砲のみである。
結果、不意遭遇戦は自動小銃、分隊支援火器、軽機関銃、アドオングレネード、マスターキーと、多彩、かつ手数の多い米軍側が一方的に勝利した。
とはいえ、互いに遭遇した時点で救援を要請しており、小隊同士の戦闘が中隊規模に拡大するのにさして時間はかからなかった。
そして、そうなれば中隊しかいない米軍側が不利なのは当たり前だったが、それ以上に不利だったのは敵が戦車なのに対し、歩兵戦闘車しかいないという点だった。
M3A3は対戦車ミサイルを搭載するとはいえ、どちらかというと味方戦車がいない時の自衛用、味方戦車の援護用といった程度のものである。
そして、何よりも神聖タスマン教国の歩行戦車と、対戦車ミサイルは致命的に相性が悪い。
神聖タスマン教国の機動兵器全般に搭載されている、バリアのような障壁がアクティブ防護システムのように機能し、対戦車ミサイルを本体に命中する前に起爆させてしまうのである。
スラットアーマーのように弾体の運動そのものも止められてしまうのでタンデム弾頭も効果が無かった。
かといって、25mmチェーンガンは歩行戦車の本体装甲を抜くには貫通力不足であり、周囲の歩兵を薙ぎ払う以上の役には立たない。
結果、米軍側は遅滞戦闘が精一杯という状況で、被害は次々と拡大していた。
「支援が無ければ後退もできない!まだ来ないのか!?」
『現在、攻撃ヘリが急行中。合わせてストライカー旅団戦闘団が後退支援に入る。もう少し持ちこたえてくれ』
むしろ、なぜ前線に偵察が出ているのに榴弾砲が展開していないのか、という点に怒鳴り散らしたくなるが、部下の手前、これ以上取り乱すわけにもいかず、中隊長代理は心を落ち着けようと努力する。
近くに敵の魔導弾が着弾し、炸裂する。
破片効果はない純粋な爆発だけなので、見た目ほどの加害半径はない。というのはここまでで判明したありがたいことである。
「中隊長代理!もう持ちません!」
「あと少しで航空支援が来る!そしたら後退だ!」
とはいえ、攻撃ヘリの対戦車兵器はM3A3と同じく対戦車ミサイルである。
バリアのような障壁に阻まれて有効打にならないのは同じだが、M3A3が搭載するTOWは有線の半自動指令照準線一致誘導方式、命中するまで射手が目標を誘導装置で捉え続ける必要があり、同時発射ができない。
対して攻撃ヘリ《AH-1ZやAH-64》が搭載するヘルファイアはセミアクティブレーザー誘導かアクティブミリ波レーダー誘導であり、どちらも同一目標への連続発射が可能であり、ミリ波レーダー誘導については同時多目標攻撃も可能である。
勿論、発射タイミングを合わせて複数の車両から発射すれば、短い時間差で着弾させることは可能だが、この劣勢の混戦状態の中、悠長に区別がいまいちつかない目標から同一目標を指示し、発射タイミングを揃えるというのは難しい。
同時交戦に対応したC4Iシステムが搭載されていれば、隊長車の指示だけで簡単に可能になるのだが、この中隊は残念ながら師団との情報共有システムしか積まれていなかった。
「攻撃ヘリが来ました!」
その言葉と同時にミサイルが2発、敵歩行戦車向かって飛んでいく。
1発は障壁に阻まれて爆発したが、直後に2発目が障壁に阻まれることなく着弾。少し間を置いて旧ソ連戦車のように砲塔が吹き飛んで激しく爆発した。
増援に味方は沸き立つが、中隊長代理は厳しい表情を崩さない。
増援に現れたのは海兵隊のAH-1Z。
航続距離重視で、スタブウイング下の内側ハードポイントには増槽を装備しており、ヘルファイアは外側ハードポイントの8発のみ。
1輌に2発で4輌、AH-1Zは2機いるので最大で計8輌撃破できるはずである。
しかし、敵の歩行戦車は大隊規模、40輌近くいるのである。
「この隙に後退する!負傷者を乗せた車両から後退させろ!本車は殿を務める!」
果たして何輌がこちらにむかっているというストライカー戦闘団と合流できるか。
願わくば自分を含めた全員が合流できるよう、中隊長代理は神に祈った。
新世界暦1年2月15日 メキシコ湾 アメリカ海軍CVN-78「ジェラルド・R・フォード」
轟音とともに電磁カタパルトからF/A-18F Block3が撃ち出される。
他の3本のカタパルトも陸軍支援のため対地攻撃兵装を満載したF/A-18E/Fが待機していた。
「次、3番から出るぞ!1番は次の発進機を準備しろ!」
甲板上をカラフルな様々な色のヘルメットを被ったクルーが忙しなく動いている。
カタパルトのブラストバリア後方では、次に発進する機体のチェックが行われており、さらにその後方では出撃する機体への兵装搭載や給油が行われていた。
1隻で大抵の国の空軍を上回る航空兵力を搭載するアメリカ海軍原子力空母は、それ自体がまさに動く基地であり、アメリカの力の象徴でもある。
そんなものを11隻持ち、さらにVTOLを運用する強襲揚陸艦も10隻持っているのだから、バカげた軍事力である。
「敵が海には全く出てこないのはなんなんだろうね」
そんな慌ただしい飛行甲板を艦橋から眺めていた艦長は、誰にも聞こえない声で言った。
これまでのところ、敵の飛行船のような大型飛行艇も、戦闘機にあたるであろう小型飛行艇も、陸が見える沿岸程度の海上にはでても、陸が見えない沖には全く出てきていなかった。
そのことについての分析は意見が2つに割れていて、決定打もないため結論は出ていなかった。
1つは、敵の飛行機械は陸上から何らかの支援を受けており、それがなければ飛行できない可能性。
もう1つは、慣性航法や電波航法が未成熟で、(データ不足で)天測ができない状況では沖に出ると現在地を見失う可能性。
結局のところ、敵の飛行機械がどうやって飛んでいるのかも何もわかっていないので、どちらも有り得るということでとりあえず棚上げになっていた。
「沖に出られない」のか「沖に出ていない」のか。
この違いは大きいのだが、とりあえず「沖にでていない」前提で動いておけば間違いはない、ということで、 ジェラルド・R・フォードの周囲には多数のアーレイ・バーグ級駆逐艦やタイコンデロガ級巡洋艦が展開していた。
もっとも、艦橋から見える範囲では1~2隻程度しかいないように見える。
現代の艦隊が密集するのなんて、記念撮影のときだけである。
数十キロから場合によっては数百キロの範囲に散らばっていても、データーリンクによって艦隊行動を行える。
搭載する機器の大きさの制約が少ない海軍は、C4Iの恩恵を一番最初に受け、そして常に最大限享受していた。
そういうわけなので、多数のイージスシステムによる多重防御の中心にいるこの艦が攻撃を受ける可能性はいずれにしても非常に低い。
それはわかっているのだが、次々と発進していく機体を見ながら、艦長は言い知れぬ不安に苛まれていた。
それが未知からくる不安なのか、虫の知らせによるものなのか。
判別がつかない中で、艦長にできることは前者であることを祈ることだけだった。




