人口は国力に直結する
新世界暦1年2月5日 ダスマン連合首長国ザラーン首長国 王城
「今、なんと?」
ザラーン首長国首長 メリマット・ザラーンは宝珠に触れることも忘れ、震える声で問うた。
「ですから、我が国の”誠意”として移民2000万人を準備し、第一陣として20万人を上陸させています」
ニコニコと笑顔を崩さずに、中華人民共和国の駐ザラーン首長国大使になった男はさも当然のように胸を張って言った。
ちなみに、「移民」といえば聞こえはいいが、ほとんどは棄民と言っても差し支えない反動分子や不平分子であるが、一部は人民解放軍の部隊が丸ごと入っていた。
ちなみに、20万人というのはただの吹かしである。そんなに急に船に詰め込むのは無理である。
とはいえ、軽く師団を上回る人数を上陸させているのは事実だが。
ちなみに、統一戦線工作部で指揮しているのはその紛れ込んでいる人民解放軍の部隊のみで、他は陸揚げしたあとは野となれ山となれである。
共産党にとっては死んでもらったほうが都合がいい人民なので、扇動するための工作員も紛れ込ませており、暴動を起こさせることになっていた。
それで騒擾状態になって、ザラーン首長国が収拾できなければ(捨てたのに)人民保護を理由に堂々と武力介入する予定だった。
もっとも、紛れ込んでいる人民解放軍も暴れるので、ザラーン首長国が事態を収拾することは期待されていないのだが。
「貴国と我が国の”末永い”友誼を期待する、と我が指導部より伝言を言付かっております」
大使はあくまでもニコニコ顔を崩さずに、メリマットに告げた。
「ほ、ほう、そ、そうか。大儀であった」
嫌な汗をダラダラ流しながら、震える声で辛うじてメリマットは返事をした。
横に並ぶザラーン首長国の大臣達も青い顔をしている。
「おや、ご不満の様子ですね。もしや、我が国の用意した人員では少なすぎましたか?」
あくまでニコニコ笑顔を崩さない大使に、ザラーン首長国重役の誰もが恐怖を感じる。
「用意出来た人数が誠意と首長は仰っていましたので、早急にかき集めた2000万人だったのですが、足りませんか。そうですか。早速本国に連絡し、2億人揃えましょう」
「け、結構だ!もう、そ、そなたらの誠意は十分わかった!」
もはや震えているうえに上ずっているという、恥も外聞もないみっともない声だったが、なんとかメリマットはそれだけは拒絶した。
「そうですか?」
残念ですね、なんて言いながら大使はあっさり引いた。
実際2億人集めるとなるとすぐには無理だし、道具でしかない人民でも、最近はなんだかんだと五月蠅いので一時的に社会不安が醸成される可能性がある、ととりあえずこれ以上の”支出”は避けるように指示が出ていた。
「それで、連合首長国をまとめてロシアに対抗するお話ですが」
「そ、その件は我が国内部での検討も必要なので、また日を改めて・・・」
「あ゛?」
ニコニコの笑顔から一瞬で豹変した大使の顔に、メリマットは全てを悟る。
こいつらが欲しかったのは、「大義名分」であって、我々の意志などどうでもいいのだ、と。
「まあ、いいでしょう」
大使はあっさり引き下がった。
「数日後にまた来ます」
その時にはここにあなた方はいないでしょうが。聞こえないようにそう言って大使は部屋を出て行った。
ここですぐに受け入れていれば、メリマットは(形だけでも)首長を続けられたのだが。
やがて、中庭から大きなローター音が聞こえてきて、ヘリが1機飛び立っていった。
「あ、あやつら!最初から国力を隠しておったな!何が”貴国と連携して対抗したい”だ!」
メリマットは当たり散らす。
今回もまた翻訳以外に「交信の宝玉」を使用しないという失敗を犯しているのだが、使ったところで大使がメリマットを小馬鹿にしている内心を見られただけで、怒りが二倍増しになっただけなので見なくて正解だったともいえる。
その時、港のほうから爆発音が響いてきた。
「何事だ!?」
ザラーン首長国の、そしてダスマン連合首長国の、終末の鐘の音であることを、彼らが理解するのはもう少し、ほんの少しだが先の話である。
新世界暦1年2月5日 ダスマン連合首長国ザラーン首長国 王都港湾地区
彼らの世界で海上を進む船は時代遅れ、未開の蛮族の乗り物、とされていたのでザラーン首長国に船はない。
では、なぜ海沿いに港湾施設があるのか?
陸上に飛行艇の施設を作ると場所をとるうえ、荷物の搬入が面倒なので、着水させることで貨物フロアを地上レベルに出来る上に、場所をとらないというメリットがあるからである。
よって、かなりの水深がとられており、長い岸壁が整備されているので、大型船舶を着岸させるにはうってつけである。
そこに今、1隻の強襲揚陸艦と、3隻の大型貨客船、フェリーなどの徴用船舶が横付けしていた。
強襲揚陸艦とフェリーの車両甲板には人民解放軍の戦車や装甲車が積まれているが、それ以外は廊下だろうがなんだろうが、詰め込めるだけ人間を詰め込んで運んできた自称「移民船団」である。
とにかく詰め込まれてきた”荷物”たちは、着岸すると同時に、追い立てられるように、また先を争うように岸壁にわっと溢れだした。
(一部を除き)何も知らされずにつれてこられた彼らは、状況がわからずに困惑していた。
が、航海中、食事も碌に与えられていなかった彼らのやることは決まっている。
訳がわからぬままに、後続に押し出されるように市街地にあふれ出した彼らは、食べ物を求めて騒ぎ始めた。
勿論、一際大きな声で群衆を煽って回っている存在が複数いるのだが、それに気付くものはほとんどいない。
やがて、市場を見つけた一団が騒ぎ始め、(言葉が通じないし金もないので)勝手にそこらのものに手あたり次第手を付け始めた。
そして、そこに食べ物があるとなればもう止めようがない濁流のように、人が押し寄せてきた。
市場には通常の警備のためにザラーン首長国の治安要員がいたものの、数の暴力の前には無力であり、警察官だとも認識されないまま、もみくちゃにされ、気付けば身ぐるみも剥がれていた。
そして、何も話を聞いておらず、突然街が混乱状態になった王都警備隊長は、外交問題などとは露知らず、反動勢力による暴動と判断し、待機中だった警備部隊に戦闘装備での出動を命じた。
結果、一時的には押し返したものの、人民の保護を名目に戦車を前面に押し出した人民解放軍にあっという間に蹴散らされる結果となった。
メリマット達が王宮で聞いた爆発音は、このときに人民解放軍の99式戦車が主砲で警備隊を蹴散らした音である。
その後、散発的に戦闘が発生したものの、次々と人民解放軍の増援が到着し、数日でザラーン首長国の王城には五星紅旗が翻ることになった。
新世界暦1年2月8日 ロシア連邦モスクワ クレムリン
「やられたな」
大統領の言葉に、何人かが俯く。
中国が何かしら動いていることはわかっていながら、その目的を全く掴めなかったのである。
「済んだことは仕方がない。どうやって挽回する?」
「同じように他の国を・・・」
「相手と同じことをして状況をひっくり返せるのかね?」
感情を感じさせない冷たい目で見られた外務大臣は縮こまって目を逸らした。
「今はやれることをやるしかないでしょう。新大陸のどこも実効支配が及んでいないエリアをとにかく広く押さえるしかありません。そうしておけば、中国に対抗しようという国が向こうから接触してくるかもしれません」
「実際、新大陸の国ではありませんが、非公式ながらインドから接触がありました」
新大陸競争で大きく出遅れた、というか現状では何もできていないインドの焦りはロシアよりも強い。
とはいえ、パキスタン、中国との対立を抱えるインドは本土防衛に力を割かざるを得ない、というのも事実であり、手っ取り早い中国への対抗策は、ロシアの後押しである。
「というか連中はどうやって言語の壁を越えたんだ?」
「情報収集中ですので信頼度の低い情報ですが、どうやら向こうの連中のからくりのようですね」
「なら中国がそれを手に入れたと言うことか」
つくづく後手だと大統領は嘆く。
「中国がこの手法を続けるなら、対抗したいという国はでてくるでしょう。ですが、それに乗った場合、中国と真っ向から衝突する恐れがあります。そうなった場合、新大陸での小競り合いだけでは済まない恐れがあります」
「シベリア方面への戦力配置は完了している。いくら人民解放軍でも早々手出しはしてこないはずだが」
「それよりもいくら圧力が無いとはいえ、欧州方面が手薄すぎる」
何かあれば国境警備隊同士でも戦闘になりかねないので、地続きの国は何かと大変である。
「それで、国連の動きはどうなっている?」
「基本的には新たに得た利権を認めさせたい国と、とにかく早急に支援を求めている国に大別されます。我が国と中国は前者グループですので、国連での利害は一致しています。米国、英国も前者グループですので、安保理で問題になるのはフランスだけです」
一気に高緯度化したせいで影響が大きい西欧諸国の影響力低下は著しく、気候変動による一次産業への致命的な打撃、サプライチェーン崩壊による二次産業への打撃、そして前2つの打撃による消費者心理の致命的な冷え込みによる三次産業への打撃と、三重苦であった。
「あと、アメリカを中心に中米諸国が、侵攻してきた不明国に対抗するための国連軍を創設することを求めていますが、中国はアメリカによる国連の私物化だと反対してますね」
「それに賛成してやる代わりに、中国封じ込めにアメリカを巻き込めないか?」
「中国が拒否権を使うだろうからアメリカは借りとは思わんだろ」
「中米での利権を取り戻すために中国が土壇場で賛成にまわるという情報もありますが」
パナマを始めとした中米諸国に莫大な投資をして利権を奪っている中国は、口ではアメリカの案に反対しながらも、自分たちが関与する形での国連軍創設を狙っていた。
もっとも、人民解放軍の実動部隊は補給線の問題、遠征能力の問題、そしてなにより米軍と致命的に欠けている相互運用能力の問題で派遣に反対していたが。
「連中に中米での作戦能力があるとは思えんが」
「現場レベルではそう認識しているようですが、政治レベルは別ですから」
ロシアとしては中米での国連軍に関心はほぼないので、賛成でも反対でも外交カードとして有効に活用するという結論で落ち着くのだった。




