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第一次「異」世界大戦  作者: 七十八十
新世界暦1年
25/201

政変

新世界暦1年1月27日 アメリカ合衆国ワシントンD.C. ホワイトハウス


「で、メキシコは未だに我が軍の領内通過を認めないのか?」

「はい、ここ1週間ほど敵の侵攻が止まっていますから、向こうの軍と外務省も説得材料が無くて往生しています」


中米を蹂躙し、メキシコの国境を突破した謎の軍隊だったが、そこで侵攻を停止していた。


「というか、なんで連中は侵攻を止めたんだ?」


メキシコ軍は住民の避難を優先し、戦力を(米軍が参戦するまで)温存するため、まともに戦闘を行っていない。

中米各国の残存戦力も、メキシコ軍のその作戦に同調し、メキシコシティを(米軍参戦が前提の)絶対防衛線として布陣していた。

その作戦を知らないのは大統領とその腰巾着だけという状況である。


「普通に考えて兵站の問題かと」


アメリカ北方軍司令官の陸軍大将は言った。


「それほどの準備期間があったとは思えませんし、限界点を超えて兵站が伸びているのでしょう。亡命政府の許可があったパナマ、コスタリカで敵の物資集積所と見られる施設を空爆したのも効いたかと」

「それ、せずにさっさとメキシコを進んでもらうほうが良かったんじゃないか?」


大統領の言葉に、軍人たち(制服組)は目を逸らす。


「同時進行でメキシコ大統領を辞めさせる工作も進行中です」


CIA長官が口を挟む。


「ぶっちゃけ何の策も無いのに我が国の介入を拒む大統領のメキシコ国内での支持は最低水準まで落ちています。もう一押しで瓦解させられるのですが、その決定打を連邦捜査局(FBI)麻薬取締局(DEA)が出そうとしません。あくまでも自分達で逮捕することに拘っています」

「その姿勢のせいであの汚職野郎(大統領)がうちの介入拒んでるんだがな」


面倒くさそうに大統領は言った。


「いっそ司法取引でもしますか?」

「そんなことしてみろ、メキシコ国民に恨まれるよ。どうにかしてFBIとDEAが握ってる証拠を入手して、メキシコの主要紙にリークしろ。FBIとDEAには悪いが、どうせメキシコは国がグチャグチャになる。カルテルや汚職のルートの解明なんて、意味がなくなるよ」


謎の軍隊が進軍を再開すれば、まず間違いなくメキシコ国内は蹂躙される。

それから米軍を急派したところで、当面は侵攻を遅滞させるのが限界だろう。

それほどの数を敵は展開していた。


「しかし、大した損害もうけてないだろうに、凄まじい戦力投射だな」

「占領地域での民族浄化(ジェノサイド)も考慮しての編成でしょう。正面戦力自体はそれほどでもないようだというのが国防情報局(DIA)の分析です」

「大量虐殺を効率的に行うための部隊を持つ軍隊、か」


非効率なことこの上ない編成に、呆れた声が出る。


「で、仮にメキシコでの戦闘許可が出た場合の作戦は?」


気を取り直して、大統領は確認する。


「そのタイミングにもよりますが、基本的には人口も多く、全住民の避難も困難なメキシコシティ北方を絶対防衛線とし、地上兵力は展開する予定です」


アメリカ北方軍司令官は見慣れたものから、南北がひっくり返った地図を指差しながら説明を始める。


「メキシコとの国境で待機している5個ストライカー旅団戦闘団が自走にて一気にメキシコシティを目指し、場合によってはそのまま主力装甲戦力として防衛線の主力になります」

「信じられないだろ、これ。本来はC-130での空輸を前提にしてたんだぜ」


元々は世界のどこにでも空輸で装甲戦力を応急展開可能!というのがウリだったストライカー旅団戦闘団だが、結局一度もそのように運用されることは無く、「やっぱもうちょっと装甲いるよね」「火力をもうちょい」とかやっていたら「あれ?これC-130にのらなくね?」となった可哀想な装輪装甲車が主力である。


「そして稼働可能なC-5とC-17を最大限活用し、1個機甲旅団戦闘団を空輸し、メキシコシティに緊急展開します」


普通ストライカーと逆じゃね?という機甲部隊の空輸による緊急展開である。

とはいえ、展開速度を考えると、高速道路を時速100キロで走行できるストライカー旅団と、長距離移動は戦車や歩兵戦闘車をトレーラーに積載する機甲旅団では、1000キロもの距離を走行して展開する速度に大きな差が出る。

とにかく正面戦闘ができる重装甲戦力を緊急展開させたい今回のケースでは、非効率とわかっていてもMBTを空輸する作戦が選ばれた。


「空軍は作戦開始と同時に、フロリダも含め、作戦圏内にある全ての基地から制空部隊、近接航空支援(CAS)部隊、防空網制圧(SEAD)部隊、兵站破壊部隊に別れて同時攻撃を行います。参加航空機はF-22A 3個飛行隊、F-15C 3個飛行隊、F-35A 2個飛行隊、F-16C 4個飛行隊、F-15E 3個飛行隊、A-10C 2個飛行隊、B-52H 1個飛行隊、B-1B 1個飛行隊、その他各種支援機、計約500機が参加する史上最大規模の航空作戦で敵の進軍意志を破砕します」

「海軍は旧カリブ海に空母1隻を展開、地上基地も合わせて、空軍の作戦に呼応して航空攻撃を実施します」

「ちょっと待てや」


一気に畳みかける空軍と海軍に、待ったをかける大統領。


「そこまで大規模な航空攻撃かけて、さらに地上兵力も展開させてってそれほど強大な敵なのか?」


純粋に思った疑問を口にする大統領。

戦争するのも無料(タダ)ではないのである。


「敵の詳細が不明な以上、投入可能な最大戦力を投入し、最初の攻撃(ファーストアタック)で敵の牙を折る必要があります」


もっともらしいことを言ってはいるが、その目には「こんなに大規模な作戦に関われるなんて、軍人冥利に尽きる!」と書いてある。


「・・・予算て言葉知ってる?」

「「「大統領が苦労して議会通す奴ですね」」」


制服組が声を揃えて合唱したのを聞いて、大統領は頭を抱えるのだった。





新世界暦1年1月29日 メキシコ合衆国 メキシコシティ 国立宮殿


宮殿前の広場では、大規模なデモが行われていた。

元々、米軍による防衛を頑なに拒む大統領に抗議するデモが行われてはいたが、今朝の朝刊に大統領の汚職と麻薬カルテルとの関係を暴露する記事が出たことで、もはや収拾のつかない状態になりつつあった。


「ええい!くそが!アメリカの仕業だな!おのれえええぇぇえ」


自らと麻薬カルテルの繋がりが詳細に書かれた新聞をぐしゃぐしゃに丸めて投げつけた大統領は、子供のように地団駄を踏んだ。

まだ就任から2か月だというのに、支持率は急降下どころか、すでに地面に突き刺さっている。


「おい、陸軍を使って表のデモ隊を鎮圧し」

「「お断りします」」


大統領が言い終わる前に国防大臣と陸軍大将が食い気味に返答した。


「なぁ!?貴様ら!」


激昂した大統領が掴みかかるが、なんでお前と心中せねばならんのだという態度の大臣と大将。


「く、くふふふ」


すると突然大統領は笑い出した。

なんだ、もう壊れたのか?という感じで蔑んだように大統領を見遣る陸軍大将と、気味悪そうに見る国防大臣。


「なんだ、簡単なことじゃないか。言うことを聞かない奴に命令しても仕方がない、言うことを聞いてくれる奴に命令すれば良いのだ」


そう言って受話器を持ち上げる大統領と、誰に電話しようとしてるのか気付いて呆れた視線を向ける2人。


「こいつほんと口と金だけで大統領になったんだなぁ」


ぼそっと呟いた言葉は大臣のものか、大将のものか。

本人の耳には入ることなく、言葉は外の喧騒に消えた。





新世界暦1年1月29日 メキシコ合衆国 シナロア州 某所


華美な装飾が施されたわけでもない、実用一点張りと言った感じの部屋に、一見すると紳士に見える男たちが何人かいた。

もっとも、少し勘の鋭い普通の人(カタギ)なら関わり合いになることを避けるであろう、よろしくないオーラがにじみ出ているが。


その中の1人が穏やかな調子で話していた受話器を置いた。


「で、あのバカ(大統領)はなんと?」


ソファに座っていた1人が、電話していた男に問いかける。


「さあ?聞いてなかった」

「おいおい、それはさすがに可哀想だろ」


はははと部屋にいた男たちは笑い合う。


「それにしても、あのバカももう少し利口か(使い道がある)と思っていたが」

「しかしあれには結構な額を投資してるんだぞ。まだなんの回収もできてないじゃないか」

「仕方ないさ。世界がこんなことになるとわかっていれば、あんな奴に金を使う必要もなかったんだが」


やれやれと、心底疲れたように男は首を振る。


「で、どうするかね」


気分転換するような気軽さで男は言った。


「不愉快とはいえ、アメリカが来るのは仕方あるまい。どのみちこのままではメキシコという国が無くなってしまう」

「しばらくは地下に潜るか」

「むしろアメリカに積極的に協力するという手が無いわけでも無いが」

「CIAはその時のメリットがあれば乗ってくれるだろうが、米軍が総力を挙げて押し寄せてくる状況だろ?事が終わるまで息をひそめてる方が賢いと思うがね」


面倒そうに男たちは悪事の算段をつけはじめる。


「とにかく、米軍と正面から敵対するのは悪手だ。米軍が侵略者どもを無視してこっちに向かってくるならともかく、こちらが潜ってしまえば表立ってはこちらに対立はしないだろう」

「とはいえ、潜ると言ってもなぁ。各国に散らしていた資産はどうなっているかわからんし、そもそも潜るにしても国内かアメリカしか行先がないぞ」


まるで大統領からの電話どころか、そんな奴となんの関わりもなかったかのように、男たちはアメリカが本格的に国内に来る前に隠れる算段を始めるのだった。





新世界暦1年1月29日 メキシコ合衆国 メキシコシティ 国立宮殿


「くそが!くそが!くそが!私を誰だと思っている!この国の大統領だぞ!」


電話を切ってから怒鳴り散らしている大統領を見た国防大臣と陸軍大将は、ああ、カルテルにも捨てられたんだなぁ。と可哀想な物を見る目でその狂態を眺めたのだった。


外のデモ隊がバリケードを突破する轟音が聞こえてくる。

こいつこのままだとどっかの独裁者(チャウチェスク)みたいな終わりになりそうだな、と他人事にように陸軍大将は考えて部屋を出た。

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