戦いと戦いの間
新世界暦1年1月25日 日本国東京都市ヶ谷 防衛省
会議室に防衛装備庁関係者も含めて多数の官僚、自衛官が集まっていた。
「えー、では新防衛大綱、および新中期防における装備調達の方向性についての検討会を始めたいと思います」
安全保障環境の大幅な変化に合わせ、防衛大綱と中期防を完全に見直すことになったのでその検討会である。
本来ならもっと早く開催されてしかるべきだったが、枝幸の件があったので先延ばしになっていたのだ。
「まず、従来の、つまり中国、ロシア、朝鮮半島を主敵に据えた大綱や中期防の方向性を継承するか否かですが」
中国の物量に対処するため、多少の質の低下に目をつぶっても数を揃え、ネットワークによる共同交戦能力で対処する。
それが空と海の基本方針であった。
「現状での主敵は中国以上の数のようです。しかし技術格差が圧倒的です。従来の方針を継承しつつ、より数による飽和攻撃への対処にシフトすべきかと」
「しかし、敵が戦艦を持っていたり、アメリカから情報のあった例の国やその世界の国への対処も考えておく必要があるでしょう」
「えー、それ以前に総理からは、防衛環境の大幅な変化に伴い、改憲も含め外征能力の強化について検討するようにと話がありました」
「多島海に存在する諸島国家による集団安全保障体制について、英国とシンガポールが正式に表明した以上、それへの参加を前提に考えるべきではないか」
安全保障環境が変わりすぎたので、検討すべき課題は山のようにある。
「まず、航空自衛隊から行こうじゃないか」
「まずF-15のAESA改修とミサイル搭載数の増加は現状にも即しているので継続が良いでしょう」
「とはいえ、統合電子戦システムのほうはどうするか。正直、アズガルド神聖帝国が敵なら必要ない。改修を今後行わないのなら、コンフォーマルフューエルタンクも選択肢に入るが」
「あまり現代国家を考慮しないというのは危険ではないか・・・」
F-15の改修計画1つとってもこの状況である。
「いっそ、もっと視点を変えませんか。多数に対処するにはミサイルは高すぎます。レーザー兵器の投入も考慮すべきでしょう」
「F-15Jに搭載するのであれば、胴体中央下部に燃料タンクと同形状でぶら下げる形にすれば、改修と試験は最小限で済むと思います。ただ、航空機を撃墜できる出力となると、数秒の照射が限界かと」
「ガスレーザーでは発射回数に、固体レーザーは出力か耐久性のどちらかで問題が出ます」
「まだ指向性マイクロ波の方が現実味がありますが、こちらもF-15に搭載するとなると消費電力と出力の問題があります」
そう簡単に解決策などでないのである。
とくに航空機は空力や重量、大きさの制約が大きい。
「いっそP-1やC-2を改造してレーザー照射装置を搭載するというのは」
「時間と手間がかかる割には、用途が限られませんか」
「空中巡洋艦計画の焼き直しのほうが早いし安くすむだろう」
「結局大量の誘導弾を使用するからランニングコストが高くなる。開発に金がかかってもランニングコストが安いレーザーと痛し痒しだな」
議論は紛糾するが、時間は迫っている。
なんせ今年の通常予算を概算要求からやり直すという過労死必至の作業が待っているのである。
装備調達の方向性を決める会議が行われているのと同じころ、別の部屋では別の会議が行われていた。
こちらの参加者は先の会議以上に多彩である。
防衛省の背広組と制服組、その制服組も統幕等の後方組から、ほぼ徹夜で処理を済ませて呼び戻された吉柳一佐を含む枝幸町の作戦参加組、さらに警察庁、警視庁、消防庁、海上保安庁など危険業務従事者叙勲の対象官庁全てである。
会議の名称は「有事における公務員等の献身的貢献に対する褒賞に関する検討会」
実質、戦死戦傷の自衛官への補償の検討なのだが、有事に生命の危険がある官公庁にとりあえず声がかかったのである。
金鵄勲章のように年金というわけにはいかないが、一時金の支払いと叙勲と言う形をとれないかということを検討する会議である。
実際には、マスコミに突かれて政治サイドから降りてきた議題なので、落としどころの決まっている会議をやったというための会議である。
防衛省の方々ではそんな感じであらゆる内容の会議が忙しく行われていた。
新世界暦1年1月25日 日本国北海道千歳市 東千歳駐屯地
昨日まで1人しかいなかった住人が2人に増えていた。
枝幸で捕虜になった他の兵士は追って陸路で連れてこられるはずなので、2人しかいない期間は極々短期になることが確定しているのだが。
「俺が苦労していた時、貴様はこんなところで三食昼寝付きか」
明らかに急ごしらえの仮設だとわかる建物なのに、照明はもちろん、空調や水回りの設備までついているのを見て、これまで戦っていた国の国力に呆れ、人が苦労しているときにそんなところで上げ膳据え膳の生活をしていたアルノルド中将を殴り飛ばしたくなった。
「いや、そうは言うが俺がどれだけ苦労したと思ってるんだ?交渉できるように翻訳作業の協力に、上陸部隊に降伏を勧告して捕虜の生命を保証してもらうためのお願い。はっきり言って胃がいくつあっても足らん」
「なに終わったみたいに言ってるんだ?この国が本国に攻め込むって言い出したらどうすんだよ」
「え、そこまで俺が面倒みんの?」
「外交チャンネルが無いんだから他に誰がやるんだよ?」
ランヴァルド少将のお前が全権大使やで宣告に、アルノルド中将は再び意識が遠のくのを感じたのだった。
新世界暦1年1月25日 日本国北海道 道央自動車道
前後に警備のパトカーと自衛隊車両がついた大型の護送車の車列が、緊急輸送路指定を受け一般車両のいない道央自動車道を、東千歳駐屯地を目指し進んでいる。
その中の1台に、とある戦車乗員がまとめて乗っていた。
枝幸南方での攻勢で、偽装したエンジン不調を理由にサボタージュしていたらほんとに動かなくなった車両の乗員である。
「しかし、呆れるような国だな」
100キロ近い速度で走り続ける車両もそうだが、それを許容する道路という巨大インフラにも驚愕していた。
「うちのトラックだったら常時全開でもついてこれないだろ」
「それ以前に、アクセル全開で走ってたらどっかぶっ壊れるだろ」
「というか、車に空調ついてるだろ、これ」
アズガルド神聖帝国にもクーラー自体は存在するが、小型化できていない大掛かりなものであり、船には付けられても、車に載せるのは(それだけを運ぶならともかく)ムリである。
「よくもまぁ、こんな国と戦争したよね、うちの国も」
「まぁ、もともとホリアセ共和国だと思って攻め込んでるしな。最初からわかってたらさすがにやらねぇだろ」
捕虜になったというのに、彼らの表情は楽観的である。
その理由は、どうやらきちんと三食でて安全も保障されるらしい、と枝幸での一晩の拘留でわかったためでもある。
「それはともかく、この後どうするかな」
車長は周囲の席にいる他の捕虜を気にして声を落とす。
「この国に敵対しませんと誓約して帰国しても、ホリアセとの戦争に送られるのがオチだろ」
「だったら、ここの収容所次第ですけど、帰国しない方がいいですよね」
「どうやったら帰国せずに済むか考えないと。まずはこの国の政治体制や捕虜の制度や扱いについて調べなければ」
職業軍人のはずなのに、完全にやる気のないことを言って別の方面にやる気を出す面々。
ちなみに、この国には捕虜の取り扱いを定めた法律がきちんと存在する。まぁ、出来たのは2004年なので、あまり偉そうに言えないのだが。
ちなみに、自衛官が捕虜になることに関しては特に法律などはない。生きて虜囚の辱めを受けないのが日本の伝統ということである。
・・・それは冗談だが、そもそも脱柵したところで大した罰則も無い現状では、意図的に任務を放棄し敵に降伏したとしても、それを止める根拠もないということである。
軍法会議も無いので、本当にそのあたりどうするのか?という話なのだが、話がめんどくさすぎるので皆見てみぬ振りというのが現状だろう。
「よし、では収容所につき次第、看守と接触して言語を理解するところから始めるのだ」
ここに、アズガルド神聖帝国からしてみれば報告されることも無い、全くありがたくない情報収集活動が開始されたのである。
新世界暦1年1月25日 アズガルド神聖帝国 帝都アガルダ 参謀本部御前会議室
第36代アズガルド神聖皇帝が臨席しての御前会議。
通常でもぴりっとした空気になるのだが、それでも通常は出席者同士は普段からなんやかんやと会う間柄なので、どちらかというとけじめをつけるというか、メリハリをつけるためのぴりっとした空気である。
しかし、今回の御前会議は、重苦しい空気も加わって、皇帝も含めて誰も何も発言しない。
「えー、では現状の報告をさせていただきます」
最も年長の軍事大臣が重苦しい空気を破って、といっても絞り出すような声ではあるが、発言する。
「未知の国へ上陸部隊を撤収させるため、第一空母艦隊による航空攻撃と上陸部隊による陽動攻勢を行いました」
これは以前、皇帝が出席していない会議で決まった方針である。
「結果、第一空母艦隊第一波攻撃隊240機は全機未帰還、第一空母艦隊は第二波攻撃準備中に敵の攻撃を受け、全滅しました」
戦力判定の上での全滅ではなく、文字通りの全滅である。
「本国艦隊がすでに無く、そのうえで第一空母艦隊の消滅。この結果、我が国の艦隊戦力は偵察を主任務とする小型軽空母が主力の第二空母艦隊、海外領土防衛にあたる第四艦隊、あとは小型艦艇を残すのみという状況です」
「また、陸上における攻勢も失敗。敵地上部隊の攻勢を誘発する結果となり、上陸部隊である第一軍団は機甲部隊をすべて失い、降伏しました」
上陸部隊は陸軍から見ればそれほど大きな戦力ではないが、海軍のほうはぶっちゃけ再建不能である。
「しかし、光明がないわけではありません。第一波攻撃隊240機の一部は敵本土に攻撃を加えています。よってより多くの航空戦力を結集し、攻撃を行うことで」
「その飛行機とパイロットがどこにいるんだ」
第一空母艦隊航空隊は海軍航空隊の中でも厳しい訓練で知られる精鋭である。
それが飛行機ごと消えたのである。
そして、空軍も本土の部隊は日英の執拗な飛行場攻撃で実質的に消滅している。
それをフォローするために、海外領土にいた空軍の半分を本土に戻す再配置を行っている最中である。
実質的に第一空母艦隊が攻勢に使える最後の航空戦力だったのである。
「正直、降伏も検討すべきだと思います」
首相がはっきりと、これまで誰も触れなかった提案を行う。
「貴様!」
「陛下の御前で何を!」
「貴様、正気か!」
口々に他の大臣や参謀長が罵るが、皆本気で言っている様子はない。
条件次第でそれも止む無しというのが、皆の本音であった。とはいえ、敵に対して、全く交渉材料に出来るものが無く、このままでは言いなりになるしかない。
「そもそも、あの国がホリアセのような一党独裁や、それこそ共産主義国家だったらどうするのだ!」
「仮にそうだったとしても、国民がいなくなるまで戦うのか!」
皇帝はじっと目を瞑ったまま口を開かない。
そもそもホリアセ共和国やその他利害対立国と100年以上戦争を続けている国である。
誰も戦争の終わらせ方なんか知らないのである。
戦争を始めるのは簡単である。どちらか一方でも望めば戦争は始められるからである。
戦争を終わらせるのは困難である。どちらも双方が望まなければ戦争は終わらないからである。
見事にこの図式に嵌った帝国は、こっちが終わらせたいときはあっちが復讐戦に燃え、向こうが終わらせたいときはこっちが復讐戦に燃える。という図式で、終わることない戦乱を続けてきたので、もはや戦争している状態が平時となっていた。
新世界暦1年1月25日 イギリスロンドン 首相官邸
「日本での戦闘は終結したようですね」
ティータイムを楽しみながら、思ったより遅かったよね、と言った感じで外務大臣は言った。
「もともと、人的損失を嫌って、兵糧攻めで干上がるのを待つという話だったから、それから考えれば早く済んだと思いますがね」
「だが、これで日本も落ち着くだろうし、集団安全保障体制の協議に入れるだろ」
「さすがに近所になった友好国とはいえ、戦争中の国と集団安全保障機構を作るとなると世論も反発するでしょうからね」
「というよりも、アメリカの状況も鑑みるに、この世界で単独防衛は悪手だよ。日本とだけでなく、近所になった島国複数と集団安全保障体制を構築しないと、国防予算が青天井になる」
島国というのは基本的に人口の制約もあり、大国と呼ばれる規模にはなり辛い。
日本もイギリスも、基本的に大陸に近くて遠いという絶妙な位置だからこそ、この規模の国家に成り得たのである。
「とはいえ、あてになりそうなのは日本以外だとシンガポールと台湾くらいではないかね?」
「その台湾も、独立派と大陸派で揉めてるだろ。今更、大陸派もクソも無いと思うがね」
中華人民共和国から大きく離れることになった、というか、位置関係的に間にロシアもグアムもあるという状況では、大陸派もクソもなくね?というのが外から見ている人間の感想だが、大陸派にも利権とかいろいろあるのである。
とはいえ、肝心の中国共産党が新大陸のほうにお熱なので、台湾内部で勝手に揉めているだけ、という状態になっていて、果たして今後中国が台湾に感心を示すことがあるのか?という疑問も残るのだが。
このままでは日英米の庭になってしまいそうな多島海に楔と撃ち込む、という意味では台湾を影響下に置くメリットは大きいが、実質的に独立国である台湾を、中華人民共和国の県や省として扱うとなると、内からも外からも反発は必至である。
であれば、人民解放軍の拠点としては一切使えないので、楔にはならない。
結局、過去に引きずられて台湾内部で勝手に揉めているというのが真相である。
「まあ、台湾については様子見だな。無理に首を突っ込んでも火傷するだけだ」
「あとは・・・まぁ、大きいのはインドネシアやフィリピン、マダガスカルもあるが・・・」
「正直、集団安全保障であてになるかと言われると、こちらの負担が増えるだけだな」
「経済圏の構築、と考えるなら今後の成長も見込めますし、入れる意味はあるんじゃないですか」
新たな国際関係の構築に向け、世界史をかき回し続ける国が動き出したのである。




