北海道会戦・終幕
新世界暦1年1月24日 日本国北海道枝幸町 北見幌別川河口域南岸
鉄橋で放置されたグルトップ歩兵戦車の残骸を避けながら進む。
重量級のグルトップ歩兵戦車の残骸がのっているので、橋がさらなる加重に耐えられるのか心配ではあったが、どうやら問題ないようである。
「橋を渡ったら左方向の脇道を見つけ次第そこに入る!」
機動力と対戦車火力がウリのガルム騎兵戦車は、機動力を活かして敵をかく乱したり側面をとるのが主任務であり、今の状況はまさにうってつけであった。
敵は渡河しようとしたグルトップ歩兵戦車のほうに気を取られて、そちらに戦車を展開している。
この隙に橋を渡り一気に敵側背を突くべく、8輌が突撃を継続する。
「全速で吹かせ!」
「アイアイサー」
最高時速60キロを誇るガルム騎兵戦車の液冷12気筒のガソリンエンジンが唸りをあげる。
もっとも、全速で回し続けると冷却が足りずにオーバーヒートするお茶目さんだが、一時的に出す分には問題ない。
オーバーヒートさせないためには回転を低く保つ必要があるので、巡航速度は40キロでればいいほう、しかも低回転のせいでちょっとした登り坂で急減速は日常茶飯事、操縦手はクラッチ操作とシフト操作で死にたくなるという、実にどこかの島国の匂いがする戦車である。
「左の道だ!入れ!」
橋を渡りきってすぐ、左に入る舗装路があった。もうひとつ手前に未舗装路もあるが、方角的に渡河中の味方と敵の間に出そうなので、敬遠したのである。まぁ、事実その通りなのだが。
「2時方向、敵装甲車両!」
戦車でないことは見ればわかるが、どういう車両なのかわからない。
砲塔はあるようだが、その上に皿のような円形のものがのっており、さらにその上で何か棒状のものがくるくると回っている。
「あれは機関砲か?」
と、凄まじい速度で敵の砲塔が動き、その機関砲がこちらを向いた。
「こっちを向いたぞ、撃て!」
慌てて指示を出す。
それと同時に、ガガガと装甲が削られる音がする。
「ひっ」
「うわ」
経験したことのない恐怖の音。思わず車内の皆が変な声を出す。
その時、ぶしゃっと暖かい液体がかかる感覚を車長は感じた。
「え」
液体が飛んできた方を車長が見ると、上半身が無くなった砲手と腕を失くした装填手がいた。
「あああ」
そこから砲塔前方に目をやれば、外が見えていた。
「敵戦車沈黙!」
「よし!」
賭けに勝ったことを確信した87式自走高射機関砲の砲塔にいた2人は快哉を叫んだ。
この際、一番撃たれたくない兵器に撃たれた相手の様子は考えないことにする。
「APDS、残弾無し」
対地攻撃用の即応弾20発は撃ちきったので、次は無い。
「87AW、後退します」
『敵航空脅威なし、後退を許可する。敵戦車の後続が橋を渡っている、注意せよ』
敵航空機を全て排除できていたため、あっさり後退の許可が出る。
「宿営地まで帰還する」
『了解。ちょっとちびったんですけど』
操縦手が車内通話で返事をすると同時に、車体が動き出した。
「もう俺は対地戦闘なんざごめんだね」
「全くです。生きた心地しないですよ」
操縦手がいったくだらないことは無視し、死地を生き延びたことで、完全に車内の空気は緩んでいた。
「一応、周辺警戒を」
よっこいしょと、砲塔上のハッチから顔を出した車長は、周囲を見渡し、後ろを見て固まった。
先ほど撃破した戦車の影から、別の戦車が砲塔をこちらに向けて顔を出そうとしていた。
「あ、俺死んだ」
徹甲弾の残弾は無く、そもそも砲塔も明後日の方向を向いている。
敵の主砲はなかなかご立派なので、弾片防御に主眼が置かれた自走高射機関砲の装甲では何も期待できないだろう。
敵戦車が停車し、照準するのがスローモーションのように見える。
もうダメだ、と思ったとき、脇の茂みから突如90式戦車が砲塔を敵戦車のほうに向けて飛び出してきた。
90式戦車が飛び出して87式自走高射機関砲と敵戦車の射線を塞ぐのと、敵戦車が発砲するのは同時だった。
そして、射線上で90式戦車が完全に停車するのと、90式戦車が敵戦車に発砲するのも同時であった。
ガルム騎兵戦車の装備する60口径8センチ戦車砲は、1000mで約140mmの貫通能力を持つ優秀な戦車砲であったが、均質圧延装甲換算460mmの貫通力を持つ120mm滑腔砲を止めることを目的に設計された複合装甲を正面装甲に持つ90式戦車には無力であった。
逆に90式戦車の発射した120mm多目的対戦車榴弾に複合装甲はおろか、中空装甲も持たないわずか40mmのガルム騎兵戦車の装甲は貫通され、車内に吹き荒れたメタルジェットが砲塔内の即応弾を誘爆させ、見るも無残に吹き飛ばした。
「よし、戻ったら俺は転属願だすぞ!もう自走高射砲なんて乗らねぇ!」
一歩間違えば自分がそうなっていたかもしれない敵戦車の惨状を見て、車長はそう決心した。
『あのお、それよりちびっちゃったんですけど・・・』
操縦手の情けない声が聞こえた気がするが、気のせいだということにして、車長は宿営地への帰還を命じた。
新世界暦1年1月24日 日本国北海道千歳市 東千歳駐屯地
元々市街戦訓練施設だった即席収容所の広場にエンジンをかけたままのUH-2が待機していた。
「投降した兵士の生命は」
「抵抗せずに武装解除するのであれば保証しますよ」
その言葉を聞いたアルノルド中将はおっかなびっくりで拡声器のとりつけられたUH-2に乗り込んだ。
新世界暦1年1月24日 日本国北海道枝幸町 道道12号線
「全車前進」
第11戦車隊に前進の命令が下った。
それに第10即応機動連隊が後続する、第11旅団主力である。
『新無人偵察機システムより報告、敵機甲部隊主力は市街地南方に移動中。第11戦車隊は市街地、第10即機連は敵主力後背を突け』
「『了解』」
90式戦車2個中隊を先頭に、機動戦闘車、96式装輪装甲車、軽装甲機動車が後続する。
機甲部隊と呼ぶには微妙に装輪車両が多いが、それでも第7師団を除けば、陸自でも有数の装甲部隊である。
『地上部隊突入と同時に、ヘリボンによって敵司令部を急襲する。誤射に注意せよ』
枝幸町からの敵部隊完全排除に向け、三方向から陸自は前進を開始した。
新世界暦1年1月24日 日本国北海道枝幸町山岳部上空
地形に沿って匍匐飛行するヘリコプターの編隊があった。
UH-60JA 2機を先頭に、UH-2とUH-1Jの混成部隊である。
「司令部の場所変わってないんですかね?」
「航空偵察ではそう結論付けられてるが、いってみないとわからん」
先頭を飛行するUH-60JAの機内で特戦群の吉柳一佐は部下に禁句を平然と言ってのける。
「まぁ、今回はこっそりやる必要もないし派手にいこうや」
そう言って、ぽんぽんと無理矢理装備された大型スピーカーとアンプに繋がったデジタルプレイヤーを叩く。
「いや、それ後で怒られても知りませんよ」
「ええー」
くだらないことを言っている間も、ヘリ部隊は枝幸に向かって進んでいた。
新世界暦1年1月24日 日本国北海道枝幸町 アズガルド神聖帝国第一軍団司令部
「陸上戦力は大したことないとか言ったのはどこのどいつだ」
次々と知らされる戦況にランヴァルド少将は目を逸らしたい気分になった。
「空母艦隊の第一波攻撃隊は全滅。南方で攻勢にでた機甲部隊も全滅」
はぁと頭を抱えて机にうずくまるランヴァルド少将。
そこにバタバタバタという聞いたことのないローター音と大音量の音楽が聞こえてくる。
このふざけた戦争の終わりを告げる騎行である。
新世界暦1年1月24日 旧オホーツク海海域 アズガルド神聖帝国第一空母艦隊
大型正規空母6隻、軽空母4隻という真珠湾攻撃の連合艦隊を上回る数の空母を率いる第一空母艦隊の旗艦司令室は喧騒の中にあった。
「第一波攻撃隊240機全機未帰還だと!?いったい何が起こっている!」
「第二波を出すべきだ!」
「バカを言うな!240機が全滅だぞ!何の対策も無く第二波など出せるか!」
第一空母艦隊が搭載する航空機は10隻の空母合計で680機。
直掩機を除いたとしても、同規模以上の攻撃隊をもう一度出せる計算になる。
「第二波も全滅してみろ、我が海軍の航空艦隊は終わりだ!」
もはや半分喧嘩腰の司令室内部の喧騒とは別に、対空見張り所や高角砲指揮所もまた喧騒に包まれていた。
時速1000キロを超える速度で突っ込んでくる飛翔体。
「撃て!撃ち落とせ!」
砲術長のその号令とともに、一斉に12センチ高角砲と30mm機関砲が火を吹く。
とはいえ、射撃指揮装置が対応する速度はせいぜい800キロが上限である。
迎撃の砲弾は飛翔体の通った後をなぞるばかりである。
「落とせええええぇぇぇ」
砲術長が絶叫するが、迎撃できぬまま飛翔体は船体に突き刺さり、格納庫内で爆発した。
解き放たれた爆風は、格納庫内の機体を焼き次々と炎上させた。
「消火だ!格納庫の防火扉を閉めろ!」
「出撃準備中だった機体が邪魔で防火扉が閉まりません!」
「なんだと!だからあれほど防火扉の可動範囲には駐機するなと!」
船体の前から後ろまで貫通している二段式格納庫は火の海と化し、手が付けられない。
「くっそ!足を止めさせろ!風のせいで火が前から後ろに広がって手が付けられない!」
「ダメです!高角砲弾庫に火が回ります!」
言っている間に左舷水線付近で爆発が連続する。
「浸水発生!止められません!」
「船体傾斜、復原できません!」
そのままあっという間に、横転した旗艦は煙突からボイラーに比べてあまり冷たい海水が入り、水蒸気爆発を起こして轟沈した。
そして、時間の前後はあったものの、第一空母艦隊の空母10隻は全て数時間のうちに対艦ミサイル1発の被弾で沈んだのだった。
新世界暦1年1月24日 日本国北海道枝幸町 枝幸地区
アズガルド神聖帝国第一軍団司令部に使われていた高校と中学には再び日の丸が翻っていた。
空には、降伏を呼びかけるアルノルド中将のメッセージを大音量で流す回転翼機が飛んでいる。
それを茫然と眺めるランヴァルド少将は、校庭で手を頭の後ろで組んで跪いていた。
要するに降伏したのである。
司令部が敵に急襲されると同時に、敵戦車隊が南北から市街地に雪崩れ込んできた。
味方は大混乱で、組織的抵抗は何もできていないらしいというところで、敵のコマンド部隊が部屋に雪崩れ込んできたので降伏したのである。
一部の将校は抵抗したようだが、彼らは校庭の隅で黒い袋に入れられて積み上げられている。
それを見て、更なる抵抗を企てようというものはおらず、司令部は粛々とその機能を失っていった。
ランヴァルド少将はただ生命の安全を保証するという降伏の約束が守られることを祈るだけであった。
この日、枝幸町に平穏が戻った。




