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第一次「異」世界大戦  作者: 七十八十
新世界暦1年
2/201

混乱

西暦2024年12月31日


それは、ちょうど日付変更線が世界で最初に2025年の元旦を迎えた瞬間に起こった。


全ての人工衛星と海底ケーブルの消失。


その影響は、一瞬で世界中に現れた。

大陸間の国際電話の不通や各種インターネットサービスの異常、使用不能になったGPS。

新年を祝う雰囲気に包まれていた大晦日の世界は、一瞬にして混乱の坩堝と化した。





西暦2024年12月31日 日本国 東京 総理大臣官邸


「つまり、国外はどことも連絡がとれないんだな?」


足早に廊下を進む男が苛立たし気にもう一人の男に声をかける。


「九州、四国とは問題なく通信できていますが、北海道は有線がダメなようで、どうやら青函トンネルが消失しているらしいとの未確認情報もあります。空自千歳基地との間で連絡が取れているので、北海道が無くなったということはないようです。沖縄も同じく、空自那覇基地との連絡がとれているので、問題なさそうです」


問われた男、内閣の女房役と言われる官房長官が今集まっている情報を伝える。


「しかし、情報収集衛星、天頂衛星、その他各種民間衛星との通信は不可能となっています。海底ケーブルも同様で、太平洋、日本海、東シナ海、全て比較的日本に近い位置で断線しているとのことです」

「つまり、日本列島以外の世界が無くなったってことか?」

「そこまではなんとも・・・」


やがて、2人は地下にある目的地、危機管理センターに到着した。

本来、官邸の主が詰める部屋ではないのだが、少しでも情報が欲しい現状では、上の会議室よりこちらのほうが良いという判断である。


危機管理センター内は慌ただしく動き回る人員がいるにはいるものの、閑散としている。

自衛隊だってスクランブル対応や捜索救難関連の部署を除けば、普通にのんびりしている年末年始である。

本当に最低限の人員しか残っていない。

通信途絶が発生したのが午後9時、なんやかんやあって危機管理センターの職員に緊急招集がかかったのは午後10時をまわってからである。

当然、集まりも悪いし、普通に長期休暇で帰省している職員だって大勢いる。


「防衛省からの情報で、いくつかの国の電波情報は受信しているものの、中国、ロシアについては一切の電波放射が確認できない。とのことです」


総理が入ってきたことに気付いた危機管理監が現状を報告する。


「いくつかの国とは?」

「手持ちの情報で確実なのは台湾、フィリピン、あと傍受した内容からの推測で、英国ではないか、とのことです」

「英国の無線通信なんて日本で傍受できるのか?」

「本来ならほぼ不可能ですが、受信できているとのことです。ただ、その3ヶ国とも、方位、距離がおかしいとの報告は来ています」


24時間365日態勢で行われているシギント任務は、その実態が謎に包まれている。

ただ、全国に複数設けられた防衛省情報本部の通信所がその活動の中核だと言われている。


「在日米軍はどうなっとる」

「こちらと同じく、混乱しています。やはり米本土との通信は途絶しているようです。ただ、グアム、ハワイとは通信が繋がるようです。まぁ、こちらも方位と距離がおかしいと情報本部は首を傾げていますが」


つまり、おかしなことだらけだと。


「三沢からF-35が上がりました。防衛省から映像きます」


閑散とした室内に声が響く。


「状況もわからんのに戦闘機なんて出して大丈夫なのか?」

「状況がわからないからこそです。それにF-35なら万が一どこかの領空に入っちゃってもそうそうバレません」


バレなきゃ犯罪じゃないんですよ理論を堂々と展開する危機管理監。こいつ元々警察官のトップじゃなかったっけ?と総理は思ったが、深く考えないことにする。


「それに映像をリアルタイムで伝送できるのも都合がいいでしょう」

「まぁ、それはそうだが・・・」

「F-35が函館上空に入ります」


とにかく今は状況の確認が必要だと思い直し、総理はF-35のEO(電子光学)TS(照準システム)から送られてくる赤外線映像を注視するのだった。





西暦2024年12月31日 大英帝国 ロンドン 首相官邸


ダウニング街10番地(ナンバーテン)と呼ばれる英国首相官邸では緊急の閣議が開かれていた。


通信関係が突然途絶したの状況は日本と同じではあったものの、こちらの混乱はより酷かった。

なんせ、正午に通信途絶が発生すると同時に、突然夜になったのである。


市街地では交通事故が多発することになり、そのことによる混乱とそれに乗じた犯罪行為も起こったものの、すぐに通常通りに機能させた街灯と警察の活動により、表向きは平穏を取り戻している。

とはいえ、正午になったとたん突然夜になったという不安感は拭えるものではなく、国外との通信途絶と合わせて、ロンドンの街は不気味な雰囲気を醸し出している。


「つまり、アイルランドとは連絡できるが、ドーバートンネルが無くなって欧州大陸とは連絡できない、ということか」

「これこそまさしくBrexitってか、HAHAHAHA」

「「「・・・」」」


つまらないことをいった閣僚に全員から冷たい視線が突き刺さるが、当人が気にした様子はない。


「フォークランドとは連絡がとれました」

「あれ?とれないって言ってなかったか?」

「基地とはとれませんでしたが、スクランブル待機中のタイフーンとはつながりました」

「・・・なんでだよ」


基地とは海底ケーブルと衛星が連絡手段だが、戦闘機であれば無線範囲内は問題なくデータリンクも含めて連絡をとれるわけだが、そもそも英本土とフォークランド諸島は1万2千キロ離れており、本来なら戦闘機が直接通信できる距離ではない。


「とりあえずフォークランドからの無線を受信できた方角に哨戒機を飛ばしてみる予定です」

「大丈夫なのか?」

「とりあえずE-3かP-8を使用する予定なので、何らかの情報は得られるかと」


極端な軍縮傾向にあった欧州の中ではマシな方とはいえ、核戦力に予算をとられている英国の兵力は軍拡が進むアジア基準ではお寒い限りである。

ロシアの脅威があるとはいえ、直接接しているわけでもないのでそれで良しとされていたものの、周辺友好国と全く連絡がとれないどころか、消失すら疑われる状況では心許ない戦力である。

米軍もいるにはいるものの、本国との連絡が途絶している状況では戦力としてカウントできない。


「失礼します」


扉を開けて空軍の連絡士官が入ってきて、国防大臣に報告しようとする。


「そのまま報告し給え。今は情報が必要だ」


その前に首相が連絡士官の少佐に促す。

少佐は国防大臣を見るが、彼が頷いたので、そのまま姿勢を正して報告する。


「では、このまま失礼します。レーダーでは探知できませんが、日本空軍の戦闘機がADIZ(防空識別圏)に侵入したのを確認しました」

「レーダーでは探知できていないのにどうしてわかったんだ?」

IFF(敵味方識別装置)の情報です。レーダーにひっかからないのはF-35Aだからのようです。無線応答では状況確認のための偵察飛行との返答で、状況は我が国と似たり寄ったりのようです」

「いや、まて、日本の戦闘機が我が国の防空識別圏を飛行してるのが一番おかしいだろ」


民間航路の直通便もワイドボディ機でないと飛べない距離である。

いくらF-35の戦闘行動半径が大きいと言っても、それはあくまで戦闘機としては長いというだけである。


「日本側も混乱していました。当人たちはロシアや中国方面の偵察飛行のつもりだったようなので」

「もしや、世界中の位置関係が無茶苦茶になっているのか?」

「もしそうなら面倒な国の近所になってなくてとりあえず良かったですな」

「いや、まだ日本が近くにあるらしいということしかわかりません。情報収集を進めないと」


少しだけ状況が分かったところで、またも謎は増えるのだった。





西暦2024年12月31日 アメリカ合衆国 ワシントン ホワイトハウス


「北アメリカ以外の米軍基地は全て連絡不能とはどういうことだ!?ロシアと中国の核攻撃で全滅でもしたのか!?」


突然北アメリカ大陸以外との通信が途絶した件について報告を受けた大統領は、全ての問いに不明と返答する国防長官と国務長官、CIA長官にブチ切れて声を荒げた。


「それも不明です」


大統領の怒声に若干怯んだ国防長官とCIA長官に対し、相変わらず不明と返した国務長官も中々の鋼メンタルである。

眉ひとつ動かさない国務長官を大統領は睨みつけるが、国務長官の表情は変わらない。

あまりの鉄面皮っぷりに思わず大統領の方が怯んでしまう。


「アラスカのエルメンドルフからE-3が上がっていますが、ロシア方面からの既知の電波放射は確認できないとのことです」


国防長官がすかさず今わかっていることを報告する。


「なんだ未知の電波は出ているみたいな言い方だな」

「何の電波かは不明ですが、何らかの電波放射は確認できるとのことです。既存のデータに照らし合わせるなら長距離用の二次元捜索レーダーあたりが近いという見解です」

「なんだ、ロシアは宇宙人にでも占領されたのか?わからないなら偵察機をロシアに入れたらいいだろう」


ふわっとした国防総省の見解に、大統領は無茶ぶりをする。

U-2を迎撃できる機体もミサイルも無かった時代ならともかく、安全に航空偵察ができる時代は冷戦中期には終わっているので、そこまで無茶なことはそうそうできない(やっていないとは言っていない)


「衛星が使用不能な現状ではグローバルホーク(無人機)も使えませんし、有人機のほうもコンパスが役に立たない現状では、あまり基地から離すのは危険です」

「コンパスが使えない?」


初めての報告に大統領は首を傾げる。

試しにインテリアにおいてある登山用コンパスを動かしてみるが


「別に問題ないようだが?」

「良く見てください、そっちは北ではありません」


国務長官の冷静な突っ込みに、再びコンパスに目を落とす。


「南北が逆?」

「原因は調査中ですが、GPSが使えず、コンパスの南北もあてにならないでは有視界飛行以外は危険です」


南北が逆転という現象は日英では発生していないのだが、今の彼らにそれを知る術はない。


「とにかく、可能な限り情報を収集する必要がありますが、備えも必要です」

「デフコンだろ、いくつにする」

「あらゆる状況への対応を考えるなら、3かと」

「3か・・・」


米軍の警戒態勢を示すデフコンは、5を平時として最高は1である。

冷戦中は常に4だったりしたのだが、1は未だに発令されたことは無い。これまでの最高はキューバ危機の際の2である。

ちなみに3だと、ニューヨーク同時多発テロの際に準じる態勢になるので基本的に核攻撃以外には即応可能である。


「ではデフコン3の発動を宣言する。情報収集はあらゆる手段を用いて行え」

「了解」


3人は退出し、部屋には大統領1人が残される。


「アメリカ以外が消滅?そんなこと有り得んよ」


独り言は誰にも聞かれることなく部屋の中で消えた。





西暦2024年12月31日 ロシア連邦 モスクワ クレムリン


年末の休暇だというのに面倒なことになったとぶつぶつ文句を言いながら1人の男がクレムリンの薄暗い廊下を早足で歩いている。

本来ならば今頃、息子夫婦を空港で迎えて、孫と一緒に休暇を楽しんでいるはずだったと言うのに。


「失礼します」


ノックもそこそこに返事を待つことなく扉を開く。

中に入ると一斉に視線がこちらに向く。

部屋の主、一体お前は何年大統領やるつもりなんだという男が口を開く。


「報告を聞こう」


かつてKGB(国家保安総局)、現在のFSB(対外情報庁)で働いていたという大統領に鋭い視線を向けられる。

冷徹な人間味を感じさせない視線は、何度向けられても慣れない。


「はい、結論から申し上げますと、ウラジオストクの現在の気温は34度、湿度は80%。熱帯と言って差し支えない状況かと」


ガヤガヤと室内が騒がしくなる。


「自然資源・環境省としての見解は?」

「見解と言われましても・・・現状では異常気象としか・・・」


心の中でんなもん俺に聞かれてもわかるわけねぇだろ!と毒づきながら資源・環境大臣は応える。


「ただ、シベリア全土で気温が急上昇しております。このままの状態が続きますと永久凍土まで溶け出す恐れがあります。道路はもちろん、シベリア鉄道、建築物に至るまで、甚大な被害が出かねません」


再びガヤガヤと騒がしくなる室内。


「静まりたまえ」


大統領の言葉で再び部屋に静寂が訪れる。


「他に報告のある者は?」

「特にうちの管轄というわけではありませんが、こちらをご覧ください」


そう言って出されたのは、軍で使用されている標準的なコンパスだった。


「・・・これがどうした?」


机に置かれたコンパスを全員で一斉に覗きこむという、傍から見れば滑稽な光景が展開されたものの、皆すぐに興味を失って発言者に先を促す。


「お気づきになりませんか?」


何をだよという空気が室内を支配するが、コンパスを見続けていた資源・環境大臣は気付いた。


「・・・方角がおかしい?」


ぽつりと口から洩れた言葉に、再び全員がコンパスを覗きこむ。


「これは・・・このコンパスが狂っているのではないのか?」

「おい、スマートフォンにはコンパスがついてるだろ、出して見ろ」

「バカなことを言うな、ここは持ち込み禁止だろうが!?そんなことで足を引っ張るつもりか。姑息なことを言うな」

「いや、別にそんなつもりでいったわけでは・・・」

「というか、なにお前はしれっと出してるんだよ」

「いや、この部屋にウォッカ持ち込むよりは簡単だぞ」


何か一部聞き捨てならない言葉があったような気がするが、それよりも今の問題は本来の北を差さないコンパスである。


「時計回りに90度ずれているのか?」

「多分それくらいだな。赤の広場があっちで、ボリショイ劇場があっちだろ。西が北になっている」

「地軸が変わったのか?」

「シベリアが熱帯になった理由はこれでわかったな。帰ってウォッカだ」

「いや、だがこれだけではアメリカやアフリカの大使館と連絡が取れない件は解決しないぞ」


こいつら酔ってんの?という人間を一部含んで、会議は続く。





西暦2024年12月31日 中華人民共和国 北京 中南海


「日本とアメリカが無くなったのは良い知らせだが、こうも暑いのはどうにかならんのかね」

「まだ無くなったと決まったわけではありませんし、実際に確認しないうちはなんとも」

「それよりも、良い知らせとはいえ、時期は選んでもらいたいね。せっかく海南島で過ごす予定にしていたのに、おじゃんだよ」

「良かったじゃないか、気温だけは海南島並だぞ」


中南海の池の・・・というには日本基準ではでかすぎるほとりで、12億人の人民を好きにできる権力者たちが話している。


「だが、本当に日本とアメリカがなくなっていたら厄介だぞ。どこに製品を輸出すればいいのだ」

「そうだ。経済の大幅な後退は避けられない。バカどもが騒ぎ出すぞ」

「なーに、本当にアメリカや日本が無くなっていれば太平洋にも出て行き放題、適当に戦争でもして煽ってやればクズのような人民などどうとでもなる」


お前らほんとに共産党かよという発言を繰り返しながら、会議は進む。


世界の混乱は、まだ始まったばかりである。

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