嵐の前の・・・
新世界暦1年1月20日 アメリカ合衆国 ワシントンDC ホワイトハウス
「ニカラグア軍の抵抗で警戒したのか、不明国家の進軍速度は15日以降落ちていますが、ニカラグアはほぼ陥落しています」
「ニカラグア軍の残存戦力はホンジュラスに合流、エルサルバドルも共同で抵抗しているようですが、まともな機甲戦力もなければ制空権もなく時間の問題でしょう。まぁ、犬猿の仲の3ヶ国が手を組んだあたり、危機感はあるということでしょうね」
「さらにグアテマラもこの連合に加わり、抵抗を強めていますが、不明国の戦力は低めに見積もっても独ソ戦の際のソ連並ですから、押し潰されるでしょう」
現在の中米の戦闘状況の報告を受けるこの国で一番偉い人。
「ホンジュラスとグアテマラからは正式に軍の派遣要請が来ています」
そこに国務長官が付け足す。
そして、部屋には沈黙が満ちる。
全員の視線が大統領に集中するが、大統領は目を閉じたまま深く息を吐く。
「で、メキシコは?」
その一言で、皆目を逸らしたり、溜息を吐いたりと、様々な反応を示すが、一様に否定的な反応である。
「米軍の国内の通過、展開は認めないの一点張りです」
「国内を戦場にされることを懸念しているようですが、そもそもメキシコ軍は正面装備ではニカラグア以下です。放っておいたら国ごとなくなるでしょう」
アメリカとしては国内を戦場にするというのは避けたい事態であるから、なんとかメキシコで止めたいというのが本音である。
「とりあえずフロリダのホームステッド基地からホンジュラスは往復で3000キロですから、少し大変ですが航空支援は可能でしょう。問題は地上兵力を展開するかどうかと、するとして手段はどうするかです」
「ハワイから空母を1隻サンティアゴに戻していますが、到着には少し時間がかかります。また沖縄とグアムの第三海兵遠征軍を佐世保の揚陸艦隊で向かわせていますので、こちらも少し時間はかかりますが展開は可能です」
「現状稼働状態の空母で所在が確認できているのはグアムに1隻、ハワイに2隻、横須賀に1隻。ハワイの1隻は現在サンティアゴに戻していますが、所在不明が中東2隻、欧州1隻、残りはドックです」
最大の外征能力を持つ空母で現状使えるものがないというのは、アメリカの遠征能力に大きな足かせである。
「横須賀で定期検査の1隻を早急に出渠できるように急がせていますので、現在横須賀にいる1隻戻しても問題ないかと」
「とはいえ、交戦中の同盟国から空母を引き上げるというのは誤ったメッセージにならないか?」
「元々1隻配備で、入渠中の穴埋めで派遣してたのを戻すだけなんだから、平常通りの運用だろう」
「交戦状態といっても、すでに封じ込めに成功しているし、敵国に攻め込む気もないんだから、平常通りの運用ということで説明すれば問題ないだろう」
フロリダの航空基地と空母1~2隻であれば航空支援としてはとりあえず十分だろうという話で結論になるが、問題は陸上戦力である。
「メキシコはなんで米軍の通過を頑なに拒んでるんだ?」
「なんででしょうね。ちょっと通過するついでにこっちで好き勝手に麻薬カルテル潰すからっていっただけなんですけど?」
「うーん、それやね」
どこか真剣身に欠けるのは世論も地上軍派遣に否定的なせいである。
「しかし、地上軍抜きの航空攻撃だけで進軍してくる機甲部隊を止めることなんてできるのか?」
「まぁ、補給線と本国を叩いてよいのであれば間接的には止められるでしょうが、前線部隊を止めるとなると・・・冷戦時代の欧州での作戦に立ち返りますか」
「「「いや、ダメだろ」」」
冷戦時代の欧州での作戦。
西欧目指して進軍してくるソ連軍機甲師団を(西ドイツに仕掛けた)核地雷と戦術核の集中運用で殲滅するというもの。
別に昔でも許されない狂気の戦術である。
「まぁ、メキシコもケツに火が付いたら認めるだろ」
世界大戦にはいつも遅れてくるのがアメリカである。
もっとも、いまだのんびりしている感が否めないのは足かせのせいだが。
新世界暦1月20日 アメリカ合衆国 テキサス州サンアントニオ近郊
メキシコとの国境にほど近く、ボーイングのC-17の整備工場もある普段は空軍の街のサンアントニオだが、現在は大量の陸軍があらゆる場所に展開し待機していた。
メキシコの許可が出れば直ちに国境を越えて南下するため、またはもし仮にメキシコが最後まで許可を出さなければ、そのまま国境を防衛線にして押し返すため。
「これだけのストライカー旅団戦闘団が集まっていると、装輪装甲車は威圧感を与えないなんて文言はハナクソみたいなもんだな」
そう言った旅団長はストライカーMGSの主砲の上に立って周囲を見渡していた。
「しかし、メキシコシティまで自走していくとしたら休憩なしでも15時間はかかります。そのまま防御戦闘というのは無理がありますよ」
その横で車体に腰かけている副官が言った。
彼らに与えられた任務は、メキシコからの防衛要請と同時に国境を越え、迅速にメキシコシティ南方に防衛線を形成することである。
そのために、国内に残っていた全てのストライカー旅団戦闘団が集められていた。
「メキシコがこのまま渋り続ければ、防衛線をもっと手前にする可能性もある。とにかく我々に求められるのは装輪装甲部隊であることを活かした急速展開と防衛線の構築だ」
ストライカー旅団戦闘団の発足当初の構想通り、空軍の輸送機で空輸してしまうという作戦も検討されたものの、C-17とC-5はM1A2の空輸に充てて、機甲戦力の迅速な展開を図るということになった。
地続きなんだから長距離走れる車両は走っていけということである。
ストライカーMGSが戦車の代わりにはならないとイラクで痛いほど知った米軍の苦肉の策である。
「けどメキシコ陸軍てどちらかというと非正規戦対応を重視した装備でしょ?戦車に匹敵する装備があるらしい不明国との戦闘でどれほど持つんですかね?」
「まぁ、俺らとしてはアメリカ国内が戦場にならないようにって心配だけしてようや」
そして、彼らは今は越えられぬ壁のほうに視線を向けるのだった。
新世界暦1月20日 メキシコ合衆国 メキシコシティ 国立宮殿
大統領が執務する国立宮殿は喧騒に包まれていた。
もっとも、中が騒がしいのではなく、周囲が騒がしいのだが。
「くそ!人の気も知らずに!」
中米諸国が短期間で立て続けに陥落し、最大の軍事力を持つニカラグアもすでに敗戦している状況に、アメリカの参戦を求めるデモは激しさを増していたが、大統領は一貫して拒否していた。
「しかし、大統領。我が国の防衛戦力ははっきり言ってニカラグア以下です。かろうじて人数では勝っていると言う程度で、正面装備はまともに整備していません。ニカラグアが敗れた相手に勝てと言われても不可能です」
国防大臣がはっきりと明言する。
「だが、連中なんぞ国内に入れてみろ!連邦捜査局や麻薬取締局も連れてきて国を滅茶苦茶に引っ掻き回すのが目に見えている!」
怒鳴り散らす大統領を、国防長官と陸軍准将はそれの何が問題なんだ、面倒な麻薬カルテルもついでに一掃してくれるなら結構なことじゃないか、という冷めた目で見ている。
「なら司法当局は入れないと明確にすればいいでしょう。アメリカに求めるのはあくまでも防衛だけ。それをはっきりさせておけば、問題ないでしょう」
「そんなこと提案したとマスコミにバレてみろ!後ろめたいことがあるからFBIを恐れてるんだとか、カルテルとつながりがあるからDEAを恐れるんだとか、好き勝手に書きたてられるに決まってるだろうが!」
それを聞いていた何人かは、下手したら国がなくなるからあんたの支持率とかどうでもいいんだが、と思ったし、他の何人かは、実際に後ろ暗いことがあるんだから仕方ねぇだろ、と冷めた目で見ていた。
選挙中から黒い噂が付きまとったのが現大統領だが、それを金と世間受けするパフォーマンスで乗り切った男である。
FBIやDEAにつつかれたら埃がボロボロでるだろう。
「とにかく!我が国の防衛は我が国で行う!陸軍は国境線で敵を押し返せ!」
戦車もないのにどうやってだよ、という顔を何人かがしたが大統領は知らん顔を決め込む。
「では、後は任せたぞ!」
そう一方的に告げて大統領は部屋を出て行った。
そして、部屋には溜息が満ちる。
「これはどうやら噂は本当ということでしょうな」
「カルテルから金を貰って捜査に介入していると言う話ですか?」
「そんなのは皆知っているだろ。しかし、あれはほんとに米軍が自分を逮捕しに来ると信じているな」
「そうしてくれたら助かるが、米軍もそんなに暇じゃないでしょ。残念ながら」
とはいえ、メキシコから流入する麻薬にアメリカが手を焼いているのは事実なので、それで元を断てるなら大統領逮捕くらいチャンスがあればやりそうな気はするが。
「それで、実際軍は単独でどれくらい持つんだ」
「敵の主力は戦車らしい。正直分が悪いな。唯一の機甲戦力のERC90も、正面から撃ち合いできる装甲でもなし、米軍に聞いた話じゃ、主砲威力が同程度のニカラグアのT-55は敵の装甲を抜けなかったらしい」
再び部屋に溜息が満ちる。
「あとは期待できるのはミラン対戦車ミサイルとRPG-29くらいか」
「ミランはともかく、RPG-29は・・・」
「南部の国境地帯はジャングルです。使い道もあるでしょう」
無誘導のRPGはせいぜい500m程度でないと命中させられない。それも移動目標となるとさらに肉薄しなければならないだろう。
ジャングルであんなデカくて重い物を担いで、敵戦車に発見されずに接近する。なんて芸当は誰にでも出来ることではない。必然的に待ち伏せ運用になるので、攻勢では主力にならない。
「むしろ南部地帯は避難を優先して、戦闘は避けて軍を温存しますか」
大臣の1人がぼそっと呟く。
「温存したところで反撃できなければ意味がありませんよ」
「だからですよ。大統領に敵に戦線を突破され、後退に次ぐ後退だと言っておけばいい。メキシコシティに敵が迫れば、あの大統領も米軍に頼らざるをえまい?」
文民統制の根幹を崩しかねない大臣の提案に、軍人たちは息をのむ。
「まぁ、まだ少し、そうほんの少しだけ我々には時間がある」
部屋を沈黙が包み、時を刻む秒針の音と、外の喧騒だけが部屋に響くのだった。
新世界暦1月22日 中米 ホンジュラス・グアテマラ国境地帯
道路上をホンジュラスからグアテマラに向かう難民の列が続いている。
その脇、普段であれば長距離トラックやバスが国境越えの審査を待つために停車する大きな車寄せに、5輌のT-72Bと6輌のサラディン装甲車が停車していた。
ニカラグア陸軍の残存部隊とホンジュラス陸軍の混成部隊である。
「人、途切れませんね」
「ああ」
T-72Bの2つの砲塔ハッチから顔を覗かせた車長と砲手が無表情で列を眺めている。
「占領された場所、どうなってるんでしょうね」
「さあ」
やはり2人とも無表情のままである。
グラナダ近郊での戦闘はSA-8とシルカの弾切れまではニカラグア軍優位で進んだが、弾切れの後は増援の航空支援でズタズタにされ、後退を余儀なくされた。
その後も何度か、敵の侵攻を遅滞させるための戦闘はしたものの、長距離の自走が祟り、戦闘以外でほとんどが脱落することになった。
今では、この5輌が中米で唯一の主力戦車である。
「もう連れてきた避難民は国境を越えましたし、俺達は国に・・・」
「そりゃむりだろ」
道は避難民で溢れかえっており、彼らがそこにいるのも、警備しているとかよりも、「そこで動けなくなった」というのが正しい。
「俺の故郷、海沿いだったんですけど、大丈夫ですかね」
「そんなん言い出したら俺なんかグラナダだぞ」
そんな話をしていても、2人は無表情のままである。
「なんのために戦ってんだろうな」
疲れ切った無表情で吐き出した車長のつぶやきは、誰からの返事もなく空へと消えて行った。
新世界暦1月22日 ニカラグア グラナダ上空 飛行艇母艦「聖アドラー」
この方面の飛行艇艦隊司令長官である聖女は、何の感情も読み取れない目で眼下の市街地を見下ろしていた。
「失礼します」
そこに1人の男が書類の束を持って入ってきた。
「占領地域での教化状況をまとめたものをお持ちしました」
丁寧に机の上には置いたものの、男はその資料に興味無さそうに、勝手に読めと言わんばかりの感情が現れていた。
「どのような状況ですか」
そんな感情に気付いた様子も無く、聖女は問いかける。
「5歳以上は全て粛清、子供は教化院に送り国民とします」
「なぜ粛清するのです?蛮族に聖者タスマン様の素晴らしい教えを広めるのは我々に与えられた崇高な義務でしょう」
「言葉を理解しない蛮族では何も教えられません。エサをやる価値もないとなれば殺すしかないでしょう」
「聖タスマン様の教えも理解できないとは、哀れなムシ達です」
聖女は教えを理解できないことを心底憐れんでいるといった様子だが、男の方はそんな聖女を忌々しく思っている様子がありありとでていた。もっとも、聖女はそんな男の様子をわかっていないようだが。
「それでは、私は現地人の処分の指揮がありますのでこれで」
「わざわざあなたが出るほどのこともないでしょう」
聖女は心底不思議でならないという顔をしたが、男としては一刻も早く現場に行きたいという思いが強い。
「なに、下にばかり仕事をさせていても不平が出ますからね。聖者は先頭に立って導いてこそ、タスマン様のお言葉です」
男は適当に口から出まかせを言って退出する。
「熱心なのですね。あなたに聖者タスマンのお導きがあらんことを」
そんな言葉を最後に聖女にかけられたが、男は廊下に出るとすぐにふんと鼻をならした。
「これだから純粋培養の聖女は面倒なんだ」
「司教様、連絡艇の準備は整っております」
外で待っていた副官が下卑た笑いを浮かべて声をかける。
「ええ、待たせてしまいましたね。急ぎましょうか。どうせ廃棄処分するんですから楽しまないとね」
男の顔にも下卑た顔が貼りついている。
「期待できそうか?」
「そりゃ数が多いですからね、より取り見取りですよ。皆楽しみにしています」
はははと笑い合いながら、男たちは地上に降りる連絡艇に向かう。
「それにしても聖女殿は崇高でいと高きお方ですねぇ」
副官は完全にバカにしたようなニュアンスを含んだ声で言った。
「ほんとにな。だが、顔はいいんだよ。”義務”の相手になれたらラッキーなんだがな」
「でも、聖女の相手って決まってるんですよね?」
「建前上な」
男と副官は、いわゆる上位階級の家の生まれであり、神聖タスマン教国の在り方を知っている立場の人間である。
そして、特権階級の例に漏れず、世界の全ては自分のおもちゃという考えの人間である。
「しかし、二言目には教え教え。勝手にやってろってんだ」
「ま、ああいう偶像は大事ではないですかね。それで我々はイイ思いができるんです。いいじゃないですか」
はははと笑いながら、2人はグラナダに降下する連絡艇に乗るのだった。
彼らのこれから行う行為が撮影されて、命からがら脱出した記者によってテレビ局に持ち込まれ、ある国の逆鱗に触れることになるとも知らず。
書き溜めが全く無いので、ちょっとだけ間が空くかもしれません