呑気な人々
新世界暦1年1月12日 日本国 東京 総理大臣官邸
「えー、それでは異世界転移に係る関係閣僚会合を始めます」
とりあえず枝幸町に上陸した敵の封じ込めは成功し、降伏勧告を行う目処も立てられそうなので、落ち着いて現在の問題点を整理することになった。
出席者は総理大臣、防衛大臣、外務大臣、農林水産大臣、経済産業大臣、厚生労働大臣、環境大臣、財務大臣とそれぞれの官僚である。
「では、まず日本周辺の安全保障環境について、防衛大臣」
司会進行役の官房長官が発言を促す。
「では、まず北海道枝幸町の状況から。住民の救出は完了し、枝幸の敵占領地区に民間人はいないと思われます」
「思われる?」
「敵が行った上陸前の艦砲射撃の死傷者の集計ができておりません。避難しておらず、先日の救出作戦でも敵に収容されていなかったのであれば、死亡したのだろう。という推定です」
正直、これについてはこれ以上確認のしようがないというのが防衛省の正直な感想であった。
艦砲射撃による死者が不明なので、着弾が確認されているエリアに当時いた人間は死亡しているという前提の集計である。
「現在、枝幸地区を陸上自衛隊が戦車を主力とした部隊で包囲、封鎖しており、敵を他のエリアには逃がさないことを第一にしております」
「このまま兵糧攻めか」
「捕虜による言語解析は進めていますので、タイミングを見て降伏勧告を行うことになります」
世論も枝幸の問題はもう終わったこと、というような雰囲気が支配的であるが、陸自を突入させないことに関しては批判もあった。
単純に陸戦は、海や空よりも技術格差が覆されやすいので市街戦を避けているのであるが、世論と言うのはいつの時代も勇ましいことを言うものである。
「次に、沖ノ鳥島北方の海域に出現した島国、ユグドラシルと名乗る国は友好的とのことですので、外務省に任せています」
もっとも、外務省はその島のせいで頭を悩ませているのだが。
「続いて、現在見つかっている国ですが、島国、及び英仏の海外領土のような本国から離れた離島は全て見つかっております。大陸としては、アフリカ及び北アメリカが見つかっております。地球に存在した国家で敵対国は見つかっておりませんので、ユーラシア大陸はかなり遠方に離れたようです」
ユグドラシルの代表だという人物が硫黄島から南東に飛べばアメリカがあると言うので、在日米軍の手も借りて空中給油機で足を伸ばしたE-767を飛ばしてみたらほんとに見つかった。
結局、片道飛行でアメリカで給油して帰ってきたので、用意した空中給油機は無駄になったが。
「現状での問題点としては、継続している戦争状態と、安全保障環境の変化とそれに伴う同盟関係の見直しでしょうか」
各国の位置関係が根本から変わってしまったので、それに伴い各国の動きも活発化しつつある。
「継続している戦争に関しては現状でも完封状態ですが、敵に戦艦の存在が確認されており、これに有効と思われる長魚雷を運用可能な潜水艦が安全に航行できるように海底地形の把握を早急に行っていく必要があり、今国会で補正予算を計上予定です。同様に中国軍の対空ミサイルの射程向上に対応するため開発完了後に量産を見送っていたXASM-3をASM-3Aとして量産に入ります。現在開発試験中の射程延伸、速度向上型をXASM-3Bとします」
現在まで確認された敵の兵器で厄介なのは戦艦だけなので、それへの対応策が立てられているが、現状でも対応できないわけではないのでそれほど切迫感はない。
「次に、周辺環境の変化による各国の動きです。まず在日米軍ですが、日本が中国ロシアとの前線では無くなりましたし、大規模な再編が予想されます。ただ、アメリカ本土とハワイ、グアムの間に日本がある形になりますので、日米安保自体は維持されると考えています」
むしろこちらの方が問題である。
在日米軍が減るなら基地の返還を求めたいところだが、一部を除いて全ての基地から均等に減らすような事態も考えられる。
「防衛省の予想では、三沢、横須賀、岩国、嘉手納に関しては従来通り維持されるのではないかと考えています。横田も返還される可能性は低いのではないか、と」
「逆に言えば、普天間、辺野古は返還されると?」
「アメリカがどう考えるかでしょうが、戦略的には沖縄に海兵隊を置く理由は無くなりましたから、佐世保ともども、グアムかハワイに行くのではないかと。まぁ、返還されても普天間返還は既定路線でしたので飛行場としては使えませんし、旨みはないですね。自衛隊としては嘉手納が返還されれば那覇基地をそちらに移せば、那覇空港の定時発着率もあがるし、土地も空いてWin-Winだと思うのですが」
那覇空港は自衛隊と民間が共同利用する軍民共用空港であり、敷地も余裕が無いのでいろいろ不都合が多い。というか、民間と三自衛隊全てが共用している空港というのは全国でここだけで、他の共用空港は空自だけや海自だけ、というのも過密に拍車をかけている。
そして、急増する中国に対するスクランブル発進は那覇基地が一手に引き受けていた状況であり、民間航路としてはほぼ唯一の県外との連絡手段、と事故起きて閉鎖になったらどうすんの?という状態である。
「内々のお願いではありますが、国土交通省からも、嘉手納基地の返還と自衛隊の移転については強く要望されております」
滑走路が増設されたとはいえ、そもそもターミナルの増設が限界という現状では、すでにあるものをどかすしか方法がない。
海上に設置された第二滑走路は24時間発着が可能ということもあり、貨物ハブの要望もあるにはあるが、新たな貨物ターミナルを設ける場所もない。というのが現実だった。
「次に、周辺国、まぁ主に英国ですが、新たな地域安全保障機構について打診がありました。とはいえ、周辺は島国ばかりで、まともに軍事力を持つのは我が国と英国、台湾、ニュージーランド、インドネシア、シンガポール程度でしょうか。外征能力に関しては英国以外ほぼ皆無、我が国が憲法の存在を無視するなら、まぁ条件付きでなんとか、という状況ですから、集団安全保障体制というよりは、我が国と英国が盟主となって地域秩序を守るような形になるのではないでしょうか」
「頭の痛くなる話だな」
集団的自衛権が絡む話なので、国内意見の集約が非常に面倒そうな話である。
「とはいえ、地域で孤立することにもなりかねないですし、未知の国の存在は多数確認されています。いきなり攻めてくるような国があることを考えると、日米安保に頼らない安全保障体制の検討は急務と考えます」
防衛大臣の発言に、総理大臣と外務大臣は頭を抱える。
「だが、現行憲法をどうにかせんと難しいのではないか?」
「憲法解釈でどうにかなるでしょう」
「いや、さすがに限界だろ」
「80年も前の国際状況で作った憲法なんて、実態に即してないのは当たり前でしょう。そんなものを後生大事に抱えてる方がおかしいんですよ」
「それ、マスコミの前では間違っても言いなさんなよ」
極端から極端に振れるのがこの国の特徴である。
実際、いきなりの奇襲攻撃を受けたことで、極端に振れかかっていることも事実であるが、憲法は憲法として存在しているのもまた事実である。
「まぁ、その問題はアメリカの出方もあるし、現状でやれることをやろうじゃないか」
総理の玉虫色発言で、一旦防衛省の問題はこれで終了となった。
「では、続いて外務省からです。現状、発見できている元の世界にあった国は、全ての島国、及び本国から離れた場所にある島、具体的にはグリーンランドやセントヘレナ島、イギリス領のインド洋諸島地域、フランスの海外県といった地域ですね。他に大陸として北アメリカ、アフリカが見つかっています」
この辺りは皆ある程度把握している。
「続いて、未知の国、陸地についてです。まず、先ほど全ての島国は確認できた、とのことでしたが、それらの国の中で協力を得られた国の空港を経由して自衛隊が偵察飛行を行った結果、かなりの数の未知の島が混ざっていることが確認されています」
「混ざっているとは?」
「地球にあった島国がかなり広範囲の海域に点在して多島海を構成しているわけですが、その中に地球には無かった島もかなり混ざっている。ということです」
「国はあるのかね」
「いくつかの島では文明が形成されているのを確認しておりますが、全ての把握は衛星の打ち上げを待たねばならないでしょう」
未知の国がかなり多数あるかもしれない、というのはかなり問題である。
「実際、今のところ接触は無いようですが、我が国の例がありますので、碌な軍事力を持たない国は攻撃を受けるのではないか、とかなり不安を持っているようで、我が国や英国、各地の駐留米軍に派遣の要請を行っています」
まぁ、駐留米軍については本国との連絡が途絶しているから判断できない、とあしらわれているようですが。と付け加える。
「あれ?アメリカは見つかったんだから連絡はできるのでは?」
「通信衛星も海底ケーブルもまだですから、実際に飛行機を飛ばして連絡するしかありません。この星にはどうやら電離層がないようですし」
大気はあるのに電離層が無さそうというのは現在、方々を悩ませている問題である。
電波通信が見通し線内でしかできないので、遠距離通信に問題がでているのである。
とりあえず外務省としては専門家に丸投げの状態だった。
「他の未知の陸地としては、南北がひっくり返った北アメリカ大陸の北方にくっついている大陸。時計回りに90度回転したアフリカ大陸のシナイ半島にくっついている大陸とその大陸にくっついている別の大陸、というのが現状です」
そこで外務大臣は一拍置いた。
「そして、最大の問題は、沖ノ鳥島北方に出現したユグドラシルを名乗る島であります」
日本の200カイリ水域を盛大に食い潰して出現した島について、外務大臣が報告を始める。
「代表者はウルズと名乗るエルフと人間の混血の女性で、本人が言うには世界樹の実を食べたことで知りたいことを知ることができるとのことです。彼女の言葉通りにアメリカが見つかりましたので、あながち嘘と断ずるわけにもいきません」
「で、友好的ではあるんだろ?」
「ありがたいことに、非常に友好的であり、我が国への食料供給についても条件を飲めば全面的に協力するとのことです」
「条件?」
「ユグドラシルの島全体の日本国による全面的な保護、です」
室内に沈黙が満ちる。
「えーと、自然環境とか」
「安全保障ですね」
「・・・環境ほ」
「安全保障ですね」
面倒な問題から目を逸らそうとする総理に無慈悲な二連撃を入れる外務大臣。
「あれが他国だと考えるから面倒なことになるのでは?」
「「は?」」
防衛大臣の言葉に総理と外務大臣の言葉がハモる。
「日本の領土だってことにしちゃえば集団的自衛権なんて面倒なこと考えなくていいでしょう。あちらさんも”国”としての意識も薄いようですし、個別法をつくって特殊法人にしてしまえばいいのでは?あの場所で他国に入られても面倒ですし、将来的にもその方が良いかと」
暴論すぎない?という微妙な空気が室内を支配するのだった。
新世界暦1年1月12日 イギリス ロンドン 首相官邸
「名折れである!」
「はい?」
突然大声をあげた首相に、たまたま部屋にいた外務大臣は首を傾げた。
「何がですか?」
「ブラックバック作戦のことだよ!1回で終わりとはどういうことかね!」
「おう、ちょっと待てや、似たようなことはしたけどその作戦名はつけてないからな?」
そもそもその1回でアフリカ大陸見つけたんだからそれでいいだろ、というのが外務大臣の本音である。
ちなみに、今は米軍、英軍、日本軍が中心となって各国の飛行場を利用して偵察飛行を行っている状況である。
GPSの構築はまだだが、ある程度の位置関係がわかってきたので、各空港のVOR/DME局を利用して位置がわかるようになったのは大きい。
本来は基地局からの見通し線内でしか通信できないものだったので、高度をとっていても200キロ程度で限界だったのだが、転移で惑星が大きくなって見通し線が伸びたので受信距離も伸びている。まぁ、もともとその程度の通信距離しか考慮していなかったので出力が足りず、見通し距離が伸びたことを活かしきれてはいないのだが。
「しつこく、目的が達成できなくても、費用対効果が合わなくても、アクロバティックな作戦行動をしないなど、英国の名折れである!」
「いいからちょっと黙ろうか」
こういうバカがいるからトンデモ兵器やトンデモ作戦が実行にうつされるんだろうなぁと外務大臣は頭を抱えるのだった。
というか、他に考えることいくらでもあるだろ?諸島国家での集団安全保障体制の構築とか、日本を攻撃した好戦的な国を最終的にどうするのかとか。と思ったところで、外務大臣は深く考えるのを止めた。
別に俺が考えなくても誰か考えるだろ。という首相のことをバカにできない結論に至ったからである。
新世界暦1年1月12日 ユグドラシル 王城
結局、交渉役兼連絡役として、北条&武田の外交官コンビはそのまましばらく留まることになったのだが、待っていたのは各省庁からの問い合わせの嵐だった。
「えー、なになに、防衛省からレーダーサイトの建設が可能かどうか聞いてくれ?まだこことどう付き合うかの結論もでてないのに?」
「そっちはまだ真面目だからいいじゃないですか。こっちなんて観光地として使えそうか、空港の建設は出来そうか、宿泊施設はあるのか、って観光庁から。この世界の状況でどこから観光客が来るんだよ」
そう言って武田は観光庁からの問い合わせの書類を放り投げた。
「国が大きいと大変だなぁ、うちなんてみんな食ってヤって寝るだけだから楽なもんだよー」
そう言ってこの城の主、ウルズはソファに寝転がり、北条に無理言ってせしめた携帯ゲーム機で遊んでいる。
「というか、ほんとに何も仕事しないんですね」
「だって仕事なんてないもの。強いて言うなら揉め事の仲裁くらい?」
ゲーム機から目を離さずにウルズは続ける。
「まぁ、そんな生活してても特に不自由しないせいで、進歩も発展もないんだけどねー。というか停滞して澱んでるよねー、この国」
多分お前がそんなんだからじゃないかな、と北条も武田も思ったが口には出さない。
「ていうかさー、まだ結論出ないのー、そっちに損ないじゃん、どっちみちそっちの国の領域内に入っちゃてるんでしょー、この島」
「いろいろ面倒なことがあるんですよ」
普通に考えれば200カイリ水域内に出現した島なので、取り込めるなら取り込んでしまうのが一番いいなんていうのは、誰が考えても明らかだが、諸外国の目もあるし、いろいろ面倒そうである。
「うーん、けど私らより一生が短いのに決めるのが遅いってどうなの?」
「長生きしすぎて全てがどうでもよくなってるだけじゃないですか?」
「それはあるかもねー、退屈だから面白いことがあればそれでいいんだよ。というわけで早く観光に行かせろー!」
ウガーと吠えるウルズ。
「というか二言目にはそれですね。もう”知っている”のに行く意味あるんですか?」
「お前は観光地の写真を見たからといって現地には行かないのか?」
すごく正論を返されて黙る北条。
「あともうここにずっといても暇なんだよ!旅行いきたいー!」
そもそも、元の世界では遠洋航海術すらなかったので、島から出ることすらできなかったと言う話は初日から何度も聞かされた耳タコの話である。
バカみたいに長生きなら天文航法くらい発明できなかったのか、と思うが大航海時代でも無事に帰れれば大金持ちっていうくらいの博打だったわけで、現代ですら大型船の遭難事故は発生しているのである。
なんだかんだ言っても、安牌ばかりとってそうなこの仙人は島から出たくても出られなかったのだろう。
「なんか失礼なこと考えてない?」
「いえ、ぜんぜん?」
人の心の中までは知ることはできないようなので何よりである。
「とにかくさー、人を大量に受け入れろとか、木を全部切り倒せとかじゃなければ要望があったら最大限きくからー、お願いー早くー」
そう言ってウルズは北条と武田の肩を揺するのだった。