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第一次「異」世界大戦  作者: 七十八十
新世界暦1年
12/201

衝突する世界

新世界暦1年1月10日 パナマ パナマ市


東西アメリカを結ぶ大動脈であるパナマ運河。

本来なら行き交う船の絶えない海上交通の要衝だが、世界転移以降、通行はほぼ途絶えていた。

南米大陸が消失し、詳細不明の大陸が出現した現状では安全が確保できず、アメリカが自国船舶の通行を禁止したためである。


北米、中米以外の国が消えてしまった現状では、他に利用する国も需要も無く、アメリカに代わって金に物を言わせて影響力を高めていた中国も連絡が途絶えてしまったので、開通以来最も暇な状況であった。


そんな船の通行が途絶えた運河の上空を、飛行船のような飛行物体が多数飛行していた。

神聖タスマン教国の飛行艇母艦である。

地上のアメリカ橋では飛行艇母艦から降下した6足の歩行戦車が多数侵攻中である。


「それにしても、恐ろしく劣った国ですな。未だに水上を進む船などに頼っているとは」


その飛行艇母艦艦隊の旗艦、聖アドラーのブリッジから地上を見下ろしながら1人の男が言った。


「侮ってはなりませんよ。劣ってはいても、その船を通すためにこれだけのバカげた大土木工事をする知恵はあるのですから」


それを窘めたのは、ブリッジで最も高い位置にある椅子に座った女性である。


「は、それは心得ております」


男は最大限の敬意を持って返事をした。


「それにしても、抵抗すらないとは。敵の軍は恐れを為して逃げ出したのでしょうか」


この艦隊の司令長官である聖女と呼ばれる女は、呆れたように言った。

政教一致の神聖タスマン教国は、民主主義とか平等とか人権なんてクソくらえの宗教国家であり、国の権力者というのは宗教指導者とイコールである。

子供たちは生まれた時から孤児院に集められ、教育を施され、才能のある者が神と聖者タスマンのお導きで指導者となる。というのが建前で、実際には権力者の子供は権力者である。

そういうストーリーを作って信者に夢を見させているだけである。


「さぁ?どうでしょうか。我らの威光に恐れを為して逃げ出したと見るのが妥当に思いますが」


ちなみに、パナマに軍隊は存在しない。

日本で言う海上保安庁のような組織が存在するだけである。

アメリカの勢力圏内だから周辺国の脅威を考える必要が無い(パックスアメリカーナ)とか、パナマ侵攻の際に国防軍が解体されたとか、いろいろ理由はあるがとにかく軍隊と呼べるものはない。

1999年のパナマ運河返還後は米軍も駐留していないので、抵抗などあるわけがなかった。


「まぁ良いでしょう。進んでいけばいずれわかることです。さあ、劣った者たちに神の教えを広めるのです。聖者タスマンの導きのままに」

「「「「聖者タスマンの導きのままに」」」」


ブリッジに唱和が響く。

中米諸国の蹂躙は始まったばかりである。





新世界暦1年1月10日 パナマ コロン市南方50Km海上上空


北米大陸の南北がひっくり返ったせいで、従来カリブ海と呼ばれた海の上を飛行しているのにパナマが北にあるという状況に若干混乱している米空軍のE-3Cが飛行していた。


「しかし、でかいな」


今や民間エアラインでは見ることは無くなった4発機(B707)の背中に背負った皿形レーダーが映し出したエコーを見て呟いた。


「それが500キロで飛行して、戦闘機吐き出すっていうんだから何の冗談だよ」

「しかし、パナマ運河が占領されるのを黙って見ているだけとは、上は何を考えているんだ」

「なによりも、市街地に地上兵力を降下させている方が問題だ。排除しようとすれば大事だぞ」


彼らに与えられた任務は元々正体不明の大陸国家の監視である。

その戦力が越境した時点で、直ちに北米防空司令部(NORAD)に報告していたが、返事は継続的な監視だった。

もっとも、E-3自体に武装はないのだが。


「帰還命令だ。いつもの向こうの陸地を舐めるようにしてから帰ってこいってさ」


あーあ、という空気が機内に流れる。

そうして、従来のコロンビアに当たる辺りの海岸線を舐めるように飛行し、新大陸監視のベースとなっているフロリダのホームステッド基地への帰路につくのだった。





新世界暦1年1月10日 日本国 硫黄島南東7000キロの海上上空


「イギリスのこと笑えないんですけどお!?」


ただひたすら南東に向かって飛ぶ航空自衛隊のE-767の機内で1人の自衛官が叫んだ。


「うるさいぞ」


それを別の自衛官が呆れたように窘める。

とりあえず南東に向かって飛んだらアメリカがある。とかいう謎の情報を確認するために、自衛隊が保有するE-767をKC-767とKC-46Aをフルに活用して、挙句の果てに在日米軍のKC-135の支援までフルに受けて、航続距離を延伸してアメリカを見つけよう!という狂気の作戦である。


E-767に白羽の矢が立ったのは、10000Kmという長大な航続距離と強力な監視装置のせいである。


「というか、なんで突然この方向に絞って捜索なんですか」

「知らん。軍人なら黙って命令に従えよ」

「自衛官だ。二度と間違えるな」


とはいえ、機内は暇である。

レーダーにも、ESMにも反応がないので、することがないのである。


「翼よ、あれがNY(ニューヨーク)の灯だ、とか言えますかね」

「そもそも通信出来たら引き返すんじゃね。というかなんでNY?普通に考えたらLA(ロサンゼルス)だろ」


そんなくだらない会話が機内を支配していると、ESMに突如反応があった。


「レーダー探知、12時の(twelve)方向(o'clock)、レーダー識別、AN/APY-2です」


コンソールに向かった電子戦担当は探知したレーダー波と既存の情報からレーダーの機種を推定する。


「自分で出したレーダー波だ、なんてバカな話はないよな」


AN/APY-2はE-767が搭載する皿形レーダーの機種であり、E-3Cの後期型が搭載するレーダーでもある。

ちなみに、レーダー波は簡単に言えば「行って帰ってきた」電波を受信するものなので、乱暴に言えば500Km離れたものを見るには1000Km電波を飛ばす必要がある。

つまり、互いに同じレーダーを使用して捜索していれば、レーダースコープに目標が映るよりも、ESMで相手の電波を拾う方が圧倒的に早くなる。


「E-3持ってるってことはIFFオンにしときゃ攻撃されるこたねぇだろ」


所有機数でいうとアメリカかNATOの可能性が圧倒的に高いので、心配することはねーだろという大雑把な理由でESMが探知した方向に機種を向けるのだった。





新世界暦1年1月10日 アズガルド神聖帝国 帝都アガルダ 参謀本部御前会議室


会議では何も決まらない。決まらないし何もできない。

そんなことは当にわかっているのである。

何せ、実動部隊である海軍と空軍が壊滅的被害を受けているのである。

それでも何もしないわけにもいかず、今日も彼らは集まる。


「本国艦隊の再建は・・・」

「早くても3年、普通に考えれば5年」


首相の問いに海軍参謀長が無慈悲に返答する。


「その5年でも、建造艦は既存艦を建造して、という前提だ」

「空軍は・・・」

「地上撃破が多いからパイロットはどうにかなりそうだが、それでも1年でどうにかなるかと言われると・・・」


もう何度も繰り返された問答である。


「海外領土と連絡できれば・・・」


実際、最盛期の大英帝国ばりに元の世界で海外領土を広げていたアズガルド神聖帝国の軍主力は、ほぼ本国にはない。

辛うじて本国艦隊が空母を除いた主力艦で在外艦隊と五分かといったところだが、本国艦隊は基本的に本国防衛を任務とするので空母は1隻も配備されていない。

本国防衛だけが目的なのに空母が必要になるくらい防衛エリアが広いどっかの島国のほうがレアケースなのである。


「失礼します」


走ってきたのだろう、息を切らせた空軍将校が部屋に駆け込んできた。


「なんだ、騒々しい。それだけの価値がある情報だろうな」


空軍参謀長はどうせまたどこかの基地が爆撃されて修復したばかりの滑走路に穴が開いたのだろうと思い、嫌な顔をする。


「申し上げます!在外空軍第3航空団第33輸送隊の輸送機がビフレスト空軍基地に到着しました!それによると海外領土ムスペルヘイムは、本国の北方6000キロの地点に転移している模様で、在外軍は全兵力が無事とのことです!」


異世界に転移してから初めての吉報に、思わず全員が椅子から立ち上がり、歓声をあげる。


「よし、直ちに艦隊を本国に戻そう!」

「ちょっと待ってくれ、空母を使って空軍機を本国に運んでいただきたい」


わいわいと早速反攻作戦を練っていたところに、水を差す報告が為される。


「ただ、今のところ侵攻はないものの、ホリアセ共和国と地続きになっており、一触即発の状態とのことです」


一難去ってまた一難。

先ほどまでの歓喜は無かったことのように静まる。


「だが、地続きならとりあえず艦隊は本国に戻すべきでは?」

「ちょっと待ってくれ、陸軍の増援を」

「この状況で本国から戦力を抽出するのか?」

「だが、海外領土の失陥は」


そして一斉にこれからどうするか、という意見が噴出する。


「とにかく!現状では二正面になってしまう。これだけは避けなくては」

「本国に戻した艦隊で謎の国に一撃、上陸部隊を撤収させ、ホリアセ共和国に専念する。というのは」

「その一撃がそもそもできるのか」

「敵はこちらの海軍戦力を潰しきったと油断しているのではないか。上陸部隊の撤収ならなんとかならんか」

「だが、本国の防衛はどうする。向こうが上陸してくるかもしらんぞ」


とにかく二正面は避けてどちらかに専念する方針は決まっているが、じゃあどうやって片方の戦線を終わらせるのか、と言う話である。


「ひとつ思ったことがあるのですが」


それまでほとんど発言していなかった兵站参謀本部長が手を挙げて場を制した。


「なぜ上陸部隊は海に追い落とされていないのでしょう?」

「なぜって・・・」


そう言われてから陸軍参謀長は、はてと疑問が沸いてきた。


「これまでのところ海軍と空軍は完敗しております。が、陸軍も完敗と言っても、待ち伏せ攻撃を受けて戦車が6輌撃破されたにすぎません。特殊作戦コマンドにアルノルド中将を拉致される失態はあったものの、制海権、制空権を失っている状況では我が軍は圧倒的に不利なはず」

「確かに・・・」


なぜか敵の攻撃は航空攻撃ばかりである。


「油断はできませんが、ひょっとすると、敵の陸上戦力は大したことないのではないでしょうか?」

「なるほど、だから上陸部隊はじわじわと締め上げられている、と」

「それなら在外艦隊を持って増援を送り、攻勢に・・・」

「ホリアセ共和国と和平ができるのならそれも選択肢でしょう。できるのなら、ね」


外務大臣の一言で、正面をどちらにするかは決まった。

在外艦隊を呼び戻し、謎の敵に一撃入れて、その隙に上陸部隊を撤収、ホリアセ共和国との決戦に備える。

その方針のもと動き出すのだった。





新世界暦1年1月11日 ノヴィコンチネント ロシア空挺軍現地臨時作戦司令部


単純に新大陸(ノヴィコンチネント)と名付けられた、未知の大陸は中国とロシアの領土獲得競争の舞台と化していた。

正直、一見するとこの不毛の大地にいったい政府は何を期待しているのかと、現地に降下した空挺軍の誰もが思ったが、領土拡大と南下政策はロシアが患う病なので仕方がない。


「第二陣、降下開始します」


臨時司令部として設けられたテントの脇で、双眼鏡を覗いていた兵士が報告する。

空を見遣れば100機近いIL-76が次々に侵入し、定められた降下ポイントにでパラシュートのついた降下物資を落としていく。

アメリカを例外にすれば、空挺軍を独立兵科として有するロシアの空輸能力は圧巻の一言であり、他の追随を許さない。


というよりも、国土と国境線が広すぎて、そうでもして空挺軍を展開させないと緊急展開が間に合わないのである。

つまるところ、空挺軍の本来の任務は、陸自で言うところの即応機動連隊であり、敵が襲ってきたところの防衛線の穴を塞ぐのが仕事である。

国が違えば様々な防衛政策があるという典型である。


よって、ロシアは空挺降下可能な装甲車の開発に世界で最も熱心な国であり、ぶっちゃけ主力戦車(MBT)は無理でも、それ以外の車種でほぼ全て空挺降下可能なものを開発してしまっている割と変態兵器の宝庫である。


「しかし、風が無くて良かったですね」

「ほんとにな」


パラシュート降下可能な装備、となっていても降下の成功率は意外と低いものである。

強風が吹いていると、着地後にパラシュートが風を受けて引っ張り、横転させてしまうことや、そもそも着地の時点でひっくり返ってしまうのは日常茶飯事である。

よって、人の降下以上に、重量物の降下は損耗が高めに見積もられるのが常であり、ロシア以外はあまり熱心に開発しない理由でもある。


100機のIL-76が一度で運べる物資は単純計算で4000トン。

航続距離や貨物室容積の問題があるので、そんなに計算通りにはいかないにせよ、とんでもない量である。

なにより、船なら片道2日の距離を僅か数時間である。

現在、急ピッチで仮設飛行場を建設中であり、これが完成すればさらに輸送は効率化される。


「仮設飛行場の建設状況は?」

「現在、地面の整地中ですが想定より平坦でしたので、パネルの展開は予定より早くできそうです。海上輸送した燃料の組み上げ設備は、仮設であればすでに稼働可能ですが、タンクがありませんのでしばらくは運んできたタンカーをタンク代わりにして、使用する分を都度陸揚げするしかなさそうです」


慌てて準備し、設営しているにしては上出来だろうと師団長は勝手に納得し、西の方向に目をやる。

何キロ先かは知らないが、そこに中国の部隊がいるはずである、

武力衝突にはならないだろうが、とにかく先んじて動き、国境線を引いてしまう必要がある。


「先発偵察隊の編成は」

「すでに一次部隊は進発しました。非装甲の装輪車両を主軸に、とにかく早く距離を稼ぐことを目的にしています。二次部隊は装甲装軌車両を伴う工兵部隊を主軸とし、とにかく西を目指します。中国軍と遭遇した時点で、そこを国境線とするため、恒久陣地の作成にかかります」


出発では中国に数日出遅れたが、空挺降下による展開でかなり巻き返したはずだ、最近生意気な中国に一泡吹かせてやる、と師団長は密かに思うのだった。

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